14 ローンウルフ 1-1
プリムラが、『スラムドッグマート』の方面部長たちを集めて、重要な決断を下していたころ……。
同店の社長であるゴルドウルフは、なにをしていたのかというと……。
とんでもない有様になっていた。
顔や身体はススで汚れて真っ黒。
服装は雑巾にもならなそうなボロ切れ。
マザーやプリムラが見たら卒倒してしまいそうな姿であったが、それだけではない。
両手と両足は木の枷が嵌められ、鎖で繋がれ……。
そのうえ額には、なんと……!
『奴隷』の焼き印が……!
昨日、神殿で聖女をはべらせていた姿とは真逆の、落ちぶれっぷり……。
オッサンはそんな、この世界でも『最底辺』の者となって、荷馬車に揺られていた。
鉄格子で覆われたその中には、他にもむくつけき男たちがひしめきあっている。
子牛ならぬ暴れ牛どもをドナドナしていたその馬車は、セブンルクス王国の国境で止まった。
荷台から荷物のように引きずりだされた男たちは、まさに牛のような扱い。
セブンルクス王国の兵士たちから、非人間的な扱いの身体検査を受ける。
兵士たちはゲラゲラと笑っていた。
「おめーらはこれから、『闘技場』に一直線なんだろう?」
「この国の『闘技場』の厳しさは世界でも随一だぜぇ、なんたって、勇者様が相手なんだからな!」
「今晩、処刑されるんだろぉ? 見に行ってやるよ! お前らが、この身体検査以上に屈辱的な殺され方をする所を、酒でも飲みながらお祝いしてやらぁ!」
……セブンルクスの国王であるビッツラビッツは、ドッグレッグ諸国で独立した国々への制裁のため、国交断絶を宣言していた。
措置としては、ドッグレッグ諸国への輸出入と、渡航の全面禁止。
諸国への人材や物資、情報の交流路を遮断し、世界から孤立させようとしていた。
庶民や商人はもちろんのこと、貴族や王族でさえ行き来することは許されなかった。
そんな中で、例外的に出入りを許されていたのは、『犯罪捜査などのために、特権をあたえられた一部の者』。
そして『捕まった落ち勇者』と『奴隷』であった。
『捕まった落ち勇者』は、勇者組織に弓を引いた者として、『闘技場』で観衆に罵られながら、剣闘という名のなぶり殺しに処される。
『奴隷』は単純に、『落ち勇者』のスペアがいない時の、殺され要因として、『落ち勇者』と同じように剣闘させられる。
ようは『闘技場』というのは、セブンルクス王国の民衆たちの、ガス抜きの場所であったのだ。
話を元に戻そう。
身体検査のあと、馬車は通行を許され、セブンルクス王国内へと入る。
セブンルクス王国内では、至る所に、ある張り紙が貼られていた。
なんと、
ゴルドくんのポスター……!
しかしそれは、本物のゴルドくんの愛らしさとは程遠い、悪魔のような形相をしていた。
顔の所にバツ印があって、上には物騒なコピーが貼られている。
『野良犬は勇者様の敵!』『野良犬はブチ殺せ!』『野良犬にノーと言える社会を!』
オッサンは、自分の店のイメージキャラクターが好き勝手に改変され、汚損され、人々の手によって燃やされている風景が、鉄格子の向こうを流れていくなか……。
ひとり、苦笑いをしていた。
――思ったとおり、ビッツラビッツさんは手を打っていましたね。
この国に、『スラムドッグマート』が出店してくるのを見越して、国を挙げてゴルドくんを悪者に仕立てあげている……。
国交が断絶しているからといって、ドッグレッグ諸国のみに注力していたら、手遅れになっていたでしょう。
そう……!
オッサンが奴隷にまで身をやつしていたのは、『敵情視察』のため……!
ビッツラビッツが国交断絶をいいことに、好き放題に『野良犬サゲ』をやっている実情を、知るため……!
さらにはその野望を、潰えるためだったのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日の夜。
セブンルクス王国の王都にある『闘技場』は熱狂に包まれていた。
魔法によって拡声されたMCの声が、場内を席巻する。
『さあっ! いよいよ剣闘の宴が始まろうとしています! 今宵の肴は、グレイスカイ島で鎮圧されたばかりの、イキのいい野良犬たちです! さぁ、歓声とともにお迎えください!』
先ほど馬車に乗っていた奴隷たちが、選手入場口から押し出されるようにして出てくる。
みな『ゴルドくんなりきりマスク』のパチモノを被らされ、手には粗末な剣と木盾が。
……ちなみにではあるがセブンルクス王国では、『ゴーコン』のあと報道規制が敷かれていた。
この国のマスコミは勇者にべったりなので、新聞も嘘の大本営発表を、さも真実のごとく垂れ流す。
この国の民衆は、グレイスカイ島での野良犬たちの反乱は失敗に終わり、島は今もなお勇者の統治下にあると信じこまされていたのだ。
なお彼らは、『スラムドッグランド』の存在も知らない。
勇者上層部から出された『スラムドッグランド禁止令』も、形を変えて伝えられていた。
そのため、この国において、野良犬というのは……。
『勇者からグレイスカイ島を解放した、英雄軍』などではなく……。
『身の程知らずの革命に失敗した、間抜け集団』となっていたのだ……!
そして闘技場では、顔の知れた『落ち勇者』が出場する時以外は、『偽ゴルドくんマスク』を被らせて、『革命に失敗した間抜け』として剣闘に参加させるのが恒例となっていた。
なぜならばそのほうが、観客のウケがいいからである。
今宵はオッサンも、質の悪いマスクを被らされ、観客の罵声を浴びていた。
『生き残った野良犬には特別に、自由の身となります! しかし未だかつて生き残った者はひとりとしておりません! それはそうでしょう! 勇者様と戦って勝てる者など、この世界にはいるはずもないのですから!』
MCのアオリに、ウォォォォーーーッ!! と沸く客席。
『さぁ、それでは今宵のヒーローをお呼びしましょう! この闘技場では初登場ですが、もはや知らぬ者はいないほどの勇者様! 「斬岩剣」でおなじみの、ザンガン・ジオン様です!』
スポットライトを浴びながら、勇者の入場口から現れたのは……。
引き締まった筋肉を見せつけることを優先し、防御力を捨ててしまったような穴あきの鎧を身にまとう、ドレッドヘアーの若者であった。
自分の身体よりも大きい斬馬刀を、ずるずると引きずり、闘技場の砂地に一筋の線を残している。
『ザンガン様はかつては熾天級の戦勇者様でしたが、なんと修行のために、自ら降格を申し出て、大天級になられたお方です! 自らを鍛えるために地位を捨てて、敢えて降格なさるとは……! さすがは勇者様、高潔すぎて恐れ多いです!』
MCの説明に、いっそう盛り上がる観客たち。
勇者コールが鳴り止まない。
『戦いはいつも通り、勇者様ひとりと、野良犬軍10名によるデス・マッチです! しかしいつものように、一撃で決まってしまうのでしょうね! ザンガン様! 願わくば哀れな野良犬たちに手加減を! 情けなく這いつくばって命乞いする彼らの悲鳴を、我々にプレゼントしてください! それでは……試合開始っ!』
……ドォォォォーーーーーンッ!!
殺し合いの合図の号砲が鳴り渡る。
ザンガンは斬馬刀を肩に担ぎ、なにやらブツブツと唱え始めた。
『ああーーーーーっとぉ!? 試合開始と同時に「斬岩剣」の構え! ザンガン様は野良犬どもに一片の慈悲も与えないようです! あの技を受けてしまっては、10匹の野良犬など、砂像のようにボロボロになってしまうでしょう!』
偽ゴルドくんマスクの奴隷たちは、勇者の大剣技を前にして「ひいいーーーっ!?」と蜘蛛の子を散らすように逃げはじめる。
『ああっ、野良犬軍はさっそく逃げています! 逃げ惑っています! グレイスカイ島での戦いでも、ああやって逃げてばかりいたのでしょうね! でも「斬岩剣」の攻撃範囲はこの闘技場をすべてに及びます! どこにも逃げ場はないというのに、間抜けですねぇ、愚かですねぇ! ……あれ?』
MCはふと、その場から動いていない、とある野良犬に気付いた。
『一匹だけ、一匹だけ微動だにしていない、傷だらけの野良犬がいます! きっと恐怖で足がすくんで動けないのでしょう! それどころか、剣と盾も足元に落としています! 手も足もガクガクブルブルのようです! そのうち、お漏らしするかもしれませんねぇ! 大のオッサンが漏らして死ぬだなんて、最高に恥ずかしい死に方です! でも勇者に逆らった者としては、お似合いの最後といえるでしょう!』
……ビシュンッ!!
ふと、風が哭いた。
今日は予告の通り、もう一話更新いたします。
内容は、もちろんざまぁです!





