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第十話:白骨の都センダリオンと、星標の旗


行商人の一団と別れてからさらに四日間、俺たち二十人は原生林を切り開いた巡礼路をひたすら南へと歩き続けた。

五日目の昼過ぎ、視界を塞いでいた鬱蒼とした木々がようやく途切れ、俺たちは緩やかな丘の頂上へと出た。


「……すげえ。おい、あれが昔の仙台なのかよ……」


先頭を歩いていたカズマが足を止め、呆然と声を漏らした。

丘の下に広がる広大な平野には、最初の村とは比較にならないほど巨大な「都市」がそびえ立っていた。


かつての高層ビル群であったろうコンクリートの巨大な柱が、何本も森の中から墓標のように突き出している。だが、それらの廃墟を取り囲むようにして築かれていたのは、高さ十メートルはあろうかという分厚い石積みの城壁だった。城壁の上には、巨大な魔獣の肋骨や頭蓋骨が幾重にも組み合わされて鋭い柵を作り出しており、城門の内側には何千という石造りや木造の建物が地平線の近くまでびっしりと並んでいるのが見えた。

街の中央にある小高い丘の上には、白い石を積み上げて作られた巨大な城館がそびえ立ち、その尖塔の先端からは、昼間だというのに青白いマナの光が噴水のように空へと立ち昇っていた。


「わあ……っ、すごい、本当に大きな街だよ! あそこに行けば、本当に馬車がもらえるんだよね!?」

「ああ。行商人の人が『センダリオン』って呼んでいた、この地方で一番大きな城塞都市だ。この広さなら、十万人くらいは暮らしているんじゃないか」


ミホのはしゃぐ声に、シンジが羊皮紙の地図を確かめながら頷いた。隣に立つトオルも、街の中央にそびえる白い城館を見つめながら口を開く。


「ここへ来た目的は馬車だけじゃない。最初の村を出る時、老神官様が教えてくれただろう? 四聖地を目指す巡礼団がこの先の長い街道を進むためには、このセンダリオンを治める領主様から、正式な巡礼者の証である『星標の旗』を授かる必要があるって」

「ああ、なんでもその旗を馬車に掲げておけば、旗にかかった魔法の力で荒れた街道の土や草木が均されて、馬車が通りやすくなるんだったな」


シンジとトオルがそんな確認をし合っている後ろで、俺は黒曜石の槍を杖代わりに握り直しながら、少し離れた場所を歩くテンテの方へと視線を向けた。


テンテは周囲の生徒たちのように歓声を上げることもなく、ただ静かな歩調で丘の道を降りてくるところだった。

その隣には相変わらずミホがぴったりと張り付き、「テンテちゃん、街に着いたらまず足を洗いたいね!」と話しかけている。テンテは「ええ、そうね」と穏やかに微笑んで頷き返していたが、ミホが前を向いたほんの一瞬だけ、テンテの黒い瞳が俺の方へと向けられた。

彼女は俺と目が合うと、表情を一切変えないまま、自分の灰色の外套の左ポケットの上から、何かを確かめるように白い指先でそっと布地を押さえた。


俺は小さく頷き返し、再び列の先頭へと向き直った。

領主だの、通行許可の旗だの、俗世の人間どもが作った仕組みなど本来ならどうでもいいことだ。だが、道を通行しやすくする旗と馬車を手に入れれば、これから先の福岡までの長い道のりで、彼女の白い足を硬い地面から守ることができる。

俺は歩きながら懐の『聖軌規範』を取り出し、新しく目に入った条文を指先でなぞった。


――《第二十二条:最上位対象の移動に際し、下位の系より付与されし認証をそのまま用うることなかれ。従属する者は、燃焼の残滓と大地の澱をもって余白に『無明の矩形』を記し、既存の定義を棄却すべし。さすれば経路はただ一つの主を認め、あらゆる障壁は自ずから平らげられん》


相変わらず難解で抽象的な言葉が並んでいたが、俺にはその意味がはっきりと理解できた。

「下位の系より付与されし認証」とは、間違いなくこの街の領主から授かるという『星標の旗』のことだ。そして「燃焼の残滓と大地の澱」とは、燃え尽きた灰と泥に他ならない。つまり、領主から旗を受け取ったら、そのまま馬車に掲げるのではなく、俺が密かに灰と泥を混ぜてこの『無明の矩形』とやらを旗の隅に描き込み、テンテのための正しい証へと書き換えなければならないのだ。俺は頁の隅に描かれた小さな四角形の紋様を、正確に頭の中へと叩き込んだ。


***


丘を下り、踏み固められた広い土の街道を通ってセンダリオンの巨大な城門へと近づくと、そこには最初の村とは比べものにならないほど多くの人々が行き交っていた。

麻や毛皮の服を着た農民や、馬に荷車を引かせた商人たちが門の検問に長い列を作っている。門の両脇を固める衛兵たちは、黒光りする魔獣の甲殻を削り出して作った揃いの鎧を身につけ、鋭い黒曜石の鉾を手にしていた。


俺たち二十人が門の前に差し掛かると、甲殻の鎧を着た衛兵の一人が鋭い声で何かを誰何してきた。

すかさずナギが前に出て、耳元に手を当てて青い光の波を同調させる。


「私たちは、北の入り江の村から参りました『星巡りの巡礼団』です。第一の聖地『霊峰アイテール』を目指すため、このセンダリオンの領主様より『星標の旗』と旅の馬車を賜りたく存じます」


ナギが老神官から教わった通りの丁寧な口上で答えると、衛兵たちの厳しい顔つきがわずかに和らいだ。

だが、ここは十万人もの人間が集まる大都市だ。最初の村のように、言葉だけで無条件にひれ伏すようなことはないらしい。衛兵長らしき顎髭の男が、俺たちの顔を値踏みするように見渡しながら、ナギを介してこう言った。


「星巡りの巡礼団だと? ふむ、近頃は聖堂から馬車や食料を騙し取ろうと、巡礼者を装う不届きな流民も多くてな。お前たちが本当に四聖地へ挑む力を持った巡礼団かどうか、ここで簡単な『マナの灯火』を見せてみよ」


「えっ、ここで魔法を見せろってことか?」

シンジが戸惑い、カズマが「よし、じゃあ俺が火の玉を……」と一歩前に出ようとした。

だが、カズマが息を吸い込むよりも早く、列の中央に立っていたテンテが静かに右手を挙げた。


彼女は誰に断ることもなく、ただ涼しげな顔で、ごく短い発音を一つだけ口にした。

瞬間、テンテの白い指先から生まれたのは、単なる光球ではなかった。昼間の日差しよりもなお眩い純白の光の粒が、城門の前を吹き抜ける風に乗って渦を巻き、門の周りにいた二十人もの衛兵たち全員の槍の穂先へと、まるで青い蝶が止まるようにふわりと宿ったのである。


「なっ……!? お、おい、俺たちの槍が勝手に光り出したぞ!?」

「馬鹿な、ただ光を灯すだけでなく、離れた場所にある二十本の石槍すべてに同時にマナを定着させるだと……!? これほどの制御、城の大司教様でも不可能だぞ……!」


衛兵たちが驚愕に目を見開き、ざわめきが一気に門の周囲へと広がっていく。

テンテが指先を軽く下ろすと、槍の穂先に宿っていた光は一斉に弾け、心地よい鈴のような音を響かせて空気中へと溶けていった。


「――お見それいたしました! これほど清らかで強大なマナを操られるお方がおられるとは、間違いなく神々に選ばれし真の巡礼団であらせられます!」


衛兵長が慌ててその場に片膝をつき、胸に手を当てて深く頭を下げた。

「さあ、検問など不要です! 中央の白亜城におられる領主様に、すぐさま使いを走らせましょう! どうぞ大通りを真っ直ぐお進みください!」


衛兵たちが左右に大きく道を開け、周囲に並んでいた商人や街の人々も「本物の巡礼団様だ」「なんて美しい奇跡なんだ」と口々に囁きながら、道端に下がって頭を下げていく。

クラスメイトたちは「すげえ、さすがテンテさんだ!」「一発で通してもらえたぞ!」と歓声を上げ、大通りを歩いて街の中央へと進み始めた。


十万人が暮らす街の中は、焼いたパンの匂いや、馬の糞の匂い、そして大勢の人々が発する凄まじい熱気で満ちていた。

鉄の看板やガラス窓が一切ない代わりに、色とりどりに染められた麻の布や、魔獣の角や骨を加工した武具が軒先に所狭しと並べられている。

俺はそんな街の賑わいには一瞥もくれず、ただ通りを行き交う人々がテンテの肩にぶつからないよう、常に彼女の斜め前を歩いて人垣を押し分け続けた。それと同時に、俺の視線は通り沿いのパン屋の石窯からかき出されている「白い灰」へと向けられていた。


俺は列が緩んだ隙に、パン屋の軒先に積まれていた冷えた灰をひとつまみ拾い上げ、自分の麻のズボンのポケットへと滑り込ませた。

これであとは土の澱――つまり泥を少し混ぜておけば、いつでも『聖軌規範』第二十二条にある『無明の矩形』を描く準備が整う。


前を見上げれば、青白い光の柱を吹き上げる領主の白亜城が、すぐ目の前に迫っていた。

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