35 クエスト失敗
霹靂のようなプリムラの主張が駆け抜けたあと、森は静寂に包まれる。
それを最初に破ったのは、今や彼女の相棒ともいえる少女であった。
「……この馬野郎の角、群れのリーダーだけあって立派だよな。こんなデケェ角、見たことがねぇ。持って帰って店に飾ったら、国じゅう……いや、近隣諸国からも人が押し寄せるレベルだぜ。客が来なくて困ってたロンドクロウのスラムドッグマートが、一気に大逆転できるってのに……それをみすみす手放すってんだな?」
その言葉は独り言のようであったが、明らかにプリムラに向けられたものであった。
プリムラはまっすぐな瞳で「はい」と答える。
「おじさまには、わたしからご説明させていただきます。代替の施策も考えさせていただきます。今は思いついていませんが、このクエストから帰ったら、すぐに」
その声は、さきほどの絶叫により枯れていたが、込められた気持ちはいつものように、真摯で丁寧であった。
はぁ、と溜息が返ってくる。
しばらくして、
「……あーあー、やってらんねー」
相棒の少女は気の抜けた様子で、ユニコーンの角にあてがっていたナイフを離す。
しかしナイフは手から落とさず、腰の鞘にしまっていた。
パチン、とした納刀のあと、スッキリした様子で顔をあげると、
「おいガキんちょ、お前もだいぶ言うようになったじゃねぇか。今回だけは、引いてやらぁ!」
いつものニッカリした笑顔を、プリムラに向ける。
それだけでもう、プリムラの瞳からは涙があふれた。
「あ……ありがとうございますっ! ランさんっ!」
土下座するように、深々と頭を下げるプリムラ。
張り詰めた空気がほどけ、場は一気に和やかになった。
ここでようやく姉が、大きな胸の前で指を絡め合わせたいつものポーズで、華やぐ声をあげる。
「プリムラちゃんの考え、ママ、すっごくいいと思うわぁ!」
本来は多弁である彼女が、これまで沈黙を貫いていたのは他でもない。
今こそがプリムラの試練の時だと思い、決断を鈍らせたくなかったのだ。
すると、仲間たちも次々と賛同する。
「ぱいたんもー!」
「わうも賛成なのです! 動物はたいせつなのです!」
「我がわんわん騎士団の看板に傷がつくことになるけど、しょうがないわねぇ」
「よかったですぅ~!」
「あっはっはっはっはっ! ユニコーンが角をくれるだなんて! しかもそれを断るだなんて! マジ、おとぎ話みたいじゃなくなくないっ!?」
「ふーん、メルヘンじゃん」
「ううっ……! プリムラ様、なんとおやさしき心の持ち主……! このクーララカ、一生ついてまいりますぞ!」
しかしひとり、異議を唱える者が。
「喜んではいけないのん」
ある意味この森がいちばん似合う、赤ずきんの少女であった。
彼女は可愛らしいずきんとは真逆の、ことさらむっつりした表情を作っている。
隣にいたシャルルンロットがうざったそうに声を荒げた。
「なあに、アンタまで角が惜しいっていうの!?」
「そうではないのん。喜ぶのは不自然なのん」
「なんで喜んじゃいけないのよ!?」
すると、赤いずきんがゆっくりと動き、ある方向を見据えた。
そこには、真写機を構えたグラスストーンが。
「森の平穏を守るためであるならば、角を持ち帰らないというだけでは片手落ちのん。『森にユニコーンはいなかった』という事にするのが最善のん」
それを真っ先に理解したのは、赤ずきんといい勝負のクール少女であった。
「ふーん、なるほどじゃん。クエストも失敗ということになるから、笑顔なのは不自然じゃん」
「なーる! でもさぁ、今まで撮った真写がなくなくなくないっ!?」
すると今度は、グラスストーンの真写機に注目が集まる。
「あの、すみません、グラスストーンさん。いままで撮ったユニコーンさんの真写は、全て消していただけませんか?」
プリムラがお願いすると、グラスストーンは冷たいグラスごしに、プリムラを見返した。
「……この私に、ウソの報道をせよとおっしゃるのですか? 私は、どんな時でも真実を伝えることを使命に記者をやってきました。たとえ勇者様に脅迫されても、真写を消したりしたことはいちどもありません」
彼女は美人記者なので、いままで多くの勇者に帯同を許されてきた。
同時に、多くのスキャンダルをものにしてきたのだが……。
勇者はきまって、そのスキャンダルを揉み消そうとした。
スキャンダルがなかったとしても、自分の手柄を捏造しろと迫られたことは何度もあった。
そして彼女自身は勇者の圧力に屈することはなかったのだが、上層部が勇者と通じており、記事を取り消されたり、改ざんされたことは幾度となくあった。
そのことを苦々しく思っていたので、彼女は普段であれば、絶対に折れることはなかったのだが……。
レンズにキラリとした光を走らせると、
「……しかし、今回だけは特別です。なぜならば勇者様は利己を守るためでしたが、プリムラ様は他者を守ろうとされているからです。私にとって、こんな取材対象は初めてです。でも、今回だけですよ。今回だけは、ユニコーンが撮っている真写を消去します」
「それに」と続けながら、彼女が見やったのは……。
グラスにあふれんばかりに涙をいっぱいにためた、実の姉の顔であった。
「ここで断ったら、姉さんがどうなるかわかりませんので」
「うわああああああ~~~んっ! ストーンちゃん! ありがとう、ありがとう~! すっかりいい子になってぇ~! お姉ちゃん、嬉しい~! 嬉しい嬉しい嬉しい! とっても嬉しいですぅぅぅ~!」
まるで実の娘のように、妹に抱きつき、胸に顔をうずめて大泣きする姉。
いままで表情ひとつ変えなかったグラスストーンが、ここで初めて困り笑顔を見せた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからプリムラたちは、ユニコーンが見つからなかった体の真写を何枚か撮ってもらった。
森から出るときも肩をがっくりと落とし、これでもかと残念っぷりをアピール。
森の外で待ち構えていた報道陣たちに、悔しさを滲ませていた。
ウソをついたことがないプリムラはしどろもどろであったが、他の仲間たちがカバーする。
「ママたちは森じゅうをさがしたのに、ユニコーンちゃんたちはいなかったの! きっとウソだったのね! ウソついた子に、メッてしちゃう!」
「あーあー、やってらんねぇよ! 足が棒になっちまった! どこのどいつだよ! ユニコーンがいるなんてホラを吹いたヤツは!」
「もう、あーしら仕事をキャンセルしてまでこのクエストに賭けてたのに、いないなんてありえなくなくなくないっ!?」
「ふーん、バッドな気分じゃん」
「我がわんわん騎士団の総力を結集しても、ユニコーンは見つけられなかったわ! となると、あの森にはユニコーンは絶対にいないわ!」
「団長が断腸の思いで断言したのん。これは断然まちがいないのん」
「わうっ! 森にはお馬さんがいっぱいいたのです! 誰かがそれをユニコーンと見間違えたのです!」
「え~、あのその……えーっと……。お、おなかがすきましたぁ!」
「みなの言うとおり、ユニコーンはいなかったぞ! どこにもな! いたらこの私が倒していたに決まっているであろう!」
「取材として同行した私も、ユニコーンの姿は確認できませんでした。クエストの模様は真写に収めてありますので、あとで各新聞社様にお送りいたします」





