97話 弱い
俺は目の前のナイトシティーを睨みつけながら、わざと目線を逸らし、少しだけ怯えたような表情を作った。
「…………それって、どういう意味?」
演技だ。
全力でこいつにとって都合の良い存在を演じて時間を稼ぐ。
命と紫恵を守るために、俺が出来る最善の策は、今はこれしかない。
もし俺が真正面からこいつと戦って負けたりでもしたら被害を食らうのは命と紫恵なんだ、グダグダ言ってられない。
俺の様子を見て、ナイトシティーは嬉しそうに顔を歪めて笑った。
「はは、いいねぇ、齋藤ちゃん………大丈夫、抵抗しなかったら特に痛い事はしないからさ」
ああもう、吐き気がする。
だけど顔には出せない、出しちゃいけない。
そんな顔をした瞬間、俺の作戦は終わりを告げるのだ、気をつけなくては。
「お……私を、どうするつもり……なの?」
俺の声は自然と震えていた。
演技じゃなく、本物の恐怖が混じっていたのかもしれない。
それが逆に良かったのだろう、ナイトシティーは完全に油断して、距離を詰めてくる。
「君は僕の横にいればいい、いのちちゃんは……まぁ………一旦いいよ、この家に居るんだろ?」
「…………」
「そういえば君といのちちゃんはどんな関係なんだい? 友達とか? それとも……恋人とか?」
「…………友達です」
俺は怯えた様な様子で返答をする。
何とか包丁は俺の服の後ろに隠し、奴からは見えないようにする。
少しでも警戒を解かせるためだ。
そんな俺の工作が実を結んだのか、ナイトシティーは完全に警戒を解いたようで俺の方に手を伸ばしている。
「ひっ………」
「おいおい、そんなに怯えないでくれよ、ちょっと肩に手を回しただけじゃないか」
もう完全に俺の事は無害な女の子だとでも思っているのか、俺の方に向かってきたナイトシティーはそのまま俺の肩に手を伸ばした。
本当に気色悪くてプルプルと体が震える。
だが、それもナイトシティーにすればそれは怯えた女の子に見えているのだろう。
ナイトシティーは更に笑みを深める。
「はは……大丈夫、大丈夫………すぐ終わるから…………とりあえずさ、いのちちゃんの居場所を教えてくれるかな? そしたら何もしないから………」
「…………あっち」
俺は洗面所から逆の…………窓の方を指さした。
俺とナイトシティーが向いている方向とは真逆の方向だ。
「え? そっちは窓じゃ………」
俺が見当はずれの方向を指さすと、ナイトシティーの視線が一瞬だけ外れた…………その隙を俺は見逃さなかった。
全身の力を込め、俺は包丁を思い切り振り抜いた。
「ッッッらぁあああ!!」
女の子では到底出せないような雄々しい声を出しながら俺はナイトシティーに攻撃する
肉が切れる気持ちの悪い感触と共にナイトシティーの顔面に包丁が直撃する。
ナイトシティーが一瞬ひるみ、その隙をつきすぐに次の一撃を入れる。
俺はすかさずもう片方の手に持っていたフライパンで追撃を加える。
そして、ナイトシティーからの反撃を避けるために、俺は大きく飛び退き、包丁とフライパンをナイトシティーの方へと向け、警戒心を強める。
こんな頭のおかしいやつなのだし激しい痛みを感じた所で構わず襲いかかってきてもおかしくない、そう思ったからだ。
しかし、俺の予想は裏切られた。
ナイトシティーは俺に攻撃された瞬間、まるで地獄の底から引きずり出されたような悲鳴を上げた。
「ぎゃあああっ!? いってぇええ!! 顔!顔がぁあ!!」
まるで子供が転んだ時のような情けない声だった。
俺の方に手を伸ばしかけていた手は完全に宙に浮いたままプルプルと震えており、そのまま後ろによろけて倒れ込む。
「なんで……何でいてぇんだよ! 俺は痛みを感じないんじゃなかったのか!? 最強だってあの女も………ぐっ、あぁっ、い、いてぇ!」
完全にパニックだ。
これまで見せていた余裕と狂気に満ちた態度はどこへやら、今はただの被害者ヅラで床を転がり回っている。
その様子に俺は唖然とする。
まるでギャグかと見紛うレベルで大げさに痛がり、涙と鼻水を垂らしながら床をのたうち回るナイトシティー、その姿はあまりにも滑稽でこれに怖がっていたのが不思議な程だ。
俺はもう一度、包丁とフライパンを構えた。
が、どう見ても今のこいつから敵意は感じられない、その顔に浮かんでいるのは単純なる恐怖のみだ。
「うっ……やべぇ、ちょ、やめて! わかった、も、もうなんもしない……なんもしないから、それ以上はやめてくれ!」
「…………」
あぁ、何だろう、なんか意味わからんくらいムカついてきた。
俺は包丁とフライパンを持ち替え、利き手側にフライパンを持つ。
そうして、思いっきり振り下げた。
「ぐぁ……」
ナイトシティーはどこから出てるのか分からない呻き声をあげる。
全然スッキリしない。
俺たちのことを殺そうとしていた男がこんなにも打たれ弱いなんて…………そんなんなんだったらなんでこんな襲撃をしに来たんだよ…………。
俺は呆れながらも、そこに慈悲は無い、そのまま殴打を続けた。




