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第五話 一日を一隻増やせ

「全員、その場を動くな!」


 ガイルの怒声が港中に響いた。


 怒鳴り合っていた商人も、荷役夫も、一瞬だけ動きを止める。


 その隙に桐生は岸壁へ歩き出した。


 崩れた荷の前でしゃがみ込み、周囲を見回す。


「荷役責任者は誰ですか。」


 一人の男が前へ出る。


「俺だ。」


「第五岸壁だけで何人います?」


「三十人だ。」


「全員、この船の荷下ろしですか。」


「当たり前だろ。」


 桐生は首を横に振った。


「違います。」


「違う?」


「半分、隣の船へ回してください。」


 その場が静まり返る。


「何を言ってる!」


 支配人が声を荒らげる。


「今、人を減らしたら余計に遅くなる!」


「そう思いますよね。」


 桐生は笑わない。


「だから今まで変わらなかった。」


 荷役責任者も腕を組む。


「兄ちゃん、現場を知らねぇな。」


「荷物は勝手に降りてこない。」


「ええ。」


 桐生はあっさり頷いた。


「でも船も、勝手には出港しません。」


 そう言って港の奥を指差す。


「見てください。」


 一同が視線を向ける。


 荷下ろしを待つ船。


 荷を積み終えたのに出港できない船。


 荷馬車が詰まり、身動きの取れない広場。


「港は一本道です。」


「一番遅い場所が、全部を止めています。」


 リディアの表情が変わる。


「……第五岸壁だけの問題ではない。」


「はい。」


「港全体の問題です。」


 桐生は荷役責任者へ向き直った。


「あなたを責めているわけではありません。」


「あなたは自分の仕事を最優先にしている。」


「それは正しい。」


「でも港全体を見る人がいない。」


 荷役責任者は黙った。


 桐生は続ける。


「第五岸壁は後回しです。」


「え?」


 誰かが声を漏らした。


「先に第三岸壁を空けます。」


「荷馬車を流す。」


「道が空く。」


「そうすれば第五岸壁の荷も流れ始める。」


 支配人は納得できない顔で言う。


「遠回りでは?」


「遠回りです。」


 桐生は即答した。


「でも、一番早い。」


 リディアはしばらく港を見つめていた。


 そして静かに命じる。


「……やってみなさい。」


 支配人が驚く。


「リディア様!」


「失敗した責任は私が取ります。」


「ですが……。」


「命令です。」


 数分後。


 荷役夫が半数移動した。


 第三岸壁の荷が一気に流れ始める。


 詰まっていた荷馬車が、一台、また一台と港の外へ出ていく。


「あれ……。」


 荷役責任者が目を丸くした。


「道が空いたぞ!」


「第五岸壁も流れ始めた!」


 止まっていた荷車が動き出す。


 船員たちの怒鳴り声は、いつの間にか作業の掛け声へ変わっていた。


「帆を上げろ!」


「出港準備!」


 一隻目の船がゆっくりと岸壁を離れる。


 港中から歓声が上がった。


 ガイルは豪快に笑う。


「ははは! 本当に動いたぞ!」


 エレノアも思わず拍手をする。


「すごい……。」


 だが桐生だけは船ではなく、リディアを見ていた。


 彼女は出港する船を見送りながら、小さく呟く。


「半日は早いですね。」


「ええ。」


 桐生は隣に立つ。


「船が半日早く着けば、商人は半日早く売れます。」


「売れば、次の商品を仕入れられる。」


「一年続けば、一度多く商売ができるかもしれません。」


 リディアはゆっくり桐生を見る。


「だから……時間。」


「時間を節約する話ではありません。」


 桐生は首を横に振る。


「時間を利益に変える話です。」


 リディアは静かに笑った。


 その笑みは、初めて商人としてではなく、一人の経営者として向けられたものだった。


「桐生誠。」


「あなたの商売に、乗りましょう。」


 港を吹き抜ける潮風は、三日前よりも少しだけ心地よく感じられた。


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