一千万リーブルの条件
第51話 「一千万リーブルの条件」
1789年12月末。
パリ。
テュイルリー宮殿。
朝の光が差し込むよりも早く、ネッケルは国王の執務室を訪れていた。
その手には、一通の書簡が握られている。
白い封蝋。
丁寧に整えられた署名。
差出人は、徴税請負人たちを代表する者だった。
ルイは書簡を受け取り、最初から最後まで目を通した。
書かれている文章は礼儀正しかった。
国王への忠誠。
王国の財政危機に対する憂慮。
これまで徴税請負人が果たしてきた役割。
そして、国家を支えるための協力。
だが、最後に記された条件だけが、それまでの文章とは異なる重さを持っていた。
『国庫へ一千二百万リーブルを前貸しする用意がある。ただし、現行の徴税請負契約を、満了後も更新すること。』
ルイは、しばらく書簡を見つめたまま動かなかった。
「一千二百万リーブル……。」
ネッケルが静かに頷く。
「はい。」
「すぐに用意できるのか。」
「徴税請負人側は、議会と陛下が契約更新を約束すれば、数日以内に国庫へ入れると申しております。」
ルイは書簡を机へ置いた。
「国庫には、今どれほど必要なのだ。」
ネッケルは別の報告書を広げた。
「九日後に、軍と行政官の給与支払いがございます。」
「その後、国債の利息。」
「さらに、パリ周辺の穀物買い付けに必要な支出が続きます。」
「現在の国庫にある現金だけでは、すべてを期日どおりに支払うことはできません。」
「足りない額は?」
「少なく見積もっても、一千万リーブルを超えます。」
ルイの指先が、わずかに震えた。
徴税請負人たちが提示した一千二百万リーブル。
不足額を埋めるには、ほとんど理想的な金額だった。
偶然ではない。
彼らは国庫の状況を知っている。
これまで何度も王国へ金を前貸ししてきたのだ。
いつ、どれだけの金が不足するのか。
どの支払いを遅らせれば、どこで不満が起こるのか。
国王や議会よりも詳しく知っている者さえいる。
「受け入れれば、支払いはできるのか。」
「当面は。」
ネッケルは答えた。
「軍人の給与も。」
「行政官の給与も。」
「国債の利息も。」
「穀物の買い付けも。」
「少なくとも、直近の危機は越えられます。」
「拒めば?」
ネッケルは口を閉ざした。
その沈黙が、答えだった。
支払いの延期。
給与の遅配。
国債価格の下落。
さらなる信用の悪化。
場合によっては、国家が約束した金を払えないという噂が広がる。
噂は事実より早く走る。
金融家が国債を売る。
商人が現金を隠す。
穀物商が国への販売を拒む。
兵士が給与を求める。
そしてパリの民衆が、また宮殿へ押し寄せる。
ルイの耳の奥で、太鼓の音が響き始めた。
処刑台へ向かう馬車。
押し寄せる群衆。
鳴り続ける太鼓。
何かを叫ぼうとしても、声は太鼓に掻き消される。
首筋に触れる冷たい風。
傾斜した刃。
ルイは反射的に喉へ手を当てた。
息が浅くなる。
「陛下。」
ネッケルの声で、ルイは現実へ引き戻された。
「……大丈夫だ。」
そう答えた声は、自分でも分かるほど震えていた。
大丈夫ではない。
だが、大丈夫ではないからといって、逃げるわけにはいかない。
ルイは椅子へ深く腰掛け、呼吸を整えた。
「これは、脅迫なのか。」
ネッケルは少し考えてから首を横に振った。
「法に反する脅迫とは言えません。」
「徴税請負人には、国家へ新たな金を貸す義務はございません。」
「金を貸す条件として、将来の契約を求めることも、金融上の交渉としては理解できます。」
「では、正当な提案だと?」
「彼らにとっては。」
ネッケルは苦しそうに答えた。
「徴税請負契約が更新されれば、彼らには将来の収入が生まれます。」
「その収入を見込めるからこそ、今すぐ大金を前貸しできる。」
「契約が終わり、公的徴税へ移行するなら、彼らは貸した金を何によって回収するのか不安になります。」
ルイは書簡を見つめた。
理屈は通っている。
だからこそ、単純に悪人の脅迫として退けることができない。
彼らは金を貸す。
その見返りに、利益を得られる徴税権を求める。
王国は現金を得る。
代わりに、将来の徴税制度を差し出す。
「受け入れれば。」
ルイが呟く。
「我々は一千二百万リーブルを手に入れる。」
「だがその代わり、徴税制度を見直す権利を何年も失う。」
「はい。」
「拒めば、改革を続けられる。」
「だが、その改革が始まる前に国庫が止まるかもしれない。」
「……はい。」
どちらを選んでも、何かを失う。
目の前の危機を救えば、将来の改革が縛られる。
将来の改革を守れば、目の前の国家が倒れるかもしれない。
ルイは、書簡を握る手へ力を込めた。
紙が小さく音を立てる。
「少し考えさせてくれ。」
ネッケルは一礼した。
「本日中に、再び参ります。」
その夜。
テュイルリー宮殿の一室。
机の上には、一千二百万リーブルの前貸しを提案する書簡が置かれていた。
ルイは何度も読み返していた。
文章が変わるわけではない。
新たな解決策が浮かぶわけでもない。
それでも視線を外すことができなかった。
受け入れる。
拒む。
受け入れる。
拒む。
二つの言葉が、頭の中で繰り返される。
扉が静かに開いた。
「まだ休まれていなかったのですね。」
マリー・アントワネットだった。
ルイは慌てて書簡を伏せようとした。
だが、その手が震えていることに王妃は気づいた。
「何があったのですか。」
「何も。」
「何もないときの震え方ではありません。」
王妃はルイの向かいではなく、隣の椅子へ腰掛けた。
机の上の書簡へ視線を落とす。
「見ても?」
ルイはしばらく迷い、やがて書簡を差し出した。
王妃は時間をかけて読み進めた。
「一千二百万リーブル……。」
「今の王国には必要な金だ。」
ルイは俯いた。
「これがあれば、給与を払える。」
「穀物も買える。」
「利息も払える。」
「ならば、受け取ればよいのではありませんか。」
「代わりに徴税請負契約を更新しなければならない。」
ルイは首を横に振った。
「今、調べ始めたばかりなんだ。」
「国民がいくら払い、そのうちいくらが国庫へ届いているのか。」
「ようやく分かり始めた。」
「ここで更新を約束すれば、調査の結果が出る前に結論を決めることになる。」
「けれど拒めば、国庫が止まる。」
「そうだ。」
ルイの声が掠れた。
「どちらを選んでも怖い。」
「受け取れば、国民を裏切るかもしれない。」
「拒めば、給与を受け取れない兵士や、穀物を待つ市民を苦しめるかもしれない。」
「私はまた、間違える。」
「どちらを選んでも、また人が死ぬかもしれない。」
王妃は何も言わず、震えるルイの手へ自分の手を重ねた。
温かかった。
「あなたは、二つのうち一つを、今夜一人で選ばなければならないのですか。」
ルイは顔を上げた。
「どういう意味だ。」
「その書簡を隠さず、議会へ見せることはできないのですか。」
「議会へ?」
「あなたは、もう一人で抱え込まないと決めたのでしょう。」
王妃は穏やかに言った。
「受け取るのか。」
「拒むのか。」
「その二つしかないように見えるのなら、他の者にも考えてもらえばよいのです。」
「あなた一人では見つけられない道を、誰かが見つけるかもしれません。」
ルイは王妃の顔を見つめた。
かつての自分なら、このような書簡を議会へ見せることなど考えなかっただろう。
国庫の窮状を知られれば、王権の弱さをさらす。
金融家との交渉を公開すれば、信用を失う。
何より、自分が決断できない国王だと思われる。
だが、隠したまま受け入れれば、いずれ必ず知られる。
そのとき失われる信用は、今より大きい。
「……そうだな。」
ルイは小さく息を吐いた。
「明日、議会へ出そう。」
翌日。
パリ。
国民議会。
議長が木槌を鳴らした。
「本日の議題は、国庫への緊急前貸しについてです。」
議員たちの机には、徴税請負人から届いた書簡の写しが置かれていた。
その内容を読んだ議員たちは、開会前から激しく言葉を交わしている。
「改革を金で止めるつもりだ。」
「国を人質に取っている。」
「だが、金が必要なのは事実だ。」
「軍の給与を払えなければどうする。」
「理想だけでは国家を動かせない。」
議長が再び木槌を打つ。
「静粛に。」
「まず、財務総監より説明を求めます。」
ネッケルが演壇へ立つ。
「徴税請負人側は、国庫へ一千二百万リーブルを前貸しすると提案しております。」
「条件は、現行の徴税請負契約を満了後も更新することです。」
「国庫がこの資金を受け取れば、直近の給与、利払い、穀物購入に必要な現金を確保できます。」
「受け取らなければ?」
一人の議員が尋ねる。
ネッケルは正直に答えた。
「一部の支払いを延期せざるを得ません。」
議場がざわめく。
軍人出身の議員が立ち上がった。
「軍の給与を遅らせることはできません。」
「兵士は名誉だけで食べているのではない。」
「彼らにも家族があります。」
別の議員が続く。
「国債の利払いも同じです。」
「一度でも支払いを止めれば、今後さらに高い利息を求められます。」
「王国の信用は完全に失われるでしょう。」
「ならば受け入れるしかない。」
保守派の議員が言った。
「徴税請負制度に欠点があることは認めます。」
「ですが、制度を改革するために国家を破産させては意味がありません。」
「まずは目の前の支払いを済ませる。」
「改革は、その後で考えればよい。」
改革派の若い議員が反発する。
「その『後で』が、これまで何度繰り返されてきたのです。」
「金がない。」
「今は時期が悪い。」
「次の契約まで待て。」
「そう言い続けた結果、徴税請負制度は何十年も残った。」
「ここで契約を更新すれば、次も同じです。」
「契約が終わる頃には、再び国庫が空になる。」
「そして請負人は、また金を差し出して更新を求める。」
「ならば、どうやって九日後の給与を払うのだ。」
「国民へ協力を求めればよい。」
「九日で一千二百万リーブルを集められるのか。」
「王室の銀器を売れ。」
「宮廷年金を止めろ。」
「それだけで足りると思っているのか。」
議場は騒然となった。
ルイは、飛び交う言葉を聞いていた。
どちらの側も間違ってはいない。
目の前の支払いを守ろうとする者。
将来の改革を守ろうとする者。
どちらも王国のために話している。
しかし議論は、受け入れるか拒むかという二つの道から出られずにいた。
ルイは、机の上に置かれた書簡を見つめる。
一千二百万リーブルの融資。
徴税請負契約の更新。
二つは同じ紙に書かれている。
だが。
(本当に、この二つは一つなのか。)
金を借りること。
税を集める権利を与えること。
請負人は、それを一つの取引としている。
しかし本来は別の問題だ。
借りた金には、利息を払う。
徴税制度は、国民と国家にとって最も良い方法を議会が決める。
金を貸した者が、税の集め方まで決める必要はない。
ルイは立ち上がった。
「諸君。」
議場が静まっていく。
「私は、徴税請負人たちの提案を不法なものとは考えていない。」
改革派の議員たちがざわつく。
「彼らには、国家へ金を貸す義務はない。」
「貸した金を確実に返してもらうため、将来の収入を求めることも理解できる。」
「彼らは慈善家ではない。」
「利益を求める金融家だ。」
「そのこと自体を罪とするべきではない。」
徴税請負人を非難していた議員たちは、戸惑ったようにルイを見る。
「だが。」
ルイは書簡を掲げた。
「この提案には、異なる二つの契約が一つにされている。」
「一つは、国家へ金を貸す契約。」
「もう一つは、国民から税を集める権利を与える契約だ。」
議場が静まり返る。
「金を借りるなら、国家は利息を支払う。」
「期限を定めて返済する。」
「それが融資への対価だ。」
「だが、徴税権は融資への報酬として与えるものではない。」
「徴税制度は、国民の負担。」
「徴税に必要な費用。」
「国庫へ入る収入。」
「不正を防ぐ仕組み。」
「それらを調べたうえで決めなければならない。」
保守派の議員が立ち上がった。
「しかし陛下。」
「徴税請負人は、契約更新がなければ融資しないと申しております。」
「ならば、他の者から借りられるか試してみよう。」
議場がどよめく。
「他の者?」
「一千二百万リーブルもの金を、誰が貸すのです。」
ルイはネッケルへ向き直った。
「財務総監。」
「国への貸付を、公開して募集することはできるか。」
ネッケルは目を見開いた。
しばらく考えた後、慎重に答える。
「条件を統一すれば、可能ではあります。」
「誰であっても、同じ利率。」
「同じ返済期限。」
「同じ返済順位。」
「徴税請負人も。」
「銀行家も。」
「商人も。」
「地方の資産家も。」
「国へ金を貸したい者は、同じ条件で応募できるようにする。」
ルイは頷いた。
「貸付額が少なくても構わない。」
「一人から一千二百万リーブルを借りる必要はない。」
「百人から分けて借りても、国庫に入る金は同じだ。」
商人出身の議員が口を開く。
「しかし、多くの者から借りれば、管理が複雑になります。」
「誰に、いつ、いくら返すのか。」
「また帳簿が増えます。」
「だからこそ、最初から同じ様式で記録する。」
ルイは答えた。
「貸した者の名前。」
「金額。」
「利率。」
「返済期限。」
「返済に充てる収入。」
「すべてを一つの帳簿へ記す。」
「議会は、その合計を確認する。」
法律家出身の議員が尋ねる。
「秘密の手数料や仲介料は?」
「認めない。」
「貸付条件に記されていない支払いは行わない。」
「大口の貸し手だけに、別の特権を与えることもしない。」
改革派の若い議員が立ち上がった。
「国民から寄付を募るのですか。」
「寄付ではない。」
ルイは首を横に振った。
「借りるのだ。」
「愛国心がある者だけに負担させる制度にはしない。」
「国家が必要とする金なら、国家は返す責任を負わなければならない。」
「国民の善意を、返さなくてよい金として使うべきではない。」
ネッケルが口を開く。
「問題は時間です。」
「支払いまで九日しかありません。」
「全国から応募を待つ余裕はありません。」
「パリの銀行家、商人、金融家へ直ちに知らせる。」
ルイは答えた。
「地方にも早馬で送る。」
「集まらない分については、割引銀行へ協力を求める。」
ネッケルの表情が曇る。
「割引銀行へ過度に頼れば、銀行自身の銀貨が不足します。」
「銀行券を持つ者が、一斉に銀貨との交換を求めれば危険です。」
「分かっている。」
「だから、全額を求めてはならない。」
「銀行が安全に出せる範囲を示してもらう。」
「不足する分だけを借りる。」
軍人出身の議員が尋ねる。
「それでも集まらなかった場合は?」
ルイは一度黙った。
都合のよい答えはない。
「その場合は、支出を遅らせる。」
議場がざわつく。
「ただし、すべてを同じように遅らせるのではない。」
「兵士と下級役人の給与。」
「穀物の購入。」
「病院や救済に必要な支出。」
「それらを先に守る。」
「宮廷の新たな装飾。」
「急がない建築。」
「高額な年金のうち、生活に直ちに影響しない部分。」
「延期できる支出は延期する。」
一部の貴族議員が顔を強張らせた。
「陛下。」
「年金も、国王が約束した支払いです。」
「分かっている。」
ルイは答えた。
「だから廃止するとは言わない。」
「支払いの順序を変える。」
「今日のパンを買う金と、すでに豊かな者へ渡す年金。」
「どちらか一つしか払えないなら、私はパンを選ぶ。」
議場に大きな拍手が広がった。
ルイはその音に肩を震わせた。
拍手は称賛だ。
怒号ではない。
分かっていても、大勢の人間が一斉に音を立てると、体が処刑台を思い出す。
それでもルイは座らなかった。
「この公開貸付にも危険はある。」
「結局は新たな借金だ。」
「一千二百万リーブルを集められても、王国が豊かになるわけではない。」
「支払いを先へ延ばすだけだ。」
「だから、これを財政再建と呼んではならない。」
ルイは議員たちを見渡した。
「これは、改革を行うための時間を買うものだ。」
「買った時間を無駄にすれば、次はない。」
その言葉に、議場の熱気が少し冷めた。
借金によって危機を越える。
それは、これまでの王国が何度も行ってきたことだった。
借りた金で支払いを済ませ、その間に改革を行うと言いながら、結局は何も変えられなかった。
今回も同じことになる可能性がある。
だからこそルイは、成功を宣言しなかった。
議長が木槌を手に取る。
「国庫緊急貸付法案について、内容を確認します。」
「一千二百万リーブルを上限として、国への短期貸付を公開募集する。」
「すべての貸し手に、同一の利率と返済条件を適用する。」
「貸付者、貸付額、返済期限を国庫の帳簿へ記録し、議会へ報告する。」
「貸付の見返りとして、徴税権、官職、免税、その他の特権を与えない。」
「不足分については、割引銀行から安全な範囲で借り入れる。」
「なお不足する場合は、軍人、下級役人、穀物、病院、救済を優先し、その他の支出を延期する。」
「以上を採決に付します。」
採決が始まった。
保守派の一部は、徴税請負人の提案を受け入れる方が確実だとして反対した。
急進派の一部は、新たな借金そのものに反対した。
それでも、多くの議員は公開貸付へ賛成した。
徴税権を売ることなく、必要な資金を集める。
失敗する可能性はある。
それでも試す価値はあった。
「賛成多数。」
議長の声が響く。
「国庫緊急貸付法案は可決されました。」
その日の午後。
パリの金融街。
国庫への貸付条件を記した布告が掲げられた。
貸付期間。
利率。
返済日。
受付場所。
そして最後に、太い文字で一文が記されていた。
『本貸付により、いかなる徴税権、官職、免税または独占権も与えられない。』
最初に現れたのは、数人の銀行家だった。
彼らは条件を確認し、国庫の返済能力についてネッケルの役人へ何度も質問した。
次に、パリの大商人たちが訪れた。
一人で大金を出す者はいない。
十万リーブル。
五万リーブル。
二万リーブル。
それぞれが、自分の耐えられる範囲で申し込んでいく。
地方の商人からも、代理人を通じて申込みが届き始めた。
だが初日は、目標額の四分の一にも届かなかった。
二日目。
申込みは増えた。
それでも半分には届かない。
三日目。
国庫の支払期限は近づいている。
ネッケルは、集まった金額を記した報告書をルイへ提出した。
「このままでは足りません。」
ルイの胃が締めつけられた。
やはり失敗したのか。
徴税請負人の提案を受け入れるしかないのか。
そんな考えが頭をよぎった、その時だった。
財務官が新たな報告書を持って入ってきた。
「徴税請負人の一人が、個人として貸付を申し込んでおります。」
ルイは顔を上げた。
「請負組織としてではなく?」
「はい。」
「契約更新の条件も付けておりません。」
「議会が定めた利率で、五十万リーブルを貸し付けると。」
ネッケルが目を細めた。
「一人が動けば、他の者も動くかもしれません。」
その予想は当たった。
徴税請負人たちは、一枚岩ではなかった。
契約更新を勝ち取るため、全員で前貸しを拒むべきだと考える者。
国との関係を壊したくない者。
公的徴税へ移行しても、金融家として生き残ろうとする者。
国への貸付が、条件次第では安全な投資になると考える者。
それぞれの立場は違っていた。
翌日には、別の徴税請負人が三十万リーブルを申し込んだ。
さらに別の者が二十万リーブル。
彼らは徴税権ではなく、議会が定めた利息を受け取る貸し手として参加した。
請負人側の結束に、小さな亀裂が入った。
六日目。
公開貸付によって、必要額の大部分が集まった。
割引銀行も、自らの銀貨準備を危険にさらさない範囲で不足分の一部を引き受けた。
残る不足額については、宮廷の急を要しない支出と、一部の高額年金の支払いを延期することで補うことになった。
すべての問題が解決したわけではない。
新たな借金が増えた。
延期された支払いに不満を持つ者もいる。
割引銀行への負担も生じた。
それでも、軍人と下級役人の給与は期日に間に合った。
穀物の買い付けも止まらなかった。
国債の利息も、支払うことができた。
そして徴税請負契約は、更新されなかった。
ネッケルは最終報告を読み終えると、椅子へ深く腰掛けた。
「どうにか、今回の支払いは越えました。」
ルイは頷いた。
「勝ったわけではない。」
「はい。」
「借金は残った。」
「はい。」
「次の支払いも来る。」
「そのとおりです。」
ルイは窓の外を見た。
冬のパリ。
煙突から上がる煙。
石畳を行き交う荷馬車。
人々は、国庫で行われた攻防を知らない。
今日もパンを買い、薪を運び、税を支払っている。
「それでも。」
ルイは静かに言った。
「金を借りるために、徴税権を売らずに済んだ。」
ネッケルは、わずかに微笑んだ。
「はい。」
「王国は今日。」
「金を持つ者の力を借りました。」
「ですが、国の仕組みを決める権利までは渡しませんでした。」
同じ頃。
徴税請負人たちの邸宅では、再び会合が開かれていた。
長い机を挟み、男たちは互いに険しい目を向けている。
「誰が申し込んだ。」
年配の徴税請負人が低い声で尋ねた。
誰も答えない。
「我々は、契約更新なしでは貸さないと決めたはずだ。」
「決めた覚えはありません。」
一人の男が答えた。
「あなたが、そうするべきだと言っただけです。」
「国王と議会を相手に、いつまでも争えると思っているのか。」
別の男も続く。
「公的徴税へ移るなら、我々も生き方を変えなければならない。」
「徴税権がなくても、国へ金を貸すことはできる。」
「利息も受け取れる。」
「金融家として生き残る道まで捨てる必要はない。」
年配の男は拳を握った。
彼らの金は国庫へ入った。
しかし、彼らが求めた条件は受け入れられなかった。
国王は金を拒まなかった。
徴税請負人そのものを敵とも呼ばなかった。
ただ、金を貸すことと、税を集める権利を切り離した。
そのため徴税請負人たちは、国家へ金を貸す者と、徴税特権を守ろうとする者に分かれ始めていた。
年配の男は、机の上に置かれた公開貸付の布告を見つめた。
「国王は、我々を分けた。」
誰かが小さく呟いた。
剣は抜かれなかった。
誰も逮捕されなかった。
財産も没収されなかった。
それでも、長年一つに結びついていた二つの力。
国家へ金を貸す力と。
国民から税を集める力。
その二つを結んでいた鎖は、静かに断ち切られようとしていた。




