40話 命
とりあえず俺は店でも少し高めのチョコをレジに持っていくことにした。
1度だけ食べた事があるが、美味しすぎてハマってしまってはまずいのでそれ以来は食べないようにしていた1品だ。
きっとこれなら命も喜んでくれるはずだ。
「これ、お願いしま……す?」
「ん? どうしたんだい綾瀬くん」
そこに居たのは、命ではなく店長だった。
俺は酷く混乱した。
さっきまでこのレジには命が居たはずだ、というか俺がこの店に入ってきた時には命がいらっしゃいませと言っていた記憶があるので確実に命がレジに居たのは間違いない。
店長は基本的にこの時間帯は事務所で在庫発注や点検などをしているのでレジは命がやっている筈だ、店長も余程の事がない限りそっちの業務を優先するので俺は店長がこの時間帯にレジ打ちをしているところを見たことがなかった。
「えっと、店長、志賀さんはどうしたんですか?」
俺はたまらず質問した。
「ん? あぁ、志賀くんならついさっきトイレに行ったよ、いつもあんまりトイレ行ったりしないのに珍しいよね」
「…………そう、ですか」
俺は手早くチョコの会計を済ませ、そのまま直ぐに事務所へと向かった。
事務所の奥の方は電気が届かず、そこだけ少し薄暗くなっている。
そこは監視カメラも無くなっているため、タバコを吸ったりする人はそこで吸ったりしている、そのためかそこだけやけにヤニ臭い。
そして、タバコを吸う人がそこに座るために椅子を置いてある。
俺はその場所に座り、ため息をついた。
「はぁぁ……何あれ、絶対嫌われたやん」
あんなの俺を露骨に避けての行動としか思えない。
なんでだ!? この前はあんなに仲良くできてたのに…………。
俺は髪につけているヘアピンを触った、この前、クリスマスプレゼントで貰ったものだ。
「え、あれってなんか良くない意味とかあったのかな……?」
そう思い調べてみるも、そういった悪い意味は特に無い、なんなら「一緒に居たい」という意味があると言った検索結果がでてきた。
…………だったらやっぱりなおさら分からない。
クリスマス以来会ったりもしていないし、別れ際に何かトラブルが起こっていた訳でもない、それにさっきいらっしゃいませと言われた時だって別段嫌な感じもしなかった。
「…………わかった、もしかしてあれか? 蛙化とかいうあのよくわかんないやつか!?」
蛙化現象、好意を持っている相手が自分に対して好意を持っていると分かった瞬間冷めてしまう現象の事だ。
命が俺に対して好意を持っているかどうかは分からないが、もしかしたら俺が好意を持って命に接しようとしていたのがバレていたのかもしれない。
女性はそういった勘が鋭いと言うし、もしかしたら店に入った段階で俺の下心が見抜かれて居たのかもしれない。
…………はぁ、やっぱりチョコなんかで釣ろうとするなんてダメだってことだよな。
下心が無いと言えば嘘になる、が、クリスマスの時のこともあって俺も他の人ともっと喋りたいとも思ったんだ。
命はこんな俺にも話しかけてくれたし、もしかしたらもっと仲良くなれると思っていたんだが…………。
「…………やっぱり、難しいのかな」
うん、やはり俺みたいな友達という友達も居たことが無いクソザコキモキモ陰キャが命と仲良くなろうなんておこがましかったんだ。
俺はしばらく椅子に座ったまま考えていた。
自分が勝手に期待して、勝手に勘違いしていただけだ。
命が俺を避けている理由なんて、きっと考えたところで分からない。
だったら、これ以上深追いするのは無駄なんじゃないか、そう思うと俺の思考はどんどんと暗くなっていく。
「……よし」
俺はポケットから小さなメモ帳を取り出した。
会って話さなくても、最悪このチョコだけは渡しておきたい、これは彼女の為に買ったものなんだ。
悲しい気持ちをぐっと抑えて、メモにこのチョコを命に渡す旨を書いた。
書き終えると、俺はメモを畳んで、買ったチョコと一緒に事務所の机の上に置いた。
本当は、直接渡して、話したかったけれど……今の状況じゃ、それも叶わないだろう。
もう一度、髪のヘアピンに触れる。
命がくれたものだ。
それを大切にしていたのに、もしかしたら命は俺と関わりたくなかったのかもしれない。
そんな風に思うと、少しだけ胸が痛んだ。
「……よし、そろそろ行かないと」
俺はゆっくりと立ち上がると、事務所を後にした。
このままバイトに向かわなきゃならない。いつまでも落ち込んでいたら、仕事にも支障が出るし、なにより余計に情けなくなってしまう。
切り替えよう。
俺は一度、大きく息を吸ってから、歩き出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
命はバイト終わり、彩斗に会わないように事務所へ戻った。
元々交代の時間は近かったから店長も何も言わなかった。
「…………これ」
事務所の机に置いてあったメモ書きを見る。
丁寧な字で書かれたメモにはこのチョコをあげるということが書いてある。
命はチョコを持ち上げてぎゅっと握った。
その手には、自然と力が入ってしまう。
「…………うん、やっぱり私は綾瀬くんに会わない方がいい」
酷く悲しそうな顔をしながら命は呟いた。