地下拠点のキッチン
「ジェリコ、なんで二足歩行できるんだよ」
彼女の足は、ヒレじゃなかったか?
普通に歩くジェリコに案内されて、俺は地下の拠点の部屋の中のソファに座った。
「もうユーちゃんたらぁ♡ 魔法に決まってるでしょ? 何を当たり前のことを言ってるの」
しまった、無知すぎたか……
「ユージンは、残念ながら無知ですよ。私の教えた中に、半魚……あなたの情報はありませんからね」
アルプは半魚人と言いかけて、副官に遠慮したのか言い直した。
「あら、それはちゃんと教えておきなさいよ。全く使えない羊ね。まぁいいわ。ユーちゃんの耳と似たような魔法よん♡」
ジェリコはそう言って手を伸ばし、俺の耳をするっと撫でた。
「ヒィッ! や、やめろ! って、なんだ? なんで、尖らせた耳に感覚があるんだ?」
魔法で形成された俺の耳の先にも、なぜか触った感触がある。
「私が掛けた形状変化ですからね。元の耳の形を変えただけですから、感覚はありますよ」
アルプは当然だと自慢げに胸を張った。
「あら、ユーちゃんの耳は羊がやったのぉ? 身体変化をするのなら、自分でかけたほうがいいのにぃ?」
ジェリコに指摘され、アルプはきゅっと眉間に皺を寄せた。
「確かに……最近はユージンの魔力もかなり増えたようですし、自分でやりますか?」
人がやるのと、何か違うのだろうか?
「アルプにかけてもらうのはダメなのか?」
かけっぱなしだと疲れないかな?
「ダメではないですが、万が一私に何かあったら、身体変化の魔法が消えてしまいます。このご時世、保険は必要かと」
嫌な話だな……ん? 身体変化だけか?
「店や、家は大丈夫なのか?」
店はマハトやみんながやってくれたよな……
——消えたら困るな。
「魔法が消えるのは生命体だけです。物体の変化、変質は大丈夫ですよ。魔法の術式がそもそも違いますから」
そう説明したアルプは、スティックを取り出すと、くるくる回して光の帯を出した。
「ユージン、ちょっとくらっとしますよ」
アルプのスティックが出した光の帯を、俺はぼんやりと見ていたが、
「え?」
急に話を振られ、間抜けな返事をした。
その瞬間、光の帯は俺の額にシュルリと吸収されていった。
「うわっ、ちょっと……」
ぐるぐると俺の頭の中で魔法陣が周り、アルプから魔法の使い方を強制的に叩き込まれた。
「ユージン、これで自分で使えるはずです」
耳が人型に戻っていたので、アルプに教えてもらった魔法を使い自分で耳を尖らせた。
「あらぁん♡ 上手じゃない。丸い耳も可愛くていいけどぉ、魔族の耳も素敵よぉ♡」
ハートを物理的に飛ばしてくるジェリコのことは無視して、自分の耳を触ってみた。
「ちゃんと感覚もあるな。アルプ、これは、解かなければこのままなのか?」
アルプの魔法教育のおかげで、思ったより簡単にできた。
「そうですね。そのままにしておきましょう。料理の際は魔力切れに気をつけてくださいね」
確かに、いつもより気をつけないとな。
「アルプ、俺最近、マハトが言ったように魔力量が上がって来たよ。魔素が含まれたものを毎日食べているせいなんだよな?」
料理するくらいなら、魔力切れは起こらなくなった。
「はい、魔族も魔素を含む物を食べて常に強化します。魔力量が少ない者は、器より魔素が高い物を取り入れて器を育てるのです」
器のサイズが魔力量に直結するのか……
「ただ、器以上の魔素を一気に取り入れると、魔力酔いを起こすので注意が必要ですよ」
ガバルが昔から魔力酔いを好んでしていたのは、器を育てるためかもしれないな。
アルプから魔力の話を聞いていたら、いつの間にかジェリコが子供たちを連れてきていた。
「ユージン! 大丈夫だった?」
ピコラとリコラが駆け寄って来て、俺の腰にしがみついた。
「ああ、心配ないよ。大丈夫だ」
魔王を相手にしたのが伝わっていたのか、さすがに不安だったのだろう。
「ユージン、これ……作ってみんなにも配りました。もらってくれますか?」
エリソンから、小さな巾着袋をもらった。
「これはなんだ?どう使う物だ?」
俺が扱いに困っていたら、
「これは、一時的な認識阻害の魔法です。魔力を流せば一定時間発動します」
そう言って、エリソンや子供たちは同時に発動して見せた。
「へえ、いるのは分かっているのに、なんとなく印象が薄いな」
分かってなければ、気にならないだろう。
「始めから認識していなければ、僕の術式なら石ころ同然になります。コッソリ逃げる時に使ってください」
子供たちもエリソンから、認識阻害のお守りをもらったらしい。
——エリソン、優秀だな。
「……イタズラには使うなよ?」
俺が子供なら、絶対にイタズラに使う。
そう思ってピコラたちを見たら
「つ、使わないよ?ね?ガバル」
「あ、ああ、使わないよ。な?リコラ」
「ちょっと! ピコラもガバルもずるいわ! 私に振らないでよ!」
クスクスと笑っているエリソン以外は、やらかしそうだ。
「まあ、ほどほどにな? なあ、ジェリコ、怪我人たちの普段の食事はどうしてる?」
子供たちに呆れつつも微笑ましく感じながら、さっきから真剣に話し合っているジェリコとアルプに話しかけた。
「あの子たちの食事?そうねぇ、食べられるようになったら、基本的にそれぞれに持参した物を食べてるわよぉ?」
食べられるようになったらか……
「食欲がわかないやつらは?」
怪我の具合によっては、しっかりと食べられないだろう。
「どうかしらねぇ?みんな、各々食べたくなったら食べる感じかしら?」
ここでは保護はするが、看護しているわけではないのかもしれない。
「早い段階で消化の良い物を食べれば、体力の回復が早まるんじゃないか?」
食べれば魔力も回復するよな?
日々増えるなら、早く回復させた方がいい。
「それはそうかもしれないわねぇ。でも、動ける人はいるけど、ここじゃ作れないわよぉ?」
だから、以前ジェリコはキッチンを欲しがっていたのか……
「ジェリコ、今ならガバルがいるから、煙突を作ればキッチンが作れると思うぞ」
この際、みんなに手伝ってもらって地下にもキッチンを作ろう。
「本当?! 煙突をつければ、キッチンが作れるのねぇ?」
ジェリコはワクワクした顔で、クネクネし始めた。
「ユージン、オイラの仕事か?」
ガバルがこちらの話が聞こえたのか、近寄って来た。
「ガバル、地下にキッチンを作るから、煙突代わりにトンネルを掘ってくれないか?」
風を送る魔法陣を換気扇代わりにつけるのはどうだろう? アルプと相談しよう。
「よし、作るか! アルプ手伝ってくれ!」
ピコラとガバルが、ログハウスを作る時に使った木材や石材を持っていて、アルプの協力もあり、キッチンはあっという間に完成した。
「まぁぁ!!素敵♡ ユーちゃんもみんなもありがとう! 羊は……あんたの割にはよく働いたわね」
アルプに対しては辛辣ではあるが、ジェリコなりに珍しく褒めていた。
「とりあえず、怪我人たちに消化に良い物でも作るか」
乾燥ボニートがあるし、卵粥がいいかな。
「ジェリコ、食事してない奴らは何人くらいいる? あと、食べられるけど回復中の人数も教えてくれ」
どうせなら、全員お腹いっぱい食べさせてやりたい。
俺は作りたてのキッチンに鍋を準備して、大量の米を洗う。
「卵粥と、炊き込みご飯にするか」
ジェリコから教えてもらった人数分の、3倍の量でとりあえず作ろう。
まず、お粥用の鍋に米を入れ、たっぷりの水を注いで火にかけた。
「魔鶏肉とラシモルート、ガバルがラングルートを見つけてくれて助かったな。念のため使い方の確認っと」
▪️ラングルート (牛蒡に類似)
長い根の名前の通り、長い。
土の香りが独特。
調理法により歯ごたえが変わる。
◻︎使い方
洗浄魔法でしっかり洗う。
必ず水中で使いたいサイズにする。
細切りはシャキシャキ、厚切りだと食べ応えがある。
*備考
普通の水で洗うと必ず土が残る。
洗浄後に空気に触れると、一気に枯れ枝のようになる。水で戻しても歯ごたえが悪く苦い。
「危なかった。普通に洗わなくてよかった」
俺は魔法を使って、一気にラングルートの処理をした。
ラングルートは、以前ガバルが群生地を発見したので、今は裏庭でも育てている。
「出汁の代わりに、乾燥ボニートを粉砕すればいいよな」
細かく切った鶏肉と人参とごぼうを米の上にドサッと乗せて、その上で乾燥ボニートを魚粉にする。
「酒と、醤油と……味醂はないな。甘味は少しの砂糖で誤魔化そう」
酒は、いくつかある中から、香りに癖がないやつを選んだ。
「ドライシェリーに似てるけど、なんの酒だか鑑定するか? いや、飲めばわかるか」
俺は酒を一口、口に含んだ。
「うん、普通にドライシェリーだったな」
俺は味で納得して、調味料と一緒に酒も鍋に入れた。
「水入れたら、あとは炊飯すればよし」
火加減を気にしながら、俺はスープ代わりに豚汁も作ることにした。
「シュクレルートは、あの見た目で大根じゃないのは詐欺だよな」
俺は鞄から、青い楕円形のホルダンルートを取り出した。
▪️ホルダンルート (大根に類似)
楕円形で爽やかな青色の根。
みずみずしく癖が少ない。
味の吸収がよい。
上部は甘く先端ほど辛味がある。
◻︎使い方
生でも、煮ても、焼いても美味しい。
*備考
洗浄後、3回以上叩いて目覚めさせる。
目覚めさせなければ、切った瞬間消える。
切り口を空気に晒すと変色し白色になる。
「大根も不思議食材なんだよなぁ」
俺は片手間に魔豚のバラ肉を炒め、魔法でカットしたホルダンルートとラシモルートとラングルートを炒めた。
「後は、グルエソグラスを刻んで入れたら、乾燥ボニートの粉を足して煮込んで、酒と味噌を入れて……」
合間に、他の食材の処理もしていたら、炊き込みご飯が炊けた。
辺りには、鶏ごぼうと醤油の香ばしい香りが漂っている。
「お粥は、ちょっと時間経過するかな」
魔法で時間を進め、お粥がいい感じになったら、削りボニートをたっぷり乗せ、醤油で風味付け、その上から溶き卵をたっぷり乗せた。
「あ、ネギ入れ忘れた。まあ、いいか」
風味に欠けるが、優しい味になるだけだ。
鍋にたっぷりの炊き込みご飯に豚汁、卵粥が出来上がった。
あとは配膳するだけだ。
「ジェリコ、これ、みんなに配ってくれ」
俺はひと鍋分の炊き込みご飯と豚汁を取り分けた後、ジェリコに鍋を引き継ぎ、子供たちと一緒に、地上に戻った。




