名探偵アクトヒメ
「犯人はこの中にいる!」
この一言に全員が息を呑む。それもそのはず、ここは絶海の孤島に建てられた洋館で、推理対決という名目で名だたる探偵たちが集められたのだが、推理対決どころではなく、本当の殺人事件が起き、現時点ですでに4人殺されている状態なのだ。
食堂に容疑者全員を集め、今から推理ショーを始めようとしている少女は阿久斗ヒメ。見た目は10歳そこそこだが、阿久斗探偵事務所所長を務めるれっきとした探偵である。名探偵である。
「犯人はお前じゃ!」
全員の視線がヒメの指差した先へと集まる。
「俺!?」
わざとらしく驚いて見せる男は、集められた探偵の一人、「ピアノ線のジョー」こと林田ジョージ。ピアノ線が使われたトリックで彼に解けないものはないと言われる名探偵である。
「お前が今回の連続殺人の真犯人「人喰いマンイーター」じゃ!」
決まった。それはもう決まった。本人は満足げ、周りの人間たちも流石にこれは決まったなと感心している。しかし
「いやいやいや!僕のアリバイは完璧なんですよ!それに密室トリックは!?」
その通りだった。決まりはしたが、肝心のところが何一つ解決してはいない。
まず一人目が殺された時、ジョージは数百メートル離れた場所にいたことが確認されていたし、三人目は完全な密室殺人で、唯一の入り口であるドアは鍵がかかっているだけでは飽き足らず、溶接までされていた。
「どうやって殺したっていうんだ!?僕が瞬間移動でもしたと!?」
「うん、したんじゃろ」
「え?」
「だから瞬間移動」
「な、何を言ってるんだ!人間にそんなことできるわけないじゃないか!」
「できるじゃろ。だってお前は人間じゃなくてヒポポメテス星人なんじゃから」
あたりは凍りつく、この少女は一体何を言っているのだろうと。むしろヒメの方が宇宙人かのような目で見られていた。
「ヒポポメテス星人!?なんだそのふざけた名前は!聞いたこともない!」
みんながポカーンとしている中、ジョージだけが熱量たっぷりで、声を荒げた。
「ふざけた名前で、聞いたこともない割には一度聞いただけでスラッと言えたじゃないか」
「うぐっ!」
今だについて来れない周りを置き去りにし、ヒメとジョージは二人だけでヒートアップしてゆく。
「始めにお前をヒポポメテス星人だと疑い出したのは、刺身を酢醤油で食べていた時じゃ。海の少ないヒポポメテス星では海産物はかなり貴重な物。そしてヒポポメテス星人は感謝を酸味で示すことが多い。だから貴重な生魚を見て、つい酢をかけてしまったんじゃろう」
「そ、そんなことでヒポポメテス生まれだと断定はできないはずだ!」
「ここまでは疑念だったが、お前がコーヒーにまでこっそり酢を入れていたときに確信した。お前がヒポポメテス星人であるとな!ヒポポメテス星人は色々な場面で酢を使うが、それはなぜか。単純に酸っぱいのが大好きなのじゃ!だから苦味を楽しむコーヒーでも、あえて酸っぱさを楽しみたくなってしまった!そこがお前のミスじゃ!コーヒーに酢を入れるなんてキモい真似をするのはヒポポメテス星人以外におらん!」
「く、くそぉ!」
まだついてきてない周りをよそに、ジョージは悔しそうに壁を叩く。
「それでも自分はヒポポメテス星人ではないと言い張るなら、この場で揉み上げを剃って見せよ」
そう言ってヒメはジョージに向かってバリカンを差し出す。
「そ、それは」
「できんじゃろうな。ヒポポメテス星人にとって揉み上げとは第4の心臓。剃れば爆散して死ぬ」
「くそぉぉぉ」
ジョージは観念したかのようにその場に膝をついた。
「あの〜、彼がそのなんだか星人だったとして、それが事件とどんな関係があるんですか?」
ここで恐る恐る手を挙げたのは、この「絶望の館」で給仕を担当していた30代女性、萩原メグミさんだ。まだ話が飲み込めているわけではないはずなのに、よくぞ的確な質問をしてくれた。そうなのだ。そもそも今見つけたいのは宇宙人ではなく殺人犯なのだ。
「こいつがヒポポメテス星人であれば瞬間移動が使える。ヒポポメテス星人の取り柄なんて瞬間移動くらいなもんじゃ。そして瞬間移動が使えるなら全ての犯行が可能。というか瞬間移動が使えるやつ以外に不可能なんじゃよ、この殺人事件」
「な、なるほど」
メグミさんにはもうなるほどと言うしかなかった。それで精一杯だった。よく頑張った。
「で、でも俺以外にもヒポポメテス星人がこの中にいる可能性だって!」
ジョージが思い付いたかのように苦し紛れの抵抗を見せる。
「ふっ、よーく周りを見てみよ」
「え?」
ヒメに言われて、ジョージは周りの人間たちをゆっくりと見ていく。そして徐々に顔が青ざめていった。
「そう、ここにはお前以外に揉み上げがある奴はおらん。つまりお前以外にヒポポメテス星人はいないということじゃ!」
「うわぁぁぁぁ!」
ジョージが頭を抱えてうずくまる。もう言い逃れは無理だと諦めたようだ。
「一件落着じゃな」
ヒメはそう言って閉めようとしたが、まだ終わってはいなかった。
「こうなったら逃げ切ってやる!自慢の瞬間移動でな!」
ジョージは逃亡を選択したのだ。確かに瞬間移動が得意なのだから逃げるのなんてお手の物だろう。ジョージは逃げ切れると確信している。
だが、こんな時の対策を怠る阿久斗ヒメではない。
彼女の仕事は事件解決まで。彼女にできるのは犯人を特定するまでで、捕まえることはできない。それは専門外。だから専門家を連れてきている。
「ナキ!逃すなよ」
ヒメの横でタバコを吸いながら解決編を聞いていたダルそうな男こそが、ヒメの助手で犯人捕獲の専門家、菱柳ナキである。
「捕まえるのは難しいな」
専門家ではなかったらしい。
「殺していいか?」
事件を解決する側が絶対に言ってはいけない言葉、殺人事件の最後としては本末転倒みたいなセリフをナキはあっさり言ってのける。
「確かに。瞬間移動できるもんな。じゃあいんじゃね?4人殺しとるんじゃし」
ヒメも軽かった。探偵として、犯人を死なせてはいけないといった信念は持ち合わせていないらしい。
「了解」
ナキがそう言った途端、あたりが真っ暗になる。というかナキ自身が真っ暗になったと言った方がいいだろう。つまりこの空間はナキに飲み込まれたということだ。
「え?瞬間移動ができない!」
急に空間が閉じられたジョージは混乱する。瞬間移動する先が見当たらなくなることなんて生まれて初めてだったんだろう。
「これで終わりじゃ。ジョージ」
暗闇の中でヒメの声が響く。
「マジかよ!本気で殺す気かよ!動機とかどうすんだよ!俺に同情できるようなエピソードがあったらどうすんだよ!」
「そんなのあったら後味悪いから早く死ね」
コプン
ヒメが死ねと言った瞬間、こんな感じの音が聞こえて、一気に闇が引いた。そして明るくなったその場所にはもうジョージの姿はなかった。
「よし、これで本当に一件落着。フィニッシュ!ターンエンドじゃ!さあ帰るぞ、ナキ」
他の事件関係者たちが何か言う前に、彼らと事件について話もせず、準備していたスーツケースを持って、ヒメは洋館から出ていく。振り返ることもせず。
終わった事件に興味はない。彼女にはエピローグも後日譚も打ち上げも必要ないのだ。彼女は今回も自分の天才的推理に大満足なのであった。
しかしそんなヒメにナキが不満を言う。
「前回は妖怪で今回は宇宙人って。ちゃんと推理で解決する事件はないのか?俺は金田一とかコナンみたいな事件に参加したいんだけど」
「いやいやいや!めっちゃ推理しとったじゃろうが!酢醤油でヒポポメテス星人ではないかと勘づいた件なんかワシの推理力に痺れたじゃろう!コナン超えとったじゃろう!」
「なんか違うんだよな。いや、全然違うんだよな。うん、全然違う!今日のアレは推理ものとは言わない!」
「えぇぇぇぇ!?」
雷が落ちたかのようなエフェクトと共に白目になってヒメは固まっている。
「ヒポポメテス星人の生態とか言われてもピンと来なすぎて、後付けに見えてしまうというか。そうだったのか!感が皆無というか」
「コナンだってよくわからない科学知識を披露しとるじゃろうが」
ヒメが唇を尖らせながら、小さな声でブツブツ文句を垂れる。
「いや、アレは頭いいなぁって思うやつ。ヒメのは本当かよぉって思うやつ。まあとにかく、次こそは妖怪とか宇宙人とか関係ない普通の事件を推理してるのが見たいってこと」
「そうは言っても探偵は事件を選べんのじゃもん」
「まあ次に期待だな」
こうして「人喰い館殺人事件」は、犯人がヒポポメテス星人で瞬間移動ができたということで無事解決。
ちなみに台風で3日間フェリーが出ず、クローズド・サークルでもあったのだが、台風は昨晩のうちに離れたので、ヒメとナキは昼過ぎのフェリーに乗って帰ることができた。
読んでくださってありがとうございます。
ドンドン続いていきます!




