逃避中
「はあ…」
囲炉裏部屋から自室に戻ったクロは、窓辺にもたれ、片腕で頭を抱えて息を吐く。
緑花にあの後再度促されたが、井戸を見に行くことはしなかった……というか、出来なかった。
黄魚に聞かされた、華子のことはとっても気になるが……。
あの井戸は座敷童が見るべきものを見せるというが……。
見るべきものと言うことは、そこに映るものを座敷童側が選ぶことが出来ないということ。
井戸が見せるものが、クロの見たいものとは限らないのだ。
今の華子を見ることが出来るかもしれないが、見たくもないものを見せられる可能性だってある。
もしまたトラックに跳ね飛ばされる光景を見せられたら……。
なにしろ対象が華子――という点では一緒なのだ。
「怖いって……」
あんな光景何度も見せられたくはない。
はぁ…と息を吐き、クロは窓の桟に額を押し付ける。
恐らく黄魚は、こんなクロのヘタレさに気がついていたから、わざわざ華子の情報を教えに来てくれたのだろう。
白波のお菓子を食べたいとか、緑花のことが気になったのも本当なのだろうが……。
「またスズメに連れて行ってもらうって手もあるけど……。俺、立て続けに二回も行ったばかりだもんなぁ……」
アオや紅も外に行きたがっていた。
それが却下されたのはスズメの判断ではあるが、そうと知りながら、自分ばかりが行くのは気がとがめる。
となると、外を知る手段は井戸オンリー……。
「うー……。やっぱ、怖い……あの井戸……」
唸るクロ。
「くそぉ……。これじゃ、緑花に意気地なしって言われるの当たり前だよなぁ……」
ヘタレな自分を思うと、緑花の潔さには羨望を覚える。
緑花は毎日、井戸を覗きに行っているらしい……。
らしいと言うのは、クロが気づいたわけではなく、紅に教えられたからだ。
「緑花さー、萌って娘とー、千夜って子が縁結んでー、一緒になーったら、その家の座敷童になる気でいーるんーだよー」
それが楽しみで仕方ないから、しょっちゅう井戸を覗きに行っているらしい。
「でもねー…嫌なのだってー、見せられてるはずなんだよねー」
緑花って、めっちゃくちゃ心が強い……。
と、紅は羨ましそうに息をついていた。
きっとあの二人が『家』となる頃には、緑花も座敷童としての力を完璧に取り戻しているだろう。
河原でアオと紅は、緑花が『羨ましい』と言って石を積んでいたが……。
「いいなぁ……」
クロもつい、そう口からこぼれてしまう。
「俺も八真名の家に、いつか帰れるかなぁ……」
力を失っている今は、人の世に戻ったところで座敷童としての働きなど望むすべもない。
幸運を呼ぶどころか、風一つ呼べないだろう。
なにより……自分の家として、愛おしいと芯から思うことが出来ないのなら、帰る意味もない……。
心より大切に思って共に在れる家――それがあってこその座敷童だ。
クロが座敷童として人の世に戻るには、まずはクロ自身が力を取り戻すのが大前提。
そして、相手――家を見つけること……。
その家は、今まで守護していた八真名の家でなくても構わないのだ。
今のあの家は、タロがいた頃と違って、あまりにも変わりすぎてしまった。
家族が互いに思い合い、支え合うその心が座敷童の糧になるのに、近年クロの力は削がれていくことの方が多かった。
マイナスばかりとは言わない。糧になることもあるにはあったが、足し引きするとマイナスに傾く……。
あの日の華子の言動が、八真名の家から離れる決定打になりはしたが、ずっと前からクロは座敷童としての限界を感じていた。
しょんぼりしたクロを、お山から吹いてきた風がそよそよと撫でた。
優しく髪をなびかせられて、なんだかホッとする。
身にまとわりついていた重い空気が、少しだけ退けられた気がした。
「……そういえば、緑花のとこって窓の外、竹なんだよな……」
緑花は竹が大嫌いだと言っていたのに、窓の外は一面の竹林だ。
確か初めてここに来た時、部屋はその部屋の主である座敷童の為の空間だと銀河に教えられたが……。
嫌いだという竹に、緑花はクロのように慰められることはあるのだろうか?
「てか、なんか緑花って、竹に似てるかも?」
竹はまっすぐで、強く、しなやかに美しい――。
でもまっすぐすぎて、そのままでは曲げてもピュン!とすぐに戻ってしまう。
何かに加工したいならお湯につけたりとか、火にあてたりとか、ちゃんとした手順が必要になる。
「約束を守らなきゃいけないって、似てるよな?」
美しく、力は強いが、意地っ張りで、ちょっと意地悪なところのある緑花……。
けれど筋を通せば、それを裏切りはしない――。
「だからかな?似すぎていると、なんか腹立つとかいうアレかな?」
本人に言ったらキレられそうなので、決して言うつもりはないが……。
「あり得る…よな?」
というか、きっとそうだと独り決めすると、ちょっと面白くなってくすっと笑ってしまう。
と――。
「ん?誰か来たな……」
クロの自室――界に、侵入の気配があった。
「邪魔するぞ」
そう言って、階下に繋がる床穴から、ひょっこっと顔をのぞかせたのは銀河。
「訪ねてくるなんて、珍しいね」
「そうだな、確かにあまりせんが、気になったんでな」
よっこらせっと、銀河は床に胡坐を組んだ。
「何が?」
「さっきの厨でのことだ」
厨とは台所のことだ。
「ああ……」
クロも銀河に言われて思い出し、あの気配のことを口に仕掛けるが……。
ふっと(内緒……)と言われた声が頭に蘇る。
銀河に話したい気持ちはあるが、内緒と言われたものを口にするのは憚られた。
あの気配の正体が不明と言うのは気になるが、ここには神の力の欠片と思われるスズメがいる。
この地の誰かに危害が加わるような、変なものは入り込めないはずだ。
こちらがはっきりそうと知らなくとも、ここに居るのであれば恐らくそれは必然のもの――。
と言うことで、取りあえず今は誤魔化すことにする。
(そのうちきっと知ることもあるだろう……)
「俺の気のせいだよ。そう言わなかったっけ?多分、白波が炊いてた餡の匂いにつられただけだと思う」
「そうか?それにしては、廊下に出るときも振り返っていなかったか?」
銀河は怪訝そうだ。
「だって、なんもなかったし……」
よく見てるなーと、内心びっくりしながらも『気のせい』で、クロは押し通す。
「それなら、それでいいが……」
「うん、それよりさ……銀河は、緑花が羨ましいとか思う?」
忘れてもらうために、話題を逸らす。
「それは、思うぞ。当然だろう。何のためにここに居ると思っておるんだ?」
ここは座敷童療養所。
座敷童が力を取り戻すための場所。
「だよねー」
銀河のセリフにクロも頷くしかなかった。
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