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第四話 商人の試験

 三日後。


 桐生たちは約束どおりヴァレンス商会を訪れていた。


 前回と違うのは、応接室の人数だった。


 リディアの隣には支配人と番頭。


 壁際には帳簿係が二人。


 机の上には港の地図と、何冊もの帳簿が並んでいる。


 桐生は思わず笑った。


「ずいぶんと物々しいですね。」


 リディアは紅茶を口に運び、静かに答えた。


「商売は信用で成り立っています。」


「得体の知れない話を、一人で聞くほど私は愚かではありません。」


「なるほど。」


「今日は試験ということですか。」


「ええ。」


 リディアは微笑んだ。


「私が納得すれば次へ進みます。」


「納得できなければ、ここで終わりです。」


 部屋の空気が張り詰める。


 ガイルが腕を組み、小声で呟いた。


「商談というより裁判だな。」


「似たようなものです。」


 桐生は苦笑した。


 銀行でも何度も経験した。


 融資を通すための稟議。


 反対意見が並ぶ役員会。


 数字だけでは動かない決裁者。


 違うのはスーツが鎧に変わっただけだ。


 リディアが切り出す。


「では始めましょう。」


「前回、あなたは『この港で一番無駄なのは時間だ』と言いました。」


「その理由を聞かせてください。」


 桐生はすぐには答えなかった。


 窓の外を見る。


 港には今日も船が並んでいる。


「リディアさん。」


「あなたは商売で一番大切なものは何だと思いますか。」


 支配人が鼻で笑う。


「利益でしょう。」


「信用です。」


 番頭が言う。


「商品です。」


 帳簿係が続ける。


 リディアは少し考え、


「状況によります。」


とだけ答えた。


 桐生は満足そうに頷いた。


「だから、この商会は大きくなれた。」


 支配人が眉をひそめる。


「質問しているのはこちらですが。」


「ええ。」


 桐生は穏やかに笑う。


「ですが、答えは皆さんの中にあります。」


 その瞬間だった。


 部屋の扉が勢いよく開いた。


「リディア様!」


 若い商人が息を切らして飛び込んでくる。


「大変です!」


「第五岸壁で荷役が止まりました!」


 部屋の全員が立ち上がる。


「原因は!」


「分かりません!」


「商人同士が順番で揉めています!」


「船が三隻、足止めです!」


 リディアはすぐに立ち上がった。


「支配人、現場へ。」


「番頭は他の船へ連絡を。」


「はい!」


 全員が慌ただしく動き始める。


 その中で桐生だけが椅子から立たない。


 リディアが振り返る。


「行きますよ。」


 桐生は静かに尋ねた。


「一つだけ。」


「第五岸壁が止まると、他の岸壁も止まりますか。」


 リディアは怪訝そうな顔をした。


「ええ。」


「第五岸壁は一番大きな船が入りますから。」


「では急ぎましょう。」


 桐生は立ち上がる。


「今なら、まだ間に合います。」



 第五岸壁は怒号に包まれていた。


「先に荷を降ろせ!」


「契約違反だ!」


「順番を変えるな!」


 荷役夫が叫び、船員が怒鳴る。


 兵士まで駆り出されていた。


 ガイルが人混みを押し分ける。


「道を開けろ!」


 騎士団長の一声で、人波が割れた。


 リディアは険しい表情で現場を見る。


「またか……。」


 その一言が、桐生は気になった。


「また?」


「月に何度もあります。」


「忙しい日は決まってこうなる。」


 桐生は返事をしない。


 荷物を見る。


 人を見る。


 船を見る。


 いや――。


 人の視線を見ていた。


 誰もが誰かの指示を待っている。


 怒鳴っている者も。


 走っている者も。


 結局は、判断を他人に委ねている。


 桐生は小さく笑った。


「見つけました。」


 リディアが振り向く。


「何をです?」


「時間を盗んでいる犯人です。」


 リディアは目を細める。


「犯人?」


「ええ。」


 桐生は港全体を見渡した。


「犯人は、人でも船でもありません。」


「この港の”ルール”です。」


 リディアは何も言わない。


 だが、その瞳から試す色は消えていた。


 代わりに宿ったのは、初めて見る好奇心だった。


「……続けてください。」


 桐生は首を横に振る。


「いいえ。」


「続きは現場で証明します。」


 そう言って、ゆっくりと第五岸壁へ歩き出した。

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