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「銀河が護ってた家はもう無いって言ってたよね?血筋としても残ってないの?」

「どうかな……」


 クロの問いに、銀河はちょっと考えるような様子を見せた。


「もしかしたら、どこかに残っておるやも知れんが、探しはしなかったのでな……」

「そんなに、嫌いになっちゃったんだ……」


 クロの反応に、銀河は苦笑いする。


「イヤ、嫌った……というか、恨んだのは向こう…人の方だ」

「は?人が座敷童を恨むなんて、まさ…あ……」


 まさか無いだろ…と言いかけて、クロは自分に対する華子のことを思い出す。


「無いことは、無いか……」


 よくよく考えれば、自分だって家の者――華子に、護ってくれなかったと恨みを持たれているではないか……。

 クロ的には護っていなかったわけではない……というか、護る為に力を使いすぎて力を失いここに来る羽目になったのだが……。

 華子はそんなことなど知らないから――。


「わからない者には、全然わかってもらえないんだよな……」

「そう言うことだ」


 銀河はドカッと音を立て、クロに並んで窓辺にもたれる。

 片膝をたて、もう片足は前に投げ出す。


「ここは風が心地よいな……」

「うん」

「ワシは、ワシの本体を砕いたのだと、以前話したことがあったのを覚えておるか?」

「……なんか、聞いたような気がする」


 クロの返事を聞きながら、銀河は窓の外に視線を向ける。


「助けようとした……。いや、助けたんだ、ワシは……」

「うん」

「だがそれは、家の者には伝わらなんだ……」

「…一緒……かな?俺と…」

「そうだな…。似ているところもあるかもしれんな……」


 銀河は考えながらそう返す。


 クロは華子を護る為に力を尽くし、その命を助けたが、当の華子は歩けなくなったことを「座敷童が助けてくれなかった!」からだと恨みに思っている。

 座敷童は決して万能ではない。

 というか…出来ない事の方が多いのだ。

 それでも、大切な家の者――その命を救うために、身を保てないほどに力を尽くしたのに……。


「理不尽だよなぁ……」

「ああ、ワシも恨まれていると知ったとき、そう思った……。井戸に、あの光景を見せられるまでは、こっちこそが恨む立場と思っていた……」


 井戸――。


 その言葉に、クロは銀河を見返す。

 クロの視線を受け止めた銀河は、ふっと笑って話し出した。


「男がいたんだ……。毎日、川縁の大岩の陰に座って竿を振るうのだが、それがまったく魚釣りの才能の無いヤツでなぁ…」

「その大岩ってのが、銀河の本体?」

「ああ、座敷童になる前のワシの本体だ」


 クロの確認に、銀河は頷いた。


「そいつはなー、魚釣りに来ているはずなのに、夕暮れ帰る頃に魚籠に入っているのは、カニやエビ、蛙がほとんどでな。肝心の魚は大概一匹か二匹……。たまに三匹釣れたら、大漁だってほくほく顔になっとった……。まったく、なんのために竿を持ってきているのか、ワシは最初不思議で仕方なかった……」

「えーっと?もしかして、それ(エビやカニ)って餌なんじゃ?」


 クロがそう言うと、銀河は鷹揚に頷く。


「ああ、そうだ。エビやらカニは、川縁の石をひっくり返せばすぐに捕まえられるし、蛙もしかり。毎度来るたびに、張り切って集めるのだが、肝心の魚はほとんど釣れぬので餌が余る。で、仕方ないので、魚の餌になるはずだったそれらを収穫として持ち帰り、夕餉にする……そんなヤツだ」

「まるで子供だな……。あ、子供か?」

「いや、恐らくあのときで、二〇は超えておったはずだ」

「え、いい大人じゃないか……」


 少し呆れたようにクロは息を吐く。

 今となっては遠い昔のことだが、エビやカニは、子供でも安全に捕まえられる川の恵みだった。

 だから、川近くに住んでいれば、それらの収穫は子供に託されていたものだ。


 甲斐性なし――そんな単語がクロの頭に浮かぶ……。


「エビやカニって、魚釣りの餌としては、結構優秀な部類なんだけどなぁ。それでも釣れないってド下手過ぎないか?まさか、その川に魚がいないって、オチじゃないよね?」

「魚は結構おったぞ。ハヤや、ウグイ、時期によっては鮎も多かった……。特に男は、いつもしっかり大岩の影を陣取っておったから、その足元で、魚は群れになって泳いでおったさ」


 ※ 魚は、木や岩の陰に寄って来やすい。


「は?それで、なぜに釣れない?」


 話を聞くだけなら、釣れない方がおかしい環境だ。


「釣る気なんぞ、無かったからだな」

「はい?釣りに来てたんだよな?」


 釣る気が無いのに、なぜ毎日竿を担いでやってきて、餌を集め、川縁で糸を垂らすのだろう?


「あれは、見えるヤツだったのさ。だから、毎日ワシに会うために竿を担いで来ておったのよ」

「……竿、いらんくね?」

「見えるのはあやつだけ…そんな場で、川辺に毎日通い続ければどうなる?」


 特別大きくも、小さくもないそんな里だったという。


「おかしくなったって、不審がられるか……」

「そう言うことだ…。最初はただ、ワシを気にして見に来ている…ただそれだけだったんだがなぁ……」

「ただそれだけって、いうのが良かったんじゃないのか?俺、今銀河の話聞いてて、面白そうなヤツだって思ったもん」

「そうか……クロもそう感じるのなら、ワシがあの家の座敷童になったのも、必然だったということか……」


 銀河がつぶやく。


「だと思う。んで、良さそうな男に思うけど、なんで……」


 本体を砕き、その挙句恨まれるようなことが起こったのだろうか……。


「ああ、あの男が生きていた頃は良かった――」


 楽しかったと、銀河は言った。


「だが、楽しいことばかりは続かんのだなぁ…。そして、ワシにも心得違いがあったのだ……」


 人はいつまでも生きているわけではない。

 好意を持った人の血が引き継がれ、それに惹かれても、それは同じものではないのだ。

 ()として残っていても、その中身はどんどん変わっていく……。


「あの里があったのは盆地で、夏は暑く、冬は底冷えがする土地だった……。暮らし良い気候とは言えんかった。

 けれど、その盆地の真ん中には川が流れておったので、人はその川の水につられてあの地に暮らすようになったのだろう。で、ワシの本体であった大岩は、元はその川の流れの下方にあった岩山の一部だったのが、崩れて川の傍に転がったものだった…」


 だから元の出自は山。

 岩の精霊と言ってはいるが、もしかしたらクロと同じ山童なのかもしれないと、銀河は笑った。


「ええ…どうなんだそれ?」


 少し悩むクロに銀河は苦笑いする。


「出自が山なので、似てるところがあるかも知れぬと言うだけのことだ。山から転げ、離れた時点であの大岩は、山ではなく()になっておるさ」

「うーん…。俺、そう言うの……出自がどうとかって、今まであんまし考えてなかったからなぁ」

「人でないワシ等には、あまり関係は無いことだからな…。気にすることはない。ただ、例えば黄魚が大鮎に変化出来るのに、自分も…と望む紅が出来なかったりするのは、多少関係はするのだろうがな」

「あ、そういうの、前に言ってたねぇ…」


 紅が変化のできる黄魚が羨ましいと言っていたことをクロも思い出す。


「まぁ、今はそのことは良い。ワシの言いたいのは、ワシを座敷童とした男が見える者で、ヤツの暮らしていた里が盆地であったこと。そしてワシの本体であった大岩が、川の下流にあったということだ……」


 それもそれなりに深さの有る、広く大きな川だったと銀河は言った。


「下流……イヤな気がする……」


 眉をしかめるクロに、銀河は頷く。

 

「クロのイヤな気は当たっているだろうな」


 山々に囲まれた盆地。

 そこに流れる大きな川――。


「災害か……」

「そうだ。ある大雨の日に大岩の下の地盤が崩れ、大岩は川の中に転がり落ちた……。大きな…本当に大きな岩だったんだ。川の端から端へ跨いでも、まだ余りがあるほどにな……」

「雨は……」


 クロの問いに銀河は息を吐きだす。


「岩が川に落ちる二日前から降り続いていて、川の水は縁まで来ていた…岩が落ちてからも、止む気配はまるでなくてな……」


 盆地全体は一見するとわからないが、緩やかに川の方へすり鉢のような下り坂になっていた。

 山から崩れた大岩が川の傍へと転げたのもそれが理由。

 そして、盆地に降る雨は全て川へと流れ込む。


「今の世のように護岸など一切されていなかった。そんな川が下流でせき止められたらどうなる?」

「……天然のダム……だな……」

「ああ、放っておけばすべて水の中、きっと大きな湖が出来たことだろう――ワシは、あの時そう思った……」


 だから砕いたのだと、銀河は言った。


「迷ったよ。砕くか、砕くまいか……。迷いに迷った…。もうあの男も自身の生を終えて、それから数代重ねておった…。恐らく三代は変わっておったな」


 座敷童(銀河)の気配を察知できる者も一人もいなくなっていて、そんな家を護り続ける意味はあるのかと……。


「それでも、ワシは砕く方を選択してしまった……。あヤツと過ごしたあの里を、水の下に失いたくないという思いがあった……」


 迷って、迷って……。


「座敷童として、間違ってしまった……」


 ぼんやり、そうクロに言うでもなくつぶやいた。


お読みいただき大変ありがとうございますm(__)m

よろしければぜひまた続きを読みに来てください(o_ _)o))

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