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第九話:南への街道と、泥の聖域


骨の防壁の村を出てから三日目の昼下がり、俺たち二十人は鬱蒼とした原生林を抜ける細い巡礼路をひたすら南へと歩いていた。

かつての国道や線路であったろう場所は、三百四十年の歳月の中で分厚い腐葉土と巨木の根に呑み込まれ、今では人々が踏み固めた土の道がうねうねと続いているだけだ。俺は列の先頭に立ち、黒曜石の槍で垂れ下がる枝や草を払いながら進んでいた。


「……おい、シンジ。まだ休まないのかよ、もう足の裏の皮が剥けて限界だぞ……」


列の中ほどで、背負い袋を担いだ男子生徒の一人がうめくように言った。

無理もない。革の靴を分けてもらったとはいえ、現代の舗装された道しか歩いたことのない俺たちにとって、木の根や石ころがむき出しになった山道を何日も歩き続けるのは想像以上に過酷なことだった。


俺が足を止めて後ろを振り返ると、シンジとトオルが額の汗を拭いながら相談していた。

俺から数歩離れた場所では、テンテがミホやナギたちと一緒に立ち止まっている。三日間歩き続けて誰もが肩で息をしているというのに、テンテだけは呼吸ひとつ乱しておらず、灰色の外套の裾に泥ひとつ跳ねていなかった。

それでも、聖女たる彼女にこれ以上粗末な山道を歩かせ続けるわけにはいかない。俺は懐の『聖軌規範』を服の上からそっと押さえ、周囲の警戒を続けた。


その時、南へ続く道の向こう側から、カラカラという乾いた木の車輪の音と、規則正しい蹄の音が近づいてきた。

俺が槍を構えて一歩前に出ると、木々の隙間から現れたのは魔獣ではなく、逞しい二頭の馬に木製の荷車を引かせた、五人ほどの旅の一団だった。鉄の部品や蹄鉄を一切使わず、硬い木材の噛み合わせと植物の縄だけで精巧に組まれた荷車だ。


「……待って、あの人たち、行商人みたいだよ」


ナギが前髪の奥から目を細め、すぐに自分の耳元へ手を当てて、空気中の青い光に呼びかける短い言葉を口にした。

青い光が淡く揺らめき、馬の手綱を引く男たちの声が俺たちの頭の中へと直接響いてくる。


「おお、これは星巡りの巡礼団の方々か! その白い麻の衣に、淀みなきマナの輝き……このような北の果てから四聖地を目指されるとは、なんと尊いことだ」


先頭の日に焼けた男が、馬を止めて深々と頭を下げた。

シンジとトオルが前に出て、ナギの通訳を介しながら男と会話を交わす。しばらくやり取りを続けたあと、トオルがぱっと顔を輝かせて俺たちの方へと振り返った。


「みんな、いい知らせだ! ここからさらに数日南へ歩いた先――昔の仙台の平野があった場所に、この地方で一番大きな城塞都市があるらしい。そこには各地へ向かう巡礼団を支援するための大きな聖堂があって、頼めば長旅用の大きな木組みの馬車と、それを引く馬を無償で譲ってもらえるそうだ!」


「ば、馬車!? 馬車があるのか!」

「よかったぁ、じゃあその仙台の街まで行けば、もう毎日こんなに歩かなくて済むんだね!」


へたり込んでいた生徒たちの顔に、一気に生気が戻った。

行商人の男たちに礼を言って見送ったあと、シンジが全員に向かって力強く頷いた。


「よし、目標が決まったな。まずは旧仙台にあるその大都市を目指して、そこで馬車と食料を調達する! あと数日の辛抱だ、みんなで頑張ろう!」


俺はその話を聞きながら、静かに槍を握り直した。

『聖軌規範』の第二条には、最上位対象の進行軌道を最優先領域と定め、あらゆる物理的障害を排除せよと記されている。もし仙台の街で馬車を手に入れられるのなら、テンテの白い足をこれ以上硬い地面で疲れさせることなく、快適に進んでいただくことができるはずだ。何としても最速でその街へ辿り着き、一番良い馬と馬車を用意しなければならない。


俺が視線を向けると、ミホと並んで立っていたテンテとちょうど目が合った。

彼女は周囲の生徒たちのように「馬車に乗れる」とはしゃぐこともなく、ただ涼しげな顔で俺の方を見つめていた。俺が「仙台まで道を急ごう」という意図を込めて短く頷くと、彼女は表情を変えないまま、黒い瞳の奥をほんのわずかに細め、誰にも気づかれないほど小さく顎を引いて応えた。


***


その日の夜、俺たちが山道の中腹にある開けた岩場で野営をしていた頃。

俺たちが三日前に後にした北の入り江――骨と石の防壁に囲まれたあの村は、おぞましい咆哮と地響きに包まれていた。


「う、嘘だろ……おい、なんであんなにたくさん森から出てくるんだよ……っ!」


村の北門の櫓の上で、あの時旅立つことを拒んで村に残った十人の高校生の一人――帰宅部の男子生徒が、手にした黒曜石の槍をガタガタと震わせながら夜の森を見下ろしていた。

彼の隣に立つ女子生徒たちも、顔面を蒼白にして互いの肩にしがみついている。


松明の灯りの向こう、暗闇に沈む原生林の縁に、無数の赤い光点が浮かび上がっていた。

十や二十ではない。百を超える六つ目の赤い目が、森の暗がりの中でギラギラと蠢いているのだ。全身を黒い甲殻に覆われた四足歩行の魔獣たちが、低い唸り声を上げながら、村を取り囲むようにしてジリジリと距離を詰めてきていた。


「くそっ、あいつらが出ていってから、たった三日しか経ってねえのに……! 安全な壁の中だって言ったじゃないか!」

「うろたえるな、マレビトの若者たちよ! あなた方の強大な火と風の奇跡で、門の前へ近づく獣どもを焼き払うのだ!」


櫓の下で、村の衛士長が必死に声を張り上げる。

残った十人の高校生たちは、泣き叫びそうになるのを堪えながら、老神官に教わった通りの発音で懸命に声を上げた。


彼らの手から赤い火の玉や風の刃が次々と飛び出し、先頭を走ってきた数頭の魔獣を吹き飛ばす。だが、森の奥から溢れ出してくる群れの数はあまりにも多く、数頭を倒したところで、後続の数十頭が黒くうねる波のように防壁へと殺到してきた。


「ひぃっ、止まらない! 来る、壁を登ってくるわよ!」


女子生徒が悲鳴を上げた。

一番前にいた巨大な魔獣が、高さ五メートルの骨の防壁を一気に飛び越えようと、太い後ろ脚で地面を強く蹴り上げた。

櫓の上にいる生徒たちの喉が引きつり、誰もが死を覚悟して目を閉じた――その瞬間だった。


防壁の北東、北西、南東、南西の四隅。

三日前まで、ラキが夜明け前にひとりで這い回り、黒い石で石垣を削って描き込んだ「二重の環」と、逆さまに地面へ突き立てて泥を塗りたくった「三本の木の枝」。村人たちからも高校生たちからも、気色悪いいたずらだと忌み嫌われていたその四箇所の傷跡が、突如として夜空を貫くような青白い光を放ったのだ。


キィィィンッ、と耳の奥が痛くなるほど澄み切った高い音が、村全体の空気を震わせた。

空気中に漂っていた無数の青い光の粒が、まるで目に見えない巨大な磁石にでも吸い寄せられたかのように、四隅の石垣に刻まれた二重の環へと猛烈な勢いで集まっていく。


「な、なんだこの光……!? 石垣のあの不気味な傷跡が、光ってるぞ!?」


男子生徒が目を見開いた直後、四隅の逆さ枝から立ち昇った青白い光の柱が、村の上空でひとつに交わり、集落全体をすっぽりと覆う巨大な半透明の光の幕となった。


ドォォォンッ!!


防壁を飛び越えようと跳躍していた先頭の魔獣が、その青白い光の幕に正面から激突した。

まるで分厚い鋼鉄の壁にでもぶつかったかのようなすさまじい衝撃音が響き、三メートルもある魔獣の巨体が、鼻先から青い火花を散らして森の方へと激しく弾き飛ばされた。


「え……? は、弾かれた!?」


それだけではない。

後から防壁の根元に殺到した何十頭もの魔獣たちが、石垣から数メートル手前の見えない境界線に触れた途端、まるで灼熱の鉄板でも踏んだかのようにギャンギャンと耳障りな悲鳴を上げて転げ回り始めたのだ。彼らの黒い甲殻の上で青い光がバチバチと荒れ狂い、魔獣たちは一歩たりとも村の石垣に近づくことができない。


わずか数分のうちに、あれほど凶暴だった百頭もの魔獣の群れは、青白く輝く村の境界線を恐れて後ずさり、最後には尻尾を巻くようにして夜の原生林の奥深くへと一斉に逃げ去っていった。


嵐が去ったあとのような静寂が、夜の村に落ちた。

櫓の上の高校生たちも、門の下にいた衛士たちも、誰一人として動くことができず、ただ夜空に淡く揺らめく青白い光の天井と、足元の石垣で静かに脈打つ「二重の環と逆さ枝」を見つめていた。


「……そんな、嘘だろ。あれって、ラキが毎朝手を泥だらけにして作ってた、あの気色悪い印じゃねえか……」


男子生徒が、震える声で石垣の根元を指差した。

そこへ、聖堂の奥から駆けつけてきた老神官が、光の幕と石垣の刻印を交互に見上げ、わなわなと震えながらその場に両膝をついた。


「なんということだ……なんという、神聖にして絶対なる奇跡か……! 私は何十年も神官を務めてきたが、枝と泥だけでこれほど広大な不可侵の聖域を編み上げる神代文字など、見たことも聞いたこともない……!」


老神官は石垣に刻まれた二重の環の前に額を擦りつけ、涙を流して声を震わせた。


「あの寡黙な若者こそ、人知れずこの村に神の加護を刻み込んでくださった、真の聖徒であらせられたのだ……!」


村人たちが次々とその場にひれ伏し、ラキが削った石垣の傷跡に向かって祈りを捧げ始める。

櫓の上に残された十人の高校生たちは、自分たちが「重荷になるから切り離せ」と冷たく突き放されたあのクラスメイトが、実は誰にも言わずに村全体を化け物から守る途方もない結界を張ってくれていたのだと勘違いし、言葉も出せずに夜の街道の向こうを見つめ続けていた。


もちろん、当の俺自身は、あの泥と枝の作業が村人を救う結界になったなどとは夢にも思っていなかった。

俺はただ、野営地の焚き火のそばで、眠りについたテンテの寝床の周りに『聖軌規範』の新しい頁に書いてあった通り、白い小石を七つ等間隔に並べる作業を黙々と終えたところだったのだ。

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