第四十九話 半分で足りない
「触るな!」
ヴァルターの声が倉庫に響いた。
「全員、外へ出ろ! 何が残っているか確認するまで、魔石には誰も触れるな!」
海軍兵が一斉に動く。
倉庫の中には、残された軍用魔石。
そして床には、赤い文字。
――再起動させるな。
「昨日まで、全部あったんですよね?」
桐生が聞く。
「ああ」
「最後に確認したのは?」
「我々がここを発見した日だ。その後は監視も置いた」
「誰を?」
「……海軍兵だ」
「何人?」
「六人」
「今は?」
ヴァルターが黙った。
そこへ部下が走ってくる。
「副司令!」
「どうした!」
「監視兵を発見しました! 倉庫裏の林です!」
「状態は?」
「全員、気絶しています!」
「生きてる?」
桐生が割り込む。
「はい!」
桐生は小さく息を吐いた。
「殺してない」
「それがどうした」
ガイルが聞く。
「盗むだけなら、殺した方が確実でしょう」
「相手にも事情があるってことか?」
「そこまではまだ。でも、少なくとも皆殺しにしてでも奪う相手じゃない」
リディアが倉庫の中を見る。
「犯人探しの前に、一つ確認した方がいいですよ」
「何です?」
「残りで足りるんですか?」
全員が止まった。
そうだった。
今、一番重要なのは。
そこだ。
◇
『不足』
地下。
管理者の答えは簡潔だった。
「どれくらい?」
『必要量の五十八パーセント』
「半分以上あるじゃねぇか」
ガイルが言う。
「六割弱ですね」
「同じようなもんだろ」
「こういう時の一割は大きいです」
「今そこ重要か?」
「かなり」
管理者が続ける。
『完全再起動には不足』
「部分稼働なら?」
『可能』
エレノアが一歩前へ出る。
「どこまで動かせますか?」
壁に地図が浮かぶ。
アストラ。
王都。
北方。
南方。
そして海の向こう。
『二系統』
「二つだけ?」
『そうだ』
セレナが地図へ近づいた。
「北方を選べば、魔石の崩壊を止められる?」
『可能性が高い』
「なら北方を――」
「待ってください」
桐生が止める。
「もう一つは?」
『選択』
複数の線が光る。
王都。
南方。
そして。
海の向こうにある黒い場所。
「これ、異常流入してるところですよね?」
『そうだ』
「そこを繋いだら?」
『流入魔力を循環網へ取り込む』
「なら、そっちを優先すれば――」
「待って」
今度はセレナが止めた。
「北方を切ったままなら、今ある魔石が壊れ続けます」
「分かってます」
「生活が止まる都市もある。工房だけじゃない。暖房も、治療院もです」
「……分かってます」
「では?」
桐生は答えられなかった。
二つしか動かせない。
北方を救う。
王都を守る。
異常流入を抑える。
南方にも何が起きるか分からない。
「嫌な選択だな」
カイルが呟いた。
「だから」
エレノアが言った。
「選びません」
全員が彼女を見る。
「エレノア様?」
「残りの魔石を探します」
「三日ですよ」
「はい」
「王都にも行かなきゃいけない」
「はい」
「税も払う」
「はい」
「さすがに無茶では?」
エレノアが桐生を見る。
「桐生さんにだけは言われたくありません」
「……確かに」
「納得すんな」
ガイルが笑った。
◇
地上へ戻る。
倉庫では海軍兵たちが車輪跡を調べていた。
「北へ向かっています」
ヴァルターが地図を広げる。
「北?」
「街道ではない。海岸沿いだ」
カイルが覗き込んだ。
「馬車で?」
「ああ」
「変だな」
「何が?」
「この先に道はねぇぞ」
カイルが地図を指す。
「崖だ」
「昔から?」
「少なくとも俺が知る限りはな」
桐生は床に残された文字を見る。
再起動させるな。
「魔石を売るためじゃない」
「だろうな」
「持ち逃げなら港へ行く。その方が換金も逃亡も早い」
「なのに北」
リディアは別のものを見ていた。
残された木箱。
「桐生さん」
「はい?」
「半分」
「え?」
「きれいに半分なんですよ」
桐生も見る。
「そうですね」
「盗むなら、持てるだけ持っていきません?」
桐生が止まる。
「……確かに」
ヴァルターも倉庫を見渡した。
箱単位で。
ほぼ正確に半分。
「最初から量を決めていた?」
「再起動できなくなる量だけ持っていった」
エレノアが言う。
「つまり犯人は」
「必要量を知っている」
沈黙。
知っている人間。
老人。
アルベルト。
そして。
古代施設について、以前から知っていた者。
「鳥の爺さんか?」
カイルが言う。
「王都にいたはずです」
「本人じゃなくても仲間なら動ける」
桐生はもう一度、車輪跡を見る。
「追いましょう」
「今から?」
リディアが聞く。
「はい」
「王都は?」
「明日出ても間に合う」
「税は?」
「金はある」
「港は?」
「リディアさんがいる」
「ずいぶん当然のように置いていきますね」
「お願いします」
「高くつきますよ」
「最近そればっかりですね」
「商人なので」
エレノアが口を開く。
「私も行きます」
「駄目です」
「なぜ?」
「明日、王都へ向かってください」
「でも――」
「本物の王家から呼ばれたのは、エレノア様です」
エレノアが黙る。
「ここは俺たちが行きます」
「桐生さん」
「はい」
「絶対に戻ってください」
「努力します」
「絶対です」
「……はい」
「今、間がありましたね」
「気のせいです」
◇
桐生。
ガイル。
カイル。
ヴァルター。
そして海軍兵四人。
馬で北へ向かう。
「私まで行く必要があるのか?」
ヴァルターが聞く。
「あります」
「なぜ?」
「盗まれたの、一応は王国の軍用物資ですよね」
「帳簿上は廃棄済みだ」
「都合のいい時だけ廃棄物扱いしないでください」
「誰のせいでこんなことになっていると思ってる」
「クロイツ?」
「半分くらい正解なのが腹立つな」
海岸沿い。
車輪跡は確かに続いている。
だが。
「止まれ」
カイルが馬を止めた。
「ここから先は無理だ」
目の前には。
崖。
道が消えている。
「跡は?」
「ここまでだ」
馬車の車輪跡も。
崖の前で消えていた。
「海へ捨てた?」
桐生が下を見る。
高い。
荒い波。
岩。
「再起動させたくないなら、魔石を海へ捨てればいい」
ガイルが言う。
「いや」
カイルが首を振った。
「下を見ろ」
崖の下。
小さな入り江。
その影に。
一隻の船が隠れていた。
「船で運んだのか」
「どこへ?」
ヴァルターが望遠鏡を覗く。
「北だ」
「ノルディア?」
「いや」
カイルが答える。
「もっと近い。島がある」
「人は?」
「今はいない」
「名前は?」
「白礁島」
桐生は嫌な予感がした。
「……セイル商会と関係あります?」
カイルが振り返る。
「何で分かった」
「最近、昔の話が出てくると大体セイル商会かクロイツなので」
「嫌な慣れ方だな」
◇
船を借り。
島へ向かう。
小さな島。
白い岩肌。
深い木々。
「昔」
カイルが言った。
「親父たちが使ってた」
「何に?」
「避難場所だ。追われた船を隠したり、怪我人を休ませたり」
島を見つめる。
「王都から食料を運んだ時も、ここを経由した」
「じゃあ、お父さんの拠点?」
「ああ」
「でも親父が死んでからは、誰も使ってねぇ」
島へ近づく。
「煙」
ガイルが指した。
森の奥。
白い煙が上がっている。
「誰かいる」
上陸する。
複数の足跡。
馬車はない。
代わりに。
木箱を引きずった跡。
「こっちだ」
カイルが先へ進む。
森を抜ける。
小さな入り江。
そこに。
古い石造りの建物があった。
「こんなのあったんです?」
「いや」
カイルが首を振る。
「俺も初めて見る」
扉は。
開いていた。
中へ入る。
木箱。
大量の軍用魔石。
「あったな」
ガイルが笑う。
「持って帰るか」
「待って」
桐生が止める。
部屋の奥。
人影。
「そこにいる人」
「出てきてください」
返事はない。
「ガイルさん」
「ああ」
剣を抜く。
「出てこい!」
ゆっくり。
一人の男が姿を現した。
老人ではない。
三十代ほどに見える。
ぼろぼろの服。
痩せた身体。
そして胸元には。
白い鳥。
「黒鴎団?」
桐生がカイルを見る。
だが。
カイルの顔が。
完全に固まっていた。
「……嘘だろ」
男もカイルを見る。
そして。
静かに笑った。
「大きくなったな」
カイルの手から。
剣が落ちた。
「お前……」
声が震える。
「何で」
「生きてる」
桐生がカイルを見る。
「知ってる人?」
カイルは答えなかった。
代わりに。
男が口を開く。
「初めまして、桐生真琴」
「俺は」
「セイル商会、白鴎号の船長」
一拍。
「そして」
「カイルの兄」
「ルーク・セイルだ」
誰も声を出せなかった。
「兄……?」
カイルがようやく絞り出す。
「死んだって」
「聞いてた」
「ああ」
「そういうことにした」
「何でだよ」
「お前を巻き込まないためだ」
「ふざけんな!」
カイルが殴りかかる。
ガイルは止めなかった。
拳が。
ルークの顔に入る。
倒れる。
「二十年だぞ!」
「分かってる」
「親父が死んで!」
「俺が!」
「俺たちが何してたと思ってんだ!」
「分かってる」
「分かってねぇよ!」
もう一発。
今度はルークが腕で受け止めた。
「だから」
「魔石を盗んだ」
「……何?」
「これを使わせるわけにはいかない」
カイルの動きが止まる。
桐生が聞く。
「再起動すると」
「何が起きるんです?」
ルークは桐生を見る。
「管理者から聞いてないのか?」
「ある程度は」
「なら」
「肝心なことを隠されてる」
「何を?」
ルークが軍用魔石の箱へ手を置く。
「あの循環網は」
「魔力を運ぶためだけのものじゃない」
桐生の嫌な予感が強くなる。
「他に何を?」
「命令だ」
「命令?」
「古代魔導兵」
「施設」
「兵器」
「全部」
「あの網に繋がってる」
ガイルの表情が変わった。
「再起動したら?」
「眠ってるものが」
「全部起きる」
静寂。
桐生は。
海で遭遇した巨大な魔導兵を思い出した。
「じゃあ」
「あれも?」
「あれだけじゃない」
ルークが言う。
「二十年前」
「親父とエドワードは見たんだ」
「何を?」
ルークは。
島の奥。
地下へ続く階段を指した。
「一体」
「見せた方が早い」
◇
暗い地下へ降りる。
石の扉。
ルークが手をかける。
重い音。
扉が開く。
青い光。
そして。
ガイルが。
初めて言葉を失った。
巨大な空間。
そこに。
何百もの。
人型魔導兵が。
整然と並んでいた。
眠るように。
動かず。
ただ。
何かを待っている。
「これが」
ルークが言った。
「この島だけで」
「三百二十七体」
桐生の顔から血の気が引く。
「他にも?」
「ああ」
「王国中に」
「いくつあるか」
「誰も知らない」
その瞬間。
一番手前の魔導兵。
その目に。
青い光が灯った。
「……え?」
次。
さらに次。
一体ずつ。
眠っていた兵士たちの目が開いていく。
ルークの顔色が変わる。
「まずい」
「何が?」
「誰かが」
「部分再起動を始めた」
さらに十体。
二十体。
青い光。
「魔石を持って逃げろ!」
ルークが叫ぶ。
税の期限まで。
残り二日。
だが。
今度こそ。
金貨を数えている場合ではなかった。




