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第四十三話 払わない理由

「払います」


 エレノアが言った。


 全員が彼女を見る。


 机の上には。


 揃った税金。


「エレノア様」


 レオンが口を開く。


「今の話を聞いていましたか?」


「聞いていました」


「税を払えば、財務院は救済指定解除の根拠に使う可能性がある」


「はい」


「魔石鉱床が共同管理になれば――」


「それでもです」


 エレノアは老人を見る。


「この人の言葉だけで」


「税を払わないという判断はできません」


 桐生は黙って聞いていた。


「それに」


 エレノアは続ける。


「私たちは税を払うために」


「ここまで来ました」


「領民にも」


「商人にも」


「払うと言いました」


 机の上の金貨に手を置く。


「相手に別の狙いがあったからといって」


「私たちが約束を破っていい理由にはならない」


 ガイルが笑った。


「俺は賛成だ」


「払ってから殴ればいい」


「最後だけ違います」


 桐生が言う。


「何でだよ」


「でも」


 リディアは笑っていなかった。


「私は反対です」


 部屋の空気が変わる。


 エレノアが彼女を見る。


「理由を聞いても?」


「当然です」


 リディアは税金の横に。


 一枚の木札を置いた。


 港で使い始めた取引札。


「今のアストラには」


「現金以上のものが生まれ始めています」


「港ですか?」


「信用です」


 リディアはエレノアを見る。


「商人がアストラの札を受け取った」


「未来の倉庫へ先に金を払った」


「北方商人まで港へ来た」


「でも」


「それはまだ始まったばかりです」


 金貨を指す。


「ここで八百四十枚を外へ出せば」


「また資金が薄くなる」


「払えるから払う」


「それは立派です」


「ですが領主として」


「払った翌日のことまで考えてください」


 エレノアが黙る。


 桐生も口を挟まなかった。


 これは。


 二人の話だ。


「では」


 エレノアが聞く。


「リディアさんならどうします?」


「払うのを遅らせます」


「期限まで?」


「はい」


「その七日で」


「救済指定を調べる」


「魔石の権利を固める」


「そして」


「この八百四十枚を使わずに」


「できるだけ港を回す」


 ガイルが首を傾げる。


「税金使ったら駄目だろ」


「使いません」


「じゃあ何するんだ?」


「見せます」


「誰に?」


「商人に」


 リディアが金貨を見る。


「アストラには」


「期限日に税を払えるだけの金がある」


「それ自体が信用になります」


「なるほど」


 桐生が呟く。


「だから今は払わない」


「はい」


「払えないのではなく」


「払えるけど、期限までは持っておく」


 リディアが頷く。


 エレノアは少し考えた。


「……分かりました」


「では?」


「七日間」


「調べます」


「ただし」


 エレノアの目が強くなる。


「期限までに別の方法が見つからなければ」


「私は払います」


「異論ありません」


 リディアが頭を下げた。


 決まった。


 残り七日。


 金はある。


 次に必要なのは。


 権利だった。


◇


「で」


「救済指定って何なんです?」


 桐生の言葉に。


 アルベルトが呆れた顔をした。


「そこからか」


「異世界人なので」


「何だそれは」


「こっちの話です」


 城の書庫。


 机には古い法令集が積まれている。


 レオン。


 アルベルト。


 桐生。


 エレノア。


 リディア。


 五人で救済領に関する規定を探していた。


「見つけました」


 エレノアが一冊を開く。


 アストラ領。


 特別救済指定。


 二十三年前。


「父が領主になる前?」


「はい」


 原因は。


 凶作。


 港湾設備の破損。


 人口流出。


 そして巨額の債務。


「だから救済領になった」


「その後に飢饉か」


 桐生がページをめくる。


「地下資源については?」


「ここだ」


 レオンが指差す。


 救済領内で発見された鉱物資源。


 その採掘権は。


 原則として当該領主に帰属する。


「本当だ」


「ただし」


 アルベルトが次を読む。


「王国安全保障上、重要と認定された資源については――」


 止まる。


「どうしました?」


「続きがない」


「え?」


 ページが切り取られていた。


 綺麗に。


 そこだけ。


「またかよ」


 ガイルなら絶対そう言う。


 桐生は思った。


「別の写本は?」


「探します」


 エレノアが立ち上がる。


 だが。


 リディアは切り取られた部分を見ていた。


「これ」


「最近じゃないですよ」


「分かるんですか?」


「紙の変色が同じです」


「少なくとも十年以上前」


 アルベルトが顔を上げる。


「二十年前か」


 また。


 二十年前。


 セイル商会。


 飢饉。


 エドワード。


 クロイツ。


 魔石。


「お父様は」


 エレノアが呟く。


「知っていたのかもしれません」


 桐生は彼女を見る。


 まだ。


 一つ残っている。


 エドワードが娘へ残した手紙。


 ダグラスから受け取った。


 あの手紙。


「エレノア様」


「はい」


「そろそろ」


「お父様の手紙を読んでもいいんじゃないですか」


 エレノアの手が止まった。


◇


 夜。


 エレノアの部屋。


 机の上に。


 古い封筒が置かれていた。


 宛名。


 エレノアへ。


「一人で読みますか?」


 桐生が聞く。


「……いいえ」


 エレノアは首を振った。


「いてください」


 桐生。


 リディア。


 ガイル。


 カイル。


 四人が残った。


「俺も?」


 カイルが聞く。


「あなたのお父様にも関係があります」


「……そうか」


 封蝋を外す。


 紙を開く。


 エレノアが読み始めた。


「エレノアへ」


 声が少し震える。


「この手紙を読む頃」


「私はもう、お前の隣にはいないだろう」


 ガイルが俯く。


「私は」


「正しい領主ではなかった」


「多くのことを隠し」


「多くの嘘をついた」


「セイル商会のことも」


「北の土地のことも」


「魔石のことも」


 カイルの拳が握られる。


「だが」


「一つだけ」


「お前に伝えておきたい」


 エレノアが。


 一度、息を吸った。


「魔石を守るな」


 全員が顔を上げた。


「……何?」


 エレノア自身が。


 もう一度読む。


「魔石を守るな」


「土地を守るな」


「港を守るな」


「それらを守ろうとすれば」


「お前はいつか」


「それらのために人を捨てる」


 部屋が静かになる。


「私が守りたかったのは」


「魔石ではない」


「アストラで暮らす人々が」


「明日もここで生きていけることだ」


「もし」


「魔石を差し出すことで人々が守れるなら」


「差し出せ」


「土地を失うことで守れるなら」


「土地を失え」


「だが」


 エレノアの声が止まった。


 涙が一滴。


 紙へ落ちる。


「人を差し出して」


「何かを守ろうとだけはするな」


 桐生は何も言えなかった。


 エレノアは続きを読む。


「そして」


「もし私より」


「良い方法を見つけられる仲間が」


「お前の隣にいるなら」


「私のやり方を捨てろ」


「父親の失敗を」


「娘が守る必要はない」


 最後。


 短い一文。


「エレノア」


「領主になろうとするな」


「お前が守りたいと思える人の」


「隣に立て」


 手紙が下がる。


 誰も話さなかった。


 しばらくして。


 カイルが口を開いた。


「……親父と似てんな」


「カイルさんのお父様?」


「ああ」


「最後まで格好つけて」


「全部一人で抱えやがった」


 ガイルがエレノアを見る。


「どうする?」


 エレノアは涙を拭いた。


「決めました」


「何を?」


「魔石を」


「守りません」


 桐生が彼女を見る。


「でも」


「渡しもしません」


「どういうことです?」


「父は」


「魔石を隠したから」


「一人で守ることになった」


 エレノアは窓の外を見る。


 港の灯り。


 商船。


 黒鴎団。


 北方の船。


 市場。


「なら」


「隠さなければいい」


 リディアの目が動く。


「公表するんですか?」


「全部ではありません」


「でも」


「アストラだけの秘密にはしません」


 エレノアは桐生を見る。


「桐生さん」


「前に言いましたよね」


「王都を」


「アストラの共犯者にするって」


「はい」


「王都だけじゃ」


「足りないと思います」


 桐生は。


 ゆっくり笑った。


「俺もです」


◇


 翌朝。


 港。


 北方商人。


 南方商人。


 アストラ商人。


 黒鴎団。


 赤鷲団。


 そして王国海軍。


 主要な代表者が集められた。


「本日は」


 エレノアが前へ出る。


「皆様へ」


「アストラから一つ提案があります」


 セレナが尋ねる。


「何でしょう」


「魔石です」


 ざわめきが起こる。


 ヴァルターの表情が険しくなる。


「エレノア殿」


「鉱床の存在を公表するつもりか?」


「いいえ」


「では?」


「アストラは」


 エレノアが言う。


「魔石加工の工房を作ります」


 桐生が続ける。


「原石を売る場所ではありません」


「北方からも買う」


「王国内からも買う」


「将来、アストラで採れたものを使うこともある」


「そして」


 リディアが続ける。


「ここで加工して」


「必要な人へ売ります」


 セレナが興味深そうに聞く。


「何を作るのです?」


「まだ決めてません」


 桐生が答える。


「決めていない?」


「だから」


「皆さんに聞きたいんです」


 港にいる商人たちを見る。


「魔石があったら」


「何に使いたいですか?」


 一瞬。


 静かになった。


 そして。


「船灯だ!」


 誰かが叫ぶ。


「夜でも使える灯りが欲しい!」


「工房の炉!」


「冬の暖房!」


「鉱山の排水!」


「治療院!」


「冷蔵庫は作れないのか!?」


「それ何です?」


「北方にあるぞ!」


 次々と声が上がる。


 桐生は少し驚いた。


 魔石そのものを欲しがっていたわけではない。


 欲しいのは。


 魔石でできること。


「これだ」


 リディアが呟く。


「何です?」


「売るものが決まりました」


 魔石ではない。


 灯り。


 熱。


 動力。


 保存。


 人が欲しい機能。


 そのための工房。


 職人。


 技術。


「アストラに」


 エレノアが言う。


「皆さんの技術を貸してください」


「その代わり」


「ここで作ったものを」


「皆さんが売ってください」


 北方商人と。


 南方商人が。


 互いを見る。


 セレナが最初に手を上げた。


「ノルディアから」


「魔導具職人を送れます」


 南方商人ダリオも続く。


「南方にはガラス職人がいる」


「船灯なら組めるかもしれん」


 カイルが笑う。


「完成したら最初に俺の船へ付けろ」


「金払ってくださいね」


「仲間価格」


「高くします」


「何でだよ!」


 笑いが起きた。


 エレノアも笑った。


 父が守った秘密が。


 初めて。


 人を集める理由に変わった。


 その時だった。


「桐生!」


 港の入口から。


 アルベルトが走ってくる。


 手には。


 一冊の古い法令集。


「見つけた!」


「何を?」


「切り取られていない写本だ!」


 全員の表情が変わる。


◇


 城へ戻る。


 アルベルトが法令集を開く。


「救済領における戦略資源」


 切り取られていた続き。


「読みます」


 エレノアが身を乗り出す。


 アルベルトが指で文章を追う。


「王国安全保障上」


「重要と認定された資源については」


「王国との共同管理とする」


 レオンが頷く。


「老人の言った通りだ」


「待て」


 アルベルトが言う。


「続きがある」


 次の一文。


「ただし」


「当該資源が発見以前より」


「領民の生業、産業、または領地経営に継続的に利用されている場合」


「その管理権は」


 アルベルトが止まる。


「何です?」


「領主に留保される」


 静寂。


「どういうことです?」


 ガイルが聞く。


 リディアが答える。


「魔石が」


「見つかった宝ではなく」


「アストラの産業の一部なら」


「共同管理にならない」


「でも」


 エレノアが言う。


「発見以前より、ですよね?」


「今から工房を作っても遅い」


「普通ならな」


 アルベルトが。


 もう一枚の紙を置いた。


 二十年前。


 王都第七倉庫。


 魔石搬入記録。


「これがある」


 桐生の目が止まる。


「二十年前から」


「アストラの魔石が使われていたと証明できれば?」


「そうだ」


 アルベルトが笑った。


「救済指定が解除されようが」


「関係ない」


「クロイツが隠した二十年前の取引記録そのものが」


「アストラの権利を証明する」


 桐生は思わず笑った。


 相手が隠したかった過去。


 それが。


 今度はアストラを守る。


「じゃあ」


 ガイルが立ち上がる。


「第七倉庫に行けばいいんだな?」


「王都ですよ?」


「行こうぜ」


「簡単に言いますね」


「期限まで七日ある」


「片道は?」


「急げば二日」


「帰って四日」


「余裕じゃねぇか」


「その計算やめてください」


 だが。


 桐生も同じことを考えていた。


 税金はある。


 払う準備もできた。


 あとは。


 払っても奪われない証拠を取る。


「行きましょう」


「誰が?」


 桐生は立ち上がった。


「俺と」


「ガイルさん」


「アルベルトさん」


「それから――」


「俺も行く」


 カイルだった。


「第七倉庫には」


「親父のことも残ってるんだろ」


 誰も止めなかった。


 エレノアが四人を見る。


「お願いします」


「でも」


 桐生は彼女を見る。


「エレノア様は?」


「残ります」


「いいんですか?」


「私は領主です」


 エレノアは港を見る。


「今のアストラを」


「止めるわけにはいきません」


 それぞれが。


 それぞれの場所で戦う。


「期限は?」


 カイルが聞く。


「七日」


 ガイルが笑う。


「十分だ」


「その自信どこから来るんです?」


「気合い」


「またそれか」


 その日の午後。


 一隻の高速船が。


 アストラ港を出た。


 目的地。


 王都。


 王都第七倉庫。


 そして。


 二十年前に消された記録。


 だが。


 四人はまだ知らなかった。


 第七倉庫ではすでに。


 すべての帳簿を積んだ馬車が。


 火を放たれる寸前だった。

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