第33話 吟遊詩人が歌っている
来たときに教わった窪みまで、湖から半刻かかった。
四人とも、ほとんど言葉を交わさずに歩いた。エスタが先輩に肩を貸して、僕とキアリーが荷物を分けて持った。
入り口をくぐると、水の落ちる音がした。行きに聞いたのと同じ音だった。それだけで、少し息がつけた。
* * *
こちらの窪みは、奥の天井に細い裂け目が走っていて、煙がそこから抜けた。隅には、湖の岸で拾ったらしい流木が積んである。前に来た誰かが置いていったのだろう。
火を焚いて、乾いた飯を食べた。エスタは、丸一日眠った。
魔力を空にしたあとであれだけの光を出したのだから当然だと、起きてから本人が言った。目を覚ましたのは、次の日の夜だ。それからしばらくは自分の解毒で手一杯で、四人分を回せるようになったのは、さらに何刻か経ってからだった。
僕はその間、荷物の中身を何度も確かめていた。瓶の水は減っていない。株も無事だ。葉は布の中で、まだ淡く光っている。石と土も、全部ある。
* * *
三日目の夜。火を囲んで、全員がようやく動けるようになった晩に、僕は喋り始めた。
喋り始めたら、止まらなかった。
「キアリー。あれ、すごかった」
「あー」
「本当にすごかった。あのさ、僕、保水玉を二十個持ってったんだよ。二十個」
キアリーが、顔を上げた。
「当たったの、一個だけだった」
「十日練習して、三百回撃って、当たったの一個。それで最後の一個も外した。僕、あそこで終わったと思ったんだ」
火の粉が上がって、消えた。
「そしたらキアリーが走ってきて、跳んで、剣の腹で下から当てたでしょ。空中の、あんな小さいのに。走りながら」
「……まあ」
「向きだけ変えたんだよね。叩いたら割れちゃうから。あれ、考えてやったの? それとも体が勝手に?」
「知るかよ」
「僕が外すの、見えてたってことだよね。走ってる途中で」
キアリーは、また火のほうを向いた。
耳まで赤かった。火のせいかもしれなかったが、たぶん違った。
「エスタも」
「……なに」
「エスタが一番すごい」
エスタの肩が、少し動いた。
「四日ずっと、四人分の毒を見てたでしょ。一刻に一回、休みなしで。僕、何も感じなかったんだよ。喉も、手も、なんともなかった。全部エスタがやってくれてたんだよね」
「当たり前でしょう」
「当たり前じゃないよ。それで魔力が空になって、それでもあれが出せるってなに」
「魔力が入ってきただけでしょう」
「入ってきただけであんなの出ないよ! 岩肌が全部見えたんだよ、天井の穴の縁まで。先輩、あんな傷だったのに一息で治ってたし」
「……もういいでしょ」
「よくないよ。ちゃんと言っとかないと」
エスタは、膝を抱えて顔を伏せた。
しばらく、そのままだった。
「……ありがと」
「え?」
「なんでもない」
「先輩も」
僕は続けた。
「先輩は……変でした」
「変って言われた」
「変です。だって、歩いてるだけなのに当たらないんだもん。すごいのは分かるんですけど、何がどうなってそうなるのか、全然分からなくて」
メリィ先輩が、少し笑った。
「あれね、避けてないんだよ。相手が振る前に、振る場所を空けてるだけ。当たらないんじゃなくて、当てられない位置にいる」
僕はそれを頭の中で並べ直してみて、やっぱり分からなかった。
「あの、龍葉斬って、耳長族の奥義なんですか」
* * *
先輩の背筋が、伸びた。
「――よくぞ聞いてくれた」
火の向こうで、先輩が身を乗り出してきた。さっきまでの気だるい座り方はどこへ行ったのか、両手を膝について、目がはっきりこちらを向いている。
「あれね、この夏の初めにできたばっかり。まだ三回しか使ってない。今日で四回目」
「……奥義じゃないんですか」
「あたしの奥義だよ。耳長族は関係ない」
先輩は、火の枝を一本折った。
「あたしみたいな戦い方するやつ、うちの村にも一人もいないんだ。小剣二本で、走りながら魔法乗せて斬る。誰にも習ってない。強いよ。強いんだけどね」
「けど」
「地味なんだよ」
折った枝を、火に放り込む。
「避けて、斬る。避けて、斬る。それの繰り返し。一時間やっても、見てる側には同じ絵しか見えない。……冒険譚に出てこないだろ、そういうの」
「冒険譚」
「吟遊詩人の歌だよ。勇者がさ、最後にどーんとやるじゃない。名前のついたやつを」
僕は、なんと言えばいいのか分からなかった。
「あたしね、あれに憧れてたの。ずっと」
先輩は、真顔だった。
「六つのときに旅の詩人が村に来てさ。三日いたんだけど、三日とも同じ歌を聞きに行った。鉄の勇者の話。最後に山を割るんだよ、一撃で」
「山」
「山」
「……本当ですか、それ」
「本当なわけないだろ」
あっさり言ってから、先輩は火を見た。
「でも聞いたんだよ、六つで。あれが体に残ってんの」
キアリーが、火の向こうで身動きした。聞いている顔だった。この男も、たぶん似たようなものを体に残している。
「だから、名前のついた一撃が欲しかった。三年考えた。全然できない。避けて斬る型に、どーんとやる技は乗らないんだ。理屈が合わない」
「合わないんですか」
「合わないよ。流れを止めて力を溜めるってことだからね。止まったら、あたしは死ぬ」
先輩は両手を広げた。
「そこへ、春に戻ってきたらさ。中庭に穴が開いてた」
「……え」
「あたし、去年の秋から南にいたんだよ。遠征。半年まるまる学園を空けてた。休学扱いだね」
そう言われて、思い当たった。
この人と話すようになったのは春からだと、キアリーが言っていた。
「帰ってきたら、中庭が半分埋まってて、職人が出入りしてるわけ。窓も全部入れ替えてた。何事かと思って聞いたよ」
「聞いたら」
「龍が降りてきたって言われた」
先輩は、火の枝でもう一本、適当な線を引いた。
「結界ごと、一撃だったって。黒く濁った膜を突き破って、呪われた大精霊をまとめて叩き伏せたって。……で、その話が街でも歌になってた」
「歌」
「吟遊詩人がね。酒場でも、宿場でも。あたしが聞いたのだけで三通りある」
「それ聞いて、分かったんだよ」
先輩の声が、また少し高くなった。
「止まらなくていいんだって。あの龍だって、降りてきた勢いのままやったんだろ? 溜めるんじゃなくて、走ってきた分を全部乗せればいい。それで型ができた」
満足そうに頷く。
「だから龍葉斬。葉の龍の斬撃。いい名前だろ」
僕は、火を見ていた。エスタも火を見ていた。キアリーは口を半分開けたまま固まっていた。
「あの、先輩」
「なに」
「その話、誰がやったかは」
「聞いてない」
即答だった。
「は?」
「聞いてないよ。興味なかったからね」
先輩は、心底どうでもよさそうな顔をしていた。
「あたしが欲しかったのは型だよ。どう降りてきて、どう当てたか。それが分かればいい。誰がやったかなんて、知ったところで真似できないだろ」
聞きながら、僕は何かが引っかかっていた。
* * *
思い出したのは、屋台の煙の匂いだった。
この夏の初め、キアリーと東通りに下りたとき、通りの先の広場に人が集まっていた。円になって立っていて、真ん中で誰かが弦を弾いていた。言葉までは聞こえなかった。時々、わっと声が上がっていた。
僕は、串が冷めるほうを気にしていた。
歌より、手に持っているもののほうが大事だった。だから僕らは広場を避けて、人の少ない道を通った。
「……キアリー」
「おう」
「あのときの、広場の」
「……あー」
キアリーも、同じ顔をしていた。
「あれか」
「あれだよね」
「あのさ」
キアリーが、先輩のほうを向いた。
「それ、俺ら」
先輩の動きが、止まった。
「……は?」
「俺ら、いたんだよ。その中庭に」
長い沈黙があった。先輩は僕を見て、キアリーを見て、エスタを見た。三回見た。
「……ちょっと待って。その、叩き伏せられた大精霊っていうのは」
「イーリス様です」
「今、地下の祠にいる」
「います」
「……三人とも、そこにいたの」
「いました」
先輩は、両手で顔を覆った。そのまましばらく動かなかった。
「……あたし、六つのときの歌の話とか、した」
「しました」
「山割るやつの話も」
「しました」
「忘れて」
「忘れません」
「忘れろって」
エスタが、笑った。三日ぶりに見る顔だった。
* * *
しばらくして、先輩は指を三本立てた。
「一応、聞いとく?」
「何をですか」
「歌だよ。三通りあるって言ったろ」
「……聞きます」
「一つめは、龍が呪われた大精霊を罰しに来たってやつ。これが一番多い」
先輩は指を折った。
「二つめが、聖女が大精霊の呪いを癒したってやつ。これは南で聞いた。えらく長い歌でね、聖女の髪の色まで歌ってた」
隣で、腰かけ代わりの石がごとりと鳴った。
エスタが座り直した音だった。
「……髪の色」
「金だって歌ってたよ」
「わたし、金じゃないです」
「そりゃそうだろ。歌だもの」
エスタは膝を抱え直して、火のほうを向いた。耳が赤かった。
「で、三つめ」
先輩は、三本目の指を折った。
「これがいちばん少ない。ギルドの前で一回聞いただけ」
「どんなのですか」
「大樹そのものが降りてきて、盟約を結び直したってやつ」
僕は、しばらく何も言えなかった。
春のことを思い出していた。
学園が再開して、みんなが中庭のことを喋っていた。龍が誰かを食いに来たとか、大精霊が生徒を襲ったとか、そういう話だった。全部違っていた。
僕は、そのたびに訂正した。
龍じゃなくて、あれは大樹の使いみたいなものだと言った。大精霊様は襲ってなんかいないと言った。あの日あそこで起きたのは、盟約を結び直したことなんだと言った。
三回か四回、同じことを言った。相手は毎回違った。
「……あの」
「なに」
「その三つめ、たぶん僕です」
先輩の指が、止まった。
「は?」
「春に、学園で。間違ってる話を聞くたびに、そうじゃないですって言ってて」
「言ってて?」
「そのうち誰かが、外で喋ったんだと思います」
長い沈黙があった。
キアリーが、口を開いた。
「お前、詩人に歌わせてたのか」
「歌わせてない」
「歌になってんだろ」
「なってるけど」
先輩は、まだ指を三本立てたままだった。
「……待って。じゃあ三つのうち一つは、この場にいる人間が出どころなの」
「たぶん」
「一番少ないやつが」
「……たぶん」
「一番合ってるやつが、一番少ないんだ」
先輩は、指を下ろした。
「世の中そんなもんかね」
僕は、それきり黙っていた。
三つのうち、どれも本当のことは言っていない。僕が訂正した分ですら、途中で誰かの口を通るうちに形が変わっていた。
* * *
翌朝、僕らはセーフティエリアを出た。
外に出るまで、二日かかった。行きより時間がかかったのは、魔力を節約したからだ。エスタが解毒を回すのは一刻に一回ではなく、一刻半に一回になった。その分、進みが遅い。危ない場所は先輩が一人で先に見て、戻ってきて、全員で一気に抜ける。そういう歩き方を繰り返した。
僕の荷物は行きより重かった。石と土が増えたからだ。途中で、キアリーが黙って半分持っていった。
「持てるって」
「お前が転んだら瓶が割れるだろ」
* * *
裂け目から這い出したのは、六日目の明け方だった。
四日で戻る予定が、二日延びていた。草の上に四人とも寝転んで、しばらく誰も何も言わなかった。空が白み始めていて、星が消えかけている。
* * *
乗合馬車の中で、メリィ先輩はずっとにやにやしていた。
膝の上に、麻の袋を抱えている。ダンジョンに入る前にはなかったものだ。
「先輩、なんすかそれ」
キアリーが聞いた。
「これ?」
「さっきから、そればっかり触ってるじゃないすか」
先輩が袋の口を少し開けて見せると、中に黒っぽいものが入っていた。茸だった。傘が黒紫で、柄が細くて長い。触れてもいないのに、袋の中で薄く光っている。
僕は、身を乗り出した。
「……宵闇茸ですか」
「お、分かるんだ」
「図鑑でしか見たことないです。中層の毒気の中でしか育たないって」
「そう。だから誰も採らない」
先輩は、袋の口を結び直した。
「魔力回復薬の高級素材。上等なのは、これが入ってる」
「いくらするんですか」
「一株で二万」
「二万!?」
キアリーがのけぞった。
「十六株ある」
「……三十二万」
エスタが言った。
「早いね、やっぱり」
僕は、それでようやく分かった。
「先輩。最初から、これ目当てでしたよね」
先輩は、袋を抱え直した。
「面白そうだから来たって言ったろ」
「言いました」
「嘘はついてないよ」
「……半分は、これですよね」
「半分はね」
窓の外を見たまま、先輩は続けた。
「あたし、燃費が悪いって言ったろ。上等な魔力回復薬がいくらあっても足りないんだ。買うと高い。素材から作らせたほうが安い。……作れるやつが、同じパーティにいるならね」
僕は、何も言えなかった。
この人は、最初から全部組み立てていた。満月草の場所を知っている冒険者に繋いで、回復術師を口説いて、荷物持ちに投げ方を教えて、自分の素材を採って帰る。
そのうえで、僕の頼みを全部通している。
「……ありがとうございます」
「礼はいいよ」
先輩は、窓を向いたまま言った。
「あの大きいのは想定外だったからね。あれは誰も知らなかった。素材も採れなかったし、報告しても討伐金は出ない。……あたしの見立てが甘かった」
「先輩のせいじゃないです」
「あたしのせいだよ。連れてったのはあたしだ」
それきり、先輩はしばらく黙っていた。
* * *
ギルドで換金したのは、その日の夕方だった。
窓口に袋を出すと、係の人が中を覗いて、顔を上げて、もう一度覗いた。それから奥へ引っ込んで、出てきたのは別の人だった。
三十二万ネイだった。
「四等分ね。八万ずつ」
先輩が言った。
「受け取れません」
僕が言った。
「なんで」
「僕、何もしてないので。荷物持っただけです」
「投げただろ」
「外しました」
「じゃあキアリーが二人分」
「いや俺も……いいっす」
「なんでだよ」
「わたしもいりません」
エスタが言った。
「お金のためにやったんじゃないので」
先輩の眉が、ぴくりと動いた。
「あのさ。これ、あたしが一番めんどくさいやつだ」
僕は、キアリーのほうを向いた。
「キアリー。僕の分、あげる。ギルドカードのお金も借りたし、先輩に話を通してくれたのもキアリーだし」
「いらねえよ」
「もらってよ」
「もらえるかよ」
「エスタも受け取ったほうがいいよ。あの回復魔法、八万ネイの働きじゃないよ。もっとすごかった」
「そういう問題じゃないでしょう」
「そういう問題だと思うけど」
エスタは、少し黙った。
「……というか、あんた。これから調合があるんじゃないの。素材代、いるでしょうが」
「あ」
「あ、じゃないわよ。二万五千使い切ったって言ってたじゃない」
「言った」
「じゃあ受け取りなさいよ」
「エスタも受け取ってよ」
「わたしはいいの」
「よくないよ」
「――はい、そこまで」
先輩が、三十二万ネイの袋を両手で持ち上げて、キアリーの腹に押しつけた。
「じゃあ、まとめてキアリー持っといて。あんたが管理して。必要なやつに必要なだけ渡せ。以上」
「ちょ、先輩」
「あたしの分は八万な。それだけ抜いといて」
キアリーは、袋を抱えたまま棒立ちになった。
「これ、一番きついやつっすよ」
「知ってる」
* * *
そのときだった。
「メリィ君」
窓口の係の人が、帳面を見ながら言った。
「学園の探索許可申請ですが、こちらに控えが来ていません。出されましたか」
先輩の動きが、止まった。
「……あー」
「出されましたか」
「あー、それはその」
「メリィ君」
別の声だった。ギルドの入り口のほうからだった。
振り返ると、学園長が立っていた。
上着の裾に土がついていた。坂を上ってきたのだ、とすぐに分かった。手には杖を持っている。学園で見たことのないものだった。
その顔を見て、僕は背筋が寒くなった。怒っていた。
先輩が、ゆっくりと体の向きを変えた。
「……学園長先生」
「なぜ私がここにいるか、分かりますか」
「……えー」
「三日前です」
学園長は、杖を突いて一歩前に出た。
「薬草園に、フェイ君の姿が数日見えませんでした。あの子が畑を空けるのは、去年の冬以来です。……いやな胸騒ぎがしましてな」
僕は、何も言えなかった。
「坂を下りて、薬草園であの緑の精霊に尋ねました。七十を過ぎた男が、畑の隅でひとりごとを言っている絵です。見た者は、正気を疑ったでしょうな」
「……コロンが、話したんですか」
「三言だけ。西。穴。四人」
学園長は、僕を見た。
「そこで私は学園に戻り、探索許可の申請を確認しました。どの棚にもありませんでした」
「……あー」
先輩が、また言った。
「あー、ではありません」
学園長は、先輩のほうを向いた。
「メリィ君。あなたは、この三人を連れて中層まで行きました。学園には何も届いていません。もし全員が戻らなかったとして、私はどこを捜せばよかったのです」
先輩は、何も言わなかった。
僕は、前に出た。
「学園長。先輩は、手伝ってくれただけです」
「フェイ君」
「満月草が要るって言ったのは僕です。お金がなくて、自分で行くって言ったのも僕です。先輩は、それを手伝ってくれただけで。叱るなら、僕を叱ってください」
学園長は、少し困った顔になった。
「……フェイ君。君には止めんと言ったのは、私です」
「あ」
「石段の踊り場でしたな。私にできることはありますかと聞いて、たぶんないですと答えられた」
「……はい」
「言ったことは、撤回しません」
学園長は、杖を持ち直した。
「三人とも、悪いことは何もしていません。それは分かっています。……ただ、一つだけ」
「はい」
「待つ人の気持ちも、考えてくれると助かります」
僕は、黙った。
「すみません」
「もし君が帰ってこなかったら、どうなると思いますか」
「……それは、父さんと母さんが心配して」
「イーリス様です」
僕は、顔を上げた。
「え」
「あの冬、盟約を続けることができたのは、君がいたからです。あの結界の半分は君のものです。……君がいなくなったら」
学園長は、そこで言葉を切った。
「……いなくなったら」
「……聞きたいですか」
僕は、答えられなかった。学園長も、それ以上は言わなかった。
代わりに、少しだけ表情を緩めた。
「友人を、大切になさい」
「……はい」
「良い返事です」
先輩が、後ろから僕の肩を叩いた。
「よかったじゃないかフェイ。あとは調合するんだろ?」
「メリィ君」
「はい」
「あなたは、こちらに」
「えっ」
「こちらに」
「あっ、ごめんなさい。ごめんなさい。いたた、ちょっと、耳は」
「よく聞こえるように、と思いましてな」
「引っ張らないでください!」
* * *
ギルドの一階は、夕方になって人が増えていた。
依頼を終えて戻ってきた組が壁際で酒を回している。誰かが何かを言って、どっと笑い声が上がり、遅れて手を叩く音が続く。数えるほどしか残っていない依頼書の前で、若いのが二人、押し合うようにして残りを覗き込んでいた。
誰も、こちらを見ていなかった。
耳を引っ張られていく先輩の後ろ姿も、その騒がしさにあっさり飲み込まれて、見えなくなった。
僕らは、三人で外へ出た。
外は、もう暗かった。空を見上げると、月が出ている。
あと一日で、満ちる形をしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
明日の22時に次話を更新します。
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