前金が消える日
第五十話 「前金が消える日」
1790年2月。
パリ。
憲法制定国民議会。
サン=マルタン村をはじめとする三つの試験地域では、新しい徴税制度が動き始めていた。
課税額を決める者と、金を受け取る者を分ける。
番号付き領収書を発行する。
公金箱には二つの鍵を付ける。
市町村、地区、中央の三つの帳簿を照合する。
払えない者には、審査を経て猶予を認める。
払えるのに払わない者には、裁判所を通じて収入から徴収する。
試験は完全ではなかった。
土地評価への異議。
領収書の書き間違い。
納期限への不満。
審査を待つ未納者。
問題は次々と起きていた。
それでも、集められた金額と国庫へ送られた金額は、帳簿の上で一致していた。
徴収官が受け取った金が、途中で消えていない。
国民が支払ったことを、領収書によって証明できる。
その事実は新聞によって大きく報じられた。
『徴税請負人なしでも、税は集められる。』
『国民の金を国民の国庫へ。』
『徴税請負制度を直ちに廃止せよ。』
パリでは、徴税請負人に対する批判が急速に強まっていた。
彼らの豪華な邸宅。
高価な衣服。
宮廷とのつながり。
国民から集めた税によって築かれたと見られる財産。
民衆にとって、徴税請負人は旧制度の不公平を象徴する存在だった。
国民議会にも、徴税請負制度の即時廃止を求める請願書が次々と届いた。
その日、一人の改革派議員が演壇へ立った。
手には、新しい法案が握られている。
「諸君。」
「我々はすでに証明しました。」
「徴税請負人へ頼らずとも、国家は自ら税を集めることができます。」
議場から拍手が起こる。
「国民から一〇〇リーブルを集め、そのうちいくらを国庫へ納めるかを私人が決める。」
「その差額を利益とする。」
「このような制度を、公正と呼ぶことはできません。」
「よって私は提案します。」
議員は法案を高く掲げた。
「三月末日をもって、すべての徴税請負契約を終了させる。」
「徴税所、倉庫、帳簿その他の設備は、国家が直ちに接収する。」
「以後、すべての国税は、公的徴収官によって集める。」
議場から大きな拍手が起きた。
「そうだ。」
「今すぐ廃止せよ。」
「国民の金を取り戻せ。」
傍聴席からも声が上がる。
議長が木槌を鳴らしたが、興奮はすぐには収まらなかった。
ルイは机の前で、その光景を見つめていた。
徴税請負制度を廃止する。
自分も、その方向に異論はない。
国民が支払った総額と、国庫へ届いた金額の差が見えない制度。
税を多く取り立てるほど、私人の利益が増える制度。
それを永遠に残すつもりはなかった。
だが、ルイの隣に座るネッケルは拍手をしていなかった。
表情は険しい。
机の上には、普段の帳簿とは異なる一枚の表が置かれている。
「財務総監。」
ルイが小声で尋ねる。
「何か問題があるのか。」
ネッケルは議場を見回し、静かに答えた。
「この法案が原案のまま可決されれば。」
一度、言葉を切る。
「遅くとも四月中には、国庫の支払いが止まります。」
ルイの表情が固まった。
「徴税請負人を廃止すれば、支払いが止まる。」
「どういう意味だ。」
ネッケルは立ち上がった。
「議長。」
「採決の前に、財務総監として説明の機会をいただきたい。」
議場には、まだ興奮が残っていた。
それでも議長は発言を認めた。
ネッケルは、大きな紙を議員たちへ示した。
そこには月ごとの数字が並べられていた。
「諸君。」
「国家の年間収入は、平年でおよそ四億リーブルです。」
「しかし、その四億リーブルが、一月一日にまとめて国庫へ入るわけではありません。」
「地租は、収穫と地代の支払い時期に多く入ります。」
「商工業税は、商品の販売や決算の時期に左右されます。」
「外国関税は、季節と交易量によって変動します。」
「国有地の収入も、契約ごとに納入日が異なります。」
ネッケルは、表の支出欄を指した。
「一方、軍人の給金は、収穫まで待ってはくれません。」
「役人の俸給。」
「病院への支払い。」
「救貧院への補助。」
「国債の利払い。」
「穀物購入代金。」
「それらには、それぞれ定められた期日があります。」
「一年の合計では収入が足りていても、支払う日に現金がなければ、国家は支払い不能になります。」
議場から声が上がる。
「徴税請負人と、何の関係がある。」
ネッケルは答えた。
「徴税請負人は、税を集め終わってから国庫へ納めているのではありません。」
「契約に基づき、将来集める税を見込んで、先に一定額を国庫へ納めています。」
「前渡金です。」
議場が静かになった。
「税収がまだ国民から集まっていない段階で、徴税請負人が国庫へ金を入れる。」
「国庫は、その前渡金によって月々の支払いを行う。」
「後に徴税請負人は、実際に集めた税から前渡金と費用と利益を回収する。」
「つまり彼らは、徴税だけではなく、国家への短期金融も担っているのです。」
改革派議員が顔をしかめる。
「国民から取る予定の税を担保に、国へ金を貸しているだけではないか。」
「そのとおりです。」
「ならば、国家が自分で集めればよい。」
「集め終わるまでの数か月を、どうやって支払うのですか。」
ネッケルが問い返した。
議員は答えられなかった。
ネッケルは、新たな数字を読み上げた。
「今後六週間に予定されている支払いは、およそ三千六百万リーブル。」
「現在、直ちに使用できる国庫現金は一千百万リーブル余り。」
「外国関税、登録料、王領収入などから、期日までに入ると予測される額は、およそ五百万リーブル。」
「残りは、徴税請負契約に基づく前渡金によって埋める予定です。」
「三月末に契約をすべて終了させれば、その前渡金はなくなります。」
「不足は、およそ二千万リーブル。」
議場がざわめく。
二千万リーブル。
一年の国家収入と比べれば、小さく見える。
しかし、支払期限までに存在しない二千万リーブルは、国家を止めるのに十分だった。
「徴税請負人が、廃止を防ぐために金を出さないと言っているのか。」
一人の議員が声を荒らげた。
「それは脅迫ではないか。」
「違います。」
ネッケルは首を振った。
「国家が契約を終了させるなら、終了後の前渡金を要求する法的根拠がなくなります。」
「契約による義務を消しながら、金を出す義務だけ残すことはできません。」
「では、強制的に出させればよい。」
別の議員が叫ぶ。
「彼らは国民から十分に儲けた。」
「財産を差し押さえ、国庫へ入れればよい。」
議場の一部から賛同の声が上がった。
その声が重なり、大きくなる。
傍聴席からも怒声が飛ぶ。
「徴税請負人から取り戻せ。」
「財産を没収しろ。」
ルイの耳の奥で、その声が別の群衆の叫びへ変わりかけた。
没収しろ。
捕らえろ。
処刑しろ。
太鼓の音。
押し寄せる足音。
冷たい石畳。
胸の奥が強く打ち始める。
机の下で膝が震えた。
ルイは両手を机へ置いた。
今すぐ何か言わなければならない。
だが、喉が固まり、声が出ない。
ネッケルが心配そうに振り返る。
ルイは一度、深く息を吸った。
怖い。
群衆が怖い。
怒りが一つの方向へ向かい始める瞬間が、たまらなく怖い。
それでも、恐怖に押されて決断してはならない。
「静粛に。」
最初の声は小さかった。
議場には届かなかった。
ルイはもう一度息を吸う。
「静粛に。」
今度は、はっきりと響いた。
議長も木槌を鳴らす。
しばらくして、議場はようやく静かになった。
「徴税請負制度を廃止するために、徴税請負人の財産を理由なく奪う。」
ルイは一人ずつを見るように、議場を見渡した。
「それでは、新しい制度を作る最初の日に、国家が自ら法を破ることになる。」
「彼らが不正に得た金があるなら、帳簿を調べ、証拠を示し、裁判によって返還させる。」
「だが、徴税請負人であるという理由だけで、すべての財産を没収することは認めない。」
改革派議員が反論する。
「陛下は、彼らを守るのですか。」
「違う。」
ルイは答えた。
「制度を終わらせることと、人を手続きなしに罰することを分けている。」
「その二つを一緒にしてはならない。」
一人の議員が立ち上がった。
「それなら、不足する二千万リーブルをどうするのです。」
「アッシニャを追加発行すればよい。」
議場に再びざわめきが広がる。
教会財産の権利を裏付けとして発行されたアッシニャ。
国民が税を納める際に使用できる紙。
追加発行すれば、目の前の二千万リーブルを用意することはできる。
ルイは首を横に振った。
「支払いのたびに紙を発行すれば、アッシニャは税を循環させる通貨ではなく、国庫の不足を隠す紙になる。」
「今月二千万。」
「来月一千万。」
「その次は三千万。」
「不足するたびに増やせば、発行額を抑えるという約束は意味を失う。」
「では、借りるのですか。」
「国債への信用は、まだ十分に回復していません。」
ネッケルが答えた。
「借りることは可能でしょう。」
「ただし、急いで二千万リーブルを集めれば、高い利息を要求されます。」
「徴税請負人への利益をなくすために、別の金融業者へさらに高い利息を払うことになりかねません。」
議場に重い沈黙が落ちた。
即時廃止。
財産没収。
紙幣発行。
新規借入。
どの方法にも大きな代償がある。
そのとき、前回の審議にも出席した徴税請負組織の会計責任者、ルネ・ルクレールが発言を求めた。
「議長。」
「徴税請負側からも、説明をお許しいただきたい。」
不満の声が上がったが、ルイは頷いた。
ルクレールは演壇へ進んだ。
「我々は、制度が永遠に続くと申し上げるつもりはありません。」
「国民議会が徴税請負制度を廃止すると決めるなら、最終的には従います。」
「しかし、清算には時間が必要です。」
「すでに国庫へ納めた前渡金。」
「各地の徴収所が保管する現金。」
「未回収の税。」
「役人への未払い給与。」
「借りている建物。」
「所有する倉庫。」
「密輸取締りのために購入した馬や船。」
「それらを一日で切り分けることはできません。」
改革派議員が冷たく言う。
「時間を求めて、その間に帳簿を隠すつもりではないか。」
ルクレールの表情がわずかに強張る。
「その疑いがあるなら、今から監査官を置いてください。」
「すべての帳簿を国民議会へ提出する用意があります。」
「ただし、国家が引き継ぐべき仕事まで、我々とともに消さないでいただきたい。」
ネッケルがルイへ小さく頷いた。
少なくとも、交渉の入口はある。
ルイは机の上に新しい紙を広げた。
「即時廃止か、永久存続か。」
「その二つしかないと考えるから、答えがなくなる。」
「移行期間を作る。」
議員たちの視線が集まる。
「第一。」
「基礎個人貢献、地租、商工業税の三つは、最初から公的徴収官が集める。」
「これらを徴税請負人へ渡すことはしない。」
「第二。」
「現在、徴税請負組織が扱っている間接税は、地域と税目ごとに順番に国家へ移す。」
「一度にすべては移さない。」
「新しい徴収所、帳簿、公金箱、監査官が整った地域から移す。」
「第三。」
「既存の徴税請負契約は、移行期間中に限って継続する。」
議場から不満の声が上がる。
ルイは続けた。
「ただし、これまでと同じではない。」
「徴収総額。」
「徴収費用。」
「国庫への納付額。」
「未納額。」
「利益。」
「毎月、すべてを国民議会の監査官へ報告させる。」
「帳簿を非公開にしたまま契約を続けることは認めない。」
ルクレールが尋ねる。
「契約で認められた利益は。」
「既に合法に成立している契約については、直ちにすべて奪わない。」
「だが、国家へ移された地域と税について、将来得られるはずだった利益までは保証しない。」
「早期終了による補償が必要なら、実際の投資額、未回収の前渡金、設備の価値を監査して決める。」
「期待していた利益を、そのまま国民へ請求することは認めない。」
ルクレールはしばらく考え、頭を下げた。
「承知しました。」
ルイはさらに書き加えた。
「第四。」
「徴税請負組織が雇っている書記、会計係、倉庫係、監視員には、公的徴収機関の採用試験を受ける機会を与える。」
「不正に関与していない者。」
「必要な能力を持つ者。」
「その者たちは、国家が直接雇う。」
改革派議員が立ち上がる。
「旧制度の人間を残せば、旧制度の不正も残ります。」
「全員を追放すれば、帳簿を読める者までいなくなる。」
ルイが答えた。
「人を出身だけで判断しない。」
「何をしてきたか。」
「何ができるか。」
「それを調べる。」
「新しい制度は、経験のない者だけで作れば清らかになるわけではない。」
「監査されない経験者は危険だ。」
「だが、経験のない善人も、国庫を壊すことがある。」
ネッケルが第五の項目を書いた。
「移行のためには、国庫に予備資金が必要です。」
「最低でも、軍、行政、病院、救貧、国債利払いといった不可欠な支出の一か月分。」
「できれば二か月分を確保すべきです。」
一人の議員が尋ねる。
「どこから用意するのです。」
ネッケルは指を折りながら答えた。
「第一に、売却予定の王領のうち、軍事的価値も行政上の必要もない土地を公開入札で売却する。」
「ただし、急いで安値で処分してはなりません。」
「第二に、宮廷と各省の支出を再点検し、緊急性のない建築、儀式、備品購入を延期する。」
「第三に、徴税請負人がすでに国庫へ納めている前渡金について、清算時に一括返済せず、期限を明記した短期国債へ転換する。」
「第四に、それでも不足する部分だけを、議会の承認を得た短期借入で補う。」
「新しいアッシニャの発行は、最後の手段とします。」
「徴税請負人へ、前渡金の返還を待たせ、さらに利息まで払うのですか。」
議員が不満を示す。
「待ってもらうなら、利息は必要です。」
ネッケルは答えた。
「問題は、利息を払うかどうかではありません。」
「いくら借り、いつ返し、何を返済財源とするかを公開することです。」
「これまでの制度では、徴税請負人の利益の中に、徴収費用と融資の利息が混ざっていました。」
「これからは分けます。」
「徴税の仕事には、徴税の費用を払う。」
「借りた金には、明記した利息を払う。」
「隠れた利益ではなく、見える契約にするのです。」
ルイはネッケルの表を見た。
年間収入。
年間支出。
それだけでは足りない。
いつ入るのか。
いつ出るのか。
今日いくらあるのか。
明日いくら必要なのか。
国の財政は、一年の最後に数字が合えばよいわけではない。
途中で一度でも金が尽きれば、その日に国家は止まる。
「もう一つ必要だ。」
ルイが言った。
「何でしょう。」
「国庫の予定表だ。」
「今、財務総監が示したものを、毎週作る。」
「今後十三週間に入る予定の金。」
「支払う予定の金。」
「支払い後に残る金。」
「最低限残さなければならない予備金。」
「各省は、金を使う許可だけでなく、いつ支払うのかも財務省へ報告する。」
「支払日が分からない支出は、認めない。」
一人の議員が首をかしげた。
「年間予算があれば、十分ではありませんか。」
「十分ではない。」
ルイは答えた。
「秋に一億リーブル入る予定でも、春に国庫が空なら、兵士は秋まで食べられない。」
「一年後に返せる者でも、今日の支払いを怠れば、今日破産する。」
「国家も同じだ。」
議場は静まり返った。
ルイは十三週間の表を指した。
「国庫が空になる日を、空になってから知ってはならない。」
「十三週間前に知る。」
「不足が見えた時点で、支出を延期する。」
「徴収を早める。」
「必要なら、議会の承認を得て短期で借りる。」
「そうすれば、誰かが前金を出してくれなければ明日を迎えられない国家から、少しずつ抜け出せる。」
長い審議の後、採決が行われた。
徴税請負制度の即時全面廃止案は否決された。
代わって、段階的移行案が可決された。
新規の長期徴税請負契約は結ばない。
既存契約は監査下へ置く。
三つの新直接税は公的徴収とする。
間接税は地域ごとに国家へ移管する。
移行期間は原則一年。
延長には国民議会の再承認を必要とする。
徴税請負人からの前渡金は、公開された短期債務へ整理する。
国庫には、不可欠な支出一か月分以上の移行準備金を設ける。
そして、十三週間の資金予定表を毎週更新する。
議場を出るとき、改革派議員の一人がルイへ言った。
「陛下。」
「民衆は、即時廃止を望んでいます。」
「一年待たせれば、徴税請負人を守ったと思われるでしょう。」
「分かっている。」
ルイは答えた。
「だが、廃止した翌日に兵士の給金が止まれば、同じ民衆がその代償を払う。」
「正しい決定が、いつも最も速い決定とは限らない。」
その夜。
テュイルリー宮殿の一室。
ルイとネッケルは、最初の十三週間資金予定表を作っていた。
一週目。
予定収入。
予定支出。
週末残高。
二週目。
三週目。
四週目。
数字を書き入れていくと、七週目の残高が大きく減った。
国債利払いと軍への給金が重なる。
従来なら、徴税請負人の前渡金によって埋めるはずだった穴だ。
ネッケルは、王領売却代金の一部。
延期可能な支出。
外国関税の納付予定。
短期借入の必要額。
それらを書き加えた。
不足は少しずつ小さくなった。
最後に残った不足額は、当初の二千万リーブルよりはるかに少ない。
「これなら。」
ネッケルが言った。
「限定された短期借入で埋められます。」
「返済日は。」
「秋の地租収入が入った後。」
「その地租が予定より少なかった場合は。」
「王領売却代金の残額を第二の返済財源にします。」
「両方とも不足した場合は。」
ネッケルは少し困った顔をした。
「さらに支出を削る必要があります。」
ルイは頷いた。
「それも書いておこう。」
「悪い場合の数字も隠さない。」
十三週間の表が完成した。
そこには、未来が約束されているわけではなかった。
予定どおり税が入らない可能性。
土地が期待した価格で売れない可能性。
借入に応じる者が現れない可能性。
失敗する道も、はっきりと書かれていた。
だが、少なくとも、国庫が空になる日を知らずに迎えることはなくなる。
ルイは窓の外を見た。
夜のパリ。
遠くに灯りが揺れている。
徴税請負制度は、まだ残っている。
前渡金も、しばらくは必要だった。
今日、旧制度を倒すことはできなかった。
それでも、旧制度なしでは生きられない国家から抜け出す日程を、初めて決めることができた。
制度を廃止するとは、その名を法律から消すことではない。
その制度が担っていた仕事を、自分たちの手で引き受けることだった。
「国家が自分の足で立つのは。」
ルイは十三週間の表を見つめながら、静かに言った。
「支えていた者を追い払った日ではない。」
「その支えがなくても、明日の支払いができるようになった日だ。」




