96話 暗闇に紛れて
紫恵のいつもは聞かない静かな声に、俺たちはまるで氷水を浴びたかのように一瞬で冷静を取り戻した。
「……命、気持ちは分かる、でも、今は生きるために動かなきゃ…………彩斗君が行くのは、みんなが生き延びるため、そうでしょ?」
「でも……でも!」
「私も嫌だよ……けどさ、私たちが行ったところで何も変わらないどころか、状況は悪くなっちゃう、彩斗くんは一応男の子なんだし、私達よりも強いはず…………だから今はもう彩斗くんに任せるしか無いんだよ」
「っ…………!」
命は唇を噛んで、涙を堪えるように目を伏せた。
しばらくの沈黙のあと、震える声で俺に言葉を返す。
「……絶対戻ってきて……約束だよ?」
「ああ、約束する、死んでも戻ってくるよ」
「…………死んだらだめなんだって!」
「あぁ、すまんすまん」
俺は笑って言ったつもりだったが、上手く笑えていた感じはしない。
命は涙を流しながらも小さく頷き、それを確認した俺は外に出た。
外に出た瞬間、後ろからは鍵が閉まる音が聞こえてきた為ひとまずは安心だ。
洗面所を出ると、すぐに玄関が見える。
素早く戸締りを確認し、覗き穴から外の様子を確認する。
…………よし、誰も居ないな。
まぁ、その誰も居ないというのも怖い要素ではあるのだがな…………。
簡単なクリアリングを済ませ、リビングへと向かう。
リビングに入ってすぐのところにあるキッチンからは先程食べた炒飯の匂いがまだほんのりと残っている。
ご飯は俺が作ったから洗い物はしてくれるという事で命が使った調理器具や食器などを片付けてくれた為どこに包丁があるのかは分からない。
そのため俺は虱潰しに棚を開け、包丁を探していく。
「っ、あった!」
俺は包丁を見つけ、その横にあったフライパンも一応持っておいた。
そうやって目的を達成した俺はもう一度命と紫恵の元へ帰ろうとしていた。
が、次の瞬間、ガラスの割れる音が聞こえてくる。
慌てて背後を確認すると、そこには…………知らない男が立っていた。
「だ、誰だっ!?」
俺は手に持っている包丁をその男に向け、少し後退る。
男は俺の姿を見た瞬間、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「…………やっと会えたね……齋藤ちゃん!」
齋藤ちゃん、俺が配信で使っている名前だ。
その名前で俺の事を呼んでくるという事は…………命に嫌がらせをしてくる連中に間違いないな!
だが、こいつの姿は夢の中では見ていない。
なぜこいつは…………。
俺が少し考え事をしていると、男は急に笑いだした。
「な、なんだ!?」
「いやぁ、俺の邪魔をする奴がいるとか聞いたからどんな気持ちの悪いやつなんだと思っていたら………本当にこんなに可愛い子だったとはね!」
「……は?」
「今日初めて見た時にびっくりしたよ、彼らはこんな子にビビっていたのかってね!」
「彼ら…………」
やつの言っている彼らとは俺が『ドリーマー』で拷問をしている連中の事なのだろう。
…………こいつとの関係性が分からない。
「…………そもそも、お前は誰なんだ?」
「ん? あれ、知らない?」
「…………知ってる訳ないだろ」
「そうか…………じゃあ、こう言えば分かるかな?」
男は手に持っていたものをこちらに向け、気持ちの悪いポーズを取りながら叫んだ。
「っ!?」
「俺は…………ナイトシティーだ!」
この男…………ナイトシティーが手に持っていたもの……それは、ハンマーだった。
色々な情報がいきなり入ってきて俺は酷く混乱してしまう。
そうか…………この男がナイトシティーか。
ガリガリの体にくまの酷い目元、全体的に負のオーラを纏っているように見える。
というか、このナイトシティーとかいう奴はもう逮捕されたはずだろ!?
逃げ出したのか……? いや、だがそれだったら警察から連絡が来るはずだ。
っ、いや、そんなことよりも今はこの状況からどう脱出するかだ!
あいつはハンマーを持っているし、下手に刺激してしまえば攻撃されてしまう。
あんなハンマーがあればドアの鍵なんて軽々と壊されてしまう、そうなると洗面所に隠れている2人が危ない…………!
「ナイトシティー…………何が目的だ」
「ふむ、君は分かっているだろう…………僕の目的はいのちちゃんの殺害だよ!」
「っ!?」
いのちちゃん、命の配信での名前だ。
そうか、やつは命の事を殺しに来ているのか…………なら、尚更俺がここでやられる訳にはいかない!
なんとしてでも警察が来るまでの時間稼ぎをしなくては!
俺は警戒を強め、いつハンマーで殴られそうになってもフライパンで何とか防御し、刺し違えてもこの包丁でやつを仕留める、その位の気でいた。
だが、そんな様子を見てナイトシティーは慌てた様子で手を振った。
「あぁ、いや、君を殺すつもりは無いよ! 君はなんというか…………可愛いからね」
「…………」
「どうだい? もしそこを退けて大人しくしてくれるってんだったら…………そうだな、俺の女にしてやってもいい」
は? 何言ってんだこいつ、俺は男で…………。
そこで、俺は今俺が置かれている状況に気がついた。
「ほら、俺の界隈にいる女はみんなオタクばっかで可愛いやつ居ないから、そんな奴らに言い寄られても気色悪いだけなんだよ」
「…………そうか」
俺はこの状況を何とか打破する事が出来る状況を思いついた。




