34 落ちるように翔ぶ
ユニコーンたちは少女たちの膝を枕に、安らかに眠っていた。
しかしプリムラが、角の剥奪中止を決定したとたん、一斉に起き上がる。
そして、少女たちを見下ろしていた。
まさに聖獣といった、精悍なる顔つきと、穢れなき瞳で。
唖然とする少女たちの間を、強い風が吹き抜けた。
……ざわっ!
少女たちの髪がなびき、木々がざわめく。
そのあとは、静寂。
仔ユニコーンとパインパックの寝息だけが、静かにたちのぼっていた。
ユニコーンたちの視線は、プリムラに集まっている。
彼女はその視線の意味を、すぐに察した。
「……ずっと起きてらしたんですか?」
するとリーダーらしき、ひときわ身体の大きなユニコーンが、ブルル、と鳴きながら首を振った。
「馬は横になって眠っていても、断続的に目を覚ます動物のん。おそらく、途中までは寝ていたはずのん」
ミッドナイトシュガーが言い添えると、ユニコーンは頷くように、首を縦に動かす。
すると、少女たちの感情は驚愕に上書きされ、みな堰を切ったように話し始めた。
「も、もしかして……。あーしら人間の言葉がわかるの!? ありえなくなくないっ!?」
「ふーん、賢いじゃん」
「ううむ……! 馬といえど、さすがは聖獣というわけだな!」
「あらあら、動物さんだってちゃんと話しかければ、言葉はわかってくれるわ。うちの庭にいる子たちも、みいんなママの言うこと聞いてくれるでしょう?」
「そりゃ、アンタが異常なだけよ」
「で、でも、わかる気がしますぅ! 大家さんのメリーちゃんも、私が泣いてたらなぐさめてくれますし!」
しかし、ひとりの少女だけは、歯噛みをしていた。
「この、馬野郎ども……! 途中で目が覚めたところで、アタイたちのやりとりを聞いてやがったんだな……!? コイツら、アタイたちのことを試してやがったんだ……!」
すると、リーダーのユニコーンが、ゆっくりとした歩みでランに近づいていく。
頭をもたげ、角を突きつける。
「なっ!? なんだよっ!? アタイを突き殺そうってのか!? じょ……上等だっ! やってみやがれっ!」
ランは気丈であったが、その声は震えていた。
ユニコーンは角を向けたまま、前足を持ち上げると、
コン、コン……!
と蹄の先で、自らの角を叩いてみせた。
「ま……まさか……角を、くれるっていうのか……?」
ランの問いに、顔を伏せたまま鳴き返すユニコーン。
それは、にわかには信じられない申し出であった。
なんとユニコーン自らが角を差し出して、「切れ」と言ってくれたのだ。
これはまさに、プリムラが提案していた、「お裾分け」っ……!?
ランも最初は半信半疑でいたが、ユニコーンが角は角を向けたまま動かない。
落したナイフを拾いあげ、ためしに角にあてがってみても、一切抵抗しない。
「ほ、ほんとにくれるのかよ!? す……すげえっ! いやっほーっ!」
ランはいよいよ調子に乗って、ナイフで角をギコギコやりはじめる。
周囲で見ていたパーティメンバーたちも、色めき立った。
本当にユニコーンの角が、手に入るのだ……! と……!
しかし、ただひとりだけ、思い詰めたような表情の少女が。
彼女は意を決するように、ぐっと唇を噛みしめると、
「ま……待ってください、ランさんっ!!」
絞り出されたその声は、少女のものとは思えないほどに裏返っていた。
まるでローブの裾がめくれあがるのも構わず、走り寄っていくかのような。
聖少女ともてはやされ、いつも慎ましくしていた少女にとっては、「はしたない」ほどの、なりふりかまわない一言……!
そして次に放たれたのは、誰もが耳を疑う衝撃的な一言であった……!
「角は……頂けませんっ!!」
……ざわっ!
また、強い風が吹いた。
ナイフを動かす手を、ピタリと手を止めるラン。
「ガキんちょ……今度はなんだってんだよ?」
プリムラから止められるのはこれで二度目。
短気なランは青筋を浮かべながら、プリムラを睨みつける。
ストリート育ちだけあって、マジギレ寸前の眼光はすさまじいものがあった。
温室育ちのプリムラにとっては、初めて受ける他人の憎悪。
ナイフを首筋に当てられたかのように、プリムラは思わず身体をこわばらせる。
しかし、反撃するいじめられっこのように、少女は勇気を振り絞った。
「も……もしユニコーンさんから角を頂いてしまっては……。この森に、多くの冒険者さんたちが押し寄せることになります!」
「あぁん? そりゃそうだろ! ユニコーンがいるってわかったんだからな!」
「そうなってしまうと、この子たちは多くの冒険者さんたちに、命を狙われてしまいます!」
「当たり前だろ、コイツらはモンスターなんだから!」
「わ……私は今まで、モンスターというのは、すべて人間に危害を加える存在だと思っていました! でも……この子たちは違いました! こんなにやさしくて、無邪気で……! 森の動物たちと、何ら変わりません!」
これは、聖少女としての慈悲ではなかった。
彼女の人間としての、嘘偽りなき感情であった。
そして、それは……。
少女にとって初めてともいえる、『選択』……!
「この森はいま、とても平和です! でも、冒険者さんたちがやって来たら、この子たちは鬼ごっこで遊ぶことも、お昼寝もできなくなってしまうんです! もちろんそれも、人間の勝手かもしれません! そして私が言っていることは、とても自分勝手なことだというのはわかっています!」
いままで、何でもそつなくこなしてきた少女が……。
いままで、一歩離れたところで穏やかに笑っていた少女が……。
初めて自らの意思で、『主張』をした瞬間……!
その先にあるものが、『失敗』であろうとも……!
たとえ飛んだ先に待ち受けるのが、『大いなる失望』であろうとも……!
「巻き込んでしまったみなさん、本当にごめんなさい! でも……それでも……! 私はこの子たちを、そっとしておきたいんです! そっとしてあげたいんです!!」
飛ぶことを恐れずに、はばたいてみせたのだ……!
「そっとしたい! そっとしたい!! そっとしたい……!!! そっとしたいんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーっ!!!!」
……それは、奇しくも同時に起こっていた。
シュル・ボンコスがふたりの少女を担ぎ、一世一代の大ジャンプをカマしたのと……。
プリムラが大空に飛ぶように吠えたのは、まったく同じタイミングであった……!





