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凡人がなるルイ16世  作者: 山口祐輝


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第十話 勝ち馬に乗る王

7時にアクセス数が多かったので7時に公開に変えます。

1778年。

ルイ十六世が王位に就いて四年の歳月が流れていた。

テュルゴーの改革は挫折し、王国の財政は依然として危機的な状況にあった。

国家債務は約四十億リーブル。

毎年のように膨らむ利払い。

貴族と聖職者には広大な特権が残り、税の負担は平民へとのしかかる。

改革を試みれば、特権階級が反発する。

妥協すれば、財政はさらに悪化する。

若き国王ルイ十六世は、誰もいない執務室で一枚の財務報告書を見つめていた。

机の上には数字が並んでいる。

だが彼の目には、それは単なる数字ではなかった。

国の未来そのものだった。

(改革だけでは間に合わない。)

(この国には時間が必要だ。)

(時間を稼ぐには経済を成長させるしかない。しかし、そのための改革はことごとく潰される。)

ルイは深く息を吐いた。

未来を知っていても、現実は思うようには動かない。

それでも、歴史は待ってはくれなかった。

その頃、海の向こうでは世界の勢力図を変える出来事が進行していた。

アメリカ独立戦争である。

イギリス。

フランス最大の宿敵。

七年戦争でフランスは惨敗し、カナダを失い、インドでの影響力を失い、広大な植民地帝国は大きく後退した。

ヨーロッパでは依然として大国だったが、海の覇権は完全にイギリスへ移っていた。

ルイは壁に掛けられた世界地図を見上げる。

(イギリスは強すぎる。)

(このまま放置すれば、ますます国力の差は広がる。)

彼にあるのは前世で学んだ高校世界史程度の知識だった。

専門家のように外交史を知っているわけではない。

それでも、一つだけ確信していることがあった。

イギリスが弱れば、フランスは再び世界で存在感を取り戻せる。

そしてアメリカは必ずイギリスから独立する。

間違いなく。


ヴェルサイユ宮殿。

国王評議会。

重厚な会議室には外務大臣や海軍大臣、軍人たちが集まっていた。

机の中央には北アメリカの地図。

赤く塗られたイギリス領。

そして独立を目指す十三植民地。

外務大臣が報告を始める。

「陛下。我が国はすでに秘密裏に反乱軍への支援を続けております。」

「武器、火薬、銃、軍需品、資金……。」

「表向きは中立を維持しておりますが、実際にはイギリスを消耗させるための援助です。」

ルイは静かに頷いた。

これは新しい政策ではない。

すでに数年前から、フランスはアメリカ独立派を陰で支援していた。

正式な宣戦布告は避けながらも、宿敵イギリスへ一撃を与える機会を待ち続けていたのである。

しかし――。

今、状況は変わり始めていた。

「サラトガの戦い。」

ルイは報告書の一節を読み上げる。

1777年。

ニューヨーク州サラトガ。

イギリス軍はアメリカ軍に降伏した。

それは単なる一戦の勝敗ではない。

ヨーロッパ中に衝撃を与えた歴史的勝利だった。

「反乱軍は勝てる。」

誰もがそう考え始めた瞬間だった。

ルイは心の中で呟く。

(ここだ。)

(この瞬間を待っていた。)

もしサラトガ以前に全面参戦していれば、フランスは莫大な戦費だけを負担し、敗北する危険もあった。

しかし今なら違う。

勝利の可能性は一気に高まっている。

その時、一人の男が静かに入室した。

「失礼いたします、陛下。」

「ジャック・ネッケルでございます。」

ルイは視線を向ける。

前世でも名前だけは知っていた人物。

フランス革命前夜の財務総監。

だが、その政策までは詳しく知らない。

テュルゴーもそうだった。

未来を知っているからといって、この時代の政治家全員を知っているわけではない。

だからこそ、自分の目で見極めるしかない。

ネッケルはゆっくりと口を開いた。

「陛下。」

「アメリカへの正式参戦について、ご再考いただきたく存じます。」

会議室の空気が静まる。

ルイは穏やかに尋ねた。

「反対ですか。」

ネッケルは静かに首を横へ振る。

「反対ではありません。」

「ですが、財政を預かる者として申し上げます。」

「戦争は国家最大の出費でございます。」

「一度始めれば、終わる時期は誰にも分かりません。」

「現在の財政状況では、長期戦となれば極めて危険です。」

その言葉には重みがあった。

金融の世界で生きてきた男だからこそ、数字の恐ろしさを知っている。

ルイもまた、その危険性は痛いほど理解していた。

(その通りだ。)

(史実では、この戦争が革命への遠因になる。)

(勝っても借金は残る。)

未来を知る彼だからこそ、その結末を知っている。

しかし、それでもなお――。

参戦しないという選択肢は存在しなかった。


ルイは席を立ち、壁一面に広げられた世界地図の前へ歩く。

「ネッケル。」

「私は無謀な賭けをするつもりはない。」

「だからこそ、今まで待っていたのだ。」

ネッケルが顔を上げる。

「待っていた……?」

「そうだ。」

ルイはサラトガの位置を指差した。

「我々はこれまで秘密裏の支援に留めていた。」

「アメリカにイギリス軍が吸い寄せられるのを待っていたからだ。」

「だが今は違う。」

「サラトガは歴史を変えた。」

「イギリス軍は決して無敵ではないことを証明した。」

会議室にいる誰もが黙って耳を傾けていた。

ルイは続ける。

「勝率の低い勝負に飛び込む必要はない。」

「だが、勝利が見えた戦場には、全力で賭けるべきだ。」

そして、小さく笑った。

「つまり――勝ち馬に乗る。」

その一言に、場の空気が少し和らぐ。

「今まで我々は傍観者だった。」

「イギリスが疲弊する様子を見守り、陰から支援していた。」

「しかし、ここからは違う。」

「フランスが正式に参戦すれば、イギリスは二つの戦線を抱えることになる。」

「海軍力も、資金も、兵力も分散せざるを得ない。」

「そして、アメリカ独立の可能性はさらに高まる。」

ルイは静かに言葉を続けた。

「この戦争は復讐だけではない。」

「七年戦争で失った国際的地位を取り戻す戦いでもある。」

「フランスが再び列強の中心へ戻るための戦いだ。」

ネッケルは腕を組み、しばらく考え込んだ。

やがて静かに頷く。

「確かに……。」

「サラトガが証明しました、勝算は十分ございます。」

「イギリスを弱体化させれば、フランスの外交的立場も改善するでしょう。」

「国債の引き受けにも好影響を与えるかもしれません。」

財務家らしい視点だった。

外交の勝利は信用を生む。

信用は資金を呼ぶ。

それは銀行家であるネッケルだからこその発想だった。

しかし、ルイの胸には消えない不安があった。

(問題は、その後だ。)

勝つことはできる。

それは知っている。

だが、勝利した瞬間から新たな問題が始まる。

莫大な戦費。

増え続ける国債。

そして改革を拒み続ける特権階級。

(だからこそ。)

(勝利した後にこそ、本当の勝負が始まる。)

戦争で得た国際的信用を利用し、経済を成長させる。

税制を改革する。

借金を返済する。

そこまでやって初めて、この国は革命を回避できる。

ルイはネッケルへ向き直る。

「ネッケル。」

「私は戦争に勝ちたいのではない。」

「勝利を利用して、この国を立て直したい。」

「勝って終わりでは意味がない。」

「勝った後に、豊かなフランスを築けるか。」

「それこそが本当の戦いだ。」

ネッケルは深く一礼した。

「陛下のお考え、よく理解いたしました。」

「ならば私は、その勝利を財政再建へつなげる方法を考えましょう。」

ルイは微笑んだ。

「頼りにしています。」


1778年2月。

フランス王国はアメリカ合衆国と同盟を結び、正式にイギリスへ宣戦布告した。

宮廷は歓喜に包まれる。

七年戦争で屈辱を味わってから十五年。

ついに宿敵へ雪辱を果たす機会が訪れたのだ。

貴族たちは勝利を疑わず、若い将校たちは名誉を求めて戦場へ向かった。

フランス全土に、高揚感が広がっていく。


ルイ十六世はヴェルサイユの窓から空を見上げた。

(これでいい。)

(今は、この選択が最善だ。)

イギリスを弱体化させる。

フランスの威信を取り戻す。

そして、その勢いのまま改革を断行する。

未来を知る王として。

今度こそ歴史を変える。

そう固く信じていた。

しかし――。

歴史は皮肉だった。

アメリカ独立という栄光は、確かにフランスへ勝利をもたらした。

だが、その勝利の代償はあまりにも大きい。

莫大な戦費は国家財政をさらに圧迫し、新たな国債は雪だるま式に膨れ上がっていく。

そして、その借金を返すために必要となる改革こそが、やがて貴族や高等法院との激しい対立を生み、革命への道を切り開くことになる。

この時のルイは、まだ知らなかった。

勝利とは、必ずしも国を救うものではないということを。

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