第五十話 動き出したもの
「走れ!」
ルークの声と同時に。
最前列の魔導兵が動いた。
ガシャン。
重い足音。
二体。
三体。
次々と青い目が開く。
「ガイルさん!」
「分かってる!」
ガイルが剣を抜く。
踏み込む。
一閃。
魔導兵の腕が飛んだ。
「斬れる!」
「前に戦った奴より柔らけぇ!」
だが。
後ろには。
三百体以上。
「喜んでる場合じゃないですよ!」
「分かってる!」
カイルが木箱を抱える。
「桐生!」
「持て!」
「重っ!」
「軍用だ!」
「説明になってない!」
ヴァルターが海軍兵へ叫ぶ。
「一人一箱! 全部は無理だ! 持てるだけ運べ!」
「残りは!?」
「置いていく!」
桐生が振り返る。
「駄目です!」
「何?」
「これを残したら」
「魔導兵に使われる可能性がある!」
「ではどうする!」
桐生は周囲を見る。
魔石。
三百二十七体。
出口。
「ルークさん!」
「何だ!」
「こいつら」
「魔石がなくても動くんですか!?」
「今は循環網から直接来てる!」
「じゃあ魔石関係ない!?」
「そうなる!」
「なら持って逃げる意味ある!?」
「再起動を止めるには必要だ!」
「ややこしいな!」
ガイルが二体目を斬り倒す。
「話は外でしろ!」
「賛成です!」
全員が走る。
背後。
足音が増える。
ガシャン。
ガシャン。
ガシャン。
「速く!」
「これ以上持てねぇ!」
カイルが怒鳴る。
「捨てます?」
「絶対嫌だ!」
「ですよね!」
地上への階段。
あと少し。
その時。
天井が。
青く光った。
「伏せろ!」
光。
爆発。
石が降る。
「くっ!」
桐生が倒れる。
「桐生!」
ガイルが引き起こす。
「大丈夫か!」
「多分!」
「多分じゃ分からん!」
「痛いから生きてます!」
「なら走れ!」
階段を駆け上がる。
地上。
海。
「船を出せ!」
カイルが叫ぶ。
「急げ!」
全員が乗り込む。
綱を切る。
帆を開く。
島から離れる。
そして。
桐生たちは見た。
島の地下から。
魔導兵たちが。
一体ずつ。
地上へ出てくる。
「……あれ」
桐生が聞く。
「海渡れないですよね?」
ルークが答えない。
「ルークさん?」
「古代兵器だぞ」
「はい」
「海くらい」
「渡る」
「ですよね」
一体が。
海へ入った。
沈む。
「沈んだ!」
ガイルが笑う。
「勝ったな!」
十秒。
海面の下。
青い光が進み始めた。
「歩いてる……」
「最悪だ」
カイルが呟いた。
◇
「どこへ向かう?」
ヴァルターが聞く。
「アストラです」
桐生が即答した。
「なぜそう思う」
「循環網の中心がアストラだから」
「こいつらも?」
「多分」
「多分か」
「他に行きたい場所あります?」
「ない」
「じゃあ決まりです」
ルークが。
アストラ方向を見ている。
「間に合わない」
「何が?」
「あいつらは」
「海底を真っ直ぐ進める」
「船は風と潮に左右される」
「到着は?」
「下手すれば」
「向こうが先だ」
カイルが舵を握る。
「なら」
「下手打たなきゃいい」
「カイル?」
「帆を全部張れ!」
船員が振り返る。
「頭!」
「全部だ!」
「風が強すぎます!」
「だから速い!」
「帆が裂けます!」
「裂ける前に着け!」
桐生が笑う。
「そういうところ」
「兄弟ですね」
「一緒にすんな!」
二人の声が重なった。
「ほら」
「うるせぇ!」
◇
同じ頃。
アストラ。
「もう一度お願いします」
エレノアは。
使者を見ていた。
「王命です」
王都から来た正式な使者。
今度は。
本物。
「明日正午までに」
「王都へ出頭せよ」
「拒否した場合」
「アストラ領の救済指定解除審査を」
「領主不在のまま進める」
リディアが眉をひそめる。
「随分急ですね」
「私は伝えるだけです」
「理由は?」
「存じません」
エレノアは書状を見る。
印は本物。
紙も。
今回は王宮のもの。
「明日正午……」
今から出ても。
通常の船なら。
間に合わない。
「最初から」
リディアが言う。
「間に合わせる気がない」
「でも」
「行かなければ」
「審査を進められる」
「はい」
エレノアは書状を握る。
税の納付期限も。
明日。
「税を払って」
「王都にも行く」
「できる?」
リディアが聞く。
エレノアは。
すぐには答えなかった。
そこへ。
「領主様!」
兵士が飛び込んでくる。
「今度は何です?」
「海です!」
「海?」
「青い光が!」
エレノアとリディアが。
窓へ走る。
沖。
水平線。
無数の。
青い点。
「船?」
「違う……」
ヴァルター配下の海軍兵が。
望遠鏡を覗く。
そして。
顔色を変えた。
「人型です」
「何体?」
「分かりません」
「百?」
「もっとです」
エレノアが息を呑む。
「港の避難を」
「はい!」
「商船は?」
「沖へ出さないで!」
リディアが即座に止める。
「海から来るなら」
「沖の方が危険です」
「では?」
「船は港の奥へ」
「人は陸へ」
「荷物は捨てます」
商人たちが。
ざわめく。
「捨てる!?」
「冗談じゃない!」
「南方から運んできたんだぞ!」
ダリオも。
北方商人も。
集まってくる。
リディアは彼らを見る。
「命と荷物」
「どちらが高いです?」
「それは……」
「答えられない人から」
「海に残ってください」
沈黙。
「避難!」
ダリオが叫ぶ。
「荷は後だ!」
商人たちが動き始める。
エレノアは。
その光景を見る。
少し前なら。
領主が命令しなければ。
誰も動かなかった。
今は。
商人が商人を動かしている。
船乗りが荷役人を助けている。
黒鴎団の残った船員が。
北方商人を誘導している。
「エレノア様」
リディアが言う。
「行ってください」
「どこへ?」
「王都です」
「でも」
「ここは?」
「私がいます」
「リディアさんは商人です」
「はい」
「領民ではありません」
「はい」
「逃げても」
「当然です」
「はい」
「なら――」
「だから残ります」
リディアが笑う。
「私の商売が」
「ここにありますから」
エレノアが黙る。
「王都へ行ってください」
「税も持って」
「でも船が」
「一隻だけあります」
港の奥。
小型船。
黒鴎団の高速艇。
「船員は?」
「います」
「誰が?」
「私だ」
声。
振り返る。
「……レオンさん?」
「何だその顔は」
「船、操れるんですか?」
「私を何だと思っている」
「役人」
「昔は海軍だ」
「初耳です」
「言っていないからな」
レオンが船を見る。
「王都まで」
「最短で一日」
「正午には?」
「風次第」
「間に合わないかもしれない」
「そうだ」
「それでも?」
「行かなければ確実に間に合わない」
エレノアは。
沖の青い光を見る。
王都。
アストラ。
どちらも。
捨てられない。
でも。
自分は一人。
「……行きます」
決めた。
「税金を積んでください」
「全部?」
「全部です」
リディアが頷く。
「行ってらっしゃいませ」
「ここを」
「お願いします」
「高くつきますよ」
「払います」
「では」
リディアが笑う。
「必ず帰ってきてください」
◇
港の外。
エレノアの船が。
出ようとした。
その時。
「船!」
見張りが叫ぶ。
「南東!」
「一隻!」
「黒鴎団です!」
エレノアが振り返る。
見覚えのある旗。
「桐生さん?」
船が。
異常な速度で近づいてくる。
帆は。
一枚破れている。
船体も傷だらけ。
「エレノア様!」
桐生が船首から叫ぶ。
「止まって!」
「何で!」
「魔導兵が来てます!」
「知ってます!」
「知ってる!?」
「もう見えてます!」
「早いな!」
二隻が並ぶ。
桐生が飛び移る。
「何してるんです?」
「王都へ行きます」
「今から!?」
「呼ばれました」
「税も?」
「持ってます」
桐生は。
エレノアを見る。
そして。
笑った。
「じゃあ」
「行ってください」
「止めないんですか?」
「何で?」
「アストラが」
沖。
魔導兵。
もう肉眼で見える。
「ここは」
桐生が言う。
「俺たちがやります」
「できます?」
「分かりません」
「またそれ」
「でも」
桐生は港を見る。
ガイル。
カイル。
ヴァルター。
ルーク。
黒鴎団。
海軍。
南方商人。
北方商人。
リディア。
「俺たちだけじゃないので」
エレノアも。
港を見る。
「分かりました」
そして。
税金を積んだ船は。
王都へ。
桐生たちは。
アストラへ。
二つの船が。
すれ違う。
◇
「で」
ガイルが聞く。
「どうやって三百体止める?」
「考えます」
「今から?」
「はい」
「遅くない?」
「俺もそう思います」
ヴァルターが。
残った軍用魔石を見る。
「これを使うか?」
「足りない」
「部分再起動ならできるんだろ?」
「できます」
「何を動かす?」
桐生は。
管理者の言葉を思い出す。
二系統。
北方。
王都。
南方。
外部経路。
「……いや」
「何だ?」
「動かさない」
「は?」
「管理者は」
「再起動する話しかしてなかった」
「だから?」
「魔導兵は」
「循環網から命令を受けてる」
「ルークさん」
「何だ」
「こいつら」
「命令が来なかったらどうなる?」
「止まる」
「じゃあ」
桐生が笑った。
「電源じゃなく」
「命令だけ切ればいい」
「できるのか?」
「知りません」
「またかよ!」
「だから」
桐生は北部を見る。
「聞きに行きます」
◇
地下。
『不可能』
「早いな」
『魔導兵制御は循環網機能の一部』
「切り離せない?」
『推奨されない』
「できないとは言ってない」
『……』
桐生が笑う。
「最近その間」
「分かるようになってきましたよ」
『部分遮断は可能』
「ほら」
ガイルが笑う。
「お前」
「こいつと仲良くなってない?」
「嫌ですよ」
『私も望まない』
「ほら!」
「何で向こうまで嫌がるんです?」
「で」
カイルが割り込む。
「どうすりゃ止まる」
『制御信号のみ遮断した場合』
『稼働中の魔導兵は』
『最後に受信した命令を継続』
全員が止まる。
「最後の命令は?」
『中央管理施設へ集合』
「アストラ?」
『そうだ』
「じゃあ今切っても」
「そのまま来る?」
『そうだ』
「意味ない!」
ガイルが叫ぶ。
「命令を変えられる?」
桐生が聞く。
『権限不足』
「誰なら?」
『中央管理者』
「誰?」
『エレノア・アストラ』
静寂。
「いない」
「王都行ったぞ」
「戻す?」
カイルが聞く。
「間に合わない」
桐生が頭を抱える。
「他に方法は?」
『代理権限の付与』
「本人いない」
『事前登録済み』
「誰が?」
管理者が。
桐生を見る。
『桐生真琴』
「……俺?」
『エレノア・アストラによる登録を確認』
「いつ!?」
『四時間十三分前』
桐生が固まる。
「エレノア様……」
出発前。
彼女は。
自分がいなくても。
誰かが決められるようにしていた。
桐生は。
少しだけ笑った。
「何を命令する?」
ガイルが聞く。
「止まれ?」
「それでいいのか?」
ルークが言った。
「今止めても」
「次に循環網が動けば」
「また起きる」
桐生は考える。
魔導兵。
三百二十七体。
島だけ。
王国全体なら。
もっといる。
壊す?
無理だ。
封印?
また同じことになる。
「管理者」
『応答』
「命令って」
「どこまでできる?」
『登録された行動規範の範囲内』
「例えば?」
『防衛』
『輸送』
『建設』
『施設保守』
「……輸送?」
桐生が止まる。
「何を運べる?」
『規格内であれば』
『資材』
『物資』
『魔石』
全員が。
桐生を見る。
「おい」
カイルが嫌な顔をする。
「何考えてる」
「いや」
桐生が笑った。
「三百体もいるなら」
「壊すの」
「もったいなくないです?」
「お前」
「まさか」
ガイルが笑い始める。
「働かせる気か?」
「だって」
「北部の工房」
「人手足りないでしょう?」
「馬鹿かお前!」
カイルが叫ぶ。
「古代兵器だぞ!」
「だから」
「ちゃんと管理します」
「できるのか!?」
「これから考えます」
「先に考えろ!」
桐生は。
管理者を見る。
「命令変更」
『内容を』
「全魔導兵」
「アストラ北部へ集合」
「武装行動を停止」
「以後」
「人間への攻撃を禁止」
『確認』
「そして」
桐生は。
少し考える。
「待機」
「次の仕事が決まるまで」
『命令を登録』
青い光が。
床を走る。
◇
海。
アストラへ向かっていた。
三百二十七体。
その動きが。
一斉に止まった。
「止まった!」
港から歓声。
だが。
次の瞬間。
魔導兵たちは。
方向を変えた。
「こっち来るぞ!」
「逃げろ!」
「待って!」
リディアが叫ぶ。
魔導兵は。
港へ上がらない。
海岸を迂回し。
北部へ。
一列に。
歩いていく。
「……何?」
ダリオが呟く。
その先頭。
一体の魔導兵が。
道に落ちていた。
倉庫建設用の木材を拾った。
肩へ担ぐ。
そのまま。
北へ歩いていく。
リディアは。
しばらく黙っていた。
「……桐生さんですね」
誰に聞くでもなく。
そう言った。
◇
その頃。
王都。
エレノアの船が。
港へ滑り込んだ。
「間に合った……」
正午。
直前。
税金。
八百四十枚。
すべてある。
王宮からの使者が待っていた。
「エレノア・アストラ様」
「はい」
「陛下がお待ちです」
エレノアが船を降りる。
「税は?」
「財務院へ」
「いいえ」
エレノアが言った。
「王国へ直接納めます」
「何?」
「財務院には」
「まだ確認したいことがあります」
使者が眉をひそめる。
「では」
「どこへ?」
エレノアは。
王城を見る。
「王様に」
「持っていきます」
税の期限まで。
あと。
一時間。
アストラ領主は。
八百四十枚の金貨と。
二十年前の帳簿を持って。
初めて。
王国の中心へ足を踏み入れた。




