感謝?
銀河を生み出した大岩――。
本体と言えるものだったが、それは銀河からみると決して御神体などとされるようなものではなかった。
ただ自然の力が凝りやすい場ではあった。
「山の上から転がり落ちた時の力の残滓があの岩に残っていたのもあったし、あの大きな佇まいを目にするだけでも、人は何かしらの感銘を受けておったようだ」
「ん?力の残滓?」
「山から転がった時の勢いがな……。あの川に当たったがために、転がりがあの地で止まったが、本来ならもっと遠くへ転がれるだけの力があったのだ。その残った力を、あの岩は中に秘めていた。ワシが生まれたのは恐らく余剰となったその力のせいだ」
山からゴロンゴロンと転がり落ちる大岩のパワー……。
周囲の木々や、生き物、土や岩、いろんなものを押しのけ、つぶし、転がる大岩――。
どういう事情で山から転げたのかは知らないが、当時の現場はとんでもない阿鼻叫喚なことになっていただろう。
それが川にはまって、力が完全に発散される前に止められた……。
「もし、その転がる姿を人が見てたら、荒ぶる神とでも思ったんじゃないか?」
「かもしれんが、それを見ている人はおらんかった」
人があの辺りに住まう前のことだそうだ。
「何にせよ、大きくとも岩は岩だ。神ではない――」
「そだね」
「だがな……」
銀河は困ったように息を吐く。
「なにしろ巨石と言っていいほどの大きな岩だ。その大きさを目にするだけで、人によっては感銘を受けるものもおってなぁ……」
ただ岩の横に立ち、その大きさに触れることで、心にわだかまりを持っていた者の中の何人か――いや、何人もの人がそこで何らかの感銘を受け、答えとなる糸口を見つけることができたのだという。
銀河から見れば、自力解決なのだが……。
人はそれを大岩――御神体の力であると思い、そう信じてしまった。
「そのうえ、風の精霊に気に入られた行商人の幸運もあったしなぁ……」
大岩が霊験あらたかな神様であるという噂が立つのは当然の流れ。
「うーん……。その流れだと、大岩が御神体とされるのは、仕方ないって思うなぁ……」
座敷童であり、自分は神ではないと自覚がある銀河にとっては不本意だろうが、大岩を御神体と見なした人に罪はなかったとクロは思う。
「まぁ、な……。あやつが生きておって、あやつがあやつなりにあの大岩の存在に寄り添い、あの岩を神と信じる者たちに接しておる間は、ワシもそう問題はなかったと思うのだ」
「サクは銀河と喋れるんだから、大岩が神様なんかじゃないってわかってるんだよな?」
「もちろんだ」
神主という職は、サクが望んで得たものではない。
だが、大岩は岩の精霊――銀河と出会った場で、それは座敷童と暮らす幸運を得る元ともなった場所――。
銀河と話をして、大岩が人が思うような御神体ではないと知ってはいたが、大切に思っていた。
「銀河が言うように、あの岩は神さんではないのだろうが、それでも何かの目印とか、指針になっているものではないのか……と、儂は思うんだ……」
だから人はあの大岩に惹かれて集い、あの風の精霊も、行商人についてやる気になったのだろうと――。
「何より、銀河…お前様が生まれた。お前様を生み出してくれたあの岩に、儂はとても感謝しているんだ。もしかしたら、神様以上に感謝しているかもしれん……」
毎日大岩の周囲を掃除し、大岩を有難がる人々と話しをし、困ったことや、悩みを持ち、大岩に助けを求めてきた人々の言うことを聞く……。
そんな日々を過ごすサクは、ある日そんなことを銀河に言ったという。
「なんだ……サクさん、ただのお掃除係じゃなくて、色々考えてたんだね」
それを聞いたクロが茶化してそう言うと、銀河は苦笑いした。
「先ほど掃除が大事と言うたのは、お前じゃなかったか?」
「いやいや、掃除も大事だとは思ってるよ。サクさんって神官の修行とかしていないから、言ってみれば似非神主だろう?掃除以外、ほかに何ができたんだ?」
本来神主の仕事の一番大切なのは、神様に祈ること――祈祷のはずだ。
だが、サクは銀河により実は大岩は神様ではないと知っている。
「あやつ、村長に言われて祈祷の真似事はしとったぞ」
「えー」
「仕方あるまい。霊験あらたかな神ということで、近隣から多くの人が集うようになり、それがあの村の主な収入源になったのだ」
「あー、観光地的な感じ?」
クロの言葉に銀河は頷く。
遠方から来た人が、村で宿をとるようになったり、食事を求めるようになったり、神への寄進として、お金や品物が届けられることもあった。
大岩を御神体と定める前は、各々で田畑を作ったり、狩りのできるものは山に入ったりという生活をしていたが、他所から訪れる人からお金を得ることを覚えた――。
「それまでは、自力で畑をできないものや、狩りのできないものは、言ってみればごくつぶしよ……。どうしても、年老いて身動きが不自由になった者や、生まれつき鈍い者は、そうでない働き盛りの者に頼って生きるしかなかった」
だが、人に宿を貸したり、食事を作ったりは、たいそうな体力がなくてもできる仕事だ。
むしろ、畑の手入れや、狩りに行く体力がなくなったような年寄りのほうが、美味しい料理を作る知恵があったりする。
「村として、大岩を御神体として持ち上げるのは、そこに暮らす皆のためになったんだな……」
だから村長は、御神体としての体裁を、神主を任せたサクに整えさせた。
「ま、あやつの唱える祝詞をよくよく聞けば、その内容は大岩に対しての感謝の言葉だったがな」
ごにょごにょと、聞こえにくいようにしていたが、銀河を生み出してくれたこと、銀河を自分のもとに寄こしてくれたことに対する感謝をサクは唱えていたらしい。
「はは、マイペースな人だったんだねぇ……」
それにとても正直者だと、クロは思った。
「俺らの好きなタイプだね」
「そうだ。だからワシは幸せだったよ」
銀河は言う。
「あやつの家の座敷童となって、そうで無くなるまで…ワシはずっと幸福だった……。もちろん、あやつを見送る羽目になったときには、悲しくて悔しくて、人で無いこの身で涙が流れるのではないかと思うほどの辛い思いはしたが……」
銀河は少し言葉を止めた後、続けて言う。
「あのときワシは、悲しみという感情を教えてもらえて、それに感謝した……」
「感謝……」
クロは悲しみなんて知りたくなかったと、タロを失った時の自分の身を顧みて思うが……。
「それまで知らなかったこと……。恐らくは精霊のままであっては知ることがなかったことを、教えてもらったのだ」
精霊は自然そのもの、悲しみなんて知ることはない。
自然現象に感情はないからだ。
「知らぬことを教えてもらえたのだから、感謝――だろう?」
感謝の気持ちは、普通なら与えられるほうも与えたほうも嬉しいものだけど……。
銀河の顔には、どこか苦いものが混じっていた。
「けど…知りたくないことも、結構たくさんあるよね……」
クロが言うと、銀河は頷いた。
「わかっている。だが、そういうものほど、知らずに済ませるわけにいかないのが、困ったものなのだ……」
「ほんとにね……」
座敷童二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。
作中で座敷童たちが「神様」としているのは、無から命あるものを創り出せ、なおかつそれらを(するしないに関わらず)支配できる存在を想定しています。いわゆる創造神です。
お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m
よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))




