98話 遅い
「はぁ……はぁ……命、紫恵、終わったぞ」
俺はナイトシティーが動かなくなるまで殴打を続け、そのうえでオマケに数回殴っておき、命と紫恵の待つ洗面所へと戻ってきた。
俺が洗面所のドアをノックすると、次の瞬間、カチャリという鍵が開く音がして、2人が飛び出してきた。
「うぉ、おい、痛いんだが」
「だって……だってぇ!」
命は涙をぼろぼろと流し、俺を離すまいと抱きしめる力を強める。
紫恵はそこまで強く抱き締めてはいなかったが、それでも少し目の周りが赤くなっており、その上、俺の服を伸びてしまうくらいまで強く握っていた。
「…………彩斗くん、ほんと……無茶するなぁ……心配したじゃん………」
「…………ごめん」
まさか俺もリビングに出た瞬間襲撃を受けるなんて思っていなかったし、こんな危険な目に合うなんて想像もできなかった。
2人を守るためとはいえその2人をここまで心配させるのは如何なものかとは思う。
「それにしても2人ともよく出てこなかったな、あそこで外に出られたら本当に危険だったから、良かったよ」
「あ、それは…………」
紫恵が少し遠い顔をした。
よく見ると紫恵の服や髪はかなり乱れており、ところどころ少し怪我をしているようだった。
命もそんな様子を見て気まずそうにしている。
「命ちゃんは何回も出ようとしちゃってて、それじゃ彩斗くんの覚悟が無駄になっちゃうと思ってずっと引き留めてたんだよね………ファインプレーだったでしょ?」
紫恵がブイサインを作って笑う。
「そうだったのか……それは本当に助かったよ、ありがとう」
俺は紫恵の頭を撫でようとするが、なんかまず年頃の女の子にやる事じゃないし、まず女の子は髪の毛を触られるのをいやがるとかって話を聞いていたので、サッとその手を引く。
が、紫恵がその手を引き戻し、自らの頭に乗せてくる。
「……もうどうせ崩れてるしさ、やるなら思いっきりやって欲しい……かも」
「………わかった」
俺はそう頼む紫恵の頭を優しく撫でた。
紫恵は少し顔を染めながらも嬉しそうな顔をする。
やめてください、勘違いしてしまいます。
俺がそうやっていると、隣に命がぴょこぴょことやってきた。
「…………私は?」
「…………撫でろってか?」
命は俺のその問いにこくりと頷いて答える。
俺がそれに従って命にも手を伸ばそうとしていると、紫恵がその手を掴んで自分のところに手繰り寄せる。
「…………ファインプレーしたんだから、今日くらい良いでしょ」
「…………うううううう」
わぁ、おかしくなっちゃった。
命はひとしきり唸り声を上げた後、諦めたようにシュンとしながら手を下げた。
「…………紫恵ちゃん、嫌い」
そう言って命はいじけたように俯いた。
なんだかよく分からないが、少し可哀想だ。
それは紫恵もそう思ったのか、ひとしきり悩んだ末、口を開いた。
「…………そうだなぁ、よく良く考えれば今日一番の功労者ってさ…………彩斗くんだよね? ね、彩斗くん?」
「え? いや、別に……」
「だよね!?」
「は、はい」
「…………」
紫恵の圧に押され、俺はそこまで思っている訳では無いが肯定の意を示さざるを得なくなる。
「私がファインプレーしたら撫でてもらえるんだったらさ…………彩斗くんだって撫でてもらいたいと思うんだよね〜」
「え? いや、俺は別に……」
「…………ね?」
「は、はい、撫でてもらいたいです」
ね、という一言で黙らされてしまった……なんか、怖い。
「それじゃあさ、命ちゃん、彩斗くんの頭を撫でてあげればいいんじゃないかな? 彩斗くんも撫でられたがってるよ……ね?」
「はい、撫でられたいなぁ!」
うん、まぁ、本心である。
「…………紫恵ちゃん、いいの?」
命が不安そうな目で紫恵を見つめる。
「ほんとに……今日だけだからね?」
紫恵の言葉に命はぱぁっと顔を明るくする。
そして次の瞬間、俺の頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫で始める。
…………うん、まぁ、ナチュラルご褒美ですね、ありがとうございますほんとに。
俺にとってはただのご褒美なんだが、なんでこんなことになっているのかは一切分からない…………が、まぁ、いい気分だしいっか!
「…………あ、それじゃあさ、命ちゃんもよくここまで頑張ったって事で……撫でてあげよっか」
紫恵が唐突にそう言い出した。
命もそれにすぐ同調したため、紫恵はすぐに命の頭を撫で始めた。
3人がそれぞれ別の人の頭を撫で続けて円陣を組んでいる様な非常に奇妙な光景になってしまっているが、なんだか2人とも気持ちよさそうだし、俺は特に指摘することはなく、この時間を堪能していた。
が、扉の開く音がし、俺達のこの時間は終わりを迎える。
「あー、えっと、イチャついてるとこ悪いんですけど…………あの、警察です」
そこに居たのはこの前の警察官とは違う人だった。
この前の人と比べるとどこか気だるげな雰囲気を持っており、態度もあまりよくない。
それに、こんなに来るのが遅れたというのにも関わらず謝罪もなしだ。
少し不満を持ったが、流石に来てもらったにもかかわらず文句を言うのは違うと思い、それ以上は口に出さないことにした。
警察官は俺が殴打して動かなくなったナイトシティーを持ってどこかへと去っていった。




