悪いのは……
「ワシらは人には使えぬ力を持ち、人に寄り添い存在する……。そして、その存在を知ってくれるものはとても少ない」
人でも神でもない存在――。
「なんなんだろうね、俺たちって……」
「座敷童だ」
「だから、座敷童って何なんだろうって、話だよ……って、なんか哲学みたいなこと言ってんなぁ、俺」
「哲学?」
「人の世にある学問だよ。人はなぜ生きるのか?っていうのを考える学問だ」
クロの言葉に銀河は「は?」という顔をする。
「生きているから、生きている――。生き物とはそういうものだろう。学問として考えるようなものなのではあるまい」
「それを学問としてして、真摯に向き合い色々考えるのが人なんだよなぁ」
「ま、好きにすれば良いが……答えなど出んだろう…」
「うん。俺もそう思うけど、そうやって悩んで考えるのがいいんじゃないのな?」
「まあ良い。人のすることだ……。それより、座敷童とは何だろうという話だったな?」
話の筋を戻した銀河にクロは頷く。
「お守りだ」
「スズメたちもいつもそう言うよね……」
何もしなくて良い、ただ共にあるだけ――。
それだけで、座敷童は人を守ることになる……。
「でも、知って欲しいって思ってしまう……。俺らのこともわかって欲しいって願ってしまう…」
だから、つい力を使ってしまう……。
ただのお守りでいたら、自分たちの存在をわかってもらえないから、ついつい手を出してしまう――。
「ワシらは人が好きだからな…。好きな相手に知って欲しい、わかって欲しいと願うのは仕方ないのではないかと思う……。ただ…だからと言ってそれでやりすぎてしまっては、ワシらのようにこうやって罰を受けることになるのだがな……」
銀河は苦笑いしながら、自分自身とクロの身を示す。
「ハハハ……。ああ、そうだ…さっき聞こうと思ってたんだけど、銀河はなんで家の連中に自分が恨まれるって知ったんだ?」
軽く笑って銀河の言葉を受けた後、クロは疑問に思ったことを銀河に聞く。
銀河が大岩を砕いたことで、せっかく豊かに暮らしていた村から追い出された――。
けれど、大岩を砕いたのが銀河だとは彼らは知らないはず。なのに、なぜ銀河を恨むのか……。
好きだった相手――自分の守護家の者に嫌われるなんて、座敷童として最悪なこと……。
「井戸で見せられたからだ」
「あー、それがあったか……」
クロは呻いた。
あの井戸は座敷童が知るべきものを見せるというが……。
「……俺、知るべきだって言われても、あの井戸わざわざ覗きたいとは思わねぇ……」
「ああ……」
銀河も深く同意するように頷く。
「あやつらは村を追い出された後、ほんのしばらくの間は家で纏まっていたのだがな……」
それは本当にしばらくの間で、すぐにバラバラになり、家ではなくなってしまったと銀河は言った。
「家で固まり一緒にいたところで、あやつらの中には誰も特出した力を持った者はいなかった。老若男女の差はあれど、大した能力の差があったわけではない。どこにでもいる――そんな人間ばかりだった」
「うん」
「だから当然、あの村から追い出されてしまえば、立身出世できるようなことはない。それまでの裕福な暮らしは、あやつがワシに気に入られ、それを知った村長の引き立てあってのことだったのだから……」
サクには人外の存在を察知し、会話も出来る力があって、しかも嫁の親が権力者だった――。
けれど、その子孫にはそんな力も特別な縁故もなかった、そして己の力になるものを自分からつかみに行くこともしなかった……。
「生まれついた家に備わってたから、そういった引き立ては他人――先祖の力で、自分たち自身に備わっている力ではないって、気が付けなかったってことか……」
「そういうことだな。だからあの村から追い出されてしまったら、何にも残らなかった。そうこうするうちに、家族の中で小ずるく手抜きをして、ほかの家族に負担をかけるようなことが起き始めた……」
「なにそれ?」
「しんどいこと、やりたくないことを、家族で押し付けあったのだ。その内容は些細なことばかりだったがな……。村で神主であったころは、家の雑用などは全て氏子や参拝に来た者がしてくれていたから、いつの間にやら自分たちでやらなくなっておったのさ」
「は?」
怠け者ばかりになっていたのだと、銀河は鼻で笑った。
「家族のために何かしても、それは当たり前のこととされてしまう。当たり前のことを頑張っても、何も得られない。誰も褒めてもくれない……。実際は何もないわけではないのだが、それは望んだ成果ではないから……」
皆、頑張らなくなった。
家族のために互いに何かしようという気持ちが無くなっていった――。
「家族で一緒にいても、何も得をすることがない――」
そう気がついた者から、一人減り、二人減り……。
「家で――家族で互いに助け合って、支えあって暮らしていこうとは思わなかったのか?」
「残念ながらな……。堕ちてしまった身の程を嘆き、堕とした原因を恨むばかりだった……」
「堕とした原因って……」
「ワシだ……。そして、その原因となったワシを恨めばまだ良かったのだがな……」
村を追い出されるとき、追い出す連中に、大岩が砕けたのは神罰だと言われた。
実際に砕いたのは神ではなく銀河だったのだが、追ったほうも追われた方も大岩が砕けたのは神罰――自然に砕けたのではなく、砕いた存在がいると認識をした……。
「砕けたのでは無く、砕かれた……。そこだけは正しかった――」
そうなったいきさつを――それが村を守る為だったことを誰も知らなかったが……。
そして、銀河の守護家の者たちは、大岩を砕いたものを神と思い込み、恨んだ……。
「井戸を見ておったら、家の者たちは大岩を砕かれたことに恨みを吐いておった……。そしてあやつらはそれを神罰と思い、神に不敬な言葉を吐き連ねおった……」
なぜあの大岩が砕かれたか――を知らぬにしろ、せめて誰があの大岩を砕いたか知っていたら、銀河だけへの恨みで済んだだろうが、知らなかったから勝手な思い込みで神に恨みを吐いた――。
何かが大岩を砕いた――それしか彼らは気づけなかった。そしてその何かを神だと間違った。
人が神を恨んで、その人生が歪まぬわけがない。
彼らのその後の人生は、幸せには程遠かったと銀河は言った。
「愚かすぎるな……」
「悪いのはワシだったのだがな……。あの大岩をワシが砕くまで、あの家は確かに家だったのだ。その証拠に、ワシはあの家でずっと童の姿を保っていられた――」
なかなか次代に神主の座を渡さなかったサクの孫も、他の村人より贅沢していた家の者たちも、それはそれで、互いに家の者を思いやる気持ちを確かに持っていた――。
「あの家が壊れたのは、ワシが悪かったからだ……」
銀河は俯く。
「なんでさ!銀河は村を救ったんだ!ちっとも悪くない!」
勝手に勘違いする方が悪いと言うクロに、銀河は首を振る。
「ワシらは座敷童だ」
「わかってるよ!」
「座敷童は家の守護をする存在――村を守るなんて、それは座敷童の務めではないだろう?」
「あ……」
「ワシは座敷童として間違ったことをした……」
守護家の没落は、もちろん彼らにも罪がある。
だが、そのきっかけや原因は座敷童だった銀河にあった。
「ワシがおるだけで、その家は繁栄する。ワシの存在はあやつらを甘やかしすぎた。家族として思いあってはいたのだろうが、その心は豊かさに慣れて脆弱になっていったのだろう。そして、突出した豊かさは他人の妬みも買う……」
霊験あらたかな神を祀り、それを守ることを仕事とする神主の家――。
土にまみれて畑を耕したり、泥の中で田の手入れしたりすることはない。
――汚れる仕事をしない。
重いものを運んだり、炎天下や寒風吹く中出ていくこともない。
――しんどく、辛い仕事はしない。
銃を持って、イノシシや熊を追うことなどない。
――仕事に危険がない……。
参拝に来る人と話をし、祝詞をあげて、奉納されるものを粛々と受け取る……。
ほとんどの村の者たちが日々行っている仕事と比べれば、なんと美しく、楽な仕事か!と、思っている者がほとんどだ。
なにしろ老いた神主なんて、耄碌してきているから、そろそろ次に譲るよう散々言われているのに、いつまでもその座を譲りたくなくてグダグダやっているほどだ……。
どれほどその座は美味しいのか――。
「他所から見たら、そりゃあ羨ましかっただろうさ……」
そうとう多くの者に、あの家はやっかまれていた――。
「だから御神体とされる大岩が砕かれたとき、石を投げられた……」
「でも!それは……」
言い募るクロに銀河は首を振る。
「さっきクロも言っていただろう…。もし、ワシが岩を砕かず川が堰き止められて湖が出来ていたら、そこは豊かな恵みをもたらす場となっただろうと……」
それが本来の流れだった。
たとえ村の半分が水に浸かっても、自然の流れはそれが正しかった。
「座敷童のワシがあの時すべきだったのは、大岩を砕くのではなく、家の者たちを安全に逃がすことだった。畑や屋敷など失ったところで、皆が息災であれば何とでもなった。そして、力を失わぬままワシが家にお守りとしてついておれば、石を投げられることなどなかっただろう……」
「それは……」
どうだろう?と思うクロだが……。
「それに……恵まれ過ぎていたあの家が、それなりの被害にあえば、やっかんでいた連中の気も済んだことだろう……。むしろ、恵まれていた家が大きな被害にあって、可哀そうだと同情されたのではないかな?」
「……俺、そういうの好きじゃない。けど……」
きっとそうなっただろうな…と銀河の言葉に同意する。
「まぁ、もう過ぎたことだ……」
「そうだな……」
過ぎたことは帰らない――。
「銀河は、また座敷童として人界に戻る気ってあるのか?」
その家は散り散りになり、もうどこに血が行ったか知りようがないと銀河は言った。
座敷童としては、かなりハードな目に遭っていると思うが……。
「戻るぞ」
銀河はさっくりと言う。
「ワシは確かに間違った。だが、まだこうして座敷童としての身を保っておる。それは神が、まだワシに座敷童として存在して良いと、許しをくれているのだと思うから……」
きっとまた力を取り戻し、今度こそ座敷童としての本分を全うしてみせると――。
「まぁ、力を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうだがな……」
銀河は両手を広げて老いた我が身を示し、少し困り笑いでそう言った。
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