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第五十三話 席が足りない

「入港を止めます」


 リディアが言った。


「全部?」


「全部です」


 桐生が港を見る。


 沖には。


 王家の船団。


 ノルディア。


 南方商業連合。


 海軍第二艦隊。


 そして。


 黒い船。


「王様も?」


「王様だから港が広くなるんですか?」


「なりませんね」


「では同じです」


 リディアは帳簿を開く。


「現在使える大型船用の岸壁は四つ」


「一つは荷役中」


「一つは損傷」


「残り二つ」


「王家の船だけで何隻?」


「十五隻」


「入りません」


「はい」


「ノルディア二十七」


「入りません」


「南方十二」


「入りません」


「海軍は?」


「もっと入りません」


「ですよね」


 桐生は頭を掻いた。


「じゃあ」


「誰から入れる?」


「それを決めるから」


「ルールが必要なんでしょう?」


 リディアが笑った。


「桐生さんが言ったんですよ」


「港のルールを作るって」


「言いましたけど」


「こんなに早く必要になるとは」


「商売は」


「待ってくれませんよ」


◇


「王家の船を待たせるだと!?」


 沖から来た王室護衛官が怒鳴った。


「はい」


 リディアが答える。


「貴様」


「誰に向かって――」


「私に言っても岸壁は増えません」


「しかし陛下だぞ!」


「分かっています」


「なら最優先で――」


「負傷者を乗せた船よりも?」


 護衛官が止まる。


 港外。


 南方船の一隻。


 嵐で帆柱を折り。


 船員三名が負傷している。


「次に」


 リディアが続ける。


「水が不足している船」


「船体損傷のある船」


「生鮮品を積んだ船」


「荷役予約済みの船」


「その後に」


「通常の入港です」


「王家の船は?」


「通常です」


「王家だぞ!」


「船としては」


「正常ですよね?」


 護衛官の顔が赤くなる。


「不敬だ!」


「なら」


 声がした。


「私が待とう」


 全員が振り返る。


 小舟。


 そこに。


 王が乗っていた。


「陛下!?」


「大型船が入れないなら」


「人だけ降りればよい」


「危険です!」


「海は穏やかだ」


「しかし!」


「それに」


 王が港を見る。


「面白いではないか」


「私の船より」


「怪我人を先に入れる港か」


 リディアが頭を下げる。


「ご理解いただき」


「ありがとうございます」


「お前」


「本当に怖くないのか?」


「何がです?」


「私だ」


「少しは」


「でも」


 リディアは岸壁を見る。


「ここで船を捌く責任は」


「私にあります」


「陛下が怖いから順番を変えれば」


「次から誰も」


「この港の順番を信用しません」


 王は。


 少し黙った。


「名は?」


「リディア・ヴァレンス」


「覚えた」


「光栄です」


 桐生が横で呟く。


「強いな……」


「お前の仲間か?」


 王が聞く。


「仲間というか」


「取引相手というか」


「何ですか?」


 リディアが睨む。


「仲間です」


「最初からそう言ってください」


◇


「で」


 王が言った。


「これは何だ?」


 アストラ北部。


 木材を担いだ魔導兵。


 石を運ぶ魔導兵。


 壊れた道を直す魔導兵。


 三百体近い古代兵器が。


 黙々と働いている。


「……労働力です」


 桐生が答えた。


「私には兵器に見える」


「元は」


「元は?」


「兵器です」


「今もだろう」


「武装行動は禁止しました」


「誰が?」


「俺が」


 王の後ろ。


 護衛騎士たちの手が。


 一斉に剣へ伸びる。


「待て」


 王が止めた。


「桐生真琴」


「はい」


「話は聞いている」


「良い話です?」


「半分は」


「残りは?」


「財務院を引っ掻き回した男」


「海賊を雇った男」


「王国軍の魔石を勝手に使おうとした男」


「最後は未遂です」


「安心した」


「ですよね」


「していない」


 エレノアが。


 後ろから追いついてくる。


「陛下」


「まず」


「皆さんを集めたいです」


「全員?」


「はい」


 王が沖を見る。


「多いぞ」


「分かっています」


「どこでやる?」


 エレノアと桐生が。


 顔を見合わせた。


◇


「無理です」


 城の侍従長が言った。


「大広間でも?」


「王国側」


「ノルディア」


「南方商業連合」


「海軍」


「アストラ」


「黒鴎団」


「赤鷲団」


「それに」


 遠く。


 黒い船。


「あの方々」


「全員を入れたら」


「座れません」


「立てば?」


 ガイルが言う。


「陛下もですか?」


「……駄目か」


「駄目です」


 桐生が考える。


「別々に話す?」


 リディアが即座に首を振る。


「駄目です」


「なぜ?」


「話が変わります」


「王国にはこう説明した」


「北方には違う説明をした」


「商人には別の条件を出した」


「そうなったら」


「また誰かが情報を握ります」


 桐生が止まる。


 王都地下。


 あの老人。


 一人で。


 情報を握った。


 結果。


 誰も全体を知らなかった。


「全員が」


「同じ話を聞く必要がある」


「はい」


「でも」


「城には入らない」


「はい」


 カイルが。


 面倒そうに言った。


「港でやりゃいいだろ」


「港?」


「船が入らねぇから困ってんだろ?」


「ああ」


「なら」


「船を席にしろ」


 桐生が。


 カイルを見る。


「どういうこと?」


「でかい船を」


「岸壁の外に横一列で並べる」


「小舟で行き来する」


「真ん中に一隻」


「話す奴だけ乗る」


「周りから見えるようにする」


 リディアが。


 少し考える。


「面白いですね」


「だろ?」


「でも」


「海賊の案に乗るの」


「少し嫌です」


「何でだよ!」


「冗談です」


「お前まで桐生みたいになってきたな!」


「それは嫌です」


「二人とも酷くない?」


◇


 昼過ぎ。


 アストラ港の沖。


 奇妙な光景ができた。


 中央。


 大型の荷役船。


 武装はない。


 その周囲。


 王家の船。


 王国海軍。


 ノルディア。


 南方商業連合。


 黒鴎団。


 赤鷲団。


 そして。


 黒い船。


 それぞれの代表だけが。


 中央船へ乗る。


 王。


 エレノア。


 桐生。


 リディア。


 ヴァルター。


 セレナ。


 ダリオ。


 カイル。


 バルガス。


 ルーク。


 イリア。


 ガイルは。


 桐生の後ろ。


「俺いる?」


「護衛」


「誰から守る?」


 桐生が周囲を見る。


「……全員?」


「帰りてぇ」


 机は。


 大きな木板を。


 樽の上に置いただけ。


 椅子も。


 ばらばら。


 王が。


 それを見て笑った。


「王城より」


「面白いな」


「申し訳ありません」


 エレノアが頭を下げる。


「謝るな」


「私は嫌いではない」


 そして。


 全員が座る。


 だが。


 誰も話さない。


 王国。


 北方。


 南方。


 海賊。


 海の向こう。


 目的が。


 全部違う。


 最初に口を開いたのは。


 イリアだった。


「循環網を」


「停止しろ」


 セレナが反応する。


「停止すれば」


「ノルディアの魔石は?」


「いずれ安定する」


「いつ?」


「分からない」


「それまでに」


「冬が来ます」


「再起動すれば」


「もっと多くが死ぬ可能性がある」


「可能性でしょう?」


「そうだ」


「では」


「私たちに」


「確実な損害を受け入れろと?」


「そうだ」


「拒否します」


 空気が張る。


 王が口を開く。


「王国としても」


「循環網を破棄する判断はできん」


「陛下」


 ヴァルターが言う。


「軍事利用を?」


「逆だ」


 王が答える。


「魔導兵を見た」


「だからこそ」


「誰かが勝手に使える状態のまま」


「地下へ埋める方が危険だ」


 ルークが笑う。


「二十年前と同じだ」


「何が?」


「王国は」


「管理できると思ってる」


「お前は?」


「できないと思ってる」


「だから隠した?」


「そうだ」


「その結果」


 エレノアが。


 静かに言う。


「私の父は死んだんですか?」


 ルークが黙る。


「クロイツが」


「セイル商会が」


「父が」


「あの老人たちが」


「全員」


「自分だけで何とかしようとした」


「もう」


「それはやめませんか?」


 誰も。


 反論しなかった。


◇


「まず」


 リディアが立ち上がる。


「何を決める会議なのか」


「決めましょう」


 ダリオが笑う。


「会議の会議か?」


「必要です」


「このままだと」


「全員が自分の話をして」


「日が暮れます」


「同感だ」


 王が頷く。


「何を決める?」


 桐生が。


 木板に。


 炭で書く。


 一。


 今すぐ循環網を止めるか。


 二。


 動かすなら誰が決めるか。


 三。


 魔石をどうするか。


 四。


 魔導兵をどうするか。


 五。


 外部から流入する魔力をどうするか。


「多いな」


 ガイルが言う。


「減らします?」


「減らせるのか?」


「無理です」


「じゃあ書くなよ」


「見えた方がいいでしょう」


 そこへ。


 リディアが。


 一番上に。


 もう一つ書いた。


 零。


 誰が何を知っているか。


 桐生が。


 リディアを見る。


「先にこれです」


「確かに」


「情報が違うまま」


「決められません」


 王が。


 イリアを見る。


「なら」


「お前からだ」


「私?」


「一番知っているのだろう」


 イリアは。


 少し黙った。


「すべてを話せと?」


「嫌か?」


「危険だ」


 桐生が聞く。


「何が?」


「知識は」


「武器になる」


「はい」


「だから」


「二十年間」


「隠した?」


「そうだ」


「それで」


 桐生が周囲を見る。


「今」


「こんなことになってます」


 イリアの目が細くなる。


「責めているのか」


「半分」


「残りは?」


「もう一回」


「同じ失敗するのやめません?」


 長い沈黙。


 海の音。


 帆が鳴る。


 やがて。


 イリアが。


 黒い小箱を机へ置いた。


「何です?」


「記録器」


 箱が開く。


 光。


 古代の地図。


 王国。


 北方。


 南方。


 海の向こう。


 そして。


 無数の線。


「循環網の」


「全経路だ」


 セレナが息を呑む。


 王が立ち上がる。


 ヴァルターも。


 ルークさえ。


 驚いている。


「初めて見た」


 ルークが呟く。


「親父にも」


「見せなかっただろ」


「見せなかった」


「なぜ今?」


 イリアは。


 桐生を見る。


「隠して」


「失敗したからだ」


 桐生が。


 少し笑った。


「ありがとうございます」


「礼を言うな」


「まだ」


「何も解決していない」


「でも」


「一個進みました」


◇


 地図。


 全員で見る。


 王都。


 アストラ。


 ノルディア。


 南方。


 そして。


「ここ」


 リディアが指した。


 黒い場所。


 海の向こう。


「魔力が入ってくる場所ですよね?」


「そうだ」


「なぜ?」


「分からない」


「あなたにも?」


「原因までは」


「なら」


 リディアが別の線を指す。


「これは?」


 細い。


 赤い線。


 黒い場所から。


 アストラではなく。


 別方向。


「……何だ?」


 イリアが立ち上がる。


「知らないんですか?」


「こんな経路は」


「二十年前にはなかった」


 光が。


 伸びている。


 海を越え。


 王国の南。


 さらに。


 内陸へ。


 王が地図を見る。


「この場所は」


 ヴァルターも気づく。


「陛下」


「ああ」


 桐生が聞く。


「何があるんです?」


 王が。


 答えた。


「王国最大の」


「魔石加工都市だ」


 リディアの表情が変わる。


「加工?」


「はい」


「魔石を」


「大量に使っている?」


「王国の七割を」


「そこで加工している」


 イリアが。


 赤い線を見る。


「違う」


「何が?」


「流れの向きが」


「逆だ」


「逆?」


「外から」


「入っているのではない」


 赤い光。


 王国内から。


 海の向こうへ。


「こちらから」


「送っている」


 全員が。


 黙った。


「誰が?」


 エレノアが聞く。


 イリアは。


 地図を拡大する。


 加工都市。


 その地下。


 一つの印。


 鳥。


 白い鳥ではない。


 黒い鳥。


 アルベルトがいれば。


 すぐに分かっただろう。


 だが。


 桐生にも。


 見覚えがあった。


「……クロイツ」


 王の顔が変わる。


「違う」


「これは」


 王が。


 低い声で言った。


「クロイツ家より古い」


「王国建国以前の紋章だ」


「何の?」


 王は。


 しばらく答えなかった。


「初代王の」


「敵だ」


 その瞬間。


 赤い線が。


 一気に太くなった。


 イリアが叫ぶ。


「まずい!」


「何が!」


「流出量が増えている!」


 黒い球体。


 海の向こう。


 そして。


 南方の加工都市。


 三つが。


 一本の線で繋がる。


「止められる?」


「ここからは無理だ!」


「ならどこで!」


 イリアが。


 加工都市を指した。


「現地だ!」


「時間は?」


「このまま増えれば――」


 地図が。


 真っ赤に染まる。


「三日もない」


 桐生は。


 目を閉じた。


「……やっぱり」


「一個ずつ来てくれないな」


 税は払った。


 港も動いた。


 会議も始まった。


 だが。


 今度は。


 王国の中から。


 魔力が消え始めていた。

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