ヒメとナキとはなんなのか
ヒメこと阿久斗比売は太古の日本において神と呼ばれたものの一柱である。
だがその正体は神などではなく、ただの宇宙人。しかもこの宇宙で最も科学文明が発達したエスペシア星人である。
基本的に世界中で神として神話に登場するような人物、それは大体エスペシア星人だ。
彼らは地球人に文明という火を灯した存在でもある。
しかし彼らが放ったのは種火だけ。そこからはずっと傍観を貫いている。
地球人を支配するでも、資源を搾取することもせずだ。
それはなぜか。
単純に興味がないのだ。
エスペシア星は地球から300光年以上離れた場所にあるが、20時間で地球へ来られるだけの科学技術を有している。それも数千年も前からだ。
これを聞いただけで、エスペシア星の科学力が地球人の想像も及ばないところまで発展しているのがわかる。そして発展しているのは科学だけではない。思想や文化、その他諸々も同じように発展しているのだ。
つまりエスペシア人にとって「戦争」や「支配」などは、もはやおとぎ話でだけ登場するような単語であり、ひどくナンセンスな考え方なのである。まあ要するにダサいのだ。
地球で言えば、「女は男の3歩後ろを歩け!」とかいうぐらいダサいのだ。
では地球に来ているエスペシア星人の目的はなんなのか。
そう、主に観光である。
まだ誕生して間もない地球には、エスペシア星ではもう見ることのできないものがたくさんあるので、それを見物するために観光客は結構くる。
ヒメも最初は観光客として訪れたが、地球が気に入ったので移り住み、かれこれ数千年暮らしている。
そしてここ100年ぐらいのマイブームは推理もの。小説から漫画まで推理するならなんでも来いだ。
それもあって現在は探偵としてさまざまな事件に顔を出しているのである。
◇
6年前、ダラダラと続く、長い大学生活に、菱柳ナキは飽きていた。
別に将来の目標も、学びたいこともなく、惰性で適当に入っただけのFランク大学。そもそも何のやる気もなく、一生何もせずゴロゴロしていたいだけの男だったナキはすぐに大学に行かなくなり、最速で留年を決めた。
そんなある日、昼間から酒を飲んでいたファミレスで、事件に巻き込まれることになる。
通称『ファミレス人蝕事件』。
この日、数十年ぶりの日蝕が起こった。人生で二度はお目にかかれない貴重な体験である。でもテレビもネットニュースも一切見ず、誰とも会わずに引きこもっていたナキはこの日、日蝕が起こることを知らなかった。
同じ日、同じファミレスに、チョコバナナパフェをモリモリ食べていた宇宙人がいた。ヒメである。
ヒメは日蝕が起こる事は知っていたが、興味がなかったので正確な時間は知らなかったのだ。
永遠に近い時を生きるヒメにとって日蝕は、お釣りにギザ十が混ざってたぐらいの、まあまあ貴重程度の出来事でしかなかった。だからモリモリパフェ食べていたのだ。
正直ファミレスにいた他の人間たちも日蝕なんてどうでもいいと思っていた。流星群に比べたらエンタメ性に欠ける。そんな印象だ。
ただ人は忘れていた。日蝕は世界に災いを起こすということを。エンタメでもレジャーでもないのだ。日蝕とは災なのである。
そして日蝕の瞬間、黒く塗りつぶされた太陽は自分を無視する存在に怒りを覚えた。だから降りてきたのだ。地球の時間を止めて、しょうもないただのファミレスに。
「空芒」
黒い太陽。
完全なる闇。
つまり最強の妖怪である。
日蝕によって高められた、その力を最大限に使えばファミレスにいる人間たちを消すぐらいは可能だ。
ん?もしかして最強の妖怪の全力にしては大した事ないとか思ってる?いやいやいや、一つのファミレスを壊滅に追い込んだんだ。凄まじいだろう。
それとも最強の妖怪は団地一つぐらい消し去れるとでも思ってた?それは流石に夢を見過ぎ。そもそも妖怪にそこまでの力があるなら、この世の団地は半分以下になっているだろう。それは無理無理。可能だったならとっくに世界は妖怪に征服されて、団地は妖怪で溢れかえっていただろう。
まあ団地は無理でも、空芒はファミレスの人間たちを飲み込んだ。割と小さめのファミレスにいた人間を全て飲み込んだのだ。エスペシア星人であるヒメ以外。
だが一人だけ吐き出した。思ったよりファミレスが混んでいたのだ。
人間ならお腹いっぱいでも、無理をしてキリのいいところまで食べ切っただろうが、妖怪は違う。妖怪に世間体はない。無理をする必要はない。だから少し残した。お腹いっぱいだったから。
その食べ残しがナキだったのだ。
そんなラッキーボーイにヒメが声をかけた。
「運良く食べられなかった、少年。このままだと空芒はまた腹が減れば、他のファミレスを飲み込むじゃろう。一日一ファミレスが消えていく。だがそれを止められる人間が一人いる」
暗闇が人を飲み込み、なぜか自分は取り残された。それだけでもついていけないほどに意味がわからないのに、そんな自分に淡々と話しかけてくる少女。
夢だったとしてもイカれてる。
そう思いながらもナキはこれが夢でないことだけはなんとなくわかっていたから、どうしていいかわからず、いやどうしていいかわからないからこそ、今できそうなことをするしかなかった。
少女の言葉に返事を返すことだ。
「そ、その流れだと俺か?」
「そうじゃ」
ヒメは楽しそうな笑顔を見せた。
「なんでだ?俺が食われなかったのは運が良かっただけなんだろ?」
『頼むから余計な使命など与えないでくれ』
それがナキの願いだった。
たまたま運が良かったというだけで済ませて欲しかった。
早送りで一気に10年後ぐらいになって、たった今起きた超常現象を、酔った席で誰かに話して、嘘つき呼ばわりされたかった。
だがそうは神が許さない。
「空芒とは理に縛られた無生物じゃ。命はないのに意思があり、機械じゃないのにシステマティック。バグが起こりやすいのよ。つまりお前はたまたま食われなかっただけじゃが、食われなかったという事実が意味を持ってくる。食わなかった時点でお前は対象から外れた。もうお前は食料として認識されていない。だから今のお前は無敵状態。空芒に対してだけの超限定的なものじゃがな。被捕食者から裏返って捕食者。つまり今のお前は食物連鎖の上で空芒の上に立ったのだ。頭の悪いバグじゃ。だがこれは好機。食べちゃえ。最強の妖怪空芒を取り込んでしまうのじゃ!」
ヒメはウキウキだった。
空芒の捕食者になれるなど、UFOキャッチャー初体験で開店直後の初期配置状態からドデカぬいぐるみを1発ゲットするようなものだ。
だからこのラッキーチャンスで空芒の力を知的生命体が手に入れたら面白いとヒメは思った。
そもそもエスペシア星人にとっては妖怪や幽霊なんていうのも科学的根拠のあるものである。
地球人が非科学的だと言うものは、実は科学が追いついていなくて、観測、証明ができないものに過ぎないのだ。
ヒメは目の前の少年が最近の単調な日々にスパイスを与えてくれるのではないかと期待していた。
「・・・」
ナキは考えていた。いや、考えようとしていた。だが何を考えていいかもいまいちわからず途方に暮れた。だから自分に今起きていることを並べてみた。
まず自分が超常現象に巻き込まれていること、目の前の少女はおそらく人外であること、そしてその人外少女は自分に何か期待していること。
並べてみたが、やっぱり意味がわからなかった。
だから考えるのを諦めた。
どうでもいいやと、わけわからんと、投げやりになった。思いっきり振りかぶってぶん投げた。そして空っぽになった頭で適当なことを口走ってみた。
「俺は何をすればいい?」
これがヒメとナキの人生がごちゃごちゃに絡み合う始まりとなった。
読んでくださってありがとうございます。
次回からいよいよ事件が始まります!




