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嫉妬と名前で幸せに

「はぁ……」


 普段から生徒も先生も使わない西棟のとある空き教室で、燃えるような赤髪の男子生徒はため息を深く吐き出す。

 これでため息は何度目なのだろうか。私は男子生徒、玖珂陸翔先輩にツッコミたくなったが何も言わなかった。

 何も言えないのは玖珂先輩の雰囲気が怖いからだ。何かを諦めたような、何かを怒っているような雰囲気で言葉を自分から発することが出来ない。


「なぁ、海砂」

「はっはい、なんでしょうか!」


 何が原因で玖珂先輩が怒っているのか分からないが、怒った彼は怖い。なにせ、玖珂陸翔という生徒は学校で問題児扱いされているんだ。

 イケメンなのに問題児なので女子生徒からは遠目から見られる。男子生徒からは恐れられている。先生からは成績はいいが生活態度が駄目だと評価されている生徒だ。

 そんな玖珂先輩は自分で言うのもアレだが、私の彼氏さんでもある。ただ怖いだけの問題児なら玖珂先輩のことは好きになんてならなかっただろう。でも、私は玖珂先輩のことを好きになった。

 玖珂先輩は不器用だ。本当は優しくて仲間思いの人なのに誤解されやすい。ただ不器用で意地悪なだけなんだ。

 優しいけど不器用な人。私のことを最初は嫌っていたのに今は好きになった。


「そう思うとなんだか不思議ですね」

「……はっ?」


 思い出に浸かっていたら、心の中だけで呟いた言葉がつい口に出ていた。

 不機嫌だった顔が更に不機嫌なる。眉が寄り、私を睨む顔が怖い。

 椅子に座って腕を組んでいる玖珂先輩に一言申し上げたい。あなたはどこのマフィアですか!と。

 これで玖珂先輩の恰好が制服ではなく、サングラスにスーツだったらと思うだけで身震いする。格好いいと似合うのだが、どっからどう見てもきっとマフィアにしか見えないのだろうな。


「何が不思議なんだ?」

「すみません、ちょっと思い出に浸ってました」

「……はぁ」


 やっぱり何度目か分からないため息を吐き出し、玖珂先輩はめんどくさそうに前髪を掻き上げる。イケメンは何をしてもイケメンだ。

 前髪を掻き上げる玖珂先輩は格好いい。怖そうな雰囲気を醸し出しているのにそれがいい感じになっているんだ。

 それに玖珂先輩はモテる。その整った顔立ちでモテない訳がない。モテるのに女子生徒は怖いから近付いて来ない。ここの生徒は観賞用として玖珂先輩を見ているんだ。


 だけど、もしも玖珂先輩が女子生徒に私に対するような態度をしたとしよう。そうすれば玖珂先輩に言い寄る女子生徒は増えるだろう。

 女の子はみんな可愛い。みんな可愛いから玖珂先輩は私を選んでくれなかったかもしれない。そう思うと心が痛む。いつまでもこのままの玖珂先輩でいてほしいと勝手に願うのだった。


「アンタはまたバカなことでも考えてんのか」

「えっ?」


 いつの間にか、少し距離があったというのに玖珂先輩はその距離を縮めていた。

 目をパチパチさせる私の額にデコピンをする。小さな痛みが額に広がった。

 額を両手でさすりながら玖珂先輩を見つめてみた。そうするとまた玖珂先輩はため息を吐き出す。


「そんなにため息ばっかりだと幸せ逃げますよ?」


 かなり前に玖珂先輩ではなく担任に言った言葉を言ってみる。それでも玖珂先輩はため息を吐き出すのだった。

 今は特に怒った様子はない。ただ呆れた様子で私を見ていた。


「アンタはバカで鈍感でアホで、ダメな人間だな」

「なっ!」


 そんなことは言われなくても分かっている。成績は悪いし、美人じゃないし、駄目な人間だとは思うがこの場で言うようなものなのか。

 子どもぽく頬を膨らまかすと玖珂先輩はフッと笑みを零す。その笑みに心臓が高鳴りをみせた。


「アンタはバカなことを考えるな」

「嫌でも考えますよ。玖珂先輩に綺麗な女性が近付いてきたらと思うと……」

「捨てられると思ったのか?」

「それは、まぁ」


 口に手を当て笑いを堪えている玖珂先輩に殺意が目覚める。私はそのことでさっき悩んでいたのになんということだ。

 まぁ、さっきというか。ものの数秒考えただけなのだが。

 なにせ、私の本当の悩みは玖珂先輩が何に対して怒っているのか、呆れているのかだ。


「オレは一途だ。何事にも一途で一生懸命だ」

「……っ、うそだ」


 玖珂先輩は真剣な表情で囁きかけた。

 心臓が激しく高鳴ったのを悟られないように否定の言葉を述べる。それに玖珂先輩は整った唇を歪めるだけだった。


「うっ、玖珂先輩は意地悪です!」

「アンタにだけ意地悪なだけだ」

「結局、玖珂先輩は何に対して怒ってたのかさえも私は分かりません!」


 馬鹿正直に勢いでそれだけ言葉を言ってしまった自分を殴り倒してしまいたい。さっきまでは意地悪なだけの玖珂先輩だったのに急に不機嫌になる。

 あぁ、さっきの言葉は逆効果だった。そう思うが、もう遅いことくらい分かっている。


「名前」

「へっ?」

「オレの名前呼べよ」


 玖珂先輩の名前は玖珂先輩じゃないのか。だから私は勢いよく「玖珂先輩!」と叫んだ。

 今日は玖珂先輩の名前を呼んでなかったのか。そうだったのか。

 そう結論付けたが、玖珂先輩は思いっきりため息を吐き出した。


「アンタはやっぱりバカで鈍感で最低な女だな」

「えっ、名前呼びましたよ?」

「普通は名前って言われたら……はぁ、もういいか」


 玖珂先輩の別の名前と言われたらアレのことか。問題児とか、そういう名前のことなのか。

 いや、それはないだろう。多分だが「陸翔」ではないのか。


 なぜ、名前で怒るのだろう。そう考えるが玖珂先輩が不機嫌になる前に私達は楽しく談笑していた。

 そう、その話していた内容が確か愛莉姫と終壱くんの兄妹のことを話していたんだ。文化祭後の二人の歩み寄りを玖珂先輩に話していたんだ。

 途中で玖珂先輩が「終壱くん、か」と呟いたのを聞いた気がする。

 もしかして、もしかしなくても、これは嫉妬というものではないのか。私が知らない誰かに玖珂先輩を取られるという恐怖と同じで玖珂先輩もそう思っていたのかもしれない。

 そう考えると嬉しくなってくる。「陸翔」と玖珂先輩を呼ぶのは恥ずかしいが、一回だけならなんとかなるだろう。

 よし、頑張るんだ自分!とパシンッと自分の頬を叩いた。


「り、り、りくと……せんぱい?」


 気合で名前を呼ぶと玖珂先輩はフッと笑みを零して、私の頭を優しく乱暴に撫でてくれた。それが幸せで嬉しくて、笑みを浮かべるのだった。

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