37 勇者サゲ祭り(ざまぁ回)
森から姿を現したのは、勇者の勇姿ではなく……。
なぜか、全裸のオヤジたちであった。
身体じゅうにでっぷりとまとわりついた脂肪をみっともなく揺らし、両手で股間を押えている。
表情は青ざめ半泣きで、まるで限界を迎えた長距離ランナーのようであった。
しかしアスリートと大きく違っていたのは、彼らはとても鈍足だったこと。
ドスドスバタバタと足取りすらも醜く、中にはべしゃっと前のめりに転んでいる者もいる。
謎の変態集団の出現に、森の外で取材包囲網を敷いていたマスコミたちは、一様に首をかしげる。
「なんなんだ、このオヤジたちは……?」
「ハゲでデブのうえに、全裸で……しかも、こんなに大勢……」
「うげっ、こんな気持ち悪いヤツら、初めて見たぜ!」
「ブタがブタ小屋から逃げ出してるみてぇだなぁ!」
「どうする? いちおう撮っとくか?」
「いやぁ、こんな吐き気しか催さないブタオヤジどもを載せたりしたら、部数激減だろ!」
と、記者のだれも真写機から顔を離そうとしていたのだが、
「ま……まて! あの先頭にいるオヤジの頬を見てみろよっ!」
「あの炎のタトゥーは……もしかして、勇者様かっ!?」
「間違いない! あの特徴的なタトゥーは、勇者ファイヤーヘッド様だっ!」
勇者『ファイヤーヘッド』。
深紅の鎧に、逆巻くような兜を身につけ、炎の大剣技を操る戦勇者。
得意の大剣技『ファイヤーブレード』は、ひと太刀ですべてを燃やし尽くしてしまうという。
どんな大悪党でも名前を聞くだけで震えあがるという、至高の勇者である。
今は特徴的な装備を身に付けておらず、一見してただの全裸オヤジだったのだが……。
若い頃に入れたタトゥーのおかげで、勇者だというのが辛うじてわかった。
「いや、いくらなんでも違うだろ!? ファイヤーヘッド様が、あんな醜いダメオヤジなわけがねぇ!」
「でも見ろよ! 隣にいるのは、勇者サンダーヘッド様じゃねぇか!?」
勇者『サンダーヘッド』。
白銀の鎧に、逆巻くような兜を身につけ、雷の大剣技を操る戦勇者。
得意の大剣技『サンダーブレード』は、ひと太刀ですべてを灰燼に帰すという。
どんな大悪党でも名前を聞くだけでオシッコをちびるという、究極の勇者である。
「おいっ、後ろには、勇者ストームヘッド様がいるぞ!」
勇者『ストームヘッド』。
蒼天の鎧に、逆巻くような兜を身につけ、嵐の大剣技を操る戦勇者。
得意の大剣技『ストームブレード』は以下略。
「最後尾には、勇者アースクェイクヘッド様までっ!?」
勇者『アース以下略』。
「な……なんで『厄災四天王』と呼ばれた勇者様たちが、素っ裸で走ってるんだ!?」
先頭集団の4匹のオヤジたちは、『厄災四天王』と呼ばれるほどの猛者たち。
彼らは揃いもそろって、薄くなった頭髪を撫でつけるというヘアスタイル、いわゆるバーコードハゲであった。
そのヘアスタイルを格好いいという風潮が世の中にはあり、わざわざ毛を剃って真似する者たちもいるほどである。
しかし今や、その髪は頭から剥がれ……。
焼かれた軍旗のようにスカスカと、虚しくはためいていた。
なんともいえない微妙な空気が、取材陣のなかに蔓延する。
「や……『厄災四天王』って、あんな醜いオヤジだったんだ……」
「いつもは派手なマントで身体を覆ってるから気付かなかったけど、あんなぶよぶよの身体だったとは……」
「俺の息子、『厄災四天王』のファンで、クエストの取材に行くってわかったら、真写をねだられたんだけど……こんなオヤジだとわかったら、幻滅するよなぁ……」
「あんなオヤジ、俺でもワンパンでKOできるよ……」
そして彼らは一斉に、ある結論にたどり着いた。
「まさか、勇者様……いや、あのオヤジどもは、狩られちまったのか……!?」
「そうに違いない! きっと、モフモーフを倒すどころか、どっかの野盗に身ぐるみ剥がされちまったんだよ!」
「ってことは、ゴージャスマートのクエストは大失敗だったってことか!?」
「とりあえず、撮れ撮れ! 囲め囲め! どっちにしたって特ダネだっ!」
いままでは価値ゼロのオヤジの全裸露出だったが、勇者とわかった途端に値千金のスクープに早変わり。
記者たちは真写機のシャッターを切りながら、生まれたままのオヤジたちを取り囲んだ。
「いったいなにがあったんですか、勇者ファイヤーヘッド様っ!?」
「すごい格好ですね!? 立派な鎧はどうされたんですかっ!?」
「もしかして身ぐるみはがされちゃったんですか!?」
「クエストは失敗したんですね!? それも装備を全部奪われるなんて、前代未聞ですよ!?」
勇者たちは顔を押え、撮られるのを拒んだ。
しかしそうすると股間が隠せなくなり、よりみっともない絵面に……!
「や、やめろっ、撮るなっ! 撮るなぁぁぁぁぁっ!」
「ノーコメントじゃ! ノーコメントじゃ!」
「ワシは街に帰りたいんじゃ! どけっ! どけったらどけぇ!」
「わ……ワシは勇者、アース……! いや、ファイヤーヘッドじゃぞ! こんなことをしてどうなるのか、わかっておるのか!?」
「おいっ、アースヘッドよ! ワシの名前を騙るんじゃない! 冒険中だけでなく、この期に及んでまでワシに失敗をなすりつけようというのか!」
「なんじゃとぉ! 元はといえば、貴様が悪いんじゃろうが!」
「やるかっ、このぉ!」
そして、祭りが始まるっ……!
ギャフベロハギャベバブジョハバ !!
オヤジたちが、どこから見ても汚いという、奇跡のキャットを繰り広げる『けんか祭り』……!
量産型のオヤジが一糸まとわぬ姿で続々とやって来る、『はだか祭り』……!
まさしく『勇者サゲ祭り』と呼ぶにふさわしい、世にも醜い祭典の幕開けであった……!
さらに記者たちのタガは外れ、より無様な勇者を激写するほうへとシフトしていく。
隙を見て逃げようとした勇者に縄をかけて引きずり回したり、近くにあった泥沼に突き飛ばしたり……。
ドサクサまぎれに金的に膝蹴りを入れ、悶絶しているところをさらに踏みつけたり……。
それは勇者にとって、洞窟探索のとき以上の地獄絵図……!
この世界のマスコミというのは、日和見菌のような性質を持っている。
栄華を極めている相手にはヘーコラ、そしてチヤホヤともてはやす。
しかしひとたび落ちぶれるような失態を見つけたら、一転……!
『民衆の代弁者』などという都合のいい立場を振りかざし、徹底的に叩きのめすのだ……!
 





