本来の流れ……
「あの日、大雨であの川がまた暴れだした……」
銀河が語る。
「暴れる水は、大岩の下の地を削りおった……」
大岩は、川の端ぎりぎりのところにあった。
山から転げて来たとき、本当ならもっと離れたところまで転がれるほどの勢いがあったのに、川にさえぎられた形になったのは、川端の柔らかい土に捕まったから。
大雨で増水した川は、その柔らかい土を容赦なく削り取り、そして……。
そして、足元の止めが無くなった大岩は当然のように川の中へと転がり落ち、増水した川を留める堰となった――。
「堰き止められた川の水はどんどん嵩を増しおった。あのまま放っておいたら、おそらく村の半分は水の下になっただろう」
そうなれば人の命も少なからず失われたはず……。
「天然ダム湖って感じかな…?」
クロの言葉に銀河は少し考えるようにしてから頷いた。
「そうだな…恐らく立派な湖ができただろう。沈んだ家々が魚の住みかとなり、生き物豊かな湖になったのではないかな?」
そうなる前に、ワシが堰となる大岩を砕いてしまったがな…と肩をすくめる。
「魚が増えれば、それを餌にする動物とかが増えただろうなぁ。あと、水鳥とか……。きれいな水草とかも生えたかも?そういえば食用の水草とか、人の世では結構高級品らしいね。もし湖が出来ていたら、そういうので商売する人が出て来てたかもなぁ…」
クロは無かった未来を軽く予想して言葉にする。
銀河は大きくため息をついた。
「……きっとそれが、本来あるべき流れだったのだろう……。だがワシがその流れを変えてしまった。そして、良いことをした気でいたんだ……。あの大岩からワシは生まれた。本体であり、あやつと出会った大切な場でもあった。砕くのは辛かったさ。砕きたくなんてなかった。だがそれでも、ワシはあの村を守るために砕いたんだ……」
それが良いことだと信じて――。
「良いことだろ?たくさんの命救うことができたんだ。良いことなんじゃないのか?」
多くの村人の命を救い、水の下になるはずだった家々や田畑も護った。
普通に考えればとても良いことだ。
だが……。
クロの言葉に銀河は首を振った。
「ワシのこの姿がそうではなかったという証だ。ワシのしたことが、座敷童として正しかったのならワシはこの姿になることはない」
「あ……」
そう、座敷童が本来そうあるべき幼子の姿を失うのは、罪を犯し罰を受けてその力を失うから――。
「大岩を砕いた途端、意識を失い水に流されて……気が付いた時にはここにいた。当初はこの姿より、もっと歳をとった姿だった……」
座敷童らしい幼子姿だったわが身が、白髪の老人となっていて驚いたと銀河は自嘲する。
「けれどまぁ、我が本体を砕いたのだ…。消滅するかもしれんとすら考えておったから、存在が残っただけでも救いだと思った……」
「座敷童になっていたから消えなかったんだな……」
「そうだ……」
精霊は自然と同じ、ただそこに在るだけ。
だが座敷童には自我の存在力の元になるもの――『家』が有るから……。
本体が砕けた――砕いたことによる喪失感は十分に味わうことになったが……。
「だがな……その『家』――ワシの守護家は、あの大岩を御本尊とする神主の家だ」
「そうだね……」
「あやつ(サク)は生前、この家を守護するものは神ではない。だが人に優しく寄り添い、護ってくれる大切な存在で、その存在はあの大岩から頂いた。だからその感謝を御本尊――大岩に捧げるようにと、子供たちに口伝した……」
サクは、「自分は神ではない。神と誤認してくれるな――」という銀河の思いを、子供たちに伝えようとしたのだ。
家の仕事として、大岩を御神体として大切に管理し守る――神主としての役目を果たすべし。
けれど『家』を守る守護は神とは別にいるので、そちらにも感謝し寄り添うように……。
「だが見えない者たちに、そんなあやつの言葉は、あやつの思うようには伝わらなかった……。恵まれた家に生きる人の良くない部分――傲慢さが、いつしか生じていた……」
子供世代までは、サクが生きていたので何とか体裁を保っていたが……。
「うん。孫はそのこと信じてないってか、神主って立場にしがみついて、偉そうにしてたって話はさっき聞いた」
その通りだと、銀河は頷く。
「そうだ。つまり、あの家は、あの大岩あってこそだったということよ」
霊験あらたかとされる大岩があるから、御神体を崇める神主の家として繁栄を享受し、裕福に暮らせていた――。
「なのにワシはその大岩を砕いた」
「あ、神主の仕事無くなるか……」
「それだけでは済まなかった。あの家の座敷童だったワシが、力を失いここに来てしまったのだぞ?」
なんだかんだと生真面目に神主をしていたサク亡き後も、あの家が神主の体裁を保ち繁栄してこれたのは、銀河が守護を続けていたからだ。
護るものがいたから、多少傲慢で、神主としてふさわしい人でなくとも何とかなっていた。
ずっと守護を受けていた家が、守護を失った――。
「ここに来て、しばらくして落ち着いたころに井戸を覗いた」
「…うん」
「家の者たちが、村の者たちに石を投げられ、村から追い払われる光景を見せられた……」
「は?石!?」
御神体とされていた大岩が砕けてなくなる――。
神と崇める対象がなくなったことで、神主という職を失うのは仕方がないことだろう。
だが、なぜ追われる?まして、石を投げられるなんて……。
「神主一家がちゃんとしていなかったから、神罰が落ちて、大岩が砕けたのだと……。村人たちはそう言って、ワシの家の者たちを追い払いおった」
「そんな……」
銀河は村を助けるために大岩を砕いたのに、それが神罰だなんて……。
「大岩を砕いたのがワシだなんて、誰も知らぬからなぁ……」
あんなに大きな岩が木っ端みじんに砕けた光景を見れば、神の御力と人が勘違いするのも仕方のないこと……。
「というか……。大岩が自分たちを助けるために砕かれたなんて、誰も知らぬのだから……」
仕方がないと、銀河は深く息をついて目を閉じた。
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