第四十八話 第三の答え
「速っ――!」
桐生の声が海へ消えた。
巨大な魔導兵が海面を切り裂いて進む。
船とは違う。
帆も。
風も。
必要ない。
「だから嫌だったんだ!」
カイルが怒鳴る。
「来たの自分でしょう!」
「お前らだけ行かせる方が嫌だったんだよ!」
「仲良いですね!」
「殺すぞ!」
「喋るな!」
先頭にいるガイルが叫ぶ。
「舌噛むぞ!」
直後。
魔導兵が波を越えた。
「うわっ!」
三人まとめて床へ転がる。
「……これ」
桐生が起き上がる。
「乗り物としては最悪ですね」
「生きて着けば十分だ!」
カイルが叫ぶ。
「それより」
「何でこいつ」
「アストラに向かってる?」
誰も操作していない。
魔導兵は。
一直線に。
アストラへ進んでいる。
中央に置いた。
二十年前の帳簿。
そこから。
青い光が伸びている。
「これが鍵?」
桐生が帳簿を見る。
「紙だぞ?」
「ただの紙じゃないのかも」
「アルベルト置いてきたの失敗だったな」
「今それ言わないでください」
ガイルが前を見る。
「見えたぞ!」
水平線。
アストラ。
そして。
空へ伸びる。
巨大な青い光。
「……あれか」
桐生の顔から。
笑みが消えた。
◇
『第三の選択肢は存在しない』
「なら」
「作ります」
地下。
エレノアは管理者と向き合っていた。
『不可能』
「どうして?」
『循環網は』
『停止』
『再起動』
『二状態のみ』
「全部を一度に?」
『そうだ』
「一部だけ動かすことは?」
『推奨されない』
セレナが反応した。
「できないとは言ってない」
管理者が沈黙する。
「できますね?」
『部分稼働は可能』
「ほら」
「でも」
『危険性が高い』
「どんな危険?」
『供給と需要の不均衡』
『局所的な魔力過剰』
『経路損傷』
『制御不能』
エレノアは考える。
「一か所ずつなら?」
『同様』
「じゃあ」
セレナが口を挟む。
「魔石を全部吸い上げない程度に」
「少しずつ動かすことは?」
『出力制限は可能』
「それです」
『推奨されない』
「さっきから」
セレナが苛立つ。
「あなたの推奨」
「役に立たないですね」
『……』
「黙った」
「セレナさん」
「何です?」
「ちょっと桐生さんに似てきました」
「嫌です」
「聞こえてないのに酷いな」
声がした。
エレノアが振り返る。
「……え?」
遠く。
地下通路。
「エレノア様!」
「桐生さん!?」
走ってくる。
桐生。
ガイル。
カイル。
「何で!?」
「説明すると長いです!」
「船は?」
「捨てました!」
「はい?」
「正確には」
カイルが息を切らす。
「古代の馬鹿でかい魚に乗ってきた」
「全然分かりません」
「俺も分かってねぇ!」
ガイルが笑う。
「とりあえず無事だ!」
エレノアは。
桐生を見た。
「遅いです」
「すみません」
「すごく」
「困ってます」
「聞きました」
桐生が。
管理者を見る。
「これ?」
「これです」
『新規個体を確認』
「個体って言い方やめてもらえます?」
『識別情報なし』
「桐生真琴です」
『登録』
「勝手に?」
『桐生真琴』
「はい」
『権限なし』
「いきなりそれ?」
セレナが吹き出した。
「相性悪そうですね」
「俺もそう思います」
◇
状況を聞く。
停止を続ければ。
外部からの魔力流入で。
いつか循環網が壊れる。
完全再起動すれば。
各地の魔石から魔力が回収される。
北方では。
生活そのものが止まる可能性がある。
「なるほど」
桐生が座り込む。
「困った」
「それだけ?」
セレナが聞く。
「いや」
「かなり困ってます」
「顔に出ないですね」
「出したら解決します?」
「しません」
「じゃあいいかなと」
エレノアが隣へ座る。
「第三の方法」
「ありますか?」
「今考えます」
『存在しない』
「ちょっと静かにしててもらえます?」
『……』
「本当に黙るんだ」
カイルが笑う。
桐生は床を見る。
青い線。
「確認したいんですけど」
『質問を許可』
「上からだな」
「桐生さん」
「すみません」
「完全再起動すると」
「魔石の魔力を回収する」
『そうだ』
「何のため?」
『初期稼働に必要』
「その後は?」
『外部経路から流入する魔力を』
『循環網へ配分』
「つまり」
桐生が顔を上げる。
「一回動けば」
「魔石をずっと吸い続ける必要はない?」
『そうだ』
セレナが立ち上がった。
「待って!」
「じゃあ最初の分だけ」
「別に用意できれば?」
管理者が沈黙する。
「できますね?」
『理論上可能』
「どれくらい必要?」
壁に。
数字。
古代文字。
「読めません」
『現代単位へ換算』
数字が変わる。
セレナの顔が。
引きつった。
「……嘘」
「どれくらい?」
「北方船団が持ってきた魔石」
「全部でも足りない」
「じゃあ無理?」
「いや」
桐生は思い出す。
海岸の。
隠し倉庫。
大量の。
加工済み軍用魔石。
「あります」
全員が見る。
「どこに?」
「東の海岸」
「軍用魔石の隠し倉庫」
ガイルが手を叩く。
「そういやあったな!」
「でも」
エレノアが言う。
「あれは王国のものですよね?」
「はい」
「勝手に使えません」
「ですよね」
カイルが呆れる。
「世界が危ねぇんだろ?」
「盗めばいいじゃねぇか」
「駄目です」
「何でだよ!」
「盗んだら」
「次から誰もアストラに物を預けなくなります」
「今それ言う!?」
「今だからです」
桐生は立ち上がる。
「必要なのは」
「魔石じゃない」
「許可です」
◇
「ヴァルターさんを呼びます」
エレノアが言った。
「海軍?」
「軍用物資なら」
「私たちだけで決めるより」
「王国側の人が必要です」
「でも」
セレナが聞く。
「海軍の副司令官に」
「そんな権限あるんですか?」
「多分ないです」
「ないんですか」
「でも」
桐生が言う。
「証人にはなれる」
王国。
アストラ。
北方。
南方。
商人。
海軍。
「勝手に使うんじゃなく」
「関係する人を」
「全部巻き込みます」
カイルが嫌そうな顔をする。
「時間かかるぞ」
「だから急ぎます」
「どれくらい?」
「管理者」
『応答』
「今の状態」
「何日持ちます?」
『推定』
『三日から十一日』
「幅広すぎません?」
『不確定要素多数』
「最短三日」
エレノアが呟く。
「税の期限より早い」
桐生が止まる。
「そういえば」
「忘れてた?」
「ちょっとだけ」
「駄目です」
「はい」
税の期限まで。
残り四日。
循環網は。
最短三日。
「……一個ずつにしてほしいな」
桐生が呟いた。
◇
地上へ戻る。
港から。
ヴァルターが到着したのは。
二刻後だった。
「説明しろ」
第一声。
「短くお願いします」
「こっちの台詞だ!」
桐生は。
説明した。
古代施設。
循環網。
魔石の崩壊。
完全再起動。
必要な初期魔力。
そして。
海岸倉庫の軍用魔石。
ヴァルターは。
しばらく何も言わなかった。
「信じろと?」
「ですよね」
「だが」
セレナが。
灰色になった魔石を置く。
「これは事実です」
「北方でも同じことが起きています」
ヴァルターが魔石を持つ。
「……魔力がない」
「はい」
「倉庫の魔石を使えば止められる?」
「止めるというより」
桐生が答える。
「動かす」
「その後」
「外から入ってくる魔力を」
「各地へ流せるかもしれない」
「かもしれない?」
「保証はできません」
「失敗したら?」
「分かりません」
「成功率は?」
「分かりません」
「お前」
「分からんことしか言わんな」
「今日はよく言われます」
ヴァルターが頭を抱える。
「私に軍用物資を使う許可は出せん」
「ですよね」
「王都の承認が必要だ」
「何日?」
「通常なら十日」
「間に合わない」
「緊急なら?」
「早くて三日」
桐生が管理者の言葉を思い出す。
最短。
三日。
「ぎりぎり」
「いや」
ヴァルターが首を振る。
「承認される保証もない」
全員が黙る。
その時。
「買えばいい」
リディアだった。
いつの間にか。
後ろに立っている。
「何を?」
「その魔石」
ヴァルターが眉をひそめる。
「軍用物資だぞ」
「知っています」
「売却できない」
「通常は」
リディアが言う。
「でも」
「廃棄予定なら?」
ヴァルターが止まった。
「何?」
「海岸の倉庫」
「正規の軍用倉庫ではないのでしょう?」
「……ああ」
「正式な在庫として」
「今も存在しているんですか?」
ヴァルターが答えない。
「調べたんですね」
「昨日」
「海軍側の記録を確認した」
「あの倉庫の物資は」
「帳簿上」
「二十年前に廃棄済みだ」
静寂。
「じゃあ」
ガイルが聞く。
「誰の物なんだ?」
「それが分からん」
「王国のものだけど」
「王国の帳簿上は存在しない?」
桐生が聞く。
「そうなる」
「面倒ですね」
「お前が言うな」
リディアは。
少し笑った。
「なら」
「なおさら」
「勝手に使ってはいけません」
「じゃあどうする?」
「公開します」
全員が見る。
「倉庫の存在を」
「魔石の量を」
「刻印を」
「海軍の記録を」
「全部」
「王国」
「北方」
「南方」
「アストラ」
「関係者の前で確認する」
「そして」
「その場で」
「使うことへの同意を取ります」
ヴァルターが眉をひそめる。
「法的な所有権は解決しない」
「はい」
「でも」
「誰か一人が盗んだことにもできなくなる」
桐生が笑った。
「それ」
「いいですね」
「でしょう?」
「俺より先に思いつきました?」
「当たり前です」
「悔しいな」
「もっと悔しがってください」
◇
翌朝。
海岸の隠し倉庫。
集まった。
アストラ領主。
王国海軍。
ノルディア自由都市。
南方商業連合。
黒鴎団。
赤鷲団。
そして。
王都から来たレオン。
「何でいるんです?」
桐生が聞く。
「お前が王都へ行っている間」
「私も仕事をしていた」
「何を?」
「本物の王宮へ連絡した」
全員が止まる。
「返事は?」
「来た」
レオンが。
一通の書状を出す。
本物の王家の印。
星は。
欠けていない。
「内容は?」
エレノアが受け取る。
読む。
そして。
目を見開いた。
「……王都へ」
「来いと?」
「はい」
桐生が嫌な顔をする。
「いつ?」
エレノアが。
書状の最後を見る。
「税の納付期限と」
「同じ日です」
残り。
三日。
桐生は。
空を見上げた。
「本当に」
「一個ずつ来てくれないかな」
その横で。
リディアが倉庫の扉を開ける。
「残念ですが」
「もう一つあります」
「何です?」
扉の向こう。
大量にあったはずの。
軍用魔石。
その半分が。
消えていた。
床には。
新しい車輪の跡。
そして。
赤い文字。
たった一行。
――再起動させるな。
桐生の表情から。
笑みが消えた。




