第04話 大樹と大精霊の創世神話
――本国魔法学園指定教本『精霊史序説』第一章より抜粋。
一 大樹のこと
はじめに、大樹があった。
いずこより来たりしか、いつより在りしか、これを知る者はない。ただ、世界の中心に根を下ろし、天を衝いて立っていた。
その頃、大地はことごとく岩であった。
風は削るばかりで育てず、日は照らすばかりで潤さず、水は流れるばかりで留まらなかった。命と呼べるものは、ひとつとして無かった。
大樹は根を伸ばし、大地の底に眠る力を吸い上げた。
そして枝を張り、吸い上げたものを遠き地の果てまで送り出した。
二 大地の形
力の通った跡には、変化が生じた。
強く注がれた地は、身を起こして山となった。深く沈んだ地は、水を受けて海となった。流れが分かれたところには谷が刻まれ、流れが留まったところには湖が生じた。
かくして、平らかであった岩の大地は、今我らが見るところの形を得た。
三 大精霊の遣わし
されど、大樹の送る力は、あまりに強かった。
そのままに注げば、地は割れ、水は沸き、いかなる芽も焼かれて育たなかった。
大樹は思い至った。
強き流れを、そのままに与えてはならぬ。土地ごとに、その地に合う形へと整えて渡さねばならぬ、と。
そこで大樹は、己が力より幾柱かを分かち、これを各地へ遣わした。
これを大精霊という。
大精霊は、任された土地の力を預かった。あるいは細く長く、あるいは太く短く。乾いた地には水を巡らせ、冷えた地には温もりを通し、それぞれの土地にふさわしいやり方で、その力を整え、配った。
ひとつとして同じやり方は無かったという。土地が同じでない以上、整え方もまた同じであろうはずがないからである。
四 命の生い立ち
やがて、整えられた地に芽が出た。
苔が生じ、草が生じ、木が生じた。次いで、それらを食む虫が生じ、獣が生じ、鳥が生じた。
水には魚が満ち、空には翼あるものが満ちた。
五 精霊の生い立ち
命が満ちるにつれ、大地は声を持つようになった。
草の伸びる声、水の流れる声、火の爆ぜる声。それら数えきれぬ声は、長い年月のあいだに互いに響き合い、重なり合い、やがて一点に凝った。
凝ったものは、形を得た。
これを精霊という。
精霊は、命でありながら肉を持たなかった。生まれ出た土地の声そのものであったからである。土に生じた者は土の声を、水に生じた者は水の声を、風に生じた者は風の声を、その身に宿した。
六 人の生い立ち
そして最も後に、人が生じた。
人は弱かった。爪もなく、牙もなく、翼もなく、鱗もなかった。されど人は、見たものを覚え、覚えたことを他に伝え、伝えられたものをさらに次へと渡すことを知っていた。
七 手を取り合うこと
このとき、大地はまだ定まっていなかった。
山は今なお隆り、海は今なお退き、流れは日ごとに道を変えていた。整えられたとはいえ、力は依然として強く、命はいつ失われてもおかしくなかった。
精霊は、土地の声を知っていた。いずこに水の脈が走り、いずこに火の気が溜まるかを知っていた。されど、みずから土を掘ることも、水を導くこともできなかった。肉を持たぬ身であったからである。
人は、手を持っていた。掘ることも、運ぶことも、積むこともできた。されど、土地の声を聞くことができなかった。いずこを掘れば水が出るかを知らなかった。
一方は知って、行うことができず。
一方は行うことができて、知らなかった。
ゆえに、両者は手を取った。
精霊は人に、掘るべき場所を告げた。人は精霊に、名を呼び、礼を述べた。呼ばれた声は、精霊にとっての糧となった。土地の声より生じた者にとって、声を向けられることこそが、己の在ることの証であったからである。
かくして、命は根を下ろした。
繁栄は、どちらか一方の力によるのではない。この一事を、我らは初めに学んだのである。
八 大精霊の退き
命は増えた。増えて、溢れた。
草は他の草を覆い、獣は他の獣を追い、人は他の人と争った。大精霊が力を整えようとしても、その傍から、命どもが勝手に伸び、勝手に枯れた。
大精霊は、二つの務めを同時に果たすことができなくなった。
――我は、地の力を預かる者である。
――命どもの間を取り持つ役は、我が務めにあらず。
そこで大精霊は、人を呼んだ。
命の中で、ただ人のみが、見たものを覚え、覚えたことを伝える術を持っていたからである。
「地の上のことは、そなたらに任せる。数え、分かち、諍いを収めよ。我は地の底へ退き、力を巡らせることに専らとする」
人は、これを受けた。
そして大精霊は、地の底へと帰っていった。
九 結び
これが、我ら人が地の上を治めるようになった始まりである。
そして、我らが大精霊を敬うべき理由でもある。
大精霊が退いたのは、我らを見放したからではない。我らに任せたからである。その間も、地の底では力が巡り続けている。一日として、絶えたことはない。
また、我らの傍らには、なお精霊たちが在る。
彼らは地の声そのものである。呼べば応え、忘れれば薄れる。その在り方は、初めよりただの一度も変わっていない。
我らは、見えぬものに支えられて、地の上に立っている。
この一事を忘れたとき、人は己の力のみで立っていると思い違える。
――『精霊史序説』第一章、結び。
(欄外に、誰かの落書きらしい走り書きがある)
〈大精霊さま、明日の試験がうまくいきますように〉
〈それ、たぶん違う〉
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
明日の22時に次話を更新します。
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