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第五十二話 地図の外から来た客

「港には入れないでください」


 リディアが即答した。


「白旗ですよ?」


「白旗なら何をしても安全ですか?」


「ですよね」


 桐生は黒い船を見る。


 一隻。


 武装しているようには見えない。


 だが。


 船体そのものが異様だった。


「木じゃないな」


 カイルが目を細める。


「石?」


 ガイルが聞く。


「石で船が浮くかよ」


「じゃあ何だ」


「知らねぇから見てんだろ」


 黒い船。


 継ぎ目がない。


 帆は張っているのに。


 風とは違う方向へ。


 ゆっくり進んでいる。


「……魔導船?」


 セレナが呟く。


「知ってるんですか?」


「二十年前に」


「ノルディアへ来た時」


「記録だけ残っています」


「実際に見た人は?」


「ほとんど死んでいます」


「二十年前ですよね?」


「はい」


「そんな昔じゃないでしょう」


「だから」


 セレナが桐生を見る。


「おかしいんです」


「何が?」


「当時」


「あの船から降りた人たちは」


「今と」


「同じ姿だったと記録されています」


 桐生が止まる。


「今って」


「見えてるんです?」


「甲板」


 望遠鏡を渡される。


 桐生が覗く。


「……いる」


 人。


 三人。


 先頭に。


 女性。


 白い髪。


 黒い服。


 見た目は。


 二十代後半ほど。


「その人?」


「記録では」


「白髪の女性が代表だったと」


「同一人物?」


「分かりません」


 リディアが聞く。


「二十年前」


「何をしに来たんです?」


 セレナは。


 少し迷った。


「警告です」


「何の?」


「循環を」


「再び動かすなと」


 全員が黙った。


◇


「どうします?」


 エレノアはいない。


 ヴァルターは王都への報告書を作っている。


 アルベルトも王都。


 レオンもエレノアと共にいる。


 アストラにいる主な顔ぶれは。


 桐生。


 リディア。


 ガイル。


 カイル。


 セレナ。


 ルーク。


「話は聞くべきです」


 桐生が言う。


「港には入れない」


 リディア。


「同意」


 セレナ。


「じゃあどうする?」


 ガイル。


「こっちから行く」


 カイルが答えた。


「黒鴎団の小舟を出す」


「沖で会う」


「相手の船に乗るんですか?」


「嫌なら向こうを小舟に乗せる」


「来ます?」


「来なきゃ帰ってもらえ」


「強いな」


「港は俺たちの海だ」


 カイルが。


 白い鳥の旗を見る。


「誰が相手でも」


「勝手に入れる理由はねぇ」


 桐生が頷いた。


「それでいきましょう」


「誰が行く?」


「俺」


「私も」


 セレナ。


「俺も行く」


 ガイル。


「リディアさんは?」


「残ります」


「ですよね」


「知らない相手と会うのに」


「全員で出ていく人がいますか?」


「いませんね」


「最近」


「少しは学びましたね」


「最初からこれくらいは考えられます」


「どうでしょう」


「信用ないな」


◇


 黒鴎団の小舟が。


 黒い船へ近づく。


「でかいな」


 近づくほど分かる。


 アストラの大型商船より。


 一回り大きい。


 だが。


 帆船とは構造が違う。


 船腹。


 青い光。


「魔石?」


 桐生が聞く。


「違う」


 セレナが首を振る。


「魔石なら」


「今は光が弱くなるはず」


 確かに。


 黒い船の光は。


 安定している。


「じゃあ何で動いてる?」


「分かりません」


「そればっかりですね」


「今まで知らなかった世界なんだから当然でしょう」


「それもそうか」


 黒い船から。


 声。


「アストラの者か」


 白髪の女性。


 言葉は。


 通じる。


「はい!」


 桐生が答える。


「代表者と話したい」


「領主は不在です!」


「では」


「今ここを管理している者を」


 桐生とカイルが。


 同時に。


 お互いを見る。


「お前だろ」


「カイルさんじゃ?」


「俺は海賊だぞ」


「今更?」


「今だからだよ」


 ガイルが桐生の背中を叩いた。


「行ってこい」


「痛い!」


 女性が。


 上から見ている。


「そちらの船へ移っても?」


 桐生が聞く。


「構わない」


「武器は?」


「持っていていい」


「いいんです?」


「必要なら」


「使えばいい」


 ガイルが笑う。


「気に入った」


「俺は嫌な予感しかしません」


◇


 黒い船。


 甲板へ上がる。


 足元は。


 金属でも。


 木でもない。


「ようこそ」


 女性が言った。


「名は」


「イリア」


「イリア?」


「それでよい」


「それで?」


 桐生が引っかかる。


 だが。


 今は置く。


「桐生真琴です」


「知っている」


「……何で?」


「循環網が」


「お前を記録した」


 桐生の顔が引きつる。


「個人情報の扱い雑すぎません?」


「何だそれは」


「気にしないでください」


 イリアは。


 セレナを見る。


「ノルディア」


「二十年ぶりだな」


 セレナの顔が強張る。


「あなた」


「本当に」


「あの時の?」


「そうだ」


「二十年前から」


「その姿?」


「そうだ」


「人間ですか?」


 イリアは。


 少し考える。


「かつては」


 ガイルの手が。


 剣へ動く。


「今は?」


「敵意はない」


「答えになってねぇぞ」


「ガイルさん」


「分かってる」


 イリアが海を見る。


「循環網が」


「再起動を始めた」


「知っています」


「止めろ」


「それを言いに来た?」


「そうだ」


「理由は?」


「この世界に」


「必要ないからだ」


 桐生は。


 少し眉をひそめた。


「便利そうですけど」


「魔力を各地に送れる」


「工房」


「暖房」


「治療」


「使い道はいくらでもある」


「だから危険なのだ」


「便利だから?」


「そうだ」


「分かりません」


「なら」


 イリアが。


 船の奥を指す。


「見せよう」


◇


 黒い船の内部。


 壁一面に。


 透明な板。


 その中を。


 青い光が流れている。


「魔石じゃない」


 セレナが呟く。


「魔力そのもの?」


「そうだ」


 イリアが壁へ触れる。


 景色が浮かぶ。


 都市。


 巨大な都市。


 今の王都より。


 遥かに大きい。


 空を。


 無数の船が飛んでいる。


「古代文明?」


 桐生が聞く。


「そう呼んでいるのだろう」


「あなたは?」


「そこで生まれた」


 全員が止まる。


「何年前です?」


「数えるのをやめた」


「……聞かなきゃよかった」


 映像。


 都市に。


 青い光。


 家。


 工房。


 病院。


 巨大な施設。


「循環網によって」


「魔力は」


「水と同じように供給された」


「誰でも使えた」


「豊かだった?」


「非常に」


「なら」


「なぜ止める?」


 映像が変わる。


 巨大な工房。


 魔導兵。


 何千。


 何万。


「同じ網で」


「兵器も動いた」


 ガイルが黙る。


「それだけじゃない」


 次。


 一つの都市。


 青い光が消える。


 完全な暗闇。


「何が?」


「中央が」


「供給を止めた」


「なぜ?」


「従わなかったからだ」


 桐生の表情が変わる。


「……政治に使った?」


「そうだ」


「暖房も」


「水も」


「治療も」


「工房も」


「すべて同じ網に依存していた」


 イリアが。


 暗い都市を見る。


「三日で」


「降伏した」


 次。


 別の都市。


 爆発。


 青い光が。


 空まで伸びる。


「これは?」


「反乱側が」


「循環網を奪った」


「結果」


「魔力が逆流した」


「都市一つが消えた」


 誰も。


 言葉を発さない。


「便利すぎたんだ」


 イリアが言う。


「人は」


「自分で火を起こさなくなった」


「水を運ばなくなった」


「船を動かす方法を忘れた」


「道を直す者も減った」


「すべてを」


「網に繋いだ」


 桐生は。


 少しだけ。


 嫌な顔をした。


「それで」


「一か所を握った人間が」


「全部を握った」


「そうだ」


 古代都市が。


 燃えていく。


「最後は」


「誰も」


「網を止められなくなった」


◇


「でも」


 桐生が言った。


「それ」


「循環網が悪いんですか?」


 イリアが。


 桐生を見る。


「何?」


「使い方の問題に聞こえます」


「同じことだ」


「違います」


「桐生」


 セレナが止める。


 だが。


 桐生は続ける。


「船で戦争はできます」


「でも」


「船を全部なくそうとはしない」


「道を使って兵士も運べる」


「でも」


「道を壊そうとはしない」


「魔力を運ぶ仕組みが危険だから」


「全部止める」


「それは」


「ちょっと極端じゃないです?」


 イリアは。


 しばらく桐生を見る。


「同じことを」


「言った男がいた」


「誰です?」


「エドワード・アストラ」


 空気が変わる。


「エレノア様のお父さん?」


「そうだ」


「二十年前」


「彼は」


「循環網を止めたはずでは?」


「止めた」


「なのに?」


「止める前に」


「私と三日間」


「議論した」


 桐生が。


 思わず笑う。


「何です?」


「いや」


「エレノア様のお父さんらしいなと」


「会ったことないだろ」


 カイルが突っ込む。


「手紙読んだので」


「雑だな」


 イリアは続ける。


「エドワードは」


「私に言った」


「危険だから捨てるのではなく」


「危険でも使える仕組みを作れないかと」


「それで?」


「作れなかった」


「三日で?」


「時間がなかった」


 イリアが。


 海の向こうを見る。


「向こう側から」


「異常流入が始まった」


「今と同じ?」


「同じだ」


「原因は?」


 沈黙。


「あなたたち?」


 桐生が聞く。


 イリアは。


 答えなかった。


「図星?」


「違う」


「では?」


「私たちが」


「止めている」


「何を?」


 イリアが。


 船の奥にある扉を開く。


「来い」


「まだあるんですか」


「ある」


「今日は情報量が多いな……」


◇


 船底。


 巨大な部屋。


 中央。


 黒い球体。


 その周囲を。


 青い光が回っている。


「これは?」


「境界制御器」


「分かる言葉で」


「向こう側から来る魔力を」


「ここで受け止めている」


「これが?」


「そうだ」


 黒い球体。


 表面に。


 無数の亀裂。


「……壊れてません?」


「壊れかけている」


「いつまで?」


「分からない」


「またそれ」


「長くて一年」


「短ければ」


「十日」


 桐生が固まる。


「幅!」


「だから来た」


「循環網を再起動すれば」


「この流れが」


「王国側へ繋がる」


「つまり?」


 セレナが聞く。


「ここで受け止めているものが」


「アストラへ流れる」


 沈黙。


「じゃあ」


 管理者が言ってた」


「外部からの異常流入って」


「これ?」


「そうだ」


「止めても危険」


「動かしても危険」


「そうだ」


 桐生は。


 黒い球体を見る。


「……イリアさん」


「何だ」


「あなた」


「二十年前」


「エドワードさんと」


「何を作ろうとしたんです?」


 イリアの目が。


 僅かに動く。


「なぜ聞く」


「三日間」


「ただ議論してたわけじゃないでしょう」


「……」


「何か」


「途中まで作った?」


 長い沈黙。


「ある」


 イリアが言った。


「やっぱり」


「だが」


「失敗した」


「何を?」


 イリアは。


 桐生を見る。


「中央を」


「なくそうとした」


「……中央?」


「誰か一人が」


「循環網を支配できるから」


「危険になる」


「なら」


「誰にも」


「全部を止められないようにする」


 桐生の表情が変わる。


「権限を」


「分ける?」


「そうだ」


「王都」


「アストラ」


「北方」


「南方」


「それぞれが」


「自分の地域だけ管理する」


「そして」


「全体を動かす時だけ」


「複数の承認を必要とする」


 桐生は。


 思わず。


 笑った。


「それ」


「できるじゃないですか」


「完成していない」


「どこまで?」


「七割」


「十分です」


「十分ではない」


「残り三割」


「作ればいい」


「誰が?」


「みんなで」


 イリアが。


 初めて。


 理解できないものを見るように。


 桐生を見た。


「お前は」


「簡単に言うな」


「簡単じゃないですよ」


「北方は」


「魔石がなくなったら困る」


「王国は」


「軍事利用したいかもしれない」


「商人は」


「儲けたい」


「アストラは」


「自分たちの権利を守りたい」


「あなたたちは」


「再び壊したくない」


 桐生が。


 指を折る。


「全員」


「目的が違う」


「だから無理だ」


「逆です」


「同じ目的にする必要はない」


 イリアが黙る。


「それぞれが」


「自分の欲しいものを守るために」


「同じ仕組みを壊せなくすればいい」


 カイルが。


 桐生を見る。


「また始まった」


「何が?」


「お前の」


「面倒な奴ら全部混ぜるやつ」


「褒めてます?」


「半分な」


 イリアは。


 黒い球体を見る。


「時間がない」


「何日?」


「十日かもしれない」


「十日あれば十分」


「一日かもしれない」


「……それは困る」


「ほら見ろ」


「でも」


 桐生は。


 アストラの方向を見る。


「一人で考えるより」


「早いですよ」


◇


 その頃。


 王都。


「陛下」


 エレノアは。


 まだ王城にいた。


「もう一つ」


「お願いがあります」


 王が。


 疲れた顔をする。


「まだあるのか」


「はい」


「税は払った」


「調査も認めた」


「次は何だ」


「アストラへ」


「来てください」


 広間が。


 静まり返った。


「……何?」


「陛下に」


「アストラへ来ていただきたいのです」


「無礼だぞ!」


「領主が王を呼びつけるなど!」


「呼びつけてはいません!」


 エレノアも声を上げる。


「お願いしています!」


「理由は?」


 王が聞く。


「魔石です」


「古代施設です」


「王国の軍用物資です」


「ノルディアです」


「そして」


「王国だけでは」


「決められないことが」


「起きています」


「なら報告を持ってこい」


「それでは」


「遅いんです」


 エレノアは。


 王を見る。


「今まで」


「アストラのことは」


「王都で決められてきました」


「父の時も」


「今回も」


「でも」


「一度」


「見てください」


「何を?」


「人です」


「港です」


「商人です」


「海賊です」


「北方の船です」


「南方の船です」


「今」


「そこで何が起きているのか」


「見てから」


「決めてください」


 王は。


 何も言わない。


「陛下」


 老臣が止める。


「危険です」


「分かっている」


「なら――」


「面白い」


「陛下?」


 王が立ち上がる。


「二十年前」


「エドワードにも」


「同じことを言われた」


 エレノアが目を見開く。


「王都に座って」


「地方のことが分かると思うなと」


「それで?」


「行かなかった」


 王は。


 少しだけ。


 苦い顔をした。


「だから」


「今度は行く」


 周囲が一斉に騒ぎ出す。


「陛下!」


「護衛を!」


「海軍を!」


「日程を!」


「うるさい」


 王が。


 エレノアを見る。


「いつだ」


「できれば」


「今です」


「今?」


「はい」


 王が笑った。


「本当に」


「父親に似ているな」


◇


 翌朝。


 アストラ港。


 見張りが。


 叫んだ。


「船団!」


 桐生たちは。


 黒い船から戻ったばかりだった。


「今度はどこ!?」


「王都方向!」


「何隻!」


「十五!」


 桐生が。


 頭を抱える。


「もう港入らないですよ」


 リディアが冷静に言う。


「誰の船です?」


「王家の旗!」


「……はい?」


 中央。


 巨大な船。


 金色の旗。


「王様?」


「みたいですね」


「何で!?」


 リディアが。


 桐生を見る。


「エレノア様でしょう」


「何したんです?」


「知りません」


「嫌な予感しかしない」


 そこへ。


 別方向。


「北からも船!」


「何隻!」


「二十七!」


「ノルディア船団です!」


「まだいたでしょう!」


「一度沖へ出た船も戻ってきています!」


「南!」


「南方商業連合の追加船団!」


「十二隻!」


「増えてる!」


 さらに。


「東!」


「海軍第二艦隊!」


 桐生は。


 完全に黙った。


 アストラ港。


 目の前。


 王国。


 北方。


 南方。


 海軍。


 黒い船。


 商人。


 海賊。


 古代兵器。


 全部。


 集まっている。


 リディアが。


 静かに言った。


「桐生さん」


「はい」


「港」


「足りません」


「……ですよね」


「どうします?」


 桐生は。


 海を見る。


 そして。


 少しだけ笑った。


「作りますか」


「何を?」


「港のルールを」


 税を払うために。


 始めた改革。


 小さな領地を。


 立て直すだけだった。


 それが今。


 国も。


 商人も。


 海賊も。


 海の向こうの人間も。


 同じ場所に集まっている。


 桐生は。


 まだ知らなかった。


 この日。


 アストラで始まる会議が。


 後に。


 王国で初めての。


 ――国境を越えた港湾協定と呼ばれることを。

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