第五十四話 誰を行かせる
「私が行く」
最初に言ったのはガイルだった。
「場所は?」
「王国南部。グラナだ」
王が地図を指す。
「馬なら?」
「三日」
「間に合わないじゃないですか」
「通常ならな」
ヴァルターが海岸線を見る。
「海路なら二日弱だ」
「それでも遅い」
イリアが言う。
「流出は加速している」
「では黒い船を使えば?」
セレナが聞いた。
全員がイリアを見る。
「一日」
「貸してください」
「断る」
「早いな」
ガイルが笑う。
「理由は?」
桐生が聞く。
「あの船は境界制御器から離れられない」
「離れると?」
「外部流入を抑えられなくなる」
「じゃあ無理ですね」
「待ってください」
リディアが地図を見ていた。
「そもそも」
「何をしに行くんです?」
ガイルが眉をひそめる。
「止めるんだろ」
「何を?」
「魔力を吸ってる何かを」
「それが何か分かってます?」
「……分からん」
「誰が動かしているかは?」
「分からん」
「壊していいかは?」
「分からん」
「じゃあ」
リディアが顔を上げた。
「剣を持って急いでも」
「壊してはいけないものを」
「最速で壊すだけかもしれませんよ」
「言い方」
「事実です」
ガイルが桐生を見る。
「何とか言え」
「俺もそう思います」
「お前まで!」
◇
中央船の上。
地図を囲んだまま。
会議が続く。
「まず」
エレノアが言った。
「グラナについて教えてください」
王が頷く。
「人口はおよそ三万」
「王国最大の魔石加工地だ」
「軍用だけですか?」
「違う」
「灯具、炉、治療器具、揚水機」
「王国中で使う魔道具の多くが」
「グラナを通る」
セレナが反応する。
「ノルディアにも?」
「輸出している」
「なら」
「私たちが買った魔石の一部も?」
「加工はグラナかもしれん」
リディアが聞く。
「誰が支配してるんです?」
「支配?」
「一番大きな商会」
「工房」
「土地」
「倉庫」
「輸送」
「全部です」
王が。
少し考える。
「一つではない」
「七つの工房組合がある」
「商会も複数」
「領主は?」
「王家直轄地だ」
「財務院は?」
沈黙。
「……魔石の流通管理に関わる」
「やっぱり」
桐生が呟く。
「クロイツ家は?」
「最大手の加工商会に出資していた」
「どれくらい?」
「そこまでは知らん」
「陛下でも?」
「王だから何でも知っていると思うな」
「すみません」
「いや」
王が苦い顔をする。
「知っておくべきだった」
エレノアが地図を見る。
「では」
「グラナへ行く人と」
「ここに残る人を」
「決めましょう」
桐生が顔を上げる。
「エレノア様が?」
「はい」
「私が決めます」
◇
「ガイルさん」
「おう」
「行ってください」
「任せろ」
「ただし」
「勝手に壊さないでください」
「……努力する」
「約束してください」
「分かったよ!」
「カイルさん」
「俺もか?」
「はい」
「海路が最速です」
「船と航路はお願いします」
「分かった」
「セレナさん」
「行きます」
「まだ何も言ってません」
「ノルディアの魔石も関係しています」
「私は現物を見ます」
「……お願いします」
エレノアが。
桐生を見る。
「桐生さん」
「はい」
「残ってください」
「え?」
「俺、行かない?」
「行きません」
「何で?」
「今」
「アストラに」
エレノアは周囲を見る。
王。
王国海軍。
ノルディア。
南方商業連合。
黒い船。
商人。
海賊。
「これだけの人が集まっています」
「はい」
「私だけでは」
「話をまとめられません」
「でも」
「グラナの方が――」
「桐生さん」
エレノアの声が強くなる。
「全部」
「自分で行かないでください」
桐生が止まる。
「ガイルさんがいる」
「カイルさんがいる」
「セレナさんがいる」
「ヴァルターさんからも」
「人を出してもらう」
「それで足りませんか?」
「……」
「信用できません?」
「いや」
「なら」
「任せてください」
ガイルが笑う。
「言われてんぞ」
「分かってます」
「顔が納得してねぇ」
「してますよ」
「嘘つけ」
リディアが。
小さく笑った。
「いい判断だと思います」
「リディアさんまで」
「桐生さん」
「あなた」
「自分が動く方が楽でしょう?」
桐生が。
言葉に詰まる。
「現地へ行けば」
「見て」
「聞いて」
「決められる」
「でも」
「今必要なのは」
「自分がいなくても」
「動く形を作ることです」
「……分かりました」
「本当に?」
「半分くらい」
「十分です」
◇
出発まで。
一時間。
カイルが船を選ぶ。
「大型船はいらねぇ!」
「黒鴎団の高速艇!」
「水と食料は二日分!」
「余計な荷物は降ろせ!」
バルガスが横から言う。
「俺の船の方が速い」
「寝言は寝て言え」
「競うか?」
「今?」
「今だ」
「二人とも!」
セレナの声。
「遊んでいる時間はありません!」
「遊んでねぇ!」
二人同時。
ガイルが笑う。
「仲いいな」
「殺すぞ」
「どっちが?」
「両方だ!」
結局。
黒鴎団一隻。
赤鷲団一隻。
二隻で向かうことになった。
ヴァルターは。
海軍から十名を出した。
「現地の王国施設へ入るには」
「これを」
書状をガイルへ渡す。
「何だ?」
「海軍による緊急調査命令だ」
「俺が持つの?」
「なくすなよ」
「子供扱いすんな」
「読めるか?」
「……桐生」
「俺行かないです」
「カイル」
「俺に振るな」
セレナが。
無言で書状を取った。
「私が持ちます」
「助かる」
ヴァルターが即答した。
「お前らな」
◇
「ガイルさん」
出航直前。
桐生が呼び止めた。
「何だ?」
「これ」
紙。
「質問?」
「ああ」
「現地で確認してほしいこと」
一。
魔力がどこから抜けているか。
二。
誰が施設を管理しているか。
三。
いつから異常が起きたか。
四。
何を止めれば流出が止まるか。
五。
止めた場合に誰が困るか。
ガイルが紙を見る。
「五つも覚えられん」
「紙渡してるでしょう」
「濡れる」
「セレナさんに渡してください」
「最初からそうしろよ」
「あと」
「まだあんのか」
「危なかったら」
「帰ってきてください」
ガイルが。
少し笑った。
「お前に言われるとはな」
「何が?」
「いや」
肩を叩く。
「任せろ」
船が離れる。
カイルが帆を張る。
「グラナまで!」
「一日で行くぞ!」
「二日弱じゃないのか?」
ガイルが聞く。
「俺が乗ってんだ!」
「理由になってねぇ!」
二隻は。
南へ消えていった。
◇
「さて」
リディアが言う。
「こちらはこちらで」
「面倒な方を片付けましょう」
「どれです?」
「全部です」
「ですよね」
中央船。
会議再開。
だが。
今度は。
リディアが机に。
三枚の紙を置いた。
「何です?」
「仮の約束です」
「もう作ったんですか?」
「船を待っている間に」
「早いな」
一枚目。
循環網に関する情報は。
参加者間で共有する。
二枚目。
単独で。
循環網。
古代施設。
魔導兵を。
軍事利用しない。
三枚目。
重要な操作は。
一国。
一領。
一組織だけでは決めない。
王が読む。
「これは」
「協定か?」
「まだ違います」
リディアが答える。
「約束するための」
「土台です」
「誰が破ったら?」
「そこを」
「これから決めます」
ダリオが笑う。
「商人らしいな」
「信用だけでは足りない」
「でも」
「罰だけでも続かない」
イリアが。
三枚目を見る。
「複数承認」
「はい」
「二十年前」
「エドワードと考えたものに近い」
「なら」
桐生が言う。
「続きを作りましょう」
イリアは。
すぐには答えなかった。
やがて。
「一つ条件がある」
「何です?」
「循環網の管理権限を」
「王国に渡さない」
王の護衛たちがざわつく。
「無礼だ!」
「ここは王国領だぞ!」
「だから危険だ」
イリアは。
王を見る。
「王は変わる」
「領主も変わる」
「善人が持つことを前提にした仕組みは」
「いつか壊れる」
王は怒らなかった。
「では」
「誰が持つ?」
「誰も持たない」
「それは無理でしょう」
桐生が言う。
「誰かは」
「操作する」
「なら」
「一人では操作できないようにする」
リディアが。
机を指で叩く。
「例えば」
「五人のうち三人」
「何?」
「王国」
「アストラ」
「ノルディア」
「利用者」
「そして」
イリアを見る。
「あなたたち」
「五者」
「重要操作には」
「三者以上の承認が必要」
王が聞く。
「南方は?」
ダリオが笑う。
「陛下」
「入れていただけるなら」
「私は喜びますよ」
「ほら」
桐生が言う。
「もう六人です」
「増やすな」
王が苦笑する。
「でも」
エレノアが言った。
「多い方が」
「勝手に決めにくいですよね」
リディアが頷く。
「その代わり」
「緊急時に動けません」
桐生が止まる。
「……そこか」
「今みたいな時です」
「三日以内に決めなければいけない」
「でも」
「六者の承認を待っていたら」
「間に合わないこともある」
王が腕を組む。
「平時と」
「緊急時を分ける必要があるな」
「はい」
イリアが。
初めて。
少しだけ驚いた顔をした。
「お前たちは」
「本当に作るつもりなのか」
「何を?」
「私たちが」
「作れなかったものを」
桐生が答える。
「作れるかは」
「分かりません」
「でも」
「今のままよりは」
「マシにします」
◇
その夜。
南へ向かう船。
「灯りだ」
カイルが言った。
「もうグラナ?」
「違う」
「早すぎる」
前方。
海岸。
赤い光。
「火事?」
ガイルが立ち上がる。
セレナが。
望遠鏡を覗く。
「……街です」
「燃えてる?」
「違います」
「では?」
「全部」
「光ってる」
海岸沿いの都市。
グラナ。
建物。
工房。
道路。
塔。
至るところから。
赤い光が立ち上っている。
そして。
海。
船の横を。
何かが流れていく。
「魔石?」
青かったはずの石。
それが。
真っ黒になって。
海面へ浮かんでいる。
「死んでる」
セレナが呟く。
「魔力が」
「全部抜かれてる」
その時。
グラナの港から。
一隻の船が。
全速力で出てきた。
「助けてくれ!」
船員が叫ぶ。
「街から逃げてきた!」
「何が起きた!」
ガイルが叫び返す。
「地下だ!」
「地下の何かが動いてる!」
「誰が動かした!」
「知らない!」
「昨日」
「財務院の連中が来て!」
「古い工房を全部閉鎖して!」
「そのあと――」
男の声が震える。
「人が」
「消え始めた」
ガイルの顔から。
笑みが消える。
「消えた?」
「魔石だけじゃない!」
「魔法を使える奴から!」
「身体の魔力まで」
「吸われてる!」
セレナが。
自分の手を見る。
指先。
微かに。
青い光が。
海岸へ向かって伸びていた。
「……ガイル」
「何だ」
「私も」
「吸われています」
グラナまで。
あと。
三時間。
だが。
すでに。
街の灯りは。
一つずつ。
消え始めていた。




