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凡人がなるルイ16世  作者: 山口祐輝


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第五話 若き王と改革者ーーテュルゴー登場

なお5時以外でも投稿する模様

1774年。

春のヴェルサイユ宮殿。

宮殿全体を包む空気は、いつもの華やかさとはどこか違っていた。

廊下を歩く侍従たちも声を潜め、貴族たちも落ち着かない様子で互いの顔を見合わせている。

長年にわたりフランスを統治してきた国王。

ルイ十五世。

その命が、静かに尽きようとしていた。

ルイは祖父の寝室の前で足を止める。

幼い頃から見慣れた宮殿。

祖父の笑顔。

豪華な晩餐会。

狩猟を楽しむ姿。

華やかな舞踏会。

貴族たちに囲まれ、王として振る舞う姿。

そんな思い出が次々と頭に浮かぶ。

しかし同時に、その輝かしい宮廷の裏側も知っていた。

積み重ねられた国家債務。

膨れ上がる財政赤字。

戦争による莫大な支出。

複雑すぎる税制度。

そして、誰も手を付けることのできなかった身分制度の矛盾。

(祖父だけを責めることはできない。)

ルイは静かに目を閉じた。

一人の王が好き勝手に国を動かせる時代ではない。

貴族。

高等法院。

聖職者。

地方の有力者。

様々な利害が絡み合い、改革を阻んできた。

問題は一人の責任ではなく、長い年月をかけて積み重ねられてきた国家そのものの歪みだった。

それでも――。

(その後始末をするのは、俺なんだ。)

前世の知識を持つ自分だからこそ、その結末を知っている。

革命。

王政の崩壊。

そして処刑台。

未来を知る者として、この国を何とかしなければならない。

その思いだけが、胸の中で静かに燃え続けていた。

1774年5月10日。

ルイ十五世崩御。

フランス王国に、新たな国王が誕生した。

ルイ十六世。

まだ十九歳の若き国王である。

宮殿では新王即位の準備が慌ただしく進み、やがて戴冠式の日が訪れた。

ランス大聖堂には多くの貴族や聖職者が集まり、街には国王を一目見ようとする民衆が押し寄せる。

「国王陛下、万歳!」

「新しい王だ!」

「若き王がフランスを変えてくださる!」

歓声が響き渡る。

国民の瞳は希望に満ちていた。

だが。

その歓声を聞きながら、ルイだけは笑うことができなかった。

黄金に輝く王冠。

誰もが憧れる王の象徴。

しかし彼には、それが栄光には見えなかった。

(重い……。)

王冠を頭に載せた瞬間、その重みが全身に伝わる。

それは金属の重さではない。

約四十億リーブルにも及ぶ国家債務。

疲弊した国家財政。

飢えに苦しむ民衆。

そのすべてを背負う責任の重さだった。

(これが王か。)

(この国を救えなければ、待っているのは処刑台だ。)

前世の最後の記憶が脳裏をよぎる。

歓声は、やがて怒号へと変わる。

「暗君を殺せ!」

その未来を知る者は、この場で自分一人だけだった。

即位から間もなく。

ルイは一人の人物をヴェルサイユへ呼び寄せた。

アンヌ=ロベール=ジャック・テュルゴー。

新たな財務総監として期待される人物である。

彼は重農主義の代表的な思想家であり、農業こそが国家の富を生み出す源であると考え、過度な規制や特権制度を批判していた。

もっとも、ルイ自身はテュルゴーについて詳しい知識を持っていたわけではない。

どのような政策を打ち出し、どのような人物だったのか。

だからこそ、先入観ではなく、自分自身の目で彼を見極めようと考えていた。

やがて執務室の扉が開く。

「陛下。」

テュルゴーは深く一礼した。

落ち着いた物腰。

無駄のない所作。

決して派手ではないが、自分の信念を持った人物であることが伝わってくる。

「遠路ご苦労だった。」

ルイは椅子を勧めた。

「今日は率直な話がしたい。」

「はい。」

テュルゴーは迷いなく答える。

「フランスは、もはや改革なくして立ち行きません。」

その言葉に、ルイは静かに頷いた。

「私も同じ考えだ。」

「では聞かせてくれ。」

「あなたは、この国の何を変えるべきだと思いますか。」

テュルゴーは一瞬も迷わなかった。

「経済活動の自由でございます。」

ルイは興味深そうに身を乗り出した。

「市場の自由化……。」

「はい。」

テュルゴーは静かに説明を始める。

「現在のフランスには、あまりにも多くの規制があります。」

「穀物取引は制限され、職人はギルドに縛られ、身分制度は経済活動にまで影響を及ぼしております。」

「このままでは、人々は自由に働くことも、新しい商売を始めることもできません。」

「国全体の富は決して増えないのです。」

その言葉を聞いた瞬間、ルイの表情が変わった。

「その通りだ。」

思わず声が大きくなる。

テュルゴーは少し驚いたように目を見開いた。

「陛下?」

ルイは立ち上がる。

「税収を増やしたいなら、税率を上げるだけでは駄目だ。」

「経済そのものを大きくしなければならない。」

机の上の帳簿を開きながら続ける。

「例えば、小さな商人が自由に商売を始められる。」

「新しい産業が生まれる。」

「農民がより多く収穫できる。」

「市場で物が活発に売買され、人々の所得が増える。」

「そうなれば、結果として国家の税収も自然と増えるはずだ。」

テュルゴーは静かに頷いた。

「つまり、税を取る対象そのものを大きくするということですね。」

「その通りだ。」

ルイは力強く答える。

「国民が豊かになれば、国家も豊かになる。」

その言葉に、テュルゴーは初めて微笑んだ。

「陛下と、ここまで考えが一致するとは思っておりませんでした。」

ルイは内心苦笑する。

(俺は経済学者じゃない。)

現代の専門知識があるわけでもない。

前世で学んだ知識も、高校世界史や一般教養程度だ。

それでも一つだけ、はっきりと分かることがあった。

(経済規模を大きくしなければ、この借金は返せない。)

節約だけでは限界がある。

増税だけでは民衆は疲弊する。

必要なのは、国そのものを豊かにすることだった。

「まず、何から始めましょうか。」

ルイが尋ねる。

テュルゴーは静かに答えた。

「第一に、穀物取引の自由化です。」

「第二に、ギルド制度の改革。」

「第三に、特権階級にも国家への負担を求めることです。」

最後の言葉に、ルイはゆっくりと頷く。

「貴族や聖職者にも、か。」

「はい。」

「国家が危機にある以上、すべての身分が責任を分かち合うべきでございます。」

ルイはしばらく黙っていた。

その政策が正しいことは分かる。

しかし、その結末も想像がついた。

貴族は反発する。

高等法院も抵抗する。

改革は、決して理屈だけでは進まない。

その夜。

ルイは王妃マリー・アントワネットと夕食を共にしていた。

「今日はどんな一日だったの?」

彼女が優しく尋ねる。

ルイは静かに微笑んだ。

「この国は、変われるかもしれない。」

「市場を自由にして、人々がもっと豊かに暮らせる仕組みを作る。」

マリー・アントワネットは嬉しそうに笑った。

「あなたは、本当に国のことばかり考えていますね。」

「王だからね。」

ルイも笑って答える。

しかし、その言葉は半分だけ本当だった。

本当は違う。

未来を知っているからだ。

この国が革命によって崩壊し、自分が処刑される未来を知っているからこそ、一日でも早く、この国を変えなければならない。

だが、このとき二人はまだ知らなかった。

改革とは、正しいだけでは成功しない。

自由化によって利益を失う者。

特権を失う貴族。

既得権益を守ろうとする高等法院。

変化を恐れる人々。

彼らは決して黙って改革を受け入れはしない。

若き国王。

理想に燃える改革者。

そして、変化を拒む旧体制。

フランスの未来を左右する戦いが、静かに幕を開けようとしていた。

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