第六話 最初の仲間
ヴァレンス商会の応接室。
窓の外では、先ほど出港した船が水平線の向こうへ消えていく。
誰も口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのはリディアだった。
「支配人。」
「はい。」
「今日、どれくらい早く終わりましたか。」
支配人は帳簿をめくりながら答える。
「第五岸壁だけで二刻ほど短縮されています。」
「他の岸壁も荷馬車の滞留が解消しました。」
「……信じられません。」
リディアは小さく息を吐く。
「私たちは港を広げることばかり考えていました。」
「倉庫を増やす。」
「人を雇う。」
「船を増やす。」
「ですが、あなたは違った。」
桐生は首を振る。
「私は何も作っていません。」
「流れを整えただけです。」
リディアは苦笑する。
「それが一番難しいのです。」
◇
商会を出た帰り道。
エレノアは興奮を隠せなかった。
「すごかったです!」
「港のみんな、本当に動きが変わっていました!」
ガイルも腕を組みながら笑う。
「俺はてっきり商人を説得するだけかと思っていた。」
「まさか現場へ飛び込むとはな。」
桐生は少しだけ空を見上げた。
「現場を見ない提案は、だいたい失敗します。」
「現場には必ず答えがあります。」
その言葉に、エレノアは感心したように頷く。
だが、その表情はすぐ曇った。
「でも……。」
「これで領地は助かるんでしょうか。」
桐生は歩みを止めた。
「いいえ。」
「まだ何も解決していません。」
二人が驚く。
「港が速く回るようになっても、お金は突然増えません。」
「商人が儲かる仕組みはできました。」
「でも、領地はまだ儲かっていない。」
ガイルが眉をひそめる。
「何が違う。」
「利益を受ける人です。」
桐生は港を振り返る。
「今、得をしたのは商人です。」
「領地は一枚も金貨を受け取っていません。」
エレノアはハッとする。
「確かに……。」
「だから次です。」
「次?」
桐生は静かに笑う。
「リディアさんは商人です。」
「利益にならないことはやらない。」
「逆に言えば。」
「利益になるなら、必ず動く。」
◇
その頃。
ヴァレンス商会。
リディアは一人、港を眺めていた。
「リディア様。」
支配人が帳簿を持って入ってくる。
「今日だけで終わらせますか?」
「……いいえ。」
「明日からも続けます。」
支配人は驚いた。
「ですが、人件費が増えます。」
「ええ。」
リディアは静かに笑う。
「それ以上に儲かりますから。」
帳簿を閉じる。
「それより問題があります。」
「問題?」
「港が速くなれば、今まで以上に商品が集まります。」
「倉庫が足りません。」
「護衛も足りません。」
「宿も足りない。」
支配人は目を見開いた。
「それは……。」
「新しい商売になります。」
リディアは窓の外を見つめる。
「桐生誠。」
「あなたは港を変えたんじゃない。」
「商売を増やしてしまった。」
◇
その日の夕方。
城へ戻った桐生たちを、一人の兵士が待っていた。
「領主様!」
「王都から使者が来ています!」
兵士の表情は青ざめている。
「王都?」
エレノアが息を呑む。
「何の用ですか?」
兵士は震える声で答えた。
「税の徴収官です。」
「滞納した税を回収しに来ました。」
桐生の表情が変わる。
港を立て直す時間はできた。
だが、王都は待ってくれない。
城門の向こうには、豪華な紋章を掲げた馬車が静かに停まっていた。




