八百墓村殺人事件8(ババア神回)
八百墓村は総人口163人の小さな村であるが、村中に墓があるという奇妙さから、コアな層にちょっと人気があり、そこそこ観光客が来る。
というわけで村の規模の割にはサービス業がそこそこ発展している。
「おっ!天然もののたい焼き屋じゃ!ワシ、クリームチーズ!」
ヒメが早速たい焼き屋へ入っていく。天然ものとは1つずつ専用の型で焼き上げるたい焼きのことで、これは、たい焼き職人が手間をかけて焼き上げるため、外はカリッと、中はしっとりとした独特の食感が特徴だ。
『たい焼き 白べえ』
創業60年を誇る老舗たい焼き屋である。前店主である旦那さんを亡くしてからは、白川ユキヒメ、88歳が一人で切り盛りしている。
「オババ!クリームチーズをおくれ!」
「俺は金時いも」
「私は抹茶クリーム、カスタードクリーム、チョコレート、キャラメル、あと2人と同じのもください」
誰一人あんこは頼まずに注文を完了。旧体制への反抗心でもあるのだろうか。
「旧体制への反抗心でもあるのかい?あんたら」
ババアも同じことを思ったようだ。
「オババこそじゃろ!こんなに多彩なメニューを取り揃えておるのじゃから!お主が一番あんこに飽きておるのじゃよ」
ヒメが犯人を言い当てたときのようなキメ顔でババアを指差した。
「そうかもしれんのう。ワシが一番うんざりしているのじゃ、あんこにも、この呪われた村にもな」
ババアがなんか意味深なことを言い出した。
だが一旦無視してたい焼きを食べる一同。
「うまっ!やっぱりたい焼きはクリームチーズに限るのう!」
「この呪われた村でもクリームチーズはうまいかい」
ババアが追い打ちをかけてきた。流石にここまでくると聞かないわけにはいくまい。大のババアが恥を忍んで二度も意味深なことを言ったんだ。これを無視するのは人の道に反する。
「なんでこの村が呪われとるんじゃ?まあ名前と見た目は思いっきり呪われとるんじゃが」
というわけで聞いた。(ヒメは人ではないが)
「呪われとるのは村だけじゃない。死児間家もじゃ。この村と死児間家の切っても切れない因縁が、怨念となって、蔓延している」
「いや、無理して韻踏まんでいいんじゃが、その蔓延している因縁の怨念は気になるのう」
「江戸時代、この村は大豆畑があるだけの、村とも呼べない小さな集落じゃった。だがそこに死児間家がやってきた」
「死児間家は元々よそ者だったということか」
ババアが姿勢を正す。枕は終わったようだ。
「どこからやってきたのかはわからない。一家で村の端に小屋を借りて住み、農家の仕事を手伝って、わずかな食べ物を恵んでもらう。そんな乞食に近い存在じゃった」
「それが今では王様と。いったい何があったのじゃ?」
殺人事件の裏にある逸話語りとは客と一緒に作るモノ。いいタイミングで、合いの手のようなハテナを入れてくるヒメは、まさに理想的な客と言っていいだろう。
「死児間がよく手伝っていた家のものが流行病で亡くなったのじゃ。一家全員」
ババアも乗ってくる。
「死児間に殺されたのか?」
「さあわからん。ワシも聞いた話じゃしな。だが流行病だったというから、死児間は関係ないのかもしれん。とにかく持ち主がいなくなった畑は死児間が受け継いだ。他の村人は自分の畑以外に手が回らなかったし、死児間はその家のものたちと懇意にしていたからな」
ババアはここ数年で一番いい語りができていた。だからこそもっと先へ。ババアは今日、自分の限界を越えるつもりだ。
「なるほど。それで死児間は完全にこの村の一員となったわけか。だがまだただの村人に過ぎんはずじゃ」
さてババア一世一代の逸話語り。最後までご堪能ください。
「それから10年ほど経った頃、村中が酷い凶作に襲われ、貧困に陥った。だがなぜか、死児間の畑だけは豊作だったらしい。まるで村の恵みを全て吸い取ったかのようにのう」
「そこが始まりか」
「そうじゃ。飢える村人に死児間は金を貸した。それでなんとか村人は生き残ったが、借金のかたに畑を奪われ、死児間に飼われる農奴のようになってしもうた」
「凶作の年に死児間だけ豊作だったというのは怪しいのう。もしかしたら死児間だけ豊作だったのではなく、死児間以外を凶作にしたのかもな。それなら人の手でも可能じゃ」
ヒメもババアに引っ張られてか、いい返しができている。
「それは今はもうわからん話じゃ。その後、死児間はこの村の畑を支配し、遂にはデカい醤油工場を建てよったのじゃ」
ババア一世一代の逸話語りが、今幕を閉じた。
ここが演芸ホールならスタンディングオベーションが起こっていただろう。
ありがとう、ババア。お疲れ様、ババア。
「それで一気に億万長者の仲間入りか。まあ死児間家がどんな闇を抱えてるのかはわからんが、醤油だけは普通にうまいからのう。ちなみにうちもシジマ醤油を使っておる」
「うちもじゃ」
そう、シジマ醤油は普通にうまい。
「まあ死児間が胡散臭いのはわかったが、呪われているまではいかんのではないか?」
その通り。ここまでの話で、ババアの人生を賭けた語りには感動できたが、呪いを連想できはしなかった。
「80年も前の話じゃ。この前くたばった死児間リンドウの曽祖父、ナガマサが当主だったころ。この村で20人近く死ぬことになる事件が起こった」
ババア、アンコールである。
「80年前?」
ヒメは少し考え込む。
「いやそんな事件など知らないぞ」
こう見えてヒメは日本で起こった(報道された)殺人事件については趣味で全て把握している。なので、すこし時間をかければ、記憶中枢から取り出すことができるのだが、今ババアが言ったような事件はヒットしなかった。
「この事件は八百墓村の中で収められて、外には出なかったからのう。八百墓村の警官もこの事件のことを署に伝えずに隠した」
「隠したって、それだけの人間が死んだことは隠せんじゃろう」
「原因不明の流行病で死んだということにし、感染防止のためと言ってすぐに燃やして埋めて墓を建てた。それからじゃよ。この村の人間がすぐに墓を建てるようになったのは。きっと最初はこの事件で一気にできた大量の墓を誤魔化すためだったんじゃろう」
「誤魔化し方雑じゃのう。それでその事件とはいったいどういうものだったのじゃ?」
「・・・」
ババアはヒメをじっと見ている。
「・・・」
「ああ、そうか。たい焼き、クリームチーズ味もう1つ」
「毎度」
これが所謂おひねりのカツアゲである。
ババアはたい焼きを焼きながら話し始める。
「死児間ナガマサは気性の荒い男じゃった。そしてシジマ醤油を大躍進させた男でもある。だが晩年、病床に臥せったナガマサは誰も寄せ付けなくなっていったのじゃ」
「どうでもいいけど、語尾が~じゃのやつが二人もいるとしつこいな。ババアは初登場だからしょうがないとして、ヒメは空気読んで言葉遣い普通にしろよ」
ナキがたい焼き(金時いも)を食べながら、本当にどうでもいいことを言った。
「そしてどうなったのじゃ?」
ヒメは無視して話を続けた。
「村で日本刀を振り回して19人を殺害。最後は自分の首を切って自殺したらしい」
「なんじゃそのとんでもサイコパスは!」
「『ワシの宝は誰にも渡さん!』って叫びながら人を斬りまくったって話じゃ」
「ヤバすぎじゃの。この話って村の人間は全員知っておるのか?」
「そうじゃな。若者には知らん者もいると思うが、年寄りで知らん奴はおらんじゃろう。でもほとんど年寄りしかいない村じゃから、ほとんど知っとるということになるかものう」
「なるほど。それなら条件は整っていると考えていいのう」
「ん?」
「いやこっちの話じゃ」
ヒメは眉間に人差し指を当てる。
「と、まあこんな感じで、この事件以降、村では不審な死を遂げる者が絶えないというわけじゃ」
「それで呪われた村ということか。ちなみに不審死ってどんなのじゃ?」
「そうじゃのう。ガリガリのやつがいきなり大食いに挑戦して心臓が止まるとか、泳げないやつがウォーターボーイズに憧れてシンクロやって溺死とか、俺には羽根があるとか言って崖から飛び降りたジジイなんてのもいたのう」
「・・・ふーん」
不審死というかふざけた死といった感じだった。
どうやらこれは、意味のわからない死に方をしたやつを祟りとかのせいにしたい、そのほうが盛り上がる、といった村人の欲望から生み出されたというか名付けられた不審死といった感じだろう。
ヒメも不審死の方への興味は失ったようだ。
「まあでもババアには貴重な話を聞けた。たい焼きもまあまあうまかった!感謝するぞ!」
ヒメはもうこのたい焼き屋で得ることはないと見切りをつけて立ち上がる。
「またおいで」
おそらくもう来ないだろうなと思いつつ、一同はたい焼き家のババアに別れを告げ、再び商店街という名の大海原へと舵を切ったのである。
そして何軒かで軽く立ち食いしたところでミサキが何かに気づく。
「あれ?あそこでたこ焼き食べながら焼きそばすすってるのってショウゴさんじゃないですか?」
ミサキが指差した先には、街路樹の前に置かれたベンチに座って、粉物をモリモリ食べているショウゴの姿があった。
「あ、本当じゃ」
「足元に空になった容器がいっぱい転がってるから、あいつずっとここにいたのかもな」
「ということはまだオウセンさんが殺されたことを知らないかもしれませんよ!教えてあげないと!」
ミサキは駆け出し、ヒメとナキはその後ろを歩いてついていく。
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