八百墓村殺人事件9
「えぇ!?オウセン君が殺されたの!?」
ショウゴは普通にめちゃくちゃ驚いた。なんなら現場にいたヒメたちより全然いいリアクションをした。
「予想外じゃな。ワシの予想では『ほら、やっぱり呪われてるんだ。僕たちはみんな殺されるんだ!うわぁぁぁ!』とか言って走り出すと思っとったんじゃが」
ヒメは正直な感想を伝える。
「俺は『ママ!助けて、ママ!』とか言ってうずくまると思ったわ」
ナキもまた正直な感想を伝えた。
この2人には正直というものが必ずしも正義ではないということを教えてあげたい。
「申し訳ありません!この2人は人ではないと言うか、単純に頭がおかしいのです!どうか、犬に噛まれた、いえ、虫に刺されたと思ってお許しください!」
2人の無礼をミサキが一生懸命謝る。
「いいよいいよ。僕ってそう見られがちだし、本当にママって呼んでるしね」
「マジでか」
ヒメは30を超えた男のママ呼びに本気で引いた。
「君はチカゲさんの娘さんだよね。よく似てるよ」
しかしショウゴは全く気にせず、ミサキに声をかける。引かれることなど日常茶飯事。彼にとってはそよ風のような物なのだ。
「そうですか?」
「うん、目とかそっくり。チカゲさん似の美人だ」
「美人だなんて〜」
嬉しそうに照れるミサキ。
「親戚同士で何やってるんだよ」
2人の会話にイラっとするナキ。
「そうよ。うちの娘を口説くのはやめてよね。ショウゴ君」
そんな場面にチカゲも現れた。イカ焼きを片手に。彼女も食べ歩きをしていたらしい。
というのも、警察の現場検証やマヨネーズの消失により、本邸での昼食は中止となっていたのだ。
「だから本邸に戻っても食べ物はないわよ。まあ夕食は出るらしいけど。今度こそチキン南蛮ですって。キヨミさんがマヨネーズを買いに出て行ったわ」
「じゃあもう少し何か食べてから戻るか。ミサキは特に今のままじゃ足りないだろ」
「そうですね。まだ腹0.8分目です」
ミサキぐらいになると腹具合を小数点以下まで表すことができる。
「あなたも結構食べるのね」
「え?チカゲさんもですか?」
よく見るとイカ焼きを持っていない方の手にはイカ焼きが刺さっていたであろう串が10本以上握られていた。
「大食い遺伝はまあどうでもいいとして、ドウジはどこにおるのじゃ?死児間家に着いてから全然見とらんぞ?」
今日はまだ一度もドウジは現れていない。
「ドウジは死児間家の人間に会う必要はないからいいのよ。ちゃんと今も仕事をこなしてくれてるわ」
死児間家の人間に会う必要はないという言葉に違和感を覚えたヒメではあったが、これ以上ドウジについて聞くことはしなかった。
妖怪のことなんかを真剣に考えてもしょうがないからだ。
「そんなことより、ショウゴとチカゲさんは顔見知りなんだな。接点はないのかと思った。ショウゴは引きこもりだし」
ナキは見た目でショウゴを引きこもりと決めつけ、引きこもりならいいかと、年上なのに呼び捨てにした。とんでもない男である。
「引きこもりがちではあるけど、外に出たりもするよ。たまに父さんと一緒にチカゲさんの店に行ったりもしてたんだ」
年下に不当な理由で呼び捨てにされても、怒ることなく穏やかに返答する。ショウゴは脛齧りの無職、ダメ男だが、器は大きいようだ。そして父親のことはパパではなく父さんと呼ぶようだ。
「引きこもりのくせに案外社交性はあるんじゃな。さっきの反応からするとオウセンとも親しかったのか?」
『引きこもりのくせに』は必ずしもつけなくてはいけなかったのか。ヒメもまたとんでもない女である。
「オウセン君とは食べ物の趣味もあったから、たまに2人でご飯を食べに行ったりもした。きついことも言ったりするけど、優しいところもあって、可愛い弟だったんだ。だから信じられない」
そう言ってショウゴは声を押し殺しながら泣き出した。
「うーむ。今回の容疑者たちで一番ダメそうな男が、結構まともだったとは」
想像していたショウゴのキャラと実物が違いすぎて頭を掻くヒメ。
「そういえば母さんはどこにいるんだ?お前たち親子はコンビで行動してるんだと思ってたんだけど」
ナキが辺りを見回しながらショウゴに聞く。
「ぐすっ。僕はママから逃げてきたんだ」
ショウゴは涙を拭いながら答えた。
「逃げてきたとは穏やかじゃないのう。どういうことじゃ?」
「一緒にいるとずっと『お前は社長になるのよ』って言われ続けるから疲れちゃって」
「ん?社長はオウシュンじゃないのか?」
ナキはもうオウシュンがリンドウの跡を継いでシジマ醤油の社長になっていると思っていた。だが実際はまだ社長の椅子は空いたままだ。そしてそれには理由がある。
「遺書が発表されるんだ。遺産の相続が行われる、3月12日12:00に父さんの残した遺書が弁護士によって読まれるんだ」
「ということは遺産相続の額も変わってくるのか?」
「いや遺産の相続額は等分だよ。それは決定事項。だから遺書にはシジマ醤油の次期社長について書かれているんじゃないかってみんな思ってる。だからまだ正式に社長を決められずにいるんだ。そして僕のママはその次期社長に僕が指名されると信じてる。心の底から。あれは異常だよ。そんなわけあるはずがないのに」
ショウゴのいうことはもっともだ。死児間リンドウが経営者としてまともなら、いや、ここまでシジマ醤油を率いてきたんだ、まともどころか優秀だろう。ならば絶対にショウゴを後継者に選ぶわけがない。
我が子だからというだけで、会社で働いてもいない人間をいきなり社長にしては、社員たちがついてくるはずがない。
どう考えても後継者はオウシュンだろう。
「なのにママさんはショウゴが社長に指名されると信じて疑わない。それはなんでじゃろ?」
「リンドウさんが一番愛していた子供がショウゴ君だからよ」
ここでチカゲが話に入ってくる。
「それこそなんでじゃ?正妻、妾。嫡子、庶子。全員に遺産を等分することから、死児間リンドウは家族を分け隔てなく愛していた人間のように感じるのじゃが?」
「そうね。リンドウさんは分け隔てなく愛そうとしていたわ。でもどうしたって順番はできるものでしょ?私の目にはリンドウさんにとってショウゴ君は特別だったように感じるわ」
イカ焼きを食べ終わったチカゲはタバコに火をつけた。
「やっぱり長男は特別ということなのかのう」
「違うよ、お嬢ちゃん」
優しく言いながらショウゴはヒメに飴をあげる。
「苦しゅうない」
貰った飴をすぐ口に入れるヒメ。
なぜショウゴは、ここで急にヒメに飴をあげたのか。答えは簡単。
ショウゴは普通にロリコンだったから、ヒメの見た目がドストライクだったのだ。
ただ勘違いはしないでもらいたい。ショウゴは幼女に何かをしてやろうだなんてことは全く考えていない。優しくして、微笑ましく見守る。それだけだ。
ショウゴは無職の引きこもり、つまり現代社会のお荷物であるが、それを省けば、お手本にしたいほどの立派な紳士なのだ。幼女に対しては特に。
「父さんが僕を気にかけていたのは、子供達の中で僕が一番無能だったからだよ。有能な人間っていうのは競い合うんだ。だから一緒にいると疲れてしまう。でも無能と一緒にいる時はそれがない。ただそれだけだよ」
どこか寂しそうにショウゴが言った。
「父親を恨んでおるのか?」
「まさか。僕みたいな人間でも、父さんの息抜きになれるなら光栄だと思ってたよ」
かなり卑屈な言葉だが、ショウゴの顔はすごく穏やかで、嘘をついていたり、拗ねているようには見えなかった。
「ショウゴ!こんなところにいたの!」
ここでショウゴの母親サユリが登場した。
そしてすぐに辺りを見回し、ショウゴの手を引っ張った。
「長男のあなたが現地妻や隠し子なんかと話をしてたらダメよ!」
サユリはチカゲとミサキを睨みつける。
オウラン以外は全員愛人で、変わりはしないのだが、サユリの中では自分だけは特別という感覚がある。なんといっても死児間リンドウの長男を産んだ女なのだから。
「ほら、行くわよ!」
ショウゴはサユリに引っ張られて、死児間本家へと帰っていった。
残された4人。
「思ったよりまともな奴だったけど、やっぱり母親には弱かったな」
「飴のセンスはなかなかじゃった。今時、紅茶味とは。コロコロ」
「確かに気の弱そうなところはありましたけど、優しそうでいい人だったと思います。それよりお母さんの方が怖かったですよ」
「愛人なんてやってる女はみんな怖いわよ」
「それは自分も含めてかのう?」
「当たり前でしょ。私はあんなもんじゃないわ」
「え、チカゲさんはあんまり怖くないですよ?」
ミサキがバカそうな顔で言った。
「あんたはもう少し警戒しなさいよ」
チカゲが自分の娘に呆れたところで、4人もそろそろ本家に戻ることにした。
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