第七話 三十日の猶予
応接室には重い沈黙が流れていた。
机の上には差押え対象を記した書類が広げられ、その一番上には赤い文字で期限が書かれている。
エレノアは書類から目を離せなかった。
「……やはり、猶予はいただけませんか。」
レオンは静かに首を横へ振る。
「お気持ちは理解します。」
「ですが、それと法は別です。」
「納税は領主の義務。」
「徴収は私の義務。」
「そのために私はここへ来ました。」
感情はない。
ただ、事実だけを積み重ねる口調だった。
ガイルは苛立ちを隠さず腕を組む。
「お前は、この領地がどうなってもいいのか。」
レオンは視線をガイルへ向ける。
「逆です。」
「私が情に流されれば、真面目に税を納めている領地へ顔向けできません。」
「法は平等でなければ意味がない。」
その言葉に、ガイルは返す言葉を失った。
正論だった。
だからこそ厄介だった。
それまで黙っていた桐生が、静かに口を開く。
「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」
「どうぞ。」
「あなたは、この領地から何を持ち帰るつもりですか。」
レオンは怪訝そうに眉を動かした。
「税です。」
「では、港は必要ありませんか。」
「……質問の意図が見えません。」
桐生は差押え一覧を指差した。
「港を差し押さえれば、この領地の物流は止まります。」
「商人は離れる。」
「税収も落ちる。」
「短期的には回収できます。」
「ですが、その後はどうでしょう。」
レオンは桐生を見つめたまま答えない。
「あなたは法を守る人です。」
「だからこそ考えているはずです。」
「税を回収することと、税を生み出すこと。」
「どちらが、この国の利益になるのか。」
部屋の空気が変わった。
レオンは初めて帳簿から手を離す。
「あなたは……面白い視点をお持ちですね。」
「多くの者は減税を求めます。」
「あなたは未来の税収を語る。」
「私はお願いをしているわけではありません。」
桐生は静かに言う。
「提案をしています。」
「この領地は変わります。」
「港も変わり始めました。」
「もう少しだけ時間をいただければ、税を払える領地にできます。」
レオンは椅子にもたれ、小さく息を吐いた。
「もし、それが事実なら。」
「王都にとっても悪い話ではありません。」
沈黙が流れる。
エレノアは固唾を呑んで見守っていた。
やがてレオンは一枚の書類を取り出し、桐生の前へ滑らせる。
「三十日。」
「それが私に与えられた裁量の限界です。」
「三十日以内に、税を納められる見込みを示してください。」
「できなければ。」
レオンは書類を閉じる。
「私は職務を全うします。」
桐生は書類を手に取り、期限へ目を落とした。
三十日。
短い。
だが、不可能ではない。
静かに顔を上げる。
「十分です。」
「三十日あれば、この領地は変えられます。」
レオンはその言葉を否定しなかった。
「その自信が本物かどうか。」
「三十日後、確かめさせていただきます。」
その瞬間、桐生の中で一つの歯車が噛み合った。
港を立て直すことは目的ではない。
税を払うことすら目的ではない。
この領地が、自分の力で稼げる仕組みを作ること。
それが、本当の戦いの始まりだった。




