05 偽勇者
シュル・ボンコスは、セブンルクス国内の新聞社を渡り歩いたあと、主のボンクラーノが待つ、『ゴージャスマート エヴァンタイユ諸国本部』に戻った。
彼は『反勇者派』の新聞社をすべて塗り替えた英雄であったが、待っていたのは罵声であった。
「ああっ!? 今までどこに行ってたボン!? お前のせいで、大変なことになってるボン! スラムドッグマートからの引き抜きで、ゴージャスマートから店員が次々といなくなってるボン! このままでは、ボンの出世に響くボン! 早くなんとかしないと、承知しないボンッ!」
爆発寸前の爆弾のように顔を真っ赤にして怒鳴り散らすボンクラーノ。
このまま破裂してくれた方が、どれだけ良いかとシュル・ボンコスは思った。
しかしそんなことは胸の奥にしまいこんで、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
彼は痩せていて顔の彫りが深い。
そのため影がさし、闇のえびす顔のように見えた。
「しゅるしゅる、ふしゅる……! そいうことでしたら、いい案がございます」
彼はこの窮状にいきなり放り込まれたというのに、瞬時に対抗策を弾き出してみせた。
「人材流出を止めるためには、偽勇者を昇格させればよいのです、しゅるしゅる、ふしゅるるる……!」
『偽勇者』というのは、ゴッドスマイルの血縁ではない、いわゆる一般市民の『勇者』である。
この世界での『勇者』というのは一見、能力さえあれば誰でもなれるような、風通しの良さそうな概念に見えるが、そうではない。
ゴッドスマイルの血が流れていなければ、最下級である小天級のままで、どんな功績をあげても絶対に昇格できないのだ。
ようは、勇者たちがやりたがらない汚れ仕事をやらせるために、体よく『勇者』という名を冠し、一般市民から広く奴隷を募集しているだけに過ぎない。
ゴッドスマイルの息子たちは、そんな彼らを『偽勇者』と呼んであざ笑っている。
しかし『偽勇者』たちは、いつしか自分も本物の勇者の仲間入りをしてやると、無垢なる心をすり減らし、今日も搾取され続けている。
ちなみにゴージャスマートの店員もすべて勇者の扱いとなっているが、大天級以上でないと店長にはなれないので、『偽勇者』は万年ヒラ店員である。
もちろん何の権力もなく、しかも給料は普通に働くよりずっと安い。
『いつか本物の勇者になれるかも』という淡い期待だけの、完全なる『やりがい搾取』であった。
『報道関係の仕事』と言いつつも、新聞配達をやらされているような毎日。
『放送関係の仕事』と言いつつも、ずっと箱を包み紙でくるむだけの毎日。
ゴルドウルフからの勧誘になびく者がいても、おかしくはなかろう。
そこでシュル・ボンコスが対抗案として生み出したのは、『偽勇者』を本当に『勇者』にしてしまうということであった。
「しゅるしゅる、もちろん全員とは言いません。たったひとり、たったひとりだけでよいのです。そうすれば、がんばれば本当に勇者になれるのだと思い込んで、多くの者たちが戻ってくることでしょう。そのうえ心を入れかえて、『ゴージャスマート』のために尽くしてくれることでしょう」
この提案に、ボンクラーノの部下である重役勇者たちは、声を揃えて反対した。
「そんな、下賤な者たちを勇者にするなど、許されるはずもないだろう!」
「そうだ、伝統と血統に培われてきた勇者一族を、穢すつもりかっ!?」
「それにそんなことを言って、ドサクサまぎれに自分も勇者になろうとしているのであろう!」
「どこの馬の骨ともわからぬ者など、我らの血族に入れるわけにはいかん! 失態を犯したらどうするつもりなのだ!?」
しかしシュル・ボンコスは、しゅるしゅると笑う。
「まさに、そこなのですよ。『仮の昇格』ということにしておいて、勇者としての権限が抑制された立場にするのです。たとえば、『発言の絶対真実』の権限を抑制しておけば、どんな失態があっても、すべてその者の責任にできる……! それどころか、関係ない失態も何もかも、すべて押しつけることができるのです……!」
『発言の絶対真実』というのは、勇者の言うことには嘘偽りがない、というもの。
決定的な証拠を押えるか、または自白をさせることができなければ、勇者が罪に問われないのもこの権限があるためである。
「仮に、その者が活躍した場合でも、手柄をすべて横取りすることができます。あとは『スラムドッグマート』を潰した頃に、適当な理由を付けて、その者を堕天させてしまえばよいのです。きっと下々の者たちは、こう思うことでしょう」
せっかく勇者様たちが情けをくださって、あの者を勇者として取り立ててくださったというのに……。
あの者ときたら足を引っ張るばかりで、勇者様のお心遣いに後ろ足で砂をかけてしまった……!
どうやら、我々は誤解していたようだ……。
勇者様というのは、ゴッドスマイル様の血筋だから、勇者様になったのではない……!
真に優秀なお方だったからこそ、勇者様だったのだ……。
今回、あの役立たずと比較できたことで、勇者様の偉大さが再認識できた……!
と……!
シュル・ボンコスは、二兎を追い、三兎を仕留める男であった。
ゴージャスマートからの人材流出を引き留めるばかりか、これからも続くであろうボンクラーノの失態の押しつけ先を確保し……。
そのうえ、勇者組織全体のイメージ向上をも、図ろうというのだ……!
それは一石三鳥の妙案であった。
しかし、ひとつだけ問題がある。
もし実際にやるとなったら、勇者組織の上層部を動かさなくてはならない。
たとえかりそめとはいえ、一般市民を組織の中に組み込むのは、それほどの一大事だったのだ。
もちろんシュル・ボンコスは、そのあたりもちゃんと考えていた。
彼はボンクラーノのそばに近づくと、蛇が舌をチロチロと出し入れするように、囁きかける。
……この大胆かつ、斬新な制度は、並大抵の勇者では、なし得ることなど不可能でしょう。
しかしボンクラーノ様であれば、たやすいこと……。
調勇者のトップである、お父様……。
ブタフトッタ様におねだりすれば、よいだけの話なのですから……!
想像してみてください。
ボンクラーノ様が今回の新しい制度を発表したら、民衆はどんな反応を示すのかを……。
間違いなく、ボンクラーノ様を大いに賞賛することでしょう……!
勇者の門戸を、大きくこじあけた革命児として……!
しゅるしゅる、ふしゅるしゅるる、しゅふるるる~~~~!
するとボンクラーノは、「革命児……!?」と色めきたった。
このお坊ちゃまはお坊ちゃまで、自分なりの功績に飢えていたのだ。
そのあとは、一も二もなかった。
「ボンっ! ボンはこれより、革命児になるボンっ! 重役たちよ! 今すぐにでも、偽勇者を召し抱えることを発表するボンっ! それと店員のなかから、適当なのを見繕っておくボンっ!」





