04 その懐刀
時は少し遡る。
シュル・ボンコスはセブンルクス王国内のとある新聞社にいた。
重厚な応接テーブルを挟んで革張りのソファに座り、とある人物と対峙している。
相手は、軍人のようにしゃちほこばった壮年の男性であった。
「ボンクラーノ様の腰巾着と呼ばれたお方が、わざわざこのような場所に出向いてくださり、しかも局長ではなくこの副局長である私にお会いくださるとは光栄ですな。で、今日は何の御用ですかな?」
そこでシュル・ボンコスが口を開こうとしたが、その男は機先を制するように、
「あなたの飼い主のスキャンダルのことでしたら、差し止めをする気はありませんな」
ぴしゃりと言ってのける。
出会って早々、あまりにも慇懃無礼な物言いだったが、シュル・ボンコスは眉ひとつ動かさない。
懐に手を突っ込むと、無言のまま封筒を机の上に置いた。
「はっ! 賄賂とは! この私を、他の新聞社の者たちと同じに見てもらっては困りますな!」
大きく溜息をつく男に向かって、シュル・ボンコスは、ふしゅると息を吐く。
「しゅるしゅる。まあ、中を改めてみても、バチは当たらないでしょう。ふしゅる、ふしゅる」
「まあ、いいでしょう」
しかし男は封筒には手を付けず、立ち上がって部屋の窓まで向かうと、シャッとカーテンを閉めた。
「私が封筒の中を改めている姿を外から隠し撮りして、賄賂を受け取っているように捏造されては困りますからな」
「ふしゅる、ふしゅる……! しゅるは、そんなことはいたしませんよ」
「どうだか」と答えながらソファに戻った男は、封筒を手に取る。
中を開いてみると、それは真写だった。
写っていたのは、いま男と出世争いをしている、第2副局長の不貞の現場を押えた瞬間であった。
第1副局長である男は、眉をひそめた。
この真写が公になれば、出世争いには終止符が打たれる。
男が局長へと昇格し、第2副局長はいまの座に甘んじることであろう。
そう考えると賄賂とも取れなくはないのだが、おかしかった。
なぜならば、第2副局長は『勇者派』の人間であり、ボンクラーノの後援者でもある。
『反勇者派』である男が局長になれば、この新聞社はますます勇者のスキャンダルを書き立てるだろう。
たったひとつのスキャンダルをもみ消す代償としては、あまりにも大きかったからだ。
男の表情の変化は僅かであった。
しかし、シュル・ボンコスは見逃さない。
「しゅるしゅる、ふしゅる……! これはしゅるからの、『武器』の贈り物とお考えくだされば」
「武器……?」
「ふしゅる、ふしゅる……! ええ。その武器があれば、あなたはいつでも新局長を失脚させることができるでしょう」
「……ああ、意味がようやくわかりましたぞ。ボンクラーノ様が出世して、この国から出て行くまで、ボンクラーノ様のスキャンダルを控えろとおっしゃりたいんですな? あなたはボンクラーノ様だけを守ろうとしており、他の勇者がいくら我が新聞社のスキャンダルに晒されても、かまわないと考えているのですな?」
男は矢継ぎ早に続ける。
「しかし、飼い主を思うあまり事を焦り、考えが至らなかったようですな。私にこの『武器』だけを利用されて、ボンクラーノ様のスキャンダルを記事にされるとは、考え……」
途中で、ハッと息を呑む。
シュル・ボンコスの笑みが、さらに深くなった。
「しゅるしゅる、ふしゅる……! だいぶ回り道をされたようですが、ようやくおわかりいただけたようですな。こちらの考えを……!」
男は察した。
この真写は、賄賂でもなんでもないことに。
むしろこれは、警告……!
毒入りの、塩……!
副局長のふたりは、出世争いに影響するからと、スキャンダルには細心の注意を払っていた。
シュル・ボンコスにしたように、得体の知れない人物なら何かを渡されたときは、盗撮を警戒するほどに。
しかし、それでもなお『第2副局長』のスキャンダルの真写があるということは……。
しかも、それをライバルの反勇者派の自分に渡すということは、意味するものはひとつ……。
それ以上に値するお前のスキャンダルを、こちらは握っているんだという、無言のメッセージ……!
そうでなくては、反対派の人間が台頭してしまうようなものを、みすみす渡すはずがない。
シュル・ボンコスがふたつのスキャンダルを利用し、反対派の第1副局長をも取り込もうとしているのは明らかであった。
そして、ふたりとも手駒にしようとしていることも……!
第2副局長が局長に就任したとしても、用済みになったら、さきほどこの男に与えたスキャンダルによって失脚させ、後釜に据えようとしているのだ。
男の頭の中はフル回転していた。自分はどう振る舞うべきなのかを。
そして、自分が押えられてしまったスキャンダルとは、どの程度のものなのかを。
動揺を悟られないように、男はポーカーフェイスを保っていたが、
「おやおや、どうされましたか? 汗をかいたりなんかして……しゅるしゅる、ふしゅる……!」
指摘され、慌てて拭おうとして、額が乾いていることに気付く。
しまった! と思っても、もう遅かった。
「しゅるしゅる、ふしゅるしゅるしゅる、ふしゅるるる……! それではしゅるは、これにて失礼させていただきます。あ、お見送りは、結構ですよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
新聞社をあとにしたシュル・ボンコスは、その足を飼い主の元に向けながら、心の中でつぶやいていた。
――しゅるしゅる。
賢く自身家で、用心深い男には、敢えて相手の懐に飛び込むのが良いのです。
そして、手の内を見せる……。
それも、すべてではなく、半分だけを見せるに留めること。
それが『2』しかないものだったとしても、『1』だけを相手に見せるのです。
そうすれば、残りは『1』しかなくても、相手が勝手に『50』にも『100』にもあるのだと、勘違いしてくれます……!
たとえ、手の内にあるのが針であっても……。
影絵にすれば、棒になるというわけでございます……!
しゅるしゅる、ふしゅるるるるっ……!
……実はシュル・ボンコス側にあったのは、第2局長のスキャンダルの真写だけであった。
しかし彼は、これを敢えて敵側に晒すことにより、『1』を『100』に仕立てあげていたのだ。
例えるならば、これから喧嘩をするという時に、相手がナイフを渡してきたらどうするだろうか。
そして相手は「簡単に勝ったら面白くないからな」と懐に手を入れていたら、どう思うだろうか。
たとえその懐の中にあるのが、ただのタバコだったとしても……。
中には同じナイフか、あるいはそれ以上の武器である拳銃が入っていると勘違いしても、おかしくはないだろう。
それと同じことを、シュル・ボンコスはやってのけたのだ。
巧みな言葉遣いと、不気味なほどに落ち着いた態度で……。
みごとハッタリを、貫き通して見せたのだ……!
この一計により、ボンクラーノのスキャンダルは差し止められた。
そればかりか、セブンルクス内にわずかに残っていた『反勇者派』の新聞社が、一斉に『勇者派』に転向。
シュル・ボンコスは、このような手練手管のやり方で、ボンクラーノの窮地を何度も救ってきた。
ボンクラーノは、勇者のナンバー2であるブタフトッタの息子という、将来を約束されたも同然のサラブレッドである。
それなのに、どうしようもないボンクラっぷりのせいで、幾度となく出世コースを外れかけてきたのだが……。
そうならなかったのは、すべてはシュル・ボンコスのおかげであった。
今回オッサンに立ちはだかる勇者は、いつもと同じくボンボンであるということは変わりはない。
しかしその背後には、智略に長けた、恐るべき人物が控えているのだ……!
調勇者ボンクラーノ・ゴージャスティス……!
『ボンコス家の灰色の脳細胞』と呼ばれた人物を従え、今ここに、参戦っ……!
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ディン・ディン・ディンギル
ブタフトッタ
ノーワンリヴズ・フォーエバー
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キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
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ライドボーイ・アメノサカホコ
ライドボーイ・トリシューラ
ライドボーイ・トリアイナ
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ゴルドウルフ
●主天級(小国部長)
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
ジャンジャンバリバリ
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
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ミッドナイトシャッフラー、ダイヤモンドリッチネル、クリムゾンティーガー
ライドボーイ・ランス、ジャベリン、スピア、オクスタン、ゼピュロス、ギザルム、ハルバード、パルチザン
名もなき戦勇者 3816名
名もなき創勇者 340名
名もなき調勇者 529名
名もなき導勇者 308名





