ジェリコは最強
シエルボとセルヴォは、こちらに目配せをしながら抗う魔王を引きずり帰っていった。
「なんか、ナルシストな勘違い野郎の集まりだったな……」
厄介だと聞いていた得体の知れない魔王を、一人で相手にしていたせいか、俺はどっと疲れが来てしまった。
「あいつら、支払いするつもりは一切なかったよな……」
魔族は、対価を払う習慣がないのだろうか?
「最初は、ここも誰もが物々交換だったな」
しかし、あの魔王と取り巻きは、権力を振りかざしてただ飯にありつこうとしていた……
「そういえば、昔、顧客から似たような話を聞いたな……」
あれは、コンサルの顧客と雑談になった時だったか?
「確か自称インフルエンサーが来店した時に『店の事を宣伝するから常に特別扱いをしろ』と、遠回しに圧力をかけてきたんだ」
店主は過ぎたことと、笑いながら話していたけれど、聞いた時には、呆れて言葉が出なかったな
「店主が『角を立てずに断るのが難くて困りました』と言っていたっけ……」
あの時は結局『客層が違う宣伝は、却って店にはマイナスになるから』と、お断りする形で話がついたんだったか?
あの店主、よくもまあ咄嗟に上手いことが言えたよな。
「俺の店にもいたが『自分は特別だ』と勘違いしている奴って、何処にでもいるよな」
総じて横柄で態度がでかくて、馴れ馴れしいか、声が無駄にでかいんだよな。
「大事にしてほしいなら、相手を気遣えって話。サービスする側だって人間だ。感じのいいお客様を大切にしたいと思うからな」
感じが悪くて見下してくるような相手を、大切にするわけがないだろう。
「まあ、たまに笑顔で無理を言ってくるやつもいたけどな……」
そのタイプは、ごめんなさいねと言いながら、求める要求は厄介極まりないんだ。
「悪いと思ってるなら、言わなきゃいいのに、なぜ無理を言うんだろうな? 俺には全く理解できんな」
俺は、去っていった魔王たちも、かつての厄介客も似たような物なんだろうと、懐かしくも遠い目をしてしまった。
「そういえばあいつら、なんだか面倒な勘違いしていたよな?」
牽制し合ってくれたおかげで、さっさと退散してくれたから助かりはしたが……
「魔族は長生きするみたいだし、人間とは微妙に感性が違って色々幅が広いのか?」
ある意味、ポジティブなナルシストが多そうなイメージだ。
「……店の客は、今日はもう来ないよな」
魔王達のせいで、お客は帰ってしまったので今は誰もいない。
「今日は、もう疲れたからやめよう……」
子供たちに、もう大丈夫だと連絡しよう……でも、その前にジェリコに報告か。
「ジェリコ、聞こえるか? 実はさっきまで魔王がいて、もう帰ったんだが……」
俺は通信具でジェリコに連絡を入れた。
通信具は、同時通話ではなく交代でのやり取りなため、ちょっと話がしにくい。
『ユーちゃん? さっき羊から聞いたわよぉ。今急いで戻っているけど、帰ったってことは大丈夫だったのねぇ?』
ジェリコは外出中、アルプから連絡を受けてこちらに戻るところだったようだ。
「ああ、こっちは大丈夫だから、気にするな。わざわざ、戻らせて申し訳なかった」
ジェリコも忙しかっただろうに……
『気にするななんてつれないわよぉ。もうすぐ着くから、ユーちゃんも地下にいらっしゃい。話はその時にね♡ 急ぐから通信切るわねぇ』
じゃあねん♡と、ジェリコは通信を切った。
「……あの感じだと、直ぐに帰ってくるな」
俺は、急いで後片付けをして、地下のジェリコの拠点に向かった。
ログハウスの奥に設置されたガバルのトンネルは、俺の知らない間に木造の扉と階段がつけられていた。
「地下室に向かうみたいでドキドキするな」
俺は今まで、ジェリコの拠点には行ったことがないので、なんだか新鮮だ。
「ここか……結構広いな」
階段を降りた先は思っている以上に、地下空洞が広く、壁にはいくつも扉がついている。
「壁の扉の奥も部屋なのか?」
見渡すと水辺から離れた最奥に、石造りの建物の外壁がある。
「あの建物の前にいるのは護衛か?」
外壁の前で、ラマンティーヌ族が槍を手に持ち見張りをしている。
「ジェリコほどではないが、あいつもかなりデカいな」
ぱっと見た感じは、ゴリゴリの戦士っぽい。
——明らかに強そうだ。
「でも、やっぱり性別はどっちと言えば正解なのか……わからんな」
見張りはポニーテールをしているが、色黒で顎髭が生えている。
そして、上半身はビキニだ。
「ビキニが、バグだな」
俺は、黒ビキニの見張りに話しかけてみることにした。
「こんにちは。いつもお世話になってます。上に住む者ですが、子供達は……」
どこにいるかと尋ねようとしたら、
「ああ、もしかして、ユージンですか?隊長から話は伺っております。隊長は直ぐに戻りますので、こちらでお待ちください」
思いの外丁寧な対応をされ、俺は建物の外の見通しの良いベンチに案内された。
「ありがとう。待たせてもらうよ」
見た目に色々思う事はあるが、種族の特性だと認識して、俺はベンチに座った。
ぼんやりと水面を眺めていたら、水場からラマンティーヌ族が何人か上がって来た。
「あれは……怪我人か?」
筋肉質なラマンティーヌが、続々と水から上がってくる姿は壮観だが、みな負傷している魔族を抱えて壁の扉に次々と運び込んでいた。
「争いの爪痕が垣間見えるな……」
運び込まれていく魔族の傷が生々しい。
——本当に争いの最中なんだな。
「ユージン、隊長がお戻りになられました」
苦々しい気持ちになっていたら、見張りの戦士が、ジェリコの帰還を知らせてくれた。
「ああ、ありがとう」
示された場所に顔を向けると、ジェリコが部下から報告を受けているところだった。
「なあ、ジェリコはラマンティーヌ族の隊長なのか?」
族長みたいな立場なのだろうか?
「地上というのは辺境に住まうと、海底と違って情報が手に入りにくいのか?」
見張りの男が、呆れた表情をしながら、ジェリコは『魔族海底部隊の総司令官』だと教えてくれた。
——俺は世間知らずすぎだな。
仲良くなった相手のことくらい、少しは聞いておけば良かった。
「めちゃくちゃ偉い人だったんだな……」
だからマハトと親密だったのか
「ハハハ、魔王軍幹部のツートップですから、偉いなんてもんじゃないですよ。隊長は、我々ラマンティーヌ族の誇りです」
ジェリコは部下からかなり慕われているみたいだ。ちなみに黒ビキニは副官らしい。
「隊長は、陸のマハトと海底のジェリコと呼ばれ、魔族軍の双璧を担っています」
陸軍と海軍みたいな感じなのかな?
「あの2人、実際はどっちが強いんだ?」
まあ、どっちもかなり強そうではあるな。
「そうですね、純粋なパワーだけなら隊長かと。魔法ありきの戦闘だとマハト様ですね」
精神攻撃のジェリコに、信頼のマハトなのかと思ったが、違ったようだ。
「見事な双璧なんだな」
俺は2人のふざけた姿しか知らないから、なんだか新鮮に感じた。
「陸・海……空もあるのか?」
また別の部隊があるのだろうか?
「空は、黒龍のフリーゲン様の命令があれば、魔物がまとまりますね」
知らなかった……フリーゲンはマハトのペット兼乗り物だと思っていた。
「フリーゲンって、実はすごいんだな」
意外だと感心していたら……
「フリーゲンスゴイ?ホメル?」
声がしたので振り向くと、小さくなったフリーゲンが、直ぐそばに飛んできた。
擦り寄って来たフリーゲンに威厳は感じないが、最大サイズの時は圧倒されたよな。
俺はフリーゲンを撫でながらふと気付いた。
「……魔王ショボいな」
それに引き換え、さっきの魔王の貧相な見た目たるや……
「魔王は、普段何してるんだ?」
デスクワークなら得意なのか?
「ふんぞり帰ってるだけですよ」
俺の質問に、足元に来たアルプが答えた。
「隊長からは、魔王は可能な限り、マハト様が拠点から出さないようにしていると聞いてますが……」
副官がアルプに確認している。
「ええ、魔王は基本的にマハト様が閉じ込めてます。アレは城にこもってる時は色事に励んでいますね。まあ、ウロウロされると邪魔なので」
——エロ魔王だ。
完全に役立たずじゃないか
「強権が発動しない限りは、基本的には魔族国はマハト様が回しています」
実質の王はマハトだとアルプが言い、副官も頷くことで同意していた。
——かなり大変だな。
「人間を制圧せよと命令はされていますが、細かな指示はありません。マハト様が上手く誤魔化して下さってます」
副官は、怪我人が運び込まれていった部屋を見ながら話を続けた。
「魔王に余計な口出しさせないために、被害を最小限に抑えてますが、一見派手に見せるているので怪我人が絶えません」
命に別状はなくても、被害者が少なからず出てしまうようだ。
「それに最近は、拠点が変わって、拘束が厄介になりました。肉体の制御権をなくせば、弱い魔族は見境なく人を襲いかねない」
副官は悩ましげに頭を振っている。
襲いたくないから商人は自害して、ピコラに逃げるように言ったんだよな……
「弱いと言っても、普通の人間よりは強いので、マハト様は拘束された魔族を抑えているので疲弊してるのです」
アルプは、マハトの力になれないことに心を痛めているようだ。
マハトは、人間も魔族も守るつもりか……
——1人では無理だろ
「何度か魔王を殺そうとしましたが、拘束があってできませんでした。定めだから仕方がないと知っていても、納得はできません」
直接打てるなら、とっくにやってるってことだよな……
「ちなみに魔王は、マハト様以上にジェリコ隊長が苦手なので、こちらに目が向けないおかげで、我々は比較的自由に動けています」
副官は、こちらに近寄って来たジェリコに向かって敬礼をした。
——ジェリコ、最強か?
「あらぁ、ユーちゃん。お・ま・た・せ♡」
なぜか二足歩行になっているジェリコが、俺を見て肉をブルブルさせながら、ウインクと投げキッスを同時に発動した。
魔王の気持ちが少し分かってしまった。
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