一人者同士
「あやつは一人者だった……」
「え?家族は?」
「いなかった」
座敷童の基本は『家』だ、家となる家族のいない者のところには行けないはず……。
そう思うクロに、銀河は家に入る前のことだと言う。
「面白いヤツだと思ったが、最初は守護に――それも、座敷童として家についてやろうなどとは思ってもおらんかったよ」
「それもそうか…」
たまたま銀河が見えてしまった……ただそれだけの人――のはずだった……。
「あやつはきっと寂しかったのではないかな……と、今となってそう思うのだ。ワシのところに来始める数年前に大きな災害があってな…。あやつはそのときに、家族全てを失ったのだと言っておった」
「そっか……」
男は大岩の横で毎日釣りをしながら、そう言った自分の身の上のことだけではなく、その日の天気や朝餉のことなど、日々起きる些細なことを大岩相手に語っていたらしい。
「一人もん同士で話し相手にってことか……」
「いや……その頃のワシの姿は、ほんの幼子――人にしたら三つくらいの姿をしておったのだぞ?」
生まれたばかりの精霊で、人のことなど何も知らなかったと銀河が苦笑する。
「話し相手にするには無理があるか……」
「ああ、それにワシは最初自分が話しかけられてることに気がつかんかった。だからあやつの言うことに返事をしたり、反応したりは一切しとらんかった。いや、出来んかった……生まれたばかりで、何かしたいとか、どうしたいとか…そう言う思いを何も持たぬ頃だ」
「なんだそれ?んじゃあ、その男は文字通り岩に話しかけてたってだけじゃないか……」
「そうだ」
いったい何が楽しいんだ?と、クロは首を傾げる。
ほとんど釣れない釣りをしながら、岩相手に話しかける――どう考えても、変なヤツだ。
「それにはあやつなりの理由があった……。だがその理由はさておき、あやつのあの時の行動が、あやつも、そしてワシ自身も気づかぬまま、ワシを育ててしまったのだ……」
「銀河を育てた?」
「そうだ。あやつがああやって毎日話かけることを、ワシはそうと意識しないまま聞いておった。聞いていたという意識は無い。だが、確かに聞こえていた……」
「そいつの言葉が、精霊の銀河を育てたって事?」
クロの言葉に銀河は頷く。
「己以外に存在があるということを知り、ワシはそこから外へと意識を向けることを覚えたのさ」
「え、でも……風の精霊とか結構おせっかいだし、川の側なら水の精霊や、河童なんかもいたんじゃないか?」
その男が来なくとも、そのうち他の精霊により、他者へ意識を向けることは覚えたのではないか…?とクロは指摘するが、銀河は首を横に振った。
「おったのかもしれぬが、ワシの気を惹くことはなかったようだ」
岩の精霊故に、頑固な性質だったのだろうと銀河は苦笑いする。
「他の精霊なんぞ、あの頃のワシにはなんの意味も無かった。たとえ目の前に来ても、見えておらんかっただろう。『見る』と言うことすら知らんかった気がする」
「なにそれ……」
「精霊として生まれたが、何かに惹かれるものがあったわけでもない……。たまたま、あの大岩に力が籠りすぎたせいで生じてしまった存在だ。あやつとの関りがなければ、そのうち自然の中に溶けて消えておっただろう……」
山から転げ落ちてくるときに、跳ねて転げて、本来岩が持つようなものでは無い力を得てしまった――。
それが内に籠って熱を持ち、やがて岩の精霊として産まれいでた……。
「ワシが生じたのは不測の事態――イレギュラーというヤツだ。引き留めるものが無ければ、そのうち自然に還っておっただろう……」
「…その男に引き留められたってことなのか?でも、なんで?」
クロは首を傾げる。
「ワシにもわからん」
「なんだよ、それ!」
「わからんのだから、仕方あるまい。ただ惹かれた……それだけなのだ」
「えー」
「ただあやつのせいで、ワシに変化が起きた――」
毎日毎日通ってきて、勝手に話す言葉を聞くともなしに聞いていた。
下手な釣りを、見るともなしに見ていた……。
そのうち、たまにちらちらと自分と視線が合うことに気がついた。
(ふーん?我のことが見えとるのかな、あの男……)
面白いな……。
気持ちが動く感覚をこの時に初めて知った。
山からはぐれた大岩――巨石に生まれた意識体。
ただそこに居るだけの存在――。
それが変わった瞬間だった……。
そしてある日、男は大岩の上まで上がりこんでくると、がっつり銀河に目を合わし名乗りを上げてきた。
「なぁ、儂はサクと言うんだ、お前様の名はなんという?」
たいした足場も手がかりもない大岩を、男がえっちらおっちらよじ登って来るのを見ていた銀河は、放たれたその問いに首を傾げた。
「名などない」
「なんで?!」
サクと名乗った男は大仰に驚くが、銀河にとっては当然のことだ。
「人でないからだ」
名とは人がつけるもの。
人は人同士で呼び合うから名が必要になるが、呼び合うことのないものには必要ない。
そう言った銀河に、男――サクは一瞬ポカンとし、それから何か考えこむようにして、それから言った。
「んじゃあ、儂が名をつけても良いか?儂はお前様を呼びたいんだ」
「勝手にすれば良い」
名がついたからと、何も変わらない……そう思ったから――。
「では銀の川……銀河と言うのはどうだ?」
「は?」
何も変わらなくなんてなかった――。
その名づけの一瞬で、銀河は自分の中にあった力が変化し、また急激に増えたのを感じた。
驚いて目を見開き、それから男の方を憮然と見返す。
「……な、ぜ?」
そう問うた銀河に、サクは足元の大岩をぽんぽんと叩く。
「この大岩様が銀色の帯を纏っておられるからだよ。お前様は、この岩の化身なのだろう?」
大岩の全体的な色は深い青緑色なのだが、斜めに大きく黒銀色のキラキラした雲母の層が入っていた。
サクはその雲母の層が、銀色の帯や川のように見えるのだと言った。
「……さあな……」
銀河は、なぜ自分に名がつけられたことによって力が増えたのか――を、知りたくて「なぜ?」と聞いたのだが、サクは名づけの理由を述べた。
そうじゃなくて!…と言いたかったが、サクに問うたところで答えは得られないことをすぐに悟っていた。
「ふん……。それで、お前は我に何の用だ?」
「何もない」
「なんだと?」
サクはポンポンと軽く叩くように銀河の頭を撫でた。
「儂はただお前様――銀河と話がしたかったんだ」
「なぜだ?」
「一人だったから」
「なんだと?」
「幼い子供が一人でおったら、大人が気を配るんは当たり前のことだろう?」
そう言われてポカンとした。
「お前は……」
「ああ、儂も一人だ。だが、儂は大人だからな……良いんだ」
「何が良いんだ?」
「……」
小首を傾げ問い返した銀河に、サクは少し困ったような顔をする。
「そ、そうだな……。釣れもせんのに毎日釣りに来て、近所の娘っ子に畑の世話をもっとちゃんとしろ!と、叱られても、自分の食い扶持は自分でとって来とると言い返すことかな?」
「なんだそれは?」
「えーと…なんだろうな……」
自信な無げに眉を下げたサクに銀河は問う。
「畑と言うのは大事なのか?」
「え?なんだ、そこからか……」
サクは苦笑いしたが、大岩の精霊である銀河に、人の耕す畑の大切さなどわかるはずがない。
必要ないのだから――。
だからその日のサクの話は、畑というのが人にとってどういったものなのか(人にとって大切な食を作っている)と言うことや、サクの畑はサクを残し先に逝ってしまった親たちが、子供のサク達を飢えさせないように大切にしていたものだというものになった。
「なるほど、ではお前はその畑と言うのを大切にせねばならんな。近所の娘という者の言う通りにせねばいかん」
幼子姿で赤い腹掛けをしただけの銀河に、呆れたように腕組みされそう諭され、サクは情けなさそうにタハハと笑う。
「えーと……。大切にしてないわけじゃないんだがな……。朝な夕なにちゃんと水撒いてるし、たまに肥えだって運んでる。虫を見つけたら踏みつぶしてるし、余計な草だって引いてるぞ」
「なら、なぜその娘はお前を叱るのだ?」
「……」
不思議だと首を傾げた銀河だが、サクは顔を赤くして答えなかった。
座敷童になる前の銀河のファッションは赤の腹掛け――いわゆる金太郎スタイルですw
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