第九話 変わった王太子様
初めてルイ様にお会いしたとき、私は思った。
(なんて変わった方なのかしら。)
フランス王太子、ルイ・オーギュスト殿下。
私より一つ年上の十五歳。
背は高く、肩幅も広い。
けれど、人前に立つことには慣れていないようで、大勢の貴族に囲まれると、どこか居心地が悪そうに目を伏せてしまう。
初対面の挨拶も、決して華やかなものではなかった。
フランス宮廷の貴公子たちのように、洗練された言葉を並べることもない。
女性を喜ばせるような美辞麗句も口にしない。
むしろ、何を話せばよいのか分からず、しばらく黙り込んでしまうことの方が多かった。
そのため、最初のうちは、私はルイ様を無口な方なのだと思っていた。
物静かで、少し暗く、他人と話すことを好まない方なのだと。
けれど、それは大きな間違いだった。
ルイ様は、話すことが嫌いなのではない。
ただ、話題の選び方が、普通の人とは少し違っていたのだ。
ある日の午後。
私はルイ様と二人で、小さな応接室にいた。
二人きりとはいっても、扉の近くには侍女と侍従が控えている。
私たちがどのような会話を交わすのか、彼らが聞き耳を立てていることは明らかだった。
王太子と王太子妃の会話は、たとえ天気の話であっても、翌日には宮廷中へ広がってしまう。
その日、窓の外には穏やかな青空が広がっていた。
庭園では噴水が輝き、遠くから鳥の鳴き声が聞こえている。
私は何を話そうかと考えていた。
オーストリアでは、初対面の相手と会話をするときには、天気や音楽、舞踏会、狩猟について話すことが多かった。
だから私は、ルイ様にも好きな音楽を尋ねてみようと思っていた。
ところが、私が口を開くよりも先に、ルイ様が顔を上げた。
「マリー。」
「はい。」
「ご存じですか。」
それまで黙っていたルイ様の瞳が、突然明るくなった。
私は少し驚きながらも微笑んだ。
「何をでしょう?」
「今年のフランス王国の歳入は、およそ四億リーブルなのです。」
「……え?」
私は思わず瞬きをした。
聞き間違えたのかと思った。
けれど、ルイ様は真剣な顔をしている。
冗談を言っている様子ではない。
「四億……リーブル?」
「はい。」
ルイ様は嬉しそうに頷いた。
「もちろん、年度によって多少の変動はあります。」
「徴税請負人から納められる金額や、臨時の収入もありますから、全てを単純にまとめることはできません。」
「ですが、おおよその規模を知るには十分です。」
「そう、なのですか。」
私は曖昧に頷いた。
普通なら、ここで話されるのは天気のことではないのだろうか。
あるいは、好きな音楽や食べ物について。
フランスへ来る途中で見た景色について尋ねられるかもしれないとも思っていた。
けれど、ルイ様が最初に選んだ話題は、フランス王国の歳入だった。
「ですが、問題は収入だけではありません。」
ルイ様は、いつの間にか椅子から少し身を乗り出していた。
「支出です。」
「支出……ですか?」
「はい。」
「軍事費、宮廷費、行政費、国債の利払い。」
「特に国債の利払いが重いのです。」
「過去の戦争で積み上がった借金が、今も国家の財政を圧迫しています。」
「収入が増えても、その多くが過去の借金を返すために消えてしまう。」
「これでは新しい政策に使える資金が残りません。」
「はあ……。」
「だからといって、単純に税を増やせばよいわけではありません。」
ルイ様の声が、少しずつ熱を帯びていく。
先ほどまで人と目を合わせることさえ苦手そうにしていた方とは思えなかった。
「今のフランスでは、税の負担が一部の者へ偏っています。」
「農民や商人へ新たな負担を求めれば、生活がさらに苦しくなる。」
「それでは経済の力そのものが弱くなってしまいます。」
「必要なのは、経済全体を大きくすることです。」
「農業の生産を増やし、商業を活発にし、国内の物流を改善する。」
「経済規模が拡大すれば、税率を上げなくても税収を増やせる可能性があります。」
止まらない。
本当に、まったく止まらない。
戦費。
国債。
利払い。
税制。
農業。
商業。
物流。
先ほどまでの沈黙が嘘だったかのように、ルイ様の口から次々と言葉があふれ出てくる。
私は笑顔を保ちながら、何度も頷いた。
「なるほど。」
「確かに。」
「それは大変ですね。」
自分でも、驚くほど中身のない返事だった。
正直に言えば、話の半分も理解できていなかった。
歳入が四億リーブルであることは分かった。
借金が多いことも、なんとなくは理解できる。
けれど、国債の利払いがどのように国家を苦しめるのか、税率を上げずに税収を増やすとはどういう意味なのか、私にはよく分からなかった。
オーストリアにいた頃、母から政治について教えられたことはある。
フランスとの同盟を守ること。
夫に信頼されること。
王家の繁栄のため、できるだけ早く世継ぎを産むこと。
けれど、国家財政の帳簿を読む方法など、教えられたことはなかった。
母が今の私を見れば、もっと真剣に政治を学んでおくべきだったと叱るかもしれない。
それでも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
話の内容は難しい。
ほとんど理解できない。
それなのに、楽しそうに語るルイ様を見ていると、こちらまで少しだけ楽しい気持ちになった。
普段のルイ様は、どこか怯えている。
人々の視線を気にし、言葉を選び、失敗しないよう慎重に振る舞っている。
けれど、国家財政について話しているときだけは違った。
瞳を輝かせ、身振りを交え、こちらが理解しているかどうかも忘れて話し続ける。
その姿は、王太子というより、自分の大切な宝物を見つけた少年のようだった。
「マリーは、どう思いますか?」
突然、意見を求められた。
私は言葉に詰まった。
「どう、と申されましても……。」
ルイ様は期待に満ちた目で私を見ている。
今さら、半分も理解できていませんでしたとは言いにくい。
「その……。」
私は必死に考えた。
「借金は、少ない方がよろしいのではないでしょうか。」
あまりにも当たり前の答えだった。
扉の近くに立っていた侍女が、わずかに顔を伏せた。
笑いを堪えていたのかもしれない。
けれど、ルイ様は私を笑わなかった。
「そうですね。」
真剣な顔で頷く。
「もちろん、借金そのものが全て悪いわけではありません。」
「必要な投資のために資金を借り、それによって国が豊かになるのであれば、意味があります。」
「問題は、借りた金が将来の収入を増やすために使われたのかどうかです。」
そして、また説明が始まった。
私は微笑みながら話を聞いた。
その日の会話が終わる頃には、最初に何を尋ねようとしていたのか、すっかり忘れてしまっていた。
別の日。
私は侍女たちとともに、ヴェルサイユ宮殿の庭園を歩いていた。
空は晴れ、花壇には色とりどりの花が咲いている。
フランスの庭園は、オーストリアのものとは違っていた。
木々も花壇も正確に整えられ、自然さえ王の命令へ従っているように見える。
私は侍女から庭園の由来を聞きながら、ゆっくり歩いていた。
そのときだった。
「マリー!」
遠くから声が聞こえた。
振り返ると、ルイ様がこちらへ向かって歩いてくる。
走っているようにも見えたが、王太子が宮廷の庭園を全力で走るわけにはいかないと思ったのか、途中から妙に早足になっていた。
片手には、何枚もの紙を抱えている。
「ルイ様?」
私たちの前まで来ると、ルイ様は少し息を切らしていた。
「見てください。」
「何をですか?」
ルイ様は、誇らしげに紙を差し出した。
「帳簿です。」
「……帳簿?」
私は思わず聞き返した。
庭園の景色を描いた絵でも、新しく作った錠前でもない。
差し出されたのは、細かな数字と文字がびっしり書かれた紙だった。
「はい。」
ルイ様は満面の笑みを浮かべている。
本当に嬉しそうだった。
子どもがお気に入りのおもちゃを見つけ、誰かに見せずにはいられなくなったような笑顔だった。
「今年の穀物価格を、地方ごとにまとめてみたのです。」
「穀物価格を?」
「パリだけを見ていては、フランス全体の状況は分かりません。」
「地方によって、小麦の価格には大きな差があります。」
「収穫量だけでなく、道路の状態や川の利用、商人の数によっても変わる。」
「例えば、ある地方で豊作になっても、別の地方へ運ぶ道が整っていなければ、食料不足の地域へ届けることができません。」
ルイ様は紙を広げた。
そこには地方の名前と、数字がいくつも並んでいた。
私には、それが何を意味しているのか、ほとんど分からない。
けれど、ルイ様は一つひとつの数字を指しながら説明した。
「ここを見てください。」
「この地域は比較的収穫量が多い。」
「ですが、都市までの輸送費が高いため、市場での価格も高くなっています。」
「道路を整備し、通行税を減らし、輸送を活発にできれば、価格を下げられるかもしれない。」
「それに、穀物取引の仕組みも考え直す必要があります。」
「ただ自由にすればよいというものでもありませんが、過度な規制は流通を妨げます。」
「商人を敵として見るだけではなく、必要な場所へ食料を運ぶ者として……。」
また始まった。
数字。
道路。
輸送費。
市場。
規制。
商人。
穀物。
ルイ様の話は、庭園の噴水のように止まることなく流れ続けた。
侍女たちは、どう反応すればよいのか分からない様子で黙っている。
私は紙を覗き込みながら、できるだけ真剣な顔を作った。
「こちらの数字は、何を表しているのですか?」
「これは一セティエ当たりの価格です。」
「では、こちらは?」
「輸送費の推定です。」
「推定?」
「正確な数字が手に入りませんでしたので、複数の資料から計算しました。」
ルイ様は少し悔しそうに言った。
その表情を見て、私は思わず笑ってしまった。
「どうしました?」
「いいえ。」
私は口元を押さえる。
「とても楽しそうだと思いまして。」
「楽しそう?」
「ええ。」
「先ほどから、ずっと目が輝いています。」
ルイ様は戸惑ったように瞬きをした。
自分では気づいていなかったらしい。
「これは重要な問題です。」
「国民の生活に関わりますから。」
「それは分かっています。」
「ですが、重要だからというだけでは、そのようなお顔にはならないでしょう?」
私がそう言うと、ルイ様は少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「私は、それほど変な顔をしていましたか。」
「変な顔ではありません。」
私は笑った。
「子どものようなお顔です。」
ルイ様はますます困ったような顔をした。
普段は私よりずっと大人びて見える方なのに、こういうときだけは年齢より幼く見える。
私はそのことが、少し嬉しかった。
未来の王として国を背負おうとしているルイ様にも、何かを楽しみ、夢中になる時間がある。
それを知ることができたからだ。
もっとも、夢中になるものが穀物価格の帳簿であることには、やはり驚かされたけれど。
宮殿の侍女たちは、しばしばルイ様について噂をしていた。
「王太子殿下は、本当に変わっていらっしゃるわ。」
「同じ年頃の貴公子なら、舞踏会や狩猟の話をするものですのに。」
「殿下は舞踏会より帳簿。」
「狩りより税制。」
「宝石より錠前。」
「新しい衣装より、穀物価格の一覧表。」
彼女たちは楽しそうに笑った。
悪意のある笑いではない。
けれど、宮廷の人々にとって、ルイ様が普通ではないことは確かなようだった。
「先日は、馬車の車輪について一時間も職人と話していらしたそうよ。」
「道路を改善するには、車輪の幅も考える必要があるとおっしゃったとか。」
「王太子殿下が、馬車職人のようなお話を?」
「それだけではありません。」
「鍵職人の工房にも、何度も足を運んでおられるそうです。」
「本当に不思議なお方ね。」
私も、つられて少し笑った。
確かに変わっている。
王太子という地位にありながら、華やかな宮廷生活にはあまり関心を示さない。
貴族たちが新しい衣装や恋愛の噂について話している横で、ルイ様は税制度や道路の状態について考えている。
狩猟へ出ても、獲物より森林の管理に興味を持つ。
舞踏会へ出れば、踊りよりも照明に使われる蝋燭の費用を気にする。
宮殿の扉を見れば、装飾ではなく錠前の構造を確かめる。
普通の王太子ではない。
けれど、私はその変わっているところを嫌いではなかった。
少なくとも、ルイ様は他人を見下すために知識を語ることはない。
自分が賢いと示したいのでもない。
ただ、知ったことを誰かに話したくて仕方がないのだ。
そして、その相手として私を選んでくれることが、少しだけ嬉しかった。
ある日の夕食。
長い食卓には、豪華な料理が並べられていた。
焼かれた肉。
美しく盛り付けられた野菜。
香りのよいパン。
菓子。
果物。
銀の食器が蝋燭の光を反射している。
私たちが食事をしている間も、侍従や侍女たちは決められた位置に立ち、こちらの様子を見守っていた。
ヴェルサイユでは、食事さえ完全に私的な時間ではない。
誰が何を食べたか。
どれほど会話をしたか。
夫婦の仲は良いのか。
全てが観察される。
その日、ルイ様はあまり話さなかった。
食事の前まで帳簿を読んでいたらしく、何かを考え続けている様子だった。
私はしばらく迷った末、以前から気になっていたことを尋ねた。
「ルイ様。」
「何ですか?」
「どうして、それほど帳簿がお好きなのですか?」
ルイ様の手が止まった。
少し意外な質問だったのかもしれない。
「好き、というわけではありません。」
「けれど、帳簿を見せるときは、とても楽しそうです。」
「そう見えますか。」
「ええ。」
私は頷いた。
「新しい宝石を贈られた貴婦人よりも、ずっと嬉しそうなお顔をなさいます。」
ルイ様は困ったように笑った。
「それは少し言い過ぎではありませんか。」
「いいえ。」
「では、穀物価格の一覧表と、美しい宝石が並んでいたら、どちらを選びます?」
ルイ様は答えに詰まった。
その沈黙だけで十分だった。
私は思わず笑った。
「やはり帳簿ではありませんか。」
「宝石にも価値はあります。」
「本当ですか?」
「国庫へ入れれば、売却することもできます。」
「そういう価値ではありません。」
私が頬を膨らませると、ルイ様は小さく笑った。
けれど、やがてその表情は静かなものへ変わった。
「数字は、嘘をつきませんから。」
ルイ様は、目の前の皿ではなく、どこか遠くを見るように言った。
私は首を傾げた。
「数字は嘘をつかない?」
「はい。」
「人は、自分に都合のよい言葉を使います。」
「大臣は政策が成功していると言う。」
「役人は税が正しく集められていると言う。」
「貴族は領民が幸福に暮らしていると言う。」
「商人は市場が安定していると言う。」
「けれど、それが本当かどうかは、言葉だけでは分かりません。」
ルイ様は静かに続けた。
「帳簿を見れば、国にどれだけの金が入り、どれだけ出ていったかが分かる。」
「穀物価格を見れば、人々がパンを買えるかどうかが分かる。」
「税収を見れば、その地方が豊かになっているのか、苦しんでいるのかを推測できる。」
「出生数や死亡数を調べれば、病気や飢えが広がっていることも分かる。」
「もちろん、数字が全てを教えてくれるわけではありません。」
「記録する者が間違えることもある。」
「意図的に数字を隠す者もいる。」
「それでも、言葉だけを信じるよりは、真実に近づくことができます。」
その言葉は、不思議なほど強く私の胸に残った。
数字は嘘をつかない。
私はこれまで、帳簿を冷たいものだと思っていた。
人の顔も声もない。
喜びも悲しみも書かれていない。
ただ数字が並んでいるだけの紙。
けれど、ルイ様にとっては違うらしい。
四億リーブルという歳入の向こうに、大臣や役人が見えている。
一つの穀物価格の向こうに、パンを買えずに苦しむ家族が見えている。
道路の輸送費の向こうに、荷車を引く商人や、遠くの市場へ食料を届けようとする人々が見えている。
「でも。」
私は言った。
「数字ばかり見ていて、疲れませんか?」
ルイ様は少しだけ笑った。
「疲れます。」
「やはり。」
「目も痛くなります。」
「では、休めばよいではありませんか。」
「そうしたいのですが。」
ルイ様は、わずかに視線を落とした。
「この国を知るには、帳簿が一番正直な本なのです。」
その瞳は、目の前の食卓を見ていなかった。
分厚い帳簿を見ているのでもない。
もっと大きな何か。
フランスという国そのものを見ているようだった。
私は少しだけ寂しくなった。
ルイ様は、いつも遠くを見ている。
私と話しているときでさえ、その視線の向こうには国家がある。
民衆がいる。
まだ起きてもいない災いがある。
未来の王である以上、それは当然なのかもしれない。
けれど、十五歳の少年が一人で背負うには、あまりにも重いものに思えた。
「ルイ様。」
「はい。」
「帳簿を読むことは、国王のお仕事なのですか?」
「国王だけの仕事ではありません。」
「財務を担当する大臣や役人もいます。」
「では、その方々に任せればよいのでは?」
私が尋ねると、ルイ様はすぐには答えなかった。
やがて、静かに首を横へ振る。
「最後に決断するのは、王だからです。」
「大臣の意見が正しいか。」
「誰が真実を言い、誰が自分の利益を守ろうとしているのか。」
「それを判断できなければ、王は簡単に利用されます。」
「だから、ご自分で学んでおられるのですか?」
「はい。」
「誰かに欺かれないために?」
ルイ様は、ほんの少しだけ表情を曇らせた。
「それもあります。」
「ですが、それ以上に。」
そこで言葉を止める。
「間違った決断で、国民を苦しめたくないのです。」
その声は小さかった。
けれど、私ははっきりと聞いた。
ルイ様は国王になることを望んでいるわけではない。
王冠の輝きに憧れているわけでもない。
命令する力が欲しいわけでもない。
自分が間違えたとき、その決断によって傷つく人々がいることを恐れているのだ。
だから、帳簿を読む。
だから、数字を集める。
だから、まだ十五歳だというのに、国の借金や穀物価格について考え続けている。
誰かを救うために。
未来の失敗を少しでも減らすために。
「ルイ様は、やはり変わった方です。」
私が言うと、ルイ様は少し傷ついたような顔をした。
「悪い意味ですか?」
「いいえ。」
私は微笑んだ。
「良い意味です。」
その夜、自室へ戻ると、侍女が待っていた。
衣装を着替えるため、何人もの侍女が私の周りへ集まる。
髪飾りが外され、重いドレスの留め具が一つずつ解かれていく。
「王女殿下。」
侍女の一人が、好奇心を隠しきれない声で尋ねた。
「本日の王太子殿下はいかがでございましたか?」
私は鏡の中に映る彼女を見た。
「いかが、とは?」
「楽しくお話しになられましたか?」
本当に知りたいのは、私たちの仲がどれほど進んだのかということだろう。
宮廷の誰もが、王太子夫妻の関係に興味を持っている。
私は少し考えた後、答えた。
「変な方よ。」
侍女は思わず吹き出した。
「やはり、そう思われましたか。」
「ええ。」
「今日も財政のお話を?」
「歳入と支出、それから穀物価格と道路と税制。」
「まあ。」
「食事中にもですか?」
「ええ。」
侍女たちは顔を見合わせ、くすくすと笑った。
私も少しだけ笑う。
確かに変わっている。
花嫁に語る話題としては、あまりにも不思議だ。
けれど、私はルイ様を笑いものにしたいわけではなかった。
「でもね。」
私がそう言うと、侍女たちは笑うのを止めた。
「帳簿の話をしているときだけは、本当に子どものように楽しそうなの。」
「王太子殿下が?」
「ええ。」
「普段は、ずっと何かを怖がっているようなお顔をしているのに。」
鏡の中の自分を見ながら、私は昼間のルイ様を思い出した。
数字を指しながら説明する姿。
穀物価格の違いを発見し、嬉しそうに駆け寄ってきた姿。
自分の考えが伝わったか確認するように、こちらを見つめる瞳。
「だから、見ていて飽きない方だと思うわ。」
「王女殿下は、王太子殿下をお気に召されたのですね。」
侍女が微笑む。
「そういう意味ではありません。」
私はすぐに否定した。
けれど、鏡に映る自分の頬が、少しだけ赤くなっているように見えた。
「ただ。」
私は窓の外へ目を向けた。
夜のヴェルサイユ庭園には月明かりが降り注いでいる。
「もう少し、あの方のお話を聞いてみたいと思っただけよ。」
あのときの私は、まだ知らなかった。
ルイ様が数字を愛していたわけではないことを。
帳簿を読むことそのものが、好きだったわけでもないことを。
彼が見つめていたのは、紙の上の数字ではなかった。
その数字の向こう側にいる、名も知らぬ人々だった。
税を納める農民。
工房で働く職人。
市場で品物を売る商人。
パンの値段が上がれば、その日の食事を減らさなければならない母親。
不作になれば、冬を越せるか分からない家族。
ルイ様は、一度も会ったことのない人々の暮らしを、帳簿の中から知ろうとしていた。
未来に起こる悲劇を知っている彼は、そこに記された小さな変化さえ見逃すまいとしていた。
一つの数字の上昇が、やがて民衆の怒りへ変わることを知っていたから。
一つの赤字が、未来の国家を追い詰めることを知っていたから。
そして、自分が判断を誤れば、最後には数え切れない人々の命が失われると恐れていたから。
ルイ様が帳簿を開くたび、その目の前には、まだ誰にも見えない処刑台が立っていた。
けれど、その頃の私は何も知らない。
ただ、夫となった少年を、少し変わった人だと思っていた。
舞踏会より帳簿を好み。
狩猟より税制を語り。
宝石より時計を愛し。
花嫁を前にして、四億リーブルの歳入について目を輝かせる、不思議な王太子。
それでも私は、そんな彼の話を聞く時間を、少しずつ楽しみにするようになっていた。
難しい話の意味が分からなくてもよかった。
ルイ様が一人で暗い顔をしているより、私の前で楽しそうに話してくれる方がよかった。
それが、このときの私にできる、ほんの小さな支えだった。
そしてルイ様にとっても。
未来への恐怖を忘れ、ただ一人の少年として笑うことのできる時間が、少しずつ生まれ始めていた。




