第三十九話 海軍を買う
「全船、帆を下ろせ!」
海上に声が響く。
「抵抗した場合、敵対行為とみなす!」
王国海軍。
大型船五隻。
こちらは九隻。
数だけなら勝っている。
だが。
「勝てるか?」
ガイルが聞いた。
「やめろ」
カイルが即答した。
「まだ何も言ってねぇだろ」
「顔が戦う顔なんだよ」
「失礼だな」
「王国海軍とやり合ったら、勝っても終わりだ」
その通りだった。
桐生は海軍の船を見る。
こちらには黒鴎団。
さらに赤鷲団。
どこからどう見ても海賊船団だ。
そして船には、軍用魔石が一箱。
「……状況は最悪ですね」
「お前が持ってきたんだろ」
「証拠としてですよ!」
「海軍にそれ説明してみろよ」
「説明します」
「本気か?」
「他にあります?」
「逃げる」
「却下です」
「捨てる」
「もっと却下です」
カイルが頭を掻いた。
「じゃあ帆を下ろせ!」
黒鴎団の船が止まる。
赤鷲団も続いた。
「何で俺たちまで!」
バルガスが叫ぶ。
「逃げたら一番怪しいだろ!」
「もう十分怪しいわ!」
海軍の一隻が近づいてくる。
甲板には弓兵。
中央に、白い軍服を着た男が立っていた。
「代表者は前へ!」
「誰が行く?」
ガイルが桐生を見る。
「何で俺を見るんです?」
「お前だろ」
「海の話ならカイルさんでは?」
「俺は海賊だぞ」
「今だけ便利に海賊へ戻らないでください」
「お前、俺に海軍と交渉させる気か?」
確かに駄目だった。
「……行ってきます」
「俺も行く」
ガイルが続く。
「剣は置いてくださいね」
「何でだ」
「交渉なので」
「持ってるだけだ」
「ガイルさんの場合、説得力がないんですよ」
◇
海軍船へ移る。
「アストラ領の者です」
桐生が名乗る。
白い軍服の男は答えなかった。
年齢は四十前後。
短い銀髪。
左頬に古い傷。
桐生を一度見て。
次にガイルを見る。
「剣を置け」
「ほら」
桐生が小声で言う。
「うるせぇな」
ガイルが剣を兵士へ渡す。
男がようやく口を開いた。
「王国海軍第三艦隊、副司令ヴァルターだ」
「積み荷を確認する」
「その前に一つ聞いても?」
「駄目だ」
「早いですね」
「確認後に聞く」
ヴァルターが兵士へ合図する。
まず一隻。
薬草。
次。
染料。
三隻目。
同じ。
「何だこれは」
「南方商業連合の荷です」
「なぜ海賊船が運んでいる」
「仕事をお願いしました」
「海賊に?」
「はい」
ヴァルターの眉が動く。
「王国では海賊を運送業者と呼ぶのか?」
「アストラでは最近そうなりました」
「桐生」
ガイルが小声で言う。
「怒らせてねぇか?」
「俺もちょっと思ってます」
四隻目。
五隻目。
そして。
「副司令!」
兵士の声が飛んだ。
桐生は目を閉じた。
「見つかりましたね」
「お前、本当に泥棒じゃねぇよな?」
「違いますって」
軍用魔石の箱が運ばれてくる。
ヴァルターの表情が変わった。
「これは?」
「東街道近くの倉庫で発見しました」
「発見?」
「はい」
「それを一般には窃盗と言う」
「一箱だけです」
「量の問題ではない」
正論だった。
「押収する」
「待ってください」
「何だ」
「その箱」
「どこから盗まれた物です?」
ヴァルターの目が止まった。
「何?」
「軍用備蓄品ですよね」
「だから、どこの軍の倉庫から盗まれたんです?」
「それを調べるのが我々だ」
「じゃあ」
桐生は一歩近づいた。
「盗難届は出てるんですか?」
沈黙。
「俺たちを『軍物資窃盗』で止めた」
「つまり、何かが盗まれたと知っていたはずです」
「どこの倉庫から」
「いつ」
「何箱」
「誰が届け出たんです?」
ヴァルターの顔から表情が消えた。
「質問は後だと言った」
「これだけは今です」
「なぜだ」
「俺たち」
桐生は周囲の海を見る。
「荷物を積んで岩場を出て、まだ大して時間が経ってないんですよ」
ガイルが桐生を見る。
気付いた。
「……そういうことか」
カイルたちが岩場へ入ったこと。
倉庫を発見したこと。
魔石を持ち出したこと。
海軍が知るには早すぎる。
「副司令」
桐生が尋ねる。
「誰から命令されたんです?」
◇
海風だけが吹いていた。
「……財務院だ」
やがてヴァルターが答えた。
「今朝、緊急要請が入った」
「内容は?」
「東部沿岸において軍用魔石を強奪した海賊船団が出航する可能性あり」
「出航した、ではなく?」
「可能性あり、だ」
桐生は笑った。
「俺たちが倉庫へ着く前ですね」
ヴァルターの眉が動く。
「どういう意味だ」
「魔石を見つけたのは今日です」
「偶然」
「東街道が塞がれたので海路へ変更した」
「偶然」
「荷揚げできそうな岩場を見つけた」
「偶然」
「そこで倉庫を見つけた」
桐生は軍用魔石の箱を指差す。
「なのに財務院は」
「俺たちがこれを盗むと、先に知っていた」
ヴァルターが箱を見る。
「……おかしいな」
「はい」
「でも、これだけでは――」
「もう一つあります」
桐生は懐から紙を取り出した。
倉庫で写した焼き印。
王国財務院。
軍用備蓄。
そして。
削られたクロイツ家の鳥の紋章。
ヴァルターの顔色が変わった。
「どこでこれを?」
「魔石があった倉庫です」
「場所は?」
「案内できます」
ヴァルターは紙を握ったまま黙った。
「副司令」
桐生が言う。
「俺たちを捕まえるのは構いません」
「構うぞ」
ガイルが横から言う。
「ちょっと黙っててください」
「でもその前に」
桐生はヴァルターを見る。
「倉庫を見に行きませんか」
◇
「断る」
「え?」
「我々の任務は、お前たちの積み荷を検査することだ」
「でも」
「命令にない」
桐生は言葉を失った。
ガイルが露骨に顔をしかめる。
「おい」
「目の前に怪しい倉庫があるんだろ?」
「軍人が見なくていいのか?」
兵士たちの空気が張り詰める。
「ガイルさん」
「何だ」
「もう少し柔らかく」
「苦手だ」
「知ってます」
だがヴァルターは怒らなかった。
「軍は勝手に動けない」
静かな声だった。
「海軍が陸上施設を捜索するには根拠がいる」
「財務院管理の倉庫なら、なおさらだ」
桐生は少し考えた。
この男はクロイツの仲間ではない。
おそらく。
本当に規則で動いている。
「では」
「取引しませんか」
「……何?」
「また始まった」
ガイルが呟く。
「何ですか」
「お前、困るとすぐ取引するよな」
「便利なので」
ヴァルターが怪訝な顔をする。
「何を取引する」
「俺たちの船を」
「全部、検査してください」
「桐生?」
「薬草も染料も」
「赤鷲団の船も」
「船底まで全部」
バルガスが遠くから叫んだ。
「勝手に決めるな!」
聞こえないふりをする。
「その代わり」
桐生は続けた。
「検査終了後」
「この荷が軍用物資ではないと証明してください」
ヴァルターが眉を寄せる。
「何のために?」
「王都まで運びたいんです」
「東街道は財務院に止められています」
「だから海から検問の先へ出る」
「なるほど」
「海軍の検査済みなら」
桐生は笑った。
「もう一度、密輸品だとは言いにくいでしょう?」
ヴァルターが初めて。
ほんの少し笑った。
「私を利用する気か」
「できれば」
「正直だな」
「時間がないので」
「なぜ急ぐ?」
「税金の期限まで八日です」
「……アストラか」
ヴァルターの表情が変わった。
「知ってるんですか?」
「徴税期限を前倒しされた領地だろう」
「海軍にも?」
「噂にはなっている」
ヴァルターはしばらく桐生を見ていた。
「一つ聞く」
「はい」
「なぜ魔石を一箱だけ持ち出した」
「全部持ってくれば、税など払えるだろう」
桐生は答える。
「俺たちの金じゃないからです」
「では一箱は?」
「証拠です」
「矛盾しているな」
「はい」
「でも、全部盗むよりマシかなと」
数秒。
ヴァルターが吹き出した。
「お前」
「随分危なっかしいな」
「よく言われます」
「誰に?」
桐生はガイルを見る。
「最近はこの人に」
「俺はもっと酷い言い方してるぞ」
「そこはいいです」
◇
二刻後。
九隻すべての検査が終わった。
軍用魔石一箱を除き。
違法物資なし。
ヴァルターが正式な検査証へ署名する。
「これを各船に」
「ありがとうございます」
「ただし」
ヴァルターが桐生を見る。
「魔石は海軍が預かる」
「構いません」
「そして、あの倉庫については」
一瞬、間を置く。
「報告書には記載する」
「見に行かないんですか?」
「今はな」
桐生は少し残念に思った。
だが。
「副司令!」
見張りの兵士が叫んだ。
「南西から船!」
全員が海を見る。
一隻。
王都方面から高速で近づいてくる。
白旗。
戦闘の意思はない。
「海軍の船ですか?」
「違う」
カイルが答える。
「あれは――」
船が近づく。
甲板に立つ男。
「レオンさん?」
桐生が目を見開いた。
王都へ向かったはずのレオン。
その横には。
アルベルトもいた。
「何で戻ってきた?」
船が横付けされる。
レオンは挨拶すらせず、こちらへ移ってきた。
「桐生殿」
「はい」
「魔石鉱床の件」
息が切れている。
いつもの余裕がない。
「王都に報告できませんでした」
「何があったんです?」
「財務院へ入る前に」
レオンはアルベルトを見る。
「彼が殺されかけました」
ガイルの手が剣へ伸びる。
「誰に?」
「分かりません」
「ただ」
アルベルトが自分で答えた。
顔には新しい傷。
「父が消えた」
「グレゴールが?」
「ああ」
桐生の表情が変わる。
「財務卿が?」
「三日前から財務院に出ていない」
「屋敷にもいない」
「そして」
アルベルトは懐から一枚の紙を取り出した。
「私の部屋に、これが置かれていた」
古い紙。
黄ばんでいる。
そこには。
二十年前の日付。
そして。
王都第七倉庫 魔石搬入記録。
桐生の目が止まった。
「二十年前?」
「そうだ」
「おかしいでしょう」
アルベルトが言う。
「何が?」
「アストラで魔石鉱床が見つかった時期と」
「ほぼ同じだ」
桐生は記録を見る。
産出地。
そこだけが。
黒く塗り潰されている。
「つまり?」
エレノアはいない。
リディアもいない。
だが桐生には分かった。
「アストラの魔石が」
「二十年前に王都へ運ばれていた?」
「可能性がある」
アルベルトが答える。
それなら。
話が変わる。
エドワードは魔石を隠した。
クロイツ家も掘れなかった。
そう聞いていた。
なのに。
誰かは採掘していた。
そして今も。
軍用魔石が秘密の倉庫から海へ運ばれている。
「桐生殿」
レオンが低い声で言った。
「もう一つあります」
「まだ?」
「こちらの方が問題です」
レオンは海軍副司令ヴァルターを見る。
「王国海軍は」
「現在、何隻が動けます?」
ヴァルターが眉をひそめる。
「なぜ聞く」
「今朝」
レオンは答えた。
「王国北部の監視塔が」
「隣国艦隊を確認しました」
海が静かになった。
「数は?」
「二十七隻」
カイルの表情から笑みが消える。
「どこへ向かってる?」
レオンは答えなかった。
代わりに。
アルベルトが桐生を見る。
「アストラだ」
風が吹く。
黒鴎団の旗。
赤鷲団の旗。
王国海軍の旗。
三つの旗が同時にはためいた。
残り八日。
税金まで、金貨三百十九枚。
だが。
金の話だけをしていられる時間は――
どうやら終わったらしい。




