第五十五話 止める前に
「セレナ!」
ガイルが腕を掴む。
「大丈夫か!」
「離してください」
「でも――」
「魔力を吸われているだけです。腕を掴んでも止まりません」
「じゃあどうすりゃいい!」
「それを調べに来たんでしょう!」
「元気じゃねぇか」
「怒っているだけです!」
セレナの指先から伸びる。
細い青い光。
グラナへ向かっている。
カイルが舵を切った。
「街に近づくほど強くなってねぇか?」
「はい」
「じゃあ近づくのやめる?」
ガイルが聞く。
「馬鹿ですか?」
「何で俺だけ毎回怒られるんだよ」
カイルが笑う。
「日頃の行いだろ」
「お前に言われたくねぇ!」
「二人とも!」
セレナが叫ぶ。
「前!」
港。
赤く光る街。
その手前。
何十隻もの小舟が。
一斉に外へ出てくる。
「避難船か?」
「違う」
カイルの顔が変わる。
「沈むぞ」
「何?」
「乗せすぎだ!」
一隻。
大人。
子供。
老人。
荷物。
船縁ぎりぎりまで沈んでいる。
「黒鴎団!」
カイルが叫ぶ。
「救助!」
「赤鷲団にも合図しろ!」
「グラナへ行くのは!?」
「人が沈んでから調べても意味ねぇだろ!」
船が。
避難船へ向きを変えた。
◇
「荷物を捨てろ!」
「嫌だ!」
「沈むぞ!」
「これが全部なんだ!」
男が木箱を抱えている。
「家も工房も置いてきた!」
「これまで捨てたら――」
カイルが。
木箱を奪った。
「何する!」
海へ。
投げた。
「てめぇ!」
「命より高ぇ箱なら」
「後で俺が拾ってやる!」
「だから今は乗れ!」
男が固まる。
「早くしろ!」
黒鴎団の船員が。
子供から移していく。
赤鷲団も。
別の小舟を横付けした。
「バルガス!」
「何だ!」
「そっち何人!」
「四十!」
「こっち三十二!」
「まだ来るぞ!」
「見りゃ分かる!」
ガイルは。
二隻の間に板を渡す。
「一人ずつ!」
「走るな!」
「子供から!」
「おい!」
逃げてきた男を捕まえる。
「街の中どうなってる!」
「工房街が一番ひどい!」
「地下に近いところから」
「魔法使いが倒れてる!」
「死んだのか?」
「分からない!」
「意識がなくなって」
「身体が冷たくなってる!」
「財務院は?」
「昨日来た!」
「何人!」
「二十人くらい!」
「今は?」
「見てない!」
セレナが。
膝をついた。
「おい!」
ガイルが駆け寄る。
「セレナ!」
「……まだ」
「大丈夫です」
「全然大丈夫に見えねぇぞ!」
青い光。
さっきより。
太くなっている。
「私は」
「魔法を使えます」
「だから」
「普通の人より」
「吸われやすいのかもしれない」
「船に戻れ」
「嫌です」
「戻れ!」
「嫌です!」
「死ぬぞ!」
「ノルディアでは」
セレナが。
ガイルを睨む。
「これより弱い現象が」
「三日前から起きてるんです!」
「私が見なければ」
「誰が持ち帰るんですか!」
ガイルが。
黙った。
「……分かった」
「ただし」
「歩けなくなったら」
「俺が担いで帰る」
「嫌です」
「そこは従え!」
◇
救助を終え。
二隻は。
グラナ港へ入った。
異様だった。
人がいない。
荷物が散乱している。
工房の炉は。
火が消えている。
道路には。
黒くなった魔石。
「これ全部?」
ガイルが拾おうとする。
「触らないで」
セレナが止める。
「もう空です」
「空?」
「魔力がありません」
ガイルが石を見る。
「ただの石?」
「おそらく」
カイルが。
しゃがむ。
「車輪跡」
「新しい?」
「ああ」
「でかい馬車が何台も」
「どっちへ?」
「工房街」
セレナが。
桐生から渡された紙を開く。
一。
魔力がどこから抜けているか。
二。
誰が施設を管理しているか。
三。
いつから異常が起きたか。
四。
何を止めれば流出が止まるか。
五。
止めた場合に誰が困るか。
「一つずつ」
「確認しましょう」
ガイルが剣を抜く。
「分かった」
「何を?」
「まず」
「財務院の連中を探す」
「それは二番目です」
「似たようなもんだろ」
「全然違います!」
◇
工房街。
「止まれ!」
声。
建物の影から。
十人ほど。
武装した男たち。
王国兵ではない。
胸元には。
工房組合の印。
「誰だ!」
「アストラから来た」
「帰れ!」
「話を聞きたい」
「帰れ!」
「街を助けに――」
「王都の連中も」
「そう言った!」
ガイルが止まる。
「王都?」
「昨日」
「財務院の役人が来た!」
「地下設備を止めると言って!」
「古い工房を閉鎖した!」
「その夜からこれだ!」
「そいつらはどこにいる?」
「知らない!」
「地下へ入ったまま」
「戻ってない!」
セレナが聞く。
「地下設備は」
「誰が管理していました?」
「知らねぇよ!」
「知らない?」
「俺たちは」
「魔石を加工してるだけだ!」
「地下なんか」
「王国の施設だって聞いてた!」
別の男が言う。
「違う!」
「クロイツ商会の施設だ!」
「何?」
「親父から聞いた!」
「昔はクロイツが管理してた!」
「いや」
「王家だ!」
「違う!」
誰も。
正確に知らない。
ガイルが。
低く呟く。
「……桐生が嫌がりそうな街だな」
「何がです?」
「誰が何やってるか」
「誰も知らねぇ」
「珍しく正しいこと言いますね」
「珍しくは余計だ」
◇
地下への入口は。
七つあった。
七つの工房組合。
それぞれの地下。
「全部繋がってる?」
「昔は」
老人が答える。
工房組合の一人。
名は。
マルコ。
「今は?」
「壁を作った」
「なぜ?」
「組合同士で」
「盗んだ盗まれたがあってな」
「何を?」
「技術だよ」
「加工方法」
「職人」
「魔石」
「だから」
「地下通路を全部塞いだ」
セレナが。
嫌な顔をする。
「元々は一つの施設だった?」
「多分な」
「誰が作った?」
「知らん」
「何年前?」
「俺が生まれる前からだ」
「七十年以上?」
「もっとだ」
ガイルが。
壁を叩く。
「壊すか?」
「まだです!」
「何でだよ」
「桐生さんの四番目」
「何を止めれば流出が止まるか」
「それを確認するまで」
「壊しません」
「面倒だな」
「あなたが壊すから」
「確認が必要なんです」
「信用ないな」
「ありません」
◇
最初の地下。
空。
二つ目。
古い配管。
三つ目。
大量の空になった魔石。
「これ」
セレナが止まる。
床。
青かったはずの石が。
すべて黒い。
「ここから」
「吸われた?」
「違います」
「では?」
「ここに」
「集めていた」
壁。
古い文字。
セレナには読めない。
だが。
記号。
矢印。
「流れが」
「下に向かってる」
「もっと地下?」
「はい」
「入口は?」
「見当たりません」
ガイルが。
床を見る。
「じゃあ」
「壊すか?」
「……今回は」
「お願いします」
「よし!」
「嬉しそうですね」
「俺の仕事だからな!」
剣。
一撃。
床が割れる。
「うおっ!」
「ガイル!」
下が。
空洞だった。
床が崩れる。
三人。
落ちる。
「だから!」
セレナの叫びが。
地下へ響いた。
◇
「痛ぇ……」
「だから言ったでしょう!」
「壊せって言ったのお前だろ!」
「程度というものが!」
「先に言え!」
「静かにしろ」
カイルが。
灯りを上げる。
巨大な空間。
古代施設。
だが。
アストラとは違う。
壊れている。
壁。
配管。
柱。
中央には。
巨大な穴。
そこから。
赤い光が。
さらに地下へ伸びている。
「これか」
セレナの身体から伸びる青い光も。
穴へ。
吸い込まれている。
「近い」
「何が?」
「流出源です」
そして。
床。
「人がいる」
財務院の制服。
一人。
二人。
五人。
倒れている。
「生きてる!」
ガイルが。
一人を起こす。
「おい!」
「聞こえるか!」
「……止め……」
「何?」
「止める……つもりだった……」
「何を?」
「下の……装置……」
「誰に命令された?」
「財務……卿……」
ガイルたちが。
顔を見合わせる。
「グレゴール?」
「死んだんじゃねぇのか」
「それは」
「老人の証言だけです」
セレナが言う。
「いつ命令を?」
役人の胸倉を掴む。
「……二十年前」
「は?」
「命令書が……あった……」
「保管庫に……」
「異常時は」
「七工房を閉鎖し」
「地下装置を」
「停止せよ……」
「二十年前の命令?」
「そう……だ」
「誰の署名?」
役人の唇が。
震える。
「グレゴール……クロイツ」
セレナが固まる。
「二十年前から」
「この事態を想定していた?」
役人は。
首を振る。
「違う……」
「何が?」
「俺たちは」
「止める場所を」
「間違えた……」
「……何?」
「装置を止めたら」
「流れが」
「逆に……」
赤い光。
脈打つ。
ドクン。
地下全体が。
揺れた。
「下だ!」
ガイルが立ち上がる。
「行くぞ!」
「待って!」
セレナが。
役人を見る。
「まだ聞くことが――」
「セレナ」
カイルが止めた。
「五番目」
「え?」
「止めたら」
「誰が困るか」
セレナが。
紙を見る。
役人が。
苦しそうに笑った。
「全員……だ」
「どういう意味?」
「グラナの工房は」
「ただ魔石を加工してたんじゃない」
「ここで」
「余った魔力を」
「逃がしてた……」
「逃がす?」
「何のために?」
「王都へ」
「流れすぎないように……」
沈黙。
「グラナは」
「加工都市じゃない」
役人が。
穴を指す。
「逃がし弁だ……」
「それを」
「俺たちは」
「閉じた」
セレナの顔色が変わる。
「じゃあ今」
「逃げられなくなった魔力は?」
赤い光が。
穴から。
一気に上へ走る。
「王都へ……」
◇
同じ頃。
アストラ。
中央船。
イリアが。
突然立ち上がった。
「何だ?」
王が聞く。
古代地図。
南方。
赤い線。
それが。
消えた。
「止まった?」
桐生が聞く。
「違う」
イリアの顔が。
初めて。
明確な恐怖を浮かべる。
「経路が」
「切り替わった」
「どこへ?」
地図。
赤い光が。
グラナから。
北へ。
一直線。
王都。
「……陛下」
ヴァルターが立ち上がる。
「王都です」
「分かっている」
「どれくらいで?」
桐生が聞く。
イリアが。
光を追う。
「この速度なら」
「六時間」
「六時間!?」
王が。
護衛へ向く。
「高速船を出せ!」
「陛下!」
「王都へ戻る!」
「待ってください!」
桐生が止める。
「何だ!」
「戻って」
「何するんです?」
王が止まる。
「民を避難させる!」
「何人?」
「……」
「王都って」
「何人いるんです?」
「十二万だ」
「六時間で?」
「なら見捨てろと言うのか!」
「違います!」
桐生も。
声を上げる。
「王様が戻れば」
「十二万人が逃げられるんですか!」
「それとも」
「王様がいるから」
「避難命令が出せるんですか!」
王が。
桐生を見る。
「……出せる」
「王様しか?」
「いや」
「では」
桐生が。
ヴァルターを見る。
「王都へ」
「最速で命令を送る方法は?」
「海軍の伝令船」
「何時間?」
「二時間半」
「鳥は?」
「一時間」
「じゃあ鳥」
「避難開始」
「地下施設から離れる」
「魔石を集積しない」
「工房停止」
「あと」
イリアを見る。
「何をすればいい?」
「王都の中継施設を」
「切り離せ」
「誰ができる?」
「管理者権限が必要だ」
「エレノア様?」
「中央権限なら」
「そうだ」
桐生が。
エレノアを見る。
「できます?」
「やります」
「場所は?」
王が答える。
「王城地下だ」
「……また地下」
桐生が呟く。
「何だ?」
「最近」
「地下に行けば大体何かあるなと」
「行くぞ」
王が歩き出す。
「今から!?」
「六時間しかないんだろう!」
「船で戻って間に合います?」
「王家の高速船なら」
「四時間」
イリアが首を振る。
「遅い」
「じゃあどうする!」
その時。
海面。
巨大な影。
「……あ」
桐生が。
見覚えのある形に気づく。
魚。
古代の。
巨大な魔導構造体。
海面から。
ゆっくり顔を出す。
王が。
絶句した。
「何だあれは」
桐生が。
少し嫌な顔をする。
「乗り物です」
「乗り物?」
「めちゃくちゃ酔いますけど」
魔導魚が。
桐生の前で。
頭を下げた。
「王都まで」
「二時間くらいです」
王が。
巨大魚を見る。
桐生を見る。
もう一度。
巨大魚を見る。
「……乗るのか?」
「はい」
「これに?」
「はい」
「王が?」
「嫌なら船で」
「乗る!」
エレノアが。
思わず笑った。
だが。
桐生は笑わなかった。
グラナ。
王都。
アストラ。
三つの場所で。
同時に。
誰かが判断しなければならない。
もう。
一人が全部を見ることはできない。
「エレノア様」
「はい」
「王都」
「お願いします」
「桐生さんは?」
桐生は。
地図を見る。
グラナ。
赤い線。
その途中。
一か所だけ。
光が。
不自然に弱い場所。
「俺は」
「ここに残ります」
「何をするんです?」
桐生が。
リディアを見る。
「流れを」
「止めるんじゃなくて」
「分けられないか」
「探します」
リディアが。
少し笑った。
「ようやく」
「壊す以外の話になりましたね」
王都まで。
六時間。
グラナでは。
ガイルたちが。
さらに地下へ。
アストラでは。
桐生たちが。
地図を囲む。
そして。
王とエレノアは。
古代の魚に乗った。
誰も。
全体を支配しない。
だから。
それぞれが。
自分の場所で。
決めるしかなかった。




