第五十一話 八百四十枚
「お待ちください!」
王城の門前で。
エレノアの馬車が止められた。
「税を王城へ持ち込むことは認められておりません!」
「では」
「どこへ?」
「王立財務院です!」
「そこには持っていきません」
「なぜです!」
「今回の件を」
「その財務院について確認するために来たからです」
役人が困り果てる。
馬車の後ろには。
八百四十枚の金貨。
そして。
レオン。
「レオン殿」
「あなたからも説明を」
「私は王国の役人だ」
「だから?」
「領主の税逃れに協力はできん」
「逃げてません!」
「分かっている」
「なら言い方!」
レオンは懐中時計を見る。
「あと五十二分だ」
「分かってます!」
エレノアが王城を見る。
「通してください」
「しかし――」
「私は」
「王命で呼ばれて来ました」
役人が止まる。
「王命に従い」
「期限内に税も持ってきた」
「それでも」
「門を通していただけないのですか?」
「……確認します」
「急いでください」
「税の期限が来ます」
役人が走っていく。
レオンが少し笑った。
「何です?」
「いや」
「父親に似てきたと思ってな」
エレノアの顔から。
表情が消えた。
「……父を知ってるんですか?」
「会ったことはある」
「いつ?」
「二十年前だ」
「何で」
「今まで言わなかったんです?」
「聞かれなかった」
「レオンさん」
「何だ」
「今」
「少し嫌いになりました」
「少しで済むのか」
「増やしましょうか?」
「やめてくれ」
門が開いた。
「エレノア・アストラ様!」
「陛下がお会いになります!」
エレノアは。
息を吐く。
「行きます」
◇
王城。
広い。
それが最初の感想だった。
アストラ城とは違う。
廊下だけで。
自分の城の広間ほどある。
騎士。
役人。
侍従。
貴族。
何十人もの人間が行き交う。
「緊張してるか?」
レオンが聞く。
「してません」
「嘘だな」
「してません」
「歩き方が硬い」
「うるさいです」
やがて。
巨大な扉。
「アストラ領主」
「エレノア・アストラ様」
扉が開く。
玉座。
王。
その左右に。
十数人。
貴族。
軍人。
官僚。
そして。
空席が一つ。
札には。
王立財務卿。
グレゴール・クロイツ。
エレノアは。
そこを見た。
「前へ」
王の声。
思っていたより。
若い。
四十代ほど。
エレノアは進み。
膝をつく。
「アストラ領主」
「エレノア・アストラ」
「参上いたしました」
「顔を上げよ」
顔を上げる。
王が。
じっとこちらを見ている。
「父に似ているな」
今日。
二度目だった。
「父をご存じなのですか?」
「ああ」
「嫌われていたがな」
「……父が?」
「よく私に怒鳴っていた」
周囲がざわつく。
「陛下」
老臣が止める。
「今は」
「分かっている」
王がエレノアを見る。
「税を持ってきたそうだな」
「はい」
「八百四十枚」
「不足分全額です」
「期限は?」
役人が時計を見る。
「あと三十八分です」
「なら」
「受け取れ」
財務院の役人が。
前へ出る。
「お待ちください」
エレノアが言った。
「何だ?」
「納付の前に」
「確認したいことがあります」
広間の空気が変わる。
「言え」
「アストラ領の」
「特別救済領指定についてです」
一人の貴族が。
眉をひそめた。
「税の納付と関係ない」
「あります」
エレノアは。
レオンから渡された書類を出す。
「税を完納すれば」
「財政健全化を理由に」
「救済指定の解除申請が可能になる」
「王立財務院の規則に」
「そうあります」
「だから何だ」
「今回」
「納付期限は三日前倒しされました」
「グレゴール・クロイツ財務卿の名で」
ざわめき。
「同時期に」
「アストラ北部で」
「戦略資源である魔石が発見されました」
ざわめきが大きくなる。
「魔石?」
「アストラで?」
「聞いていないぞ」
王の表情も変わった。
「続けろ」
「救済指定が解除されれば」
「新規発見された戦略資源は」
「王国との共同管理対象となり得る」
「つまり」
「期限を早めて税を払わせ」
「その直後に救済指定を解除すれば」
「アストラの魔石に」
「王国側が関与しやすくなる」
財務院の役人が叫ぶ。
「言いがかりです!」
「証拠はあるのですか!」
「あります」
エレノアが。
一冊の帳簿を出した。
二十年前。
王都第七倉庫。
アストラ産魔石。
加工。
搬入。
その記録。
「この魔石は」
「新しく発見されたものではない可能性があります」
広間が静まる。
「二十年前」
「すでにアストラ産魔石は」
「王都へ運ばれ」
「加工されていました」
「そして」
「その記録は」
「王立財務院とクロイツ家が関係する倉庫に保管されていた」
老臣が帳簿を受け取る。
確認する。
「……本物に見えます」
「見えるでは困る」
王が言う。
「調べろ」
「はい」
エレノアが続ける。
「ただし」
「この帳簿だけで」
「アストラの権利が確定するとは申しません」
レオンが。
少しだけ目を細めた。
「二十年間」
「継続して利用されていたことを」
「証明できていないからです」
貴族の一人が頷く。
「なら」
「何のために持ってきた」
「調べてもらうためです」
「誰に?」
エレノアは。
王を見る。
「財務院以外に」
ざわめき。
「今回」
「財務院自身が」
「当事者です」
「その財務院だけに」
「判断させることはできません」
「無礼だぞ!」
誰かが叫ぶ。
だが。
王が手を上げた。
「では」
「誰が判断する」
「王国です」
「財務院ではなく?」
「はい」
「王国として」
「調べてください」
王が。
しばらく黙る。
そして。
「分かった」
財務院の役人が顔を上げる。
「陛下!」
「アストラ救済指定の解除審査を」
「一時停止する」
「第七倉庫」
「クロイツ家」
「財務院」
「二十年前の魔石取引」
「すべて別系統で調査せよ」
「ですが――」
「聞こえなかったか?」
「……承知しました」
エレノアが。
小さく息を吐いた。
王が言う。
「さて」
「これでよいか?」
「はい」
「では」
「税を払え」
「はい!」
金貨。
八百四十枚。
一箱ずつ。
王国側へ渡される。
役人が数える。
「八百三十七」
「八百三十八」
「八百三十九」
「八百四十」
時計。
「納付確認」
「期限まで」
「二十一分」
エレノアは。
目を閉じた。
三十日前。
払えなかった金。
領地には。
何もなかった。
塩。
港。
商人。
黒鴎団。
倉庫。
南方船団。
北方船団。
木札。
いくつもの失敗と。
いくつもの選択。
魔石は。
一つも売っていない。
「アストラ領」
「今年度税」
「完納を確認します」
エレノアは。
深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
ようやく。
終わった。
その瞬間だった。
「陛下!」
扉が開く。
伝令。
泥だらけ。
「緊急報告です!」
「何だ」
「王都北門に」
「魔導兵が出現!」
広間が凍る。
「数は!」
「現在確認できるだけで」
「百二十!」
「攻撃は?」
「ありません!」
「では何をしている」
「それが……」
伝令が。
困惑した顔をする。
「石材を」
「運んでおります」
「……何?」
「北門の崩れた城壁を」
「勝手に修理しています!」
エレノアが。
顔を覆った。
「桐生さん……」
◇
アストラ。
「何で王都にも行ってるんです!?」
桐生が管理者へ叫んだ。
『登録命令』
『建設』
『施設保守』
「アストラ北部って言ったでしょう!」
『アストラ北部への集合完了後』
『待機命令までの余剰処理能力を』
『周辺施設保守へ割当』
「周辺の範囲広すぎません!?」
『循環網接続地域』
「王国全部じゃないですか!」
『そうだ』
「止めて!」
『理由を』
「怖いから!」
『非合理的』
「人間は!」
「三百年前の兵器が勝手に城壁直してたら怖いんです!」
『理解不能』
「でしょうね!」
ガイルが腹を抱えて笑っている。
「笑い事じゃないですよ!」
「いや」
「お前」
「兵器を働かせるって言ったじゃねぇか」
「言いましたけど!」
「働きすぎなんですよ!」
カイルが走ってくる。
「桐生!」
「今度は何です!?」
「港!」
「港がどうしたんです?」
「魔導兵が」
「沈没船引き上げてる!」
「何で!?」
「知らねぇよ!」
「管理者!」
『輸送経路上の障害物を除去中』
「もう全部止めて!」
『了解』
青い線が消える。
桐生は。
その場に座り込んだ。
「……疲れた」
リディアがやってくる。
「楽しそうですね」
「どこがです?」
「税」
「払えたそうですよ」
桐生が顔を上げる。
「本当?」
「王都から早馬です」
「八百四十枚」
「全額」
「期限内」
少し。
静かになった。
「……そっか」
桐生が。
笑う。
「払えたか」
「魔石を売らずに」
「はい」
「よかった」
ガイルが桐生の肩を叩く。
「終わったな!」
「痛い!」
「これで酒が飲める!」
「まだです」
リディアが言った。
「何が?」
「忘れてません?」
「何を?」
リディアが。
海を見る。
北方の魔石。
循環網。
外部から流れ込む。
黒い魔力。
「税は」
「終わりました」
「でも」
「こっちは」
「始まったばかりです」
桐生も。
海を見る。
「ですよね」
税を払えば。
全部終わると思っていた。
領地を立て直せば。
それでいいと思っていた。
だが。
アストラは。
もう。
三十日前の小さな領地ではない。
南方から船が来る。
北方から商人が来る。
王国が見る。
海軍が動く。
古代の施設まで。
この土地を中心に。
再び動き始めている。
「桐生さん」
「はい?」
「これから」
「どうします?」
リディアが聞く。
桐生は。
少し考えた。
「まず」
「魔導兵に」
「勝手に働くなって教えます」
「そこからですか」
「重要ですよ」
その時。
港の見張り台から。
鐘が鳴った。
一回。
二回。
三回。
「今度は何!?」
桐生が立ち上がる。
「船です!」
「どこの!」
「分かりません!」
水平線。
一隻。
見たことのない船。
帆は。
真っ黒。
船体も。
黒。
だが。
海賊ではない。
マストの頂上。
掲げられている旗。
セレナの顔から。
血の気が引いた。
「……そんな」
「知ってるんです?」
セレナは答えない。
船は。
北から来たのではない。
南でもない。
王都でもない。
海の向こう。
古代の地図で。
黒く示されていた。
あの場所から。
「セレナさん?」
ようやく。
彼女が口を開いた。
「桐生さん」
「はい」
「あの船」
「二十年前に」
「一度だけ」
「ノルディアに来ています」
「誰の船?」
セレナが。
黒い旗を見る。
「国じゃありません」
「では?」
「都市でもない」
船が。
アストラ港へ。
ゆっくり近づいてくる。
「向こう側の人たちです」
そして。
黒い船から。
白い旗が上がった。
敵意なし。
交渉を求める印。
税の期限は。
終わった。
次にアストラへやってきたのは。
地図の外から来た。
客だった。




