幕間:灰色の外套と、赤い布切れ
草木に覆われた細い巡礼路を、二十人の列が南へ向かって進んでいく。
私のすぐ横ではミホが何かたわいない話を続けていて、私は時折「ええ」「そうね」と穏やかな相槌を打ちながら、一定の歩調で革靴を前に運んでいた。
周囲のクラスメイトたちの目には、今の私は「突然の異常事態にも取り乱さず、みんなに寄り添う控えめで優しい優等生」として映っているはずだ。
それでいい。そうやって私がおとなしく理想の少女を演じていれば、シンジくんやトオルくんが勝手に話をまとめ、面倒な議論を引き受けてくれる。私が余計な口を開いて目立つ必要もないし、何より――私の心の奥底にあるドロドロとした熱を、誰にも、特に前を歩く彼に気づかれずに済むのだから。
私はミホの話に適当な微笑みを返しながら、視線だけをほんのわずか前へと向けた。
列の先頭、私から数歩離れた場所を、ラキが黙々と歩いている。
手にした黒曜石の槍で、私の歩く道に垂れ下がる木の枝や茨を、ただの一本も残さず薙ぎ払いながら。
その広い背中を見つめているだけで、胸の奥が苦しいほど熱くなり、喉の奥から甘い吐息が漏れそうになるのを、私は奥歯を噛みしめて必死に殺した。
――ああ、ラキ。私のラキ。
どうしてあなたは、そんなに一生懸命なの?
あの冷たいガラスの棺から目覚めた時、私の頭の中にはたった一つのことしかなかった。
三百四十年後の未来だとか、管理AIが人類を支配しているだとか、白骨になった科学者の機械がまくし立てていた話なんて、正直どうでもよかったのだ。世界がどうなっていようと、そこにラキがいて、同じ空気を吸っているなら、私には何の問題もなかった。
むしろ、うるさい教師も、邪魔な親も、私たちを隔てる退屈な日常もすべて消え去ったこの世界は、私にとって願ってもない箱庭に思えたくらいだ。
なのに、あの地下のドームが崩れ始めた時。
ラキは自分の命も顧みず、私の肩を突き飛ばして、自分だけ落ちてくる岩の下に残った。
あの瞬間の、心臓が凍りつくような感覚を私は一生忘れない。
もしあの瓦礫の下でラキが死んでいたら、私は間違いなく、逃げ出した他の二十八人をその場で全員焼き殺して、すぐに彼の後を追っていた。
幸い、機械が最後に映し出したナノマシンへの命令構文――魔法の言葉は、一度見ただけで頭に入った。もともと私の声や波長はこの力と異常なほど相性が良かったらしい。もしラキを傷つけるものがあるなら、それが岩だろうと怪物だろうと、この世界の神様だろうと、全部跡形もなく消し飛ばしてしまえばいい。
そう思って瓦礫の中へ引き返した私を待っていたのは、血を流しながら、まるで別人みたいに澄み切った目で私を見上げるラキの姿だった。
あの時からだ。ラキの様子が、決定的に変わったのは。
教室にいた頃の彼は、私と目が合うだけで気まずそうに視線を逸らし、遠くから遠慮がちに私を見つめるだけだった。私に好意があることは分かっていたけれど、いつだって自分から一線を引いて、それ以上踏み込んでこようとはしなかった。
もちろん、私の方も、もし彼にこの重すぎる気持ちを少しでも見せたら、普通の高校生である彼に気味悪がられて拒絶されるかもしれないと怖くて、ずっと涼しい顔で距離を保っていたのだけれど。
けれど、瓦礫の中から立ち上がったラキは違った。
「お前がこの先どこを歩こうと、その道は俺が隣で守り抜く。それが俺の、唯一の目的だからな」
坑道の中で、彼は真っ直ぐに私の目を見てそう言ったのだ。
あの言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で何かが弾け飛んだ。
顔に出さないようにするのが、どれほど大変だったか。本当ならその場で彼の首筋に抱きついて、二度と離れないように噛みついて、泣きながら愛を叫びたかった。
でも、駄目よ。そんなことをしたら、真面目なラキはきっと驚いて引いてしまう。私はあくまで、彼が守りたくなるような「清らかで冷静なテンテ」のままでいなければならない。
それからのラキの行動は、私にとって夢みたいに甘美な毎日の連続だった。
出口を塞いでいたあの醜い六つ目の怪物の前に、彼が錆びた鉄パイプ一本で飛び出した時。
「そこから先は、彼女が歩く道だ!」と叫んだ彼の横顔を見て、私の全身の血は沸騰した。彼が私のために命を投げ出してくれたことが嬉しくて、愛おしくて、同時に彼に牙を向けたあの怪物が憎くてたまらず、私は持てる限りの熱量を込めて怪物の頭を吹き飛ばした。
森の中で今後の方針を決める時もそうだった。
本当は、シンジくんたちを説得するなんて誰かに任せておけばよかったのだけれど、もしみんなが「どこかの村に隠れて暮らそう」なんて決めてしまったら、いつまで経っても邪魔な二十八人と一緒にいなければならないでしょう?
だから私は、あえて「四天王の居城を止めなければ安全には暮らせない」と理屈を並べて、全員を過酷な旅へと誘導した。そうすれば、臆病な人たちは途中で勝手に脱落していくし、四つの城をさっさと壊してしまえば、この世界でラキの注意を引く邪魔な問題もすべて片付くと思ったから。
そうしたら、ラキは誰よりも早く立ち上がって、「テンテが行くなら俺は行く」「彼女の邪魔になるものは俺が全部踏み潰す」と全員の前で宣言してくれたのだ。
あの時、私のすぐ横にしゃがみ込んで腕に縋りついてこようとしたミホが、どれほど鬱陶しかったことか。私のラキが私だけのために誓いを立てている神聖な時間に、どうしてこんなどうでもいい人間が私の視界に入り込んでくるのかと、もう少しで指先から熱線を放ってしまいそうになったのを、私は完璧な微笑みでなんとか押し殺した。
そして、あの骨の防壁の村で過ごした四日間。
山を下りる途中、ラキが私のために茨を払い続けて手のひらを血だらけにしていたから、私は自分の服をを裂いて布を渡した。自分から巻いてあげたら特別扱いが過ぎて怪しまれるから、ただ渡すだけにしておいたけれど、彼が私の布を自分の血で真っ赤に染めながら強く手に巻きつけたのを見た時は、ゾクゾクするほど背筋が震えた。
さらに私を狂喜させたのは、あの村に着いた夜からの彼の行動だった。
彼は聖堂の隅で、あの地下から拾ってきたらしい黒い小冊子を熱心に読んでは、夜明け前にこっそりと聖堂を抜け出していた。
私が本当に眠っているとでも思ったのかしら。私は彼が起き上がる気配も、足音を殺して外へ出ていくのも全部知っていたし、窓の隙間から、彼が暗闇の中で何をしているのかもずっと観察していた。
彼は寒い夜風の中で、指先から血を流しながら、村の石垣に黒い石で奇妙な丸い印を彫り込み、逆さの枝を突き立てて泥を塗っていたのだ。
昼間には、私が飲むスープや水に、毎回河原で拾った白い石を焼いて入れてくれた。
カズマくんたちは「誰がこんな気色悪い呪いみたいなことをしたんだ」と気味悪がっていたけれど、私には全部わかっていた。
だって、ラキは前日の夜、私に「お前の眠りを守るためだ」と教えてくれたもの。
どこでそんなおまじないを知ったのかは分からない。きっとあの黒い本にでも書いてあったのだろうし、科学的に見れば何の意味もない迷信なのかもしれない。
でも――あの不器用なラキが、ただ「私にぐっすり眠ってほしい」「私に綺麗な水を飲んでほしい」という一心で、毎晩爪の間を泥と血で汚しながら、誰にも褒められないおまじないを必死に繰り返してくれている!
それを「愛」と呼ばずして、一体何と呼ぶというの!?
普通の言葉で「好きだ」と言われるよりも、何百倍も、何千倍も重くて、深くて、狂おしいほどの愛だわ!
だから私は、老神官からあの面倒な「治癒の魔法」を誰よりも早く完璧に覚え込んだ。
ラキが私のために作ってくれたあの美しい傷を、他の誰かの手で手当てされるなんて絶対に許せなかったし、私自身の魔力を彼の皮膚の奥まで染み込ませて治してあげたかったから。
他のクラスメイトたちの擦り傷を治して回ったのは、ただのカモフラージュに過ぎない。そして最後にラキの手のひらに手を翳した時、彼の手から外したあの麻布――彼の赤い血と、私のために掻きむしった石垣の泥がたっぷりと染み込んだあの布切れを、私は「処分しておく」と嘘をついて回収した。
今、私の灰色の外套の左ポケットの奥には、四角く折りたたんだその布切れが大切にしまってある。
ミホと歩きながら、私は誰にも気づかれないように左手をポケットに滑り込ませ、指先でその硬く乾いた血の感触をそっと撫でた。まるでラキの体温と魂の一部をそのままポケットの中に閉じ込めているみたいで、指先から甘い痺れが脳の芯まで駆け上がっていく。
今朝、あの村で十人のクラスメイトが「怖いから残る」と言い出した時も、ラキは真っ先に「重荷になるから切り離そう」と言ってくれた。
トオルくんやシンジくんがもっともらしい言葉でその場をまとめてくれたおかげで、私は手を汚すことも、冷たい人間だと思われることもなく、邪魔な十人を村へ置いてくることができた。
これで、残りは十八人。
ミホも、シンジくんも、トオルくんも、カズマくんも、ナギさんも……今はまだ、ラキに怪しまれないための「背景」として、あるいは道中の雑用係として連れていってあげるけれど、いつかは全員いなくなってもらう。
福岡まで歩いて、海を渡って、ヒマラヤの頂上にある『霊峰アイテール』へ行き、残りの三つの城もすべて私の魔法で粉々に壊してあげるわ。
「ねえテンテちゃん、聞いてる? やっぱり歩くの疲れちゃった?」
隣を歩くミホが、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
私はポケットの中の血染めの布からそっと指を離すと、ミホに向かって、世界で一番優しくて穏やかな微笑みを浮かべてみせた。
「ごめんなさい、少し考え事をしていたわ。私は大丈夫よ、ミホ。……さあ、ラキくんたちに遅れないように歩きましょう」
前を歩くラキが、また新しい茨の枝を黒曜石の槍で切り払う。
ああ、早く、早くこの長い旅を終わらせましょうね、ラキ。四つの城をすべて止めて、邪魔な人たちを一人残らず切り離して、この広くて静かな地球に、あなたと私の二人きりになるその日まで――私はあなたの理想の少女として、すぐ後ろを歩いていくわ。




