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第三十八話 海賊の交渉

「来るぞ!」


 森から武装した男たちが飛び出した。


 八人。


 その後ろにもいる。


「桐生! 下がってろ!」


 ガイルが一人で前へ出る。


「一人で大丈夫ですか!?」


「誰に言ってんだ!」


 一人目の剣を弾く。


 そのまま柄で顔面を打ち抜く。


 二人目。


 横薙ぎを屈んでかわし、足を払う。


「ぐっ!」


 倒れた男の剣を踏みつける。


 三人目が背後から迫る。


「後ろ!」


「見えてる!」


 振り向きもせず、剣の腹で受けた。


 金属音。


 次の瞬間には相手が地面を転がっている。


「……本当に一人でいいな」


 カイルが呟く。


「見てないで海!」


「分かってる!」


 沖から赤鷲団の船が迫る。


 三隻。


 対する黒鴎団は六隻。


 だが全部、小型船。


「頭!」


「どうする!」


 カイルが海を見る。


「積み荷を二隻にまとめろ!」


「残り四隻は?」


「迎えに行く」


 男たちが笑った。


「了解!」


「待ってください」


 桐生がカイルの腕を掴む。


「何だ!」


「あの船、沈めないでくださいね」


「戦い始まる直前に面倒な注文すんな!」


「借りるので」


「まだ言ってんのか!」


「王都に荷物届けないと!」


「勝ってから考えろ!」


 カイルが小舟へ飛び乗った。


「黒鴎団!」


「行くぞ!」


 四隻が沖へ向かう。


◇


「小舟で来やがったぞ!」


 赤鷲団から笑い声が上がる。


「潰せ!」


 大きさが違う。


 赤鷲団の船は黒鴎団の三倍近い。


 船首には鉄板。


 甲板には弓兵。


「撃て!」


 矢が降る。


「散れ!」


 黒鴎団の四隻が一斉に別れた。


 右。


 左。


 さらに二隻が中央。


 矢が海面へ突き刺さる。


「近づくな!」


「もう遅ぇよ!」


 カイルの船が赤鷲団の側面へ回り込む。


「鉤を投げろ!」


 縄の付いた鉤が飛ぶ。


 船縁に引っかかる。


「登るぞ!」


「頭、本当に!?」


「来たからには登る!」


 縄を掴み。


 カイルが大型船へ飛び移った。


「馬鹿が!」


 赤鷲団の男が斧を振り下ろす。


 カイルは身体をずらす。


 斧が船縁へ食い込む。


「船は大事にしろよ」


「あ?」


「後で使うんだ」


 拳が男の顔へ入った。


「ぐあっ!」


「勝手に決めんな!」


 赤鷲団の船長らしき男が剣を抜く。


「黒鴎!」


「久しぶりだな、バルガス」


「海賊辞めたって聞いたぞ」


「辞めてねぇ!」


「商人の犬になったんだろ!」


 カイルの表情が消えた。


「……それ」


「今一番言われたくねぇやつだ」


 剣がぶつかる。


◇


 一方。


「九!」


 ガイルが叫ぶ。


「数えてるんですか!?」


「十!」


「聞いてない!」


 十人目が倒れる。


 だが森からさらに男たちが現れた。


「多いな!」


「楽しそうですね!」


「楽しくはねぇ!」


「絶対嘘だ!」


 桐生は小屋の陰へ移動する。


 敵はガイルへ集中している。


 その間に。


「今なら行ける」


 倉庫。


 捕まっている漁師たち。


「どこ行く!」


 ガイルが気付く。


「人質助けてきます!」


「一人で!?」


「ガイルさん忙しそうなので!」


「待て馬鹿!」


 桐生は森へ走った。


「俺より無茶してんじゃねぇ!」


◇


 倉庫の裏へ回る。


 檻。


 十二人。


「静かに!」


 桐生が駆け寄る。


「助けに来ました」


「誰だ?」


「アストラ領の者です」


「領主の兵か?」


「……似たようなものです」


「剣は?」


「使えません」


「何しに来た!?」


「鍵を開けに!」


 もっともな疑問だった。


 檻を見る。


 鉄の錠。


「鍵は?」


「見張りが持ってる!」


「見張り?」


 背後から声がした。


「こいつか?」


 桐生が固まる。


 ゆっくり振り返る。


 大男。


 片手に剣。


 腰には鍵束。


「……それ貸してもらえます?」


「いいぞ」


「本当ですか?」


「死んだらな」


「ですよね」


 剣が振り上げられる。


 まずい。


 桐生は横へ飛んだ。


 剣が木柵を叩き割る。


「うわっ!」


「逃げるな!」


「剣持ってる人に言われても!」


 二撃目。


 避ける。


 足がもつれる。


 転ぶ。


「終わりだ!」


 大男が剣を振り上げた。


 その瞬間。


 ゴンッ!


「ぐっ……」


 男の身体が揺れた。


 背後。


 檻の中から。


 老人が長い木片を突き出していた。


「今だ!」


「ありがとうございます!」


 桐生が男の脚へ飛びつく。


「離せ!」


「無理です!」


「このっ!」


 拳が振り上げられる。


 だが。


 その前に。


「おらぁ!」


 ガイルの飛び蹴りが男を吹き飛ばした。


「桐生!」


「遅いですよ!」


「助けに来た奴に言う台詞か!」


 ガイルが鍵束を拾う。


「お前は本当に戦えねぇな」


「得意分野じゃないので」


「少しくらい覚えろ!」


「今度教えてください」


「絶対だぞ」


 錠が開く。


 漁師たちが次々と出てきた。


「走れ!」


「浜に船があります!」


 だが。


 一人の老人だけが動かなかった。


「あなたも!」


「待て」


 老人は倉庫を見る。


「あそこに」


「何です?」


「俺たちの荷がある」


「今は命の方が――」


「違う」


 老人が桐生の腕を掴む。


「俺たちのじゃない」


「奴らが運んできた荷だ」


 声を落とす。


「夜になると」


「東街道から荷馬車が来る」


「ここで船に積み替えてる」


 桐生が止まった。


「どこへ運ぶんです?」


「知らん」


「だが――」


 老人は倉庫の扉を見る。


「全部、王都の印が付いてる」


◇


「開けます」


「待て!」


 ガイルが止める。


「敵がまだいる」


「少しだけ」


「少しだけで済んだことあるか?」


「ないですね」


「自覚あんのか!」


 だが。


 倉庫の中身。


 東街道。


 財務院の検問。


 人払いされた浜。


 隠された搬出路。


 確認せずにはいられなかった。


「俺が先に行く」


 ガイルが扉へ手をかける。


「三つ数えたら開ける」


「はい」


「一」


「二」


「三!」


 扉が開く。


 暗い。


 ガイルが剣を構えたまま入る。


「誰もいねぇ」


 桐生も続く。


 中には木箱が積み上げられていた。


 数十。


 いや。


 百以上。


「穀物じゃない?」


 一つの箱が壊れている。


 中からこぼれているのは。


 青い石。


「……魔石」


 桐生が呟く。


 ガイルも言葉を失った。


 アストラで見つかったものとは少し違う。


 小さい。


 加工されている。


 そして。


 大量。


「これ全部?」


「多分」


 箱を見る。


 焼き印。


 王国財務院。


 その下に。


 軍用備蓄品。


「軍の魔石?」


「何でこんなところに」


 桐生は別の箱を見る。


 同じ印。


 だが、その横。


 削られた跡がある。


「これ……」


 指で埃を払う。


 古い紋章が出てきた。


 鳥。


「クロイツ」


 ガイルが低く言う。


 王国の備蓄品が。


 人目を避け。


 正規の街道を使わず。


 海へ運ばれている。


「横流しか」


 ガイルが呟く。


 桐生は答えなかった。


 まだ決めつけられない。


 だが。


 もしそうなら。


 東街道の検問は。


 アストラを止めるためだけではない。


「この道に」


「近づけたくなかったんだ」


 その時。


 外から角笛が鳴った。


「まずい!」


 ガイルが振り返る。


「戻るぞ!」


◇


 浜へ出る。


「頭!」


 黒鴎団の叫び。


 海を見る。


 赤鷲団の船。


 一隻が止まっている。


 二隻目も帆を下ろした。


 そして三隻目。


 甲板の上で。


 カイルが男を組み伏せていた。


「降参だ!」


 バルガスが叫ぶ。


「降参する!」


「最初からそう言え!」


 カイルが手を離す。


「で」


「船貸せ」


「は?」


「三隻」


「ふざけんな!」


「じゃあもう一回やるか?」


 カイルが剣を抜く。


「……一隻だ」


「三隻」


「二隻!」


「三隻」


「交渉する気あんのか!」


「あるぞ」


「どこがだ!」


 浜へ戻ってきた桐生は思わず笑った。


「桐生!」


 カイルが船上から叫ぶ。


「三隻借りたぞ!」


「ありがとうございます!」


「借りてねぇ!」


 バルガスの声が響いた。


「まだ決まってねぇ!」


 その時。


 桐生の後ろから。


 老人が倉庫を指差した。


「兄ちゃん」


「あれ」


「持っていかなくていいのか?」


 桐生は振り返る。


 大量の魔石。


 売れば。


 税など一瞬で払えるかもしれない。


 残り八日。


 不足、金貨三百十九枚。


「持っていきません」


 ガイルが驚く。


「いいのか?」


「俺たちのじゃないので」


「でも証拠だろ」


「だから」


 桐生は黒鴎団の男を呼んだ。


「一箱だけ」


「持っていくんじゃねぇか」


「証拠としてです!」


 そしてもう一つ。


 木箱の焼き印を紙へ写し取る。


 財務院。


 軍用備蓄。


 クロイツ家。


 三つが同じ場所にあった証拠。


「残りは?」


「触らない」


「相手が戻ってきたら消されるぞ」


「それでいいです」


「は?」


 ガイルが眉をひそめる。


「これだけの量」


「すぐには動かせません」


 桐生は倉庫を見る。


「でも俺たちに見つかったと分かれば」


「必ず動かす」


 消すか。


 運ぶか。


 あるいは。


 誰かが取り戻しに来る。


「また待つのか?」


「はい」


「好きだな、お前」


「何がです?」


「相手に動かせるの」


 桐生は少し考えた。


「その方が」


「誰が困ってるのか分かるので」


 ガイルが笑った。


「性格悪ぃな」


「褒めてます?」


「今回はな」


◇


 一刻後。


 黒鴎団六隻。


 赤鷲団三隻。


 合計九隻。


 薬草と染料を積み。


 岩場を離れる。


「だから三隻とも貸すとは言ってねぇ!」


 バルガスがまだ叫んでいる。


「王都まで荷を運んだら返す!」


「信用できるか!」


「海賊同士だろ!」


「お前もう商人の犬なんだろ!」


「それ言うな!」


 妙な言い争いをしながら。


 船団は北へ進む。


 桐生は甲板から遠ざかる岩場を見ていた。


 東街道を塞いだ理由。


 隠された倉庫。


 軍用魔石。


 そしてクロイツ家。


 ようやく。


 相手の金の流れが見え始めた。


 その時。


「桐生!」


 船首からカイルの声。


「前見ろ!」


 桐生が振り向く。


 水平線。


 黒い影が並んでいる。


 一隻。


 三隻。


 五隻。


 まだ増える。


「赤鷲団の仲間ですか?」


「違う」


 バルガスの顔色が変わった。


「じゃあ誰です?」


 答える前に。


 先頭の船が旗を上げた。


 白地に。


 金色の王冠。


 カイルが舌打ちする。


「王国海軍だ」


 桐生は息を呑む。


 海軍の船は。


 九隻の進路を塞ぐように広がっていく。


 そして。


 拡声魔法で増幅された声が海上に響いた。


「全船、帆を下ろせ!」


「王国軍物資窃盗の容疑により――」


「積み荷を検査する!」


 桐生は隣の木箱を見る。


 中にあるのは。


 倉庫から証拠として持ち出した。


 軍用魔石。


「……なるほど」


 ガイルが桐生を見る。


「何が?」


「俺たち」


 桐生は苦笑した。


「泥棒にされましたね」


 残り八日。


 税金を払うための荷物を載せた九隻の船は。


 王国海軍に包囲された。

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