嬉しいこと
ぼわっ……。
何か鈍い感触を感じて黄魚は顔を上げた。
黄魚に直接何かがあったわけではない。
ただ、何かが大切な家――黄魚の守護する家に近寄り、その気に触れて消えた――。
黄魚は視線を美矢――お気に入りの家の子に向けた。
ここは美矢の自室で、美矢はダンスの自主練中だ。
好きなことに一生懸命打ち込み、心からそれを楽しんでいる……。
座敷童が大好きな人の姿――。
ずっと見ていたいほど大好きなのだが……。
黄魚はぶすーっとした表情を浮かべた。
「なんか、ぶつかってきた……。見て…こなく、ちゃ……」
善である座敷童の守護の気に触れて消えた……それ、すなわち悪いモノということだ。
黄魚は名残惜し気にもう一度美矢に目を向けた。
消えたから当面の心配はないが、消えたそれが何だったのか――。
消えたことで本当に家に危害が加わることがなくなったのかどうかは、確認しておいたほうが良い。
だが……。
「まだ、見てい、たい……」
納得できないところがあったようで、美矢は姿見を見ながら何度も同じ動作を繰り返している。
黄魚が側に居れば、その納得できない箇所により早く気づける可能性が上がる――。
まぁ、いなくとも本人が努力すれば、いつか気づけるものではあるのだが……。
「だれかに、頼む……?」
小さくつぶやき、迷うように美矢にまた目を向ける。
真摯に何度も同じ個所を繰り返し、納得できるダンスが出来るまで努力する姿が美しい……。
「ああ、良い……」
ほうっと息を吐く。ただ見ているだけで心地よい――。
まだ見ていたいから、精霊を呼びつけて様子を聞く……と言う手段も取れなくはないが……。
「だめ……危ない…」
そう言って首を横に振る。
精霊たちは嘘をつかない。裏切らない。
だがその力は座敷童に比べるととても弱く、また見えるものの範囲も狭い。
問えば自分たちが見たものをそのまま伝えてくれはするだろうが、それだけだ。
見たものから考え想像し、それが何を…どういったことを引き起こす可能性があるか……その結果何が起こるか?どうなるか?と、考えることはない。
それは危険を見落とす可能性を孕んでいる。
「行って、こよう……」
軽くため息をつくと、黄魚は屋根の上へとその身を移した。
黄魚が屋根にその身を移すと、それに気づいた精霊たちがわらわらと寄って来る。
精霊たちにとって座敷童は上位の存在で、憧れ、慕う存在なのだろう……。
だろうと言うのは、黄魚自身にはそう言った時代が無かったため、実感としてはわからないからだ。
黄魚は黄魚としての存在を認識した時から、大きな力を持つモノだった――。
それはそれとして……。
屋根の上のせいなのか、集まってきた精霊は風のものが多い。が、数は少なくとも、緑や土、あと当然のように、水の精霊は風にかなわぬなりにもそれなりの数が集ってきていた。
そんな集まって来た精霊たちに、黄魚は声をかけた。
「なに、来た?鬼だった?」
そう問う黄魚に、精霊たちは口々にポロポロと言葉をこぼす。
――鬼?
――そう、鬼、鬼!
――いたね!
――いた。いた。鬼、いた。
――軽い鬼だった……。
――薄い鬼。
――小さい鬼だった。
――ぱぁっ!と消えた…。
――消えたね!
――散ったよ。
――ネズミ色……。
――病…。
――そう、病…。
――他所のやつ。
――消えた、消えたよ。
「ふ…ん。病…流行り病、の鬼か……」
精霊たちのこぼす情報から、黄魚は流行り病を持ち込む鬼が来たのだと判断する。
「軽くて、薄くて……弱い、小さい鬼だったか……。良かった……」
ふうっと息を吐く。
だが幸い今回は消滅したようだが、この先他にも来ないとは限らない。
「しっかり…護らないと、ね」
きゅっ!と拳を握る。
「おでかけ、控えよう……」
白波のオヤツや、仲間の顔を思って少し残念に思うが、家を護るほうが優先だ。
「ありがとう……」
と精霊たちに声をかけ部屋に戻ろうとして――ふと、黄魚は気がついたことがあり動きを止めて留まった。
「鬼、消える前、触れたのいる?」
集まっている精霊たちに聞く。
途端、わらわら集まっている精霊たちが、すすすーっと二つに分かれた。
「いた……」
別れた精霊たちの間に、ほかと比べると少し色のくすんだ精霊がいた。
「ちょっとだけ、だね……」
近寄った黄魚はつぶやく。
だが、その精霊には穢れが確かについていた。
「風の……か、引っ張られた?」
そう問う黄魚にそれは頷く。
どうやらその精霊は鬼に引き込まれかけ、危うく逃げ出したということのようだった。
「せっかく、逃げたけど…そのまま、だと、そのうち染まる……。鬼になる」
黄魚のその言葉に、穢れのついた精霊は身を震わせる。
「鬼になると、嫌われる。でも、力は、強くなる……」
精霊たちが黄魚に集うのは、その身にある力の強さに惹かれるからだ。
明確に意識しているわけでは無くとも、力に惹かれ、己も強くなりたいと望んでいるだ――。
だが、その穢れのついた精霊は、嫌だと、怖いと黄魚に伝えた。
強くなりたい、力が欲しい……けれどそれは、周囲に嫌われ、疎まれる力ではないと訴える。
「わかった」
そっと黄魚が力を使うと、くすみが消え、元の風の精霊らしい光が戻る……いや、周囲にいる精霊より少し艶があるかも――。
「少し、やり過ぎた……」
黄魚が力を込め過ぎたらしい……。
「他に、いない?」
黄魚は確認するが、精霊たちが動くことはなかった。
ただ嬉しそうに、黄魚の近くに集うのみ。
大丈夫そうだと黄魚はほっとする。
流行り病の鬼が、風の精霊を得ていたら大変なことになるところだった……。
座敷童は己の守護家を護ることしかできない――。
だが、人はその家だけで暮らすわけではない、たとえ家の中だけ護ることができても、その周囲に不幸がはびこれば、それは家の中にもいつか入り込む――。
と――。
「あ!」
はっ!と黄魚は立ち上がり足元――屋根に視線を落とす。
吹きあがるように伝わってくるのは、歓喜――。達成感――。
跳ね回るような喜びの感情……。
「美矢、良いダンス、できたんだ……」
黄魚が側についていなくとも、美矢はしっかり自力で答えを見つけられたようだ……。
黄魚は満面に笑みを浮かべる。
そしてそんな黄魚が嬉しくて、周囲の精霊たちは楽しそうにさざめくのだった。
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