第四十話 二十七隻
「二十七隻?」
最初に声を上げたのはガイルだった。
「多いのか?」
「多い」
カイルとヴァルターが同時に答えた。
二人が顔を見合わせる。
「海賊と意見が合うとはな」
「元海賊だ」
「頭、それもう諦めろ」
黒鴎団から声が飛ぶ。
「うるせぇ!」
いつもなら笑いが起きる。
だが今は誰も笑わなかった。
ヴァルターが海図を甲板に広げる。
「第三艦隊で即応できるのは五隻」
「他は?」
「南方警備と王都周辺に分散している。集結には最低でも四日」
「間に合わねぇな」
カイルが海図を覗き込む。
「隣国艦隊が今の速度なら?」
「早ければ二日」
桐生は海図を見る。
「どうしてアストラだと?」
アルベルトが例の搬入記録を置いた。
「魔石だ」
「まだ公表してませんよ」
「二十年前から知っている者がいるなら話は別だ」
アストラの魔石は。
誰かによって採掘され。
王都へ運ばれていた可能性がある。
なら、その情報が国外へ漏れていてもおかしくない。
「でも二十年間来なかった」
桐生が言う。
「なぜ今なんです?」
誰も答えない。
アルベルトの失脚。
グレゴールの失踪。
鉱床の再発見。
隠し倉庫。
軍用魔石。
すべてが同時に動き始めた。
「偶然じゃないですね」
「だろうな」
レオンが答える。
その時。
バルガスが鼻で笑った。
「お前ら、一番大事なこと忘れてねぇか?」
「何です?」
「二十七隻全部が軍艦だって、誰が言った?」
ヴァルターの目が動いた。
「監視塔からの報告では艦隊と――」
「遠くから帆を数えただけだろ」
バルガスは海図を指で叩く。
「軍艦二十七隻なら、アストラなんか落とすには多すぎる」
「じゃあ?」
「見ねぇと分からん」
カイルが笑った。
「珍しくまともなこと言うな」
「殺すぞ」
「やってみろ」
「今やるか?」
「二人とも」
桐生が止める。
「見に行きましょう」
ヴァルターが顔を上げた。
「何?」
「相手が何者か分からないのに、戦う準備をしても仕方ないでしょう」
「偵察を出す」
「海軍の船で?」
「当然だ」
「それだと」
カイルが口を挟む。
「見つかるぞ」
「何?」
「軍艦は遠くからでも分かる」
カイルは自分たちの小舟を指した。
「俺たちなら近づける」
「海賊船なら怪しまれない?」
桐生が聞く。
「怪しまれる」
「駄目じゃないですか」
「だが軍艦よりマシだ」
バルガスが笑う。
「俺たちならもっといい」
「何でだ?」
「赤鷲団は隣国側でも仕事してる」
「お前それ今言う?」
ヴァルターの視線が鋭くなる。
「仕事とは?」
「商船の護衛だよ」
「本当か?」
「半分くらいは」
「残り半分は?」
「聞くな」
「お前を先に拘束するべきか?」
「話進まねぇだろ!」
桐生は頭を抱えた。
だが。
使える。
「バルガスさん」
「あ?」
「一緒に行きません?」
「嫌だ」
「即答?」
「俺に何の得がある」
桐生は少し考えた。
「三隻の船」
「返します」
「元々俺のだ!」
「じゃあ……」
「桐生」
カイルが肩を叩いた。
「こういう時の交渉は俺がやる」
「できるんですか?」
「海賊を何だと思ってんだ」
カイルはバルガスの肩へ腕を回した。
「ちょっと向こうで話そうぜ」
「何だよ」
「昔、お前が俺の船から盗んだ銀貨の話なんだけどな」
「待て」
「三袋だったよな?」
「二袋だ」
「認めたな」
「……てめぇ!」
二人が離れていく。
「交渉っていうか恐喝では?」
「海ではあれを交渉と呼ぶのかもしれん」
レオンが真顔で言った。
「絶対違います」
◇
一刻後。
黒鴎団一隻。
赤鷲団一隻。
海軍の小型高速艇一隻。
三隻だけで北へ向かった。
桐生。
ガイル。
カイル。
バルガス。
そしてヴァルター。
「何で俺まで……」
バルガスがずっと文句を言っている。
「銀貨三袋」
「二袋だ!」
「じゃあ帰ったら三袋返せ」
「増えてんじゃねぇか!」
桐生は少し離れた場所で海図を見ていた。
「桐生」
ガイルが隣へ来る。
「税はどうすんだ」
「忘れてませんよ」
「本当か?」
「忘れたいですけど」
残り八日。
不足、金貨三百十九枚。
南方商船団の荷を王都へ届ければ、残りの港湾収入が入る。
だが。
戦争になれば。
商売どころではない。
「だから確認するんです」
「戦うためじゃなく?」
「戦わなくていいなら、その方がいい」
「俺はちょっと残念だけどな」
「知ってます」
桐生は水平線を見る。
「戦争って」
「勝っても金なくなるでしょう」
「お前らしいな」
「褒めてます?」
「今回はな」
◇
夕方。
「帆だ!」
見張りが叫んだ。
全員が船首へ集まる。
水平線。
小さな点。
次々と増える。
「数えろ」
ヴァルターが命じる。
「二十三……二十四……」
「二十七!」
報告通り。
「距離を保て」
ヴァルターが言う。
「これ以上は危険だ」
「いや」
バルガスが目を細める。
「近づく」
「何?」
「あれを見ろ」
先頭の船。
その帆。
軍艦とは違う。
「商船?」
桐生が呟く。
「ああ」
さらに見る。
二隻目。
三隻目。
形が違う。
「統一されてない」
カイルが言った。
「軍艦ならもっと揃ってる」
「じゃあ二十七隻全部が軍艦ではない?」
「多分な」
ヴァルターが望遠鏡を覗く。
「武装船は……」
数える。
「七隻」
「残り二十隻は商船です」
桐生が言う。
ヴァルターが望遠鏡を下ろす。
「なぜ商船を連れている」
「侵略じゃない?」
「まだ分からん」
その時。
向こうの船団から一隻が離れた。
「来るぞ」
ガイルが剣へ手を伸ばす。
「まだ抜かないでください」
「分かってる」
「本当に?」
「……半分くらい」
「抜かないで」
小型船が近づく。
白旗。
戦う意思はない。
船首に一人の女が立っていた。
長い銀髪。
濃紺の外套。
腰には細身の剣。
「誰だ?」
ヴァルターが声を張る。
女は王国語で答えた。
「ノルディア自由都市連盟、通商使節セレナ・ハルヴァ」
ヴァルターの顔が変わる。
「自由都市連盟?」
「隣国艦隊ではないのか?」
「ノルディアは隣国ではあるが、単一国家じゃねぇ」
バルガスが説明する。
「北の都市が集まった連盟だ」
「で」
カイルが船団を見る。
「通商使節が軍艦七隻連れて何しに来た」
セレナが答えた。
「護衛です」
「二十隻の商船を?」
「はい」
「目的地は?」
少しの間。
セレナは桐生たちを見た。
「アストラ」
全員が黙った。
「なぜ?」
桐生が尋ねる。
「あなたは?」
「アストラ領で働いている桐生です」
「では話が早い」
セレナは懐から一枚の紙を取り出した。
「私たちは取引に来ました」
「何の?」
紙が広げられる。
そこに描かれていたのは。
青い石。
「魔石です」
ヴァルターが剣へ手を伸ばした。
「誰から聞いた」
「質問の意味が分かりません」
「アストラの魔石鉱床は王国内でも機密だ!」
「鉱床?」
セレナが眉を寄せた。
「何の話です?」
今度は桐生たちが黙る。
「あなたたち」
桐生が慎重に尋ねる。
「アストラの魔石を買いに来たんじゃないんですか?」
「違います」
セレナは後ろの二十隻を指した。
「売りに来ました」
「……え?」
「魔石を?」
「はい」
桐生は船団を見る。
二十隻。
まさか。
「全部?」
「いいえ」
セレナは首を振った。
「魔石だけではありません」
「鉄」
「木材」
「薬草」
「小麦」
「その他、北方産品」
完全な商船団だった。
「なぜアストラに?」
セレナは不思議そうに答えた。
「安いからです」
「何が?」
「航路が」
桐生の目が止まる。
「これまでは王都北港を使っていました」
「しかし税と入港料が上がり続けている」
「荷を降ろすまで何日も待たされることもある」
セレナは海図を出した。
「そこで最近」
アストラを指す。
「南方商人の間で、この港の噂を聞きました」
荷役が早い。
護衛船がいる。
陸路へすぐ繋げられる。
そして。
「費用が安い」
桐生はカイルを見る。
「またあなた?」
「知らねぇよ!」
バルガスが笑う。
「海賊は噂が広がるの早ぇからな」
「黒鴎団が商船を襲わず護衛するようになった」
「赤蛇団も追い払った」
「南方船がアストラへ入った」
「海の連中ならもう知ってる」
桐生は言葉を失った。
自分たちは。
税を払うために必死だった。
塩を動かし。
港を整え。
黒鴎団を護衛へ変え。
倉庫を作ろうとした。
一つ一つ。
目の前の問題を片付けてきただけだ。
でも。
外から見れば。
別のものができ始めていた。
「新しい港……」
桐生が呟く。
「何?」
ガイルが聞く。
「いや」
まだ早い。
だが。
もし南方と北方。
両方の商船がアストラへ集まるなら。
ここは単なる領地の港ではなくなる。
「桐生殿」
セレナが言った。
「アストラ港へ入る許可をいただけますか?」
「もちろん――」
「待て」
ヴァルターが止めた。
「北方連盟の船を二十七隻も王国領へ入れることは許可できない」
セレナの表情が冷える。
「私たちは通商使節です」
「武装船が七隻いる」
「海賊対策です」
カイルとバルガスが同時に目を逸らした。
「お前らのせいじゃねぇか」
ガイルが呟く。
「俺は最近真面目だ!」
「俺を巻き込むな!」
だが。
ヴァルターは譲らない。
「王都の許可が必要だ」
「どれくらいかかります?」
桐生が聞く。
「通常なら七日から十日」
「遅い」
セレナが即答した。
「我々は待てません」
「なら引き返せ」
「ヴァルターさん」
桐生が割って入る。
「何だ」
「この人たち」
「魔石を持ってるんですよね」
「だから危険なんだ」
「違います」
桐生の頭の中で。
数字が動き始めていた。
税まで。
残り八日。
不足、金貨三百十九枚。
目の前には。
二十隻の商船。
「港に入ったら」
「入港料、取れますよね?」
ヴァルターが固まった。
「……お前」
「今その話をするのか?」
「今だからです」
セレナが桐生を見る。
「金が必要なのですか?」
「かなり」
「いくら?」
桐生は一瞬迷った。
リディアなら。
絶対に言うなと言うだろう。
「秘密です」
「賢明ですね」
セレナが笑った。
そして。
「では」
懐から小さな袋を取り出した。
桐生へ投げる。
「うわっ」
受け取る。
重い。
開ける。
中には。
青く光る石が十個。
「魔石?」
「上陸許可が出るまでの間」
セレナが言った。
「停泊料として支払います」
ヴァルターの顔が険しくなる。
「勝手に――」
「一日分です」
桐生が止まった。
「……一日?」
「はい」
「これで?」
「少ないですか?」
「いえ」
アルベルトが魔石を一つ取る。
「現在の王都相場なら」
光へ透かす。
「十個で金貨百二十枚ほどだ」
沈黙。
「百二十……」
ガイルが桐生を見る。
「あと三百十九枚だったよな?」
「はい」
セレナが続ける。
「水と食料も購入したい」
「船の修理も二隻」
「荷を降ろせるなら倉庫も借りたい」
桐生は二十隻の商船を見る。
税を払うために。
ずっと金を作ろうとしてきた。
だが。
ここへ来て。
金の方から港へ来た。
「ヴァルターさん」
「駄目だ」
「まだ何も言ってません」
「顔で分かる」
「じゃあ」
桐生は少し笑った。
「どうすれば合法的に入れられるか」
「一緒に考えてください」
ヴァルターは深くため息をついた。
残り八日。
不足、金貨三百十九枚。
その目の前に。
二十七隻の船と。
新しい商売が浮かんでいた。




